オリとホシノの決闘と、その後余計なことを言ったオリの折檻の後に。
一行は改めて、アビドス校内、対策委員会の部室を借りて、この自治区を訪れた理由とそれについての情報の共有を始めることにした。
……が。
特異現象捜査部側としては、申し訳ないことに、全ての手札をオープンにすることはできない。
今回の一件はミレニアムのトップ層が直々に動かす、極秘の特殊作戦であるからだ。
水面下で蠢く謎の超高性能AI(オリ曰くただのお釣り計算AI)である、デカグラマトン。
この存在が「ただ接触するだけであらゆるAIを狂わせる」という情報が漏れれば、アビドスどころかキヴォトス全体が混乱に呑まれてしまいかねない。
故に、今回の訪問理由は「デカグラマトンの解析を試みるため、それに感化されたビナーに接触する」……ではなく。
アビドス側に提示する大義名分は、「最近妙な動きを見せているアビドスの大蛇の実地調査、及びその協力要請」という形になっている。
これについて、オリの良き友人であるヒマリは「同盟を組むと言うのなら嘘は言えません。先生も信頼されているようですし、真実を話すべきでしょう」と主張したが……。
妹のビッグシスターは、「確かに、同盟関係の相手に嘘を吐くのは合理的ではないわ。けれど、不要に真実を語る必要もない」と反論。
実際「アビドスの大蛇の実地調査」という理由は、全くの大噓というわけではない。
たとえ誰かに感化されたとしても、あの巨体を持つ機械は間違いなくアビドスの大蛇。
最終目標をどこに見据えるとしても、そのために調査が必要なことは間違いない。
結局、多少不義理であろうとアビドスに無用な混乱を招くべきではないだろうと、オリがヒマリを説き伏せる形でこの論争は決着したのだった。
そして、そんな特異現象捜査部の来訪目的を聞き……。
アビドス生徒会副会長であり、対策委員会委員長でもある小鳥遊ホシノは、どこか遠い場所を見つめる。
「大蛇、かぁ……」
アビドスの大蛇。
アビドス自治区に住んでいて、この名前を知らない者はまずいない。
何せそれは、進む砂漠化やカイザーによる侵略と同じく、アビドスの過疎化を進めた一因なのだから。
特に、今よりもっと人気のあった時代のアビドスを知り、そして生徒会副委員長として撃退作戦に参加したこともあり……。
何より、あの時あの場所にいたホシノにとっては、少なからず苦い意味合いを持つ相手だ。
時間によってある程度風化しつつあるとはいえ、それでも2年前の戦いで付いた心の傷は、易々とは癒えてくれそうにない。
「砂漠化が始まると同時に現れ、徒に市街地や基地を破壊する、不可思議な機械……でしたよね。
私はまだ、直接出会ったことはありませんが」
「私もない。ここ1年強は出現直後にカイザーが撃退してたはず」
首を振ったのは1年生のアヤネと2年生のシロコ。
近年の大蛇は市街地に現れることなく砂漠を彷徨っており、主にそこにあるカイザーの基地との交戦を繰り返している。
故に、彼女たち対策委員会の殆どは、大蛇との交戦経験を持っていなかった。
“じゃあ、この場で大蛇と交戦経験があるのは、ホシノ……”
「と、私だね」
先生の言葉に、ふいっと手を上げたのは、オリ。
彼女の思ってもない行動に、先生は思わず目を見開いた。
“……え? オリもあるの?”
「うん。2年前にアビドスで暴れたって言ったじゃん? その時にちょっとね。
私もホシノも
オリは細かな言及を避けるように、早々に話題を切り替える。
次いで口を開いたのは、車椅子の上からプロジェクターを操作するヒマリだった。
「今回、オリの提供してくれたデータのおかげで、大蛇の出現パターンがある程度絞り込めました。
今から4時間以内に、大蛇は非常に高い確率でアビドス砂漠西区に出現します。それに対して威力偵察を実行し、データの奪取と解析を行うのが今回の主目的となります」
「へぇ。大蛇の出現パターン、掴めたんだ……?」
ホシノのどこか懐疑的な視線に、ヒマリは「ええ」と自信満々な笑顔で答える。
次いでジロリと睨まれたオリもドヤリと胸を張るが、内心では「やっべー流石にホシノには通じないかこの理屈」と冷や汗をかいていた。
実のところ、現在大蛇はデカグラマトンに感化され、預言者ビナーとなってしまっている。
大蛇とビナーは目的も思考ルーチンも全くの別物だ。
故に、既に過去の出現パターンのデータは何の意味も成さなくなってしまった。
が、むしろそれが功を為したという部分もある。
大蛇は、どうにも行動に不可解な部分が多く、いくらデータを集めても、ついぞその行動や出現パターンを掴むことはできなかった。
しかし、ビナーにはかなり明確に出現時刻や地域に規則性があった。
それらのデータを収集していたどこぞの
……が。
その存在をまだ公表できないビナーではなく、アビドスの大蛇の調査に来たことになっている特異現象捜査部とシャーレ陣営としては、その事情を明かすこともできず。
特に、唯一情報の出所を知っているオリは、たははと笑ってごまかすしかない状況だった。
ホシノはしばらくそのオッドアイを細めていたが、軽いため息を共に小さな肩をすくめる。
「……まぁいいや。オリと先生が言って来てる以上、アビドスにとってマイナスにならないんだろうし。
というか協力を仰いできてるあたり、むしろプラスになるってことでしょ?」
「うん、それは保証する。っていうのも、最近大蛇が変な動きを見せてるのは事実だし、そこの調査はやっとかないとやっぱり怖いでしょ」
「そうだねぇ。確かにアレが本気で暴れ出したら、今のアビドスには止められるだけの戦力がないかも。
私たち総出で出ても、あのぶあっつ~い装甲を突破するのは厳しいしねぇ」
どうしたものかなぁ、とわざとらしく腕を組むホシノに対し、セリカが質問を投げかける。
「あの、大蛇の装甲ってそんなに硬いの?」
「かったいかったい超かったい、尋常じゃないんだよアレ~。
おじさんが撃退した時だって、スナイパーの
「爆発威力が足りなかったって意味で?」
「そもそも刺さらなかったって意味で」
「うげ……それどうやって撃退したの?」
「何発もスナイパーで撃ち抜いて小さい傷作って、ありったけの爆薬で広げて、おじさんとオリがそこにパンパン撃ち込んだんだよ~」
懐かしいねぇと目を閉じて思いを馳せるホシノに、「いや私は負傷者の救助優先で動いてたから、メインで撃ってたのはブチギレたホシノなんだが」とジト目を向けるオリ。
そんな2人を眺めながら、先生は2人がどれだけ修羅場をくぐって来たかを想像し、思わず眉をひそめてしまう。
先生の常識では、そのような鉄火場で前に立つべきは、子供ではなく大人だ。
それを認めるのはなかなか難しい、というのが本音であった。
とはいえ、郷に入っては郷に従えと言う言葉もある。
彼女たちが誇りを持って前線に立つ以上、止めることはできない。
できるのは精々、彼女たちの行動を後ろから見守り、いざという時に支えることくらいだ。
しばらく腕を組んで考えていたホシノだったが、1つ頷き、改めて一行の方を見やる。
「……そうだね。アビドス高等学校としては、協力要請を受けること自体には否はないかな。
でも、その前提条件として、あの大蛇の装甲を抜ける火力を要求させてもらうよ。
今のアビドスに余裕はないからねー。その分の火力なり火薬なりはそっち持ちでよろしく~」
ホシノの、アビドスの現トップの下した結論は、それだった。
アビドスの経理は常に火の車。自転車操業と言っても差し支えはない。
忌まわしきカイザーローンへの借金は、先生と連邦生徒会の介入によってだいぶマシにはなったものの、それでも学生5人で完済するためには現実逃避したくなる程の時間がかかる。
そんな中で弾薬に大金を使う訳にもいかないので、最低限それはミレニアム側が持ってほしい。
自分たちが出せるのは、精々人手と自分たちの弾薬費くらいだ、と。
対等な立場で話してこそいるが、解きほぐせばそういうこと。
割と情けない本音であった。
が、ホシノやアビドスのことよく知るオリからすれば、彼女たちがそう言って来るのは想定内。
「ぬっふっふ」と自慢げな吐息を漏らしながら、その豊満な胸を張った。
「ご安心めされよ! 火力はきちんと持参してござる!」
「ほう、それは如何に?」
乗っかってニヤリと笑いながら覗き込むホシノに、オリは背負っていたバックパックを指し示した。
「今から見せて進ぜよう! 私の新兵器!!」
* * *
オリが持って来た、3立方メートル弱の大きさを持つ、巨大なバックパック型コンテナ。
その中には、オリの使う新たな兵装が封じ込められていた。
実は中身を披露したくてウズウズしていたオリは、ようやく来た機会にニヤニヤが止まらない。
「よし、それじゃ見ててね、皆」
校舎に入れるのは面積的に難しかったので、外に放置していたコンテナに近付いたオリが、その横に付いたスイッチを押すと……。
その瞬間。
“……! ま、まさか!?”
何かを悟った先生の前で、ただのコンテナと思われていたそれが、真の姿を現し始める。
パカリと側面部が開き、その中から伸びた4本の太いマニュピレーターがオリの左腕に絡みつき、バンドを巻き付けてしっかりと固定。
更に、コンテナは目にも留まらぬスピードでガシャンガシャンと変形を開始する。
外壁部分はその一部を下に伸ばし、まるで杭のように大地を貫いて返しを展開。
残る部分は細かく分解、再構成して径を縮め、四角状だった断面を更に細かく正八角形と形を変える。
更に、内部に折りたたんで収納されていた兵装の芯がガシンガシンと音を立てて伸び、足元へと逃げて行ったコンテナの奥部外壁を越え、円筒状の真の姿を現す。
“こッ、これは────ッ!!”
ほんの10秒弱の展開時間の後、もはや箱状のコンテナは跡形もなく……。
今そこにあるのは、オリの左手に装着され、6本の支柱によって支えられた、全長4メートルを越える非常に大きな砲身。
偽装及び変形機構付きの、「銃」と呼ぶよりは「砲」と呼んだ方が正しそうな巨大兵器。
正しく、男のロマンにドストライクな兵装であった。
“おおおぉぉぉーっ!!”
「ふふふ……どうだ先生、男の子はこういうの好きでしょう! 正直私も好き!」
いつも冷静(?)な先生らしくない咆哮に、仕掛け人のオリはご満悦。
これだけ良い反応をしてもらえるのなら、妹に足を舐めるレベルで頭を下げまくった甲斐もあったというものだ。
まぁその対価として、この件が終わり次第3つ程問題の調査と解決に行かねばならなくなったのだが、それも必要経費というものだろう。
今はただ、先生を喜ばせ、アビドスやヒマリとエイミを驚かせたことが嬉しくてたまらない。
オリはすさまじいドヤ顔で胸を張り、左腕を示す。
「対巨大兵器用の決戦兵装、その名も試製『サムス・イルナ』!
アリスちゃんのレールガンの出力を更に馬鹿にした一品で、その弾速はなんとスペック上マッハ45! 作成予算はなんとエンジニア部の予算12年分!!
もはや防ぐとか避けるとかを許さない、周辺全てを薙ぎ払う明らかなオーバースペックウェポンだ!!
ちなみに一番の被害者は発射する本人で、頑張って反動抑えないと、地面に固定した支柱の抑制とマニピュレーターの機械制御の上からでも余裕でぶっ飛ばされて自滅します」
試作段階では、現状より二回りほど出力を落としてなお、テスターをしていたトキが吹っ飛んで壁にめり込んでいた。
左腕は三日近く動かなくなっていたとのことで、その間は流石のリオも休養を出していたらしい。
『サムス・イルナ』はその化け物じみた威力故に、使用者にはかなりのフィジカルが要求されるのだ。
……というか、リオがフィジカルギフテッドであるオリのために、使い得るギリギリの出力に調整した、というのが事の顛末なのだが。
「こ、これ口径が60ミリくらいある*1んだけど……え、艦砲? オリ先輩って軍艦だったの?」
「なはは、照れるね! 軍艦とまではいかないけど、まぁ戦術兵器級くらいはあるつもりだよ!」
「戦略の間違いでしょー。……ねぇ、これ、一発いくらかかるの?」
「……本当に聞きたい? ホシノ」
「…………やっぱりやめとこうかなぁ」
“やっぱり1発1発がすごく高価なんだね……! エネルギー充填って120%とかできたりする!?”
「できるよ! 最大値は200%、ここまでチャージすると私も流石に反動を抑えられないけども」
「……あの、その200%が本当の100%充填状態なのでは?」
ぱっと見左腕を銃に食われているようなオリと、それを取り囲む生徒たち(と大人若干一名)。
その一団から離れ、ヒマリは暑そうに脱力しているエイミの横で頭を抱えていた。
「あ、あの女、オリにあんなものを……! あらゆる意味で危機管理がなっていません!
オリに強力な兵装を渡すのは、赤子にミサイルの発射装置を渡すようなもの! 良識ある者ならばまずやってはいけないことの1つですよ! 妹として取扱説明書くらい読んだらどうなのです!」
「……部長って時々、ほんとにオリと仲良いのか疑わしくなるよね」
「サムス・イルナ」
バビロン第1王朝の第7代王。
治世の中、多くの戦争を起こした王。その結果バビロニアの領地を大きく喪い、最後は反乱によって破られたとされる。
第8代王アビ・エシュフの先代であり、親でもある。
(追記)
2024/10/10 改題しました。