A.わからん……
「失礼いたしましたー!!」
焦りと共に告げ、シャーレの地下からそそくさと駆け上がって来る生徒がいる。
狐の面を付けて顔貌を隠した、美しい黒髪を持つ和装の少女。
その手には、身長の4分の3はあろうかという大きなライフルを握っている。
彼女の名は、狐坂ワカモ。
本日めでたく矯正局からの脱獄を果たし、憎き連邦生徒会への破壊工作としてこの建物への潜入を果たした、諸々の騒動の主犯であった。
連邦生徒会に逆らうという意味では、現在戦車から救出した仲間と共に這う這うの体で溜まり場へと逃げ帰っている不良たちと同じだが……。
彼女はそこらの不良たちとは、あらゆる意味で格が違う。
特に、こと破壊活動に関して、彼女は天賦の才とでも言うべきものを持っていた。
直接的に戦闘を行えば軽々と集団をのせる実力を持ちながら、連邦生徒会の戦力と直接対面するのは厳しいと判断できるだけの冷静さと戦略眼も持ち合わせ、更には相手の心や立場を利用してその行動を操ることすらもする。
激情と平静。情熱と理論。そして何より、地力と技術。
それらの両方を兼ね合わせるのが、狐坂ワカモという特級の問題児なのだ。
現に今日も、彼女は利用した不良たちを足止めに使い、まんまとシャーレ地下への潜入に成功。
連邦生徒会が大事にしていた『モノ』の入手にまで成功した。
けれど、『ソレ』はワカモにとってあまりにも未知数で、不可解で、だからこそ手を出しあぐね……。
そうしている内に、先生が到着してしまった。
そして、先生との出会いにより、ワカモは不可逆の変化を遂げてしまったのであった。
先生の視線が自分を捉えた瞬間、ワカモは堪えきれない程の喜悦を感じた。
胸の奥にある、魂とも呼べる部分が「ああ、このお方だ」とそう叫んだのだ。
熱が溢れ、顔が熱くなる。
心には幸福感が溢れ、この人のことが知りたくて、この人の想いが欲しくてたまらなくなる。
有体に言えば、一目惚れだ。
災厄の狐と呼ばれる少女は、ただ一度その相手と目が合っただけで、恋に堕ちてしまったのである。
しかしだからこそ、恥ずかしくもなった。
今は、このお方とお話をするには、あまりにも準備が整っていない、と。
前髪は乱れている気がするし、服も裾の部分が煤で汚れてしまっている。
もしもこのお方が潔癖症であれば、嫌われてしまうかもしれない。
こんな姿を、こんな自分を見られるのは、あまりにも恥ずかしい。
だからこそ、ワカモは自分が目的としていた『何か』の存在すらも忘れて、その場から逃げ出してしまったのであった。
結果として、ワカモが当初立てていた作戦は失敗。
ワカモが一度は手中とした『何か』はシャーレの先生の手に渡り、今回の騒動は何の結果も成さないただの空騒ぎとなってしまった。
けれどそれでも、ワカモは幸せだった。
なにせ、自身の純真を向けるに能う相手を見つけることができたのだ。
それはある意味において、彼女という存在の内に、明確な軸ができたことを意味する。
あのお方に想いを捧げることが最優先で、それにこれ以上ない幸福を覚えるという、生き方の軸が。
その新たな熱情が、何物にも代えがたい激情が、彼女は心の底から嬉しかったのだ。
……しかし。
数十秒後、その幸福には、冷や水がかけられることになるのだが。
* * *
ワカモが階段を駆け上がっていき、シャーレのエントランスロビーに到着した時……。
「いやぁ、良かった良かった! あなたが先生に手を出さないでくれて」
唐突に、声がかかった。
ワカモは足を止めると同時に銃を構え、声のする方へと銃口を向けて、迷いなく引き金を引く。
まだ暗闇に包まれたロビーに発火炎が輝き、けたたましい銃声がこだました。
しかし……。
「うおっと! 聞きしに勝る攻撃性!」
確かに照準を合わせたはずの一撃は、有効打にならず。
声の主は、暗闇の中から飄々と声をかけてくる。
「…………」
ワカモは、脳内で何が起きたのかを整理する。
自分の耳には、確かに誰かの声が聞こえた。ノイズのない、確かな肉声が。
そして自分は過たず、そこに向けて発砲。
しかし、声の主は傷を負った様子はなく……そして何より、声の聞こえてきた位置が、1歩分ズレた。
そこから考えられることは、1つ。
「躱しましたね? この薄暗闇の中、私の銃撃を、無駄なく適切に」
「……いや、ちょっと冷静すぎない? もうちょっとビビるとか怯むとか不審がるとか、そういうフェーズあってもいいんじゃってオリちゃん思います!
まぁ、声かけただけでいきなり撃って来る時点でアレだけどさ」
声の主は、銃口を向けられ、発砲までされてなお、楽しそうに笑った。
「でもさ、撃たれるってわかってたら躱せるもんですよ? しかもこっちの言葉の直後に来るっていうタイミング指定まであるんだもん、むしろ躱さない方が失礼まであるよね」
「よく回る口だこと。縫い留めて差し上げましょうか?」
「それはお断りかな。私、人とお話するの好きなんだよね」
さて、どうするか、と。
ワカモはてきとうに口を回しながら、チラリとこの建物の入り口に視線を投げた。
ワカモにとっての最優先目標は、あくまでもこの場からの脱出だ。
しかし、先程の行動といい、この余裕といい……。
目の前の虫は、どうやら他の羽虫とは異なる、邪魔になり得る害虫らしい。
駆除すべきか。
それとも、今は見逃し、退くべきか。
あのお方の視界に汚れた血を入れて、不興を買いたくはない。
しかし、潰すことなくこの害虫から逃げ切るのは、少しばかり面倒になる予感がする。
ワカモは油断なく銃を構えたまま、思考を巡らせていたが……。
「いやしかし、正直あなたを先生と2人きりにするの、結構緊張したんだよねー。
先生のこと、
「……は?」
その言葉に、ワカモの凍て付いていた思考が、一瞬で加熱する。
「いやまぁ、
ワカモちゃんが
自分のこの熱すぎる想いが、次?
誰かに、何かに、劣る?
ワカモの脳内を、煮え滾る激情が占める。
あぁ……なるほど。
「殺されたいのですね、あなた」
「できるかな? あなたに」
仮面の奥で表情が削ぎ落されるワカモに対し、相手は口端を曲げて笑う。
そうして、ワカモの指が引き金にかかり……。
二度目の銃声と共に、戦いは始まった。
* * *
ワカモの思考が回る。
現在この建物には通電が成されておらず、薄暗闇が周囲を包んでいる。視界は効き辛く、相手は人影程度にしか判別できない。
しかし、先程聞こえた声の通りや反響具合からして、恐らく現在の彼我の距離は30メートル余り。
最初にもたれかかっていた柱から一歩離れた位置で、こちらに声を投げかけていた。
加えて、先程の回避行動。
左に重心を傾けるようにゆらりと蠢き、最適最短の形で銃弾を躱した後、ごく自然に体勢を整え直す。
その軌道と、体の動き。そしてあちら側に広がる空間からして……。
かけるべき補正は、一拍と、右方9センチ、上方3センチ。
脳内で弾き出した直感的な数値を元に、ワカモはほんの僅かに腕をズラし、迷いなく発砲。
タンッ! という鋭い音と共に……。
「え、わっ!」
驚いたような声と共に、人影はもう一度踊った。
ワカモは、小さく舌を打つ。
外した。
いいや、命中こそしたが、有効打にならなかった。
相手が回避することを前提とし、その先で当たるはずだった銃弾は、
ワカモの持つライフルの弾速は、秒速700メートルを越える。
彼我の距離30メートルを詰めるのに要する時間は、僅か0.04秒。
その刹那の間に、弾丸の発射と軌道を確認、自身が想定していたものと違うと認識、咄嗟に回避行動を実行した……。
極限に研ぎ澄まされた感覚、戦闘センス、そして何より反射神経。
それらが全て揃わなければ為せない、神業と呼んでいい回避だ。
「なるほど、戦闘の天才ですか」と、ワカモは内心でため息を吐く。
こういった手合いは、キヴォトスには稀にいる。
自分を一度は捕らえた、あの組織的で理論的な狐たちとは対極の、非論理的なワンマンアーミー。
つまるところ、ワカモの同類であった。
「ちょ、今の合わせてくる!? 調整するの早すぎでしょ!?」
一方で、ワカモに相対する少女……調月オリの方も、大いにビビリまくっていた。
自分が回避行動を見せたのは、たったの1回。
それも薄暗闇の中で、最低限の行動だ。
それなのに、回避の癖を見抜いて、合わせてきた……?
なんだコイツ化け物か、というのが正直な感想だった。
いいや、化け物だという話は聞いてはいたが、ようやくそれを実感できた、と言うべきだろうか。
いつも彼女が遊んでもらっている紅葉髪のヤンキーメイドだって、流石にそこまではしてこない。
……いや、案外できるかもしれないが、少なくとも本気でやり合っていない時はそういう繊細な戦いはしない人だった。
全く以て、キヴォトスは広い。
こんなにも飛び抜けた戦闘センスを持ってる人がいるなんて……と。
彼女は内心で、思わず舌なめずりしてしまった。
しかし何にしろ、してやられてしまったな、と。
オリはチラリと、自身の左手に目を向ける。
ワカモのライフルから放たれた銃弾は、容赦なくオリの肌を裂いていった。
とはいえ、辛うじて体を逸らした結果、左手の甲を浅く掠めていったに留まった。
ほんの少し、灼けるような痛みはあるが、これなら戦闘行動には大きな支障はない。
ない……が。
問題は傷そのものではなく、こちらの回避に銃弾を合わせられたことだ。
たった1度、最低限の回避を見られただけで、これだ。
相手の……と言うより、戦場の観察力と、それに対する適応力が群を抜いている。
ワカモがこの調子で銃撃を補正し続ければ、最悪、まともに回避すらもできなくなるかもしれない。
であれば、ここは短期決戦で決めるべきだ。
オリは腹を括り、反撃に転じることを決めた。
更にワカモが発する、いくつもの銃弾。
徐々に……真綿で首を絞めるように命中精度を増していくそれに、浅く身を抉られながらも。
「じゃ、今度はこっちから行くよ!」
オリは腰のホルダーから、彼女の得物を取り出した。
それは何の変哲もない、キヴォトスで買おうとすれば簡単に買えてしまうような、ただの自動拳銃でしかない。
けれど、彼女が名前を付けてまで愛用する、唯一の一丁だった。
……ただし、一般的なそれらとは、少しばかり使い方が違うのだが。
重い引き金を引けば、愛銃は彼女の信頼に応え、ワカモに向かって1発の銃弾が飛んだ。
そしてそれは、咄嗟に身をよじった彼女の体に、それでも過たず直撃したが……。
ワカモの体には、穴が空くどころか、出血の1つもない。
小さな青あざすら、1つ作れたかどうか。
これがキヴォトスの「普通」だ。
外の世界の人間たちと違って、キヴォトスで生まれた生徒の肌は、銃弾や爆発すらも弾く。
ダメージが蓄積し続ければ、ようやく肌が切れ血を流すくらいで、銃弾の1発2発の直撃は大きなダメージにもならないのだ。
だからこそ、ワカモはすぐさまその銃撃から意識を切り離し、相手の方へと意識を向け直したが……。
「……おや」
そこには既に、誰もいなかった。
成程、と心中で納得。
今の銃弾は、ミスリードだ。
銃撃戦が主となるキヴォトスにおいて、相手の銃撃は重い意味を持ち、人の意識を引き付ける。
そこに意識を向かわせ、その間に本体は消える、と。
まるで手品師のような動き。
であれば次には……、と。
けれど、その思考は果たされない。
「てつざんこーうッ!!」
次の瞬間、真後ろからの、予期せぬ強烈な衝撃に、体が宙に浮く。
気付けば、ワカモの体は弾き飛ばされていた。
「なッ……!」
思考の間に合わない間隙。
警戒に入る前の一瞬。
踏ん張りは効かずとも、咄嗟に受け身を取って転がることができたが……。
しかし、その手に持っていたライフルは、取り落してしまった。
そして、それを拾い上げたのは、ワカモを吹き飛ばした相手。
外の街頭から差す光の中に、ゆっくりとその姿を現した、調月オリだ。
「はい勝ち~。そんな咄嗟に受け身取れるのは戦闘経験すごいなーとは思うけど、それはそれとしてオリの勝ちデース!」
彼女は戦利品を誇るように、左手に握ったワカモの愛銃をプラプラと揺らし、地に伏したワカモを見下ろしながらながら言った。
「いやー、前から疑問なんだけど、みんななんでまともに通用しない銃撃戦で戦うんだろうね。
銃弾のダメージは通らないけど、痛みによるスタンとか衝撃によるノックバックはあるんだから、そっちを中心に戦えばよくない?」
オリの言う策が通らないのは、単純な話、銃撃を受けながら相手との距離を詰めるのが困難だからだ。
キヴォトスにおいて主な戦闘状況となる銃撃戦では、相手までの間にある程度以上の距離が離れていることが前提となる。
この距離を何の遮蔽に隠れることもなく詰めようとすれば、当然ながら相手から危険視され、蜂の巣にされてしまう。
彼女自身が言ったように、銃弾によるダメージはある程度防げても、痛みによる思考の停滞や衝撃による体勢の乱れまでは防げないため、無策の突撃は止められやすいし……。
細かな銃弾も数が重なれば、それこそ致命傷にまでなってしまいかねない。
故にこそ、本来は一定の距離を離して遮蔽に隠れて撃ち合い、あるいは隠れ潜んで相手の裏を取るのだ。
……だが、ただ1つ。
調月オリの、圧倒的なまでのフィジカルが、その常識を破壊する。
「銃で意識ズラして、その隙に視界の外に出て、銃奪うか戦意折っちゃえばそれで終わりだもんね?
それに多少撃たれたって、我慢すればいいだけだしさ」
彼女は基本的に、その愛銃に対して、相手への致命打を期待してはいない。
それはあくまでもミスリードであり、一瞬だけ相手の意識を奪うための道具であり、そして戦況を覆す一手のための大事なパーツなのだ。
それを使って相手の意識に僅かな間隙を作った後は、持ち前の身体能力で相手の認識の範囲外から飛び出し、不意打ちで相手から戦闘能力や戦意を奪い去る。
それが、対人向けに編み出した、調月オリの必勝法。
悪し様に言えば、キヴォトスの常識にハマっている程に対処が困難になる、邪悪な初見殺しだった。
「……さて、と。まぁこんなもんかな」
オリは1つため息を吐き、呟いた。
ワカモの得物は奪った。
相手は脳に受けた衝撃のためか、地に這ったまま動かない。
対して、自分はほぼ無傷だ。いくつか軽い傷は負わされたけど、この程度なら軽傷にも入らない。
もはや、戦況は一方に傾いている。
故に彼女は、どこか退屈そうに、口を開いて……。
「じゃ、戦闘終りょ──」
しかし、その時。
「……10秒」
ボソリと呟いた、ワカモの言葉の直後。
オリの左手を、鮮烈な痛みが襲った。
獣は、狩りを終えた時にこそ、最も大きな隙を晒す。
オリはそれを、痛感することになる。
「ッ?」
勝ったと、自らの中で結論付けてしまったが故の、油断。
覚悟できていなかった、そもそも発生するはずもなかった、痛みによる思考の麻痺。
それらが導いた刹那の、けれど致命的な隙。
それを、ワカモは見落とさなかった。
這った状態から……いつでも駆け出せるように四つ足で待機した状態から、一瞬で加速。
獣の如き勢いそのままオリの体にぶつかり……。
本来はそれに耐えられるはずのオリは、しかし思考が停止していたが故に、踏みとどまることができず。
激痛が走った左手が、ワカモの愛銃を握っていた指が……開く。
「まずッ……!」
流れるように愛銃を奪い返し、痛みに歪んだ端正な顔へと標準を合わせて、引き金に指をかけ──ワカモは、迷いなくそれを引いた。
体勢を崩し、至近距離で銃口を向けられるオリに、もはやそれを躱す術はなく。
タンッ、という銃声。
それに次いで、「あいったぁー!」という声がエントランスロビーに開いた。
更に相手を踏み付けて固定し、二の矢を放とうとするワカモだったが……。
そのかかとはガツンと、ロビーの床を強かに打ち付けるだけだった。
逃げられましたか、とワカモは淡々と判断する。
確かに、直に頭を撃ち抜いた。相当の衝撃に脳が揺れたはずだが……どうやら相手は、その上で退避できる機転か悪運、あるいはそれすら軽傷で抑える頑丈さを持っているらしい。
奇襲で得られたリターンは、愛銃の奪取と、至近距離でのヘッドショット1発。
ワカモとしては、もう少しダメージを重ねたいところだったが……。
しかし、この不意打ち返しの反撃によって、状況は大きく変わった。
ワカモの体には、ほとんど消耗がない。
先程の体当たりによるダメージは、既に完全に抜けている。
と言うより、あくまで油断を誘うために地を這っていただけで、ダメージ自体は殆ど受け流していた。
実質的には、無被害での仕切り直しに等しい状態だ。
それに加えて、相手の手札を1枚、見ることができた。
銃撃により相手の意識を集中させ、その一瞬の空隙を突いて視界の外に逃げる……。
あの程度の手品は、知ってさえいれば対処できる。少なくとも、ワカモにとってはそうだった。
故に、状況は最初よりむしろ好転していると言っても良いくらいだったが……。
「……ふむ」
それは、どうやら相手も同じらしい。
「してやられたぁ~……いやぁ、油断は駄目だね、ほんと」
そう呟くオリの姿は、既に薄暗闇の向こうに消え、彼我の距離は再び30メートル前後。
そこで彼女は、柱の陰に身を潜めながら、自身の体を検めていた。
先程ワカモに撃たれた頭は……少しだけ鈍い痛みが残っているが、戦闘には差し障らない範囲。
ちゃんと痛みが残る傷は久しぶりだなぁと、オリは内心でにやにやと笑う。
今できた頭の傷と、先程の左手の不明な痛み。
これらを除けば、その他の傷はもはや痛みすらも残っておらず、まだまだ万全と言っていい状態。
その驚異的な身体能力により、オリはワカモの攻撃の大半を受けきり、そしてほぼ完全に回復していた。
こちらもこちらで、仕切り直しに等しい状態だ。
しかし……。
「不思議な力使うんだね、ワカモちゃん? ちょっとビックリしちゃった」
先程の失態。
全ての分水嶺は、やはりあの左腕の痛みだった。
突然走った、正体不明の鮮烈な痛み。
しかし今、オリはある程度、あの痛みの正体に見当が付いていた。
なにせ、最初に銃弾を受けた時、彼女が左手の甲に負った掠り傷が、その時よりもずっと大きくなっているのだから。
「一度負わせた傷に、遅れて衝撃が来る……みたいな感じかな?
いや、最初に受けた傷以外にはそんなのないから、ダメージを蓄積させて最初の傷跡に集中させる、みたいな感じ?
いやー、こんな隠し札があるとは。もっとあなたのこと、ちゃんと聞いておくべきだったかな」
なんともファンタジーのような話だけど、ワカモちゃんにはそういった何らかの能力があると思った方がいいな、とオリは判断する。
なにせここは、神秘だの恐怖だの崇高だの、名前がなかったり忘れられたりしてる神々だの、古代文明の遺物だの巨大ロボだの宇宙戦艦だの、そういうフシギなモノがある
ちょっと異能力バトルモノみたいな能力があっても異常ではない。
まぁ、それを先生の干渉なしに平然と繰り出してるのは、どちゃくそ異常だと思うけど……。
……と、そこで。
「まぁ、十分かな、と」
カシャンッ、と、そこそこ重いものが床に落ちる音。
銃をその場に落としたオリは、ゆっくりと両手と声を上げた。
「うん、降参降参。これ以上はちょっと馬鹿にならないや」
「ほう、白旗を上げると?」
「そだね。……改めて、謝罪させてくれる?」
「……どうぞ」
その言葉を聞いて、オリは柱の影からその身を現し……。
ペコリと、ワカモの方に頭を下げた。
「『あなた以上の想い』だなんて言ってごめんなさい。人の想いとか感情は絶対的なモノだし、どっちが上とか下とか比べるべきじゃなかった。
私は確かに先生のことが好きだけど、だからってあなたの先生への想いの大きさを否定していいわけじゃないよね」
頭を下げ続けるオリに対して、ワカモはしばらく、警戒するように銃口を向けていたが……。
ゆっくりと、その銃口がオリから外れ、代わりに仮面の奥から鋭い視線が投げかけられた。
「……試した、おつもりで?」
「いや、試したつもりはないよ。ただ、あなたは強いって聞いてたけど、どれくらい強いのかはわからなかったから……私自身の感覚で確かめたかったんだ」
「それを試したと言うのです」
「あ、そうか。そうかも。ごめんね」
たははと笑うオリを見て、ワカモの心には、僅かな興味が湧き出た。
あのお方のように、特別心惹かれるわけではない。
けれど……あるいは、戦いを経て、興が乗ったということだろうか。
少なからず実力を持つ自分に対して喧嘩を売り、命懸けで実力を確かめる。
それが何の為のものなのか、彼女は純粋に疑問に思ったのだ。
「……何の為に?」
「え?」
「何の目的で実力を確かめようと? 相応にリスクのある行動だったと思いますが」
それを聞くと、オリは少し驚いたように目を見開き……。
クスリと、笑った。
「あなたと同じだよ。私はただ、先生が好きで、先生を守りたいだけ。
だから同志……じゃないけど、同じように先生のことを好きなあなたが強いのなら、お互い協力できないかなって思ってさ」
「協力……ですか?」
「そ、協力」
コトリ、コトリと、ワカモの方に足音が近づいてくる。
既に銃を手放し、当然ながら敵意もなく、むしろ笑顔で近付いてくる長身の少女に、ワカモは銃口を向けるか逡巡し……。
しかし、結局向けはしなかった。
「あなたはあまり興味がなかったかもしれないけどさ、これから先生は何度もピンチに陥るよ。
キヴォトスの中の人と比べて、外の人は弱い。それなのに、シャーレの顧問となると、権力とか立場は大きいからさ」
「……なるほど」
確かに、とワカモは内心で頷く。
自分が想いを伝えることとは関係が薄いので、あまり気にしていなかったが……。
あのお方がキヴォトスの外の人間で、なおかつシャーレに赴任する先生であるならば、利用価値は十全にある。
それがあのお方でさえなければ、ワカモ自身が拉致してもいいと考える程に。
「それで、協力とは?」
「簡単な話、お互い可能な範囲で先生のことを守っていこうってこと」
オリはあたかも「なんて素敵なアイデア!」とばかりに腕を広げたが……。
「私に何のメリットが?」
対し、ワカモはすっぱりと切って捨てる。
ワカモは、自身の実力を知っている。
少なくとも、誰かを害すること、何かを破壊することにおいて、彼女の右に並ぶ者はキヴォトスにもそう多くはいない。
故に、協力者など必要ない。
あのお方の敵が現れれば、自分が消せば良いのだ、と。
……しかし、そう思うワカモに対して、オリはニヤリと笑った。
「たとえば……あなたをここから、無事に逃がすこともできるよ。表でまだ襲撃を警戒してる先生の生徒たちを傷つけて、先生に悪感情を抱かせることもなく、戦闘すらなしで逃げるルートを教えてあげる。
それに私、先生の性格とか嫌いなこととか知ってるからさ、先生的NG行動とかも教えてあげられる。良かれと思ってやったことに『駄目!』って言われることもなくなるよ。
それと……そうだね。場合にはよるけど、こういう現場からの撤退ルートなり物資なりを用意してもいい。協力者が助け合うのは自然なことだしね?
……どうかな、狐坂ワカモちゃん。あなたにとっては、なかなか悪くないメリットになるんじゃない?」
まるで子供がいたずらの計画を立てるように、彼女は語る。
矯正局から逃げ出した逃亡犯であるワカモに、手を貸す……。
つまりは、自分も共犯になると。
ワカモは、その言葉に罠があると考え、彼女に何のメリットがあるかを想像し、それによって得られる利益を想定し、何より「あのお方」の安全を想い……。
数秒、たっぷりと考えた後、結論を出した。
* * *
それから、1分程。
シャーレのエントランスホールに、光が灯る。
それは、この建物についに主が現れたことの証左。
そうして、先生が真の意味で「先生」になったことを示していた。
「……よしよし、スーパーAIさんがご起床なさったか」
上手く事が運んだと確信したオリは、ニンマリと笑顔を浮かべた。
そして、待つこと数十秒。
奥の方から、地下から上がって来たのだろう先生とリンが現れた。
“オリ、大丈夫?”
「うっすらと発砲音が聞こえましたが……交戦があったのですか?」
心配そうな表情を見せる先生と、心配そうではあるがそれ以上に厄介事はごめんだと思っていそうなリンを見て、オリは薄く笑い……。
「すみません、ネズミが動いた音にビックリして、思わず撃ってしまって。
何かあったわけではないので、ご心配なく」
「先生に自分との交戦と行き先を教えないこと」という、同盟者との約束を守ることにしたのだった。
バトル展開書く機会少ないから、難しかったけど、新鮮で楽しかったです(小並感)。
カッコ良く書けてたらいいな。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!