絆ストーリーとか(無所属だけど)グループストーリーみたいなものと思っていただければ。
調月姉妹の古参な方
連邦捜査部、シャーレ。
先生を顧問に据え、部活という形を取られているこの組織は、最近になって急激に評価を上げている。
それもむべなるかな。
今は弱小校になってしまったが、かつてはマンモス校だったアビドスを救い。
三大学校の一つであるミレニアムの部活が抱えていた問題を解決し。
そしてついには先日、トリニティの生徒会であるティーパーティから直々に受けた依頼をこなした上で、発生しかけたクーデターを未然に防ぐことすら成し遂げたのだ。
それだけの実績を積めば、各自治区から表面的な信頼を得るには十分。
まだ先生と触れ合っていない自治区の生徒たちは、意図や出方を伺っている状態ではあるが……。
少なくとも、数か月前のように「シャーレの先生? 誰それ?」という状態は抜け出した。
今やこのキヴォトスにおいて、シャーレの先生の存在を一切知らないという生徒は殆ど存在しない。
良くも悪くも、先生とシャーレの存在は十分知れ渡ったと言っていい。
その上、先生と関わった生徒は、その大半が先生に高い評価を下している。
中には、悩みを解決してもらった、困った時に駆けつけてくれた、主になってくれた(?)、などの噂も広まっており、それが更にシャーレの評判を底上げしている状態。
結果として現在のシャーレは、たった数か月前にようやく始動した組織とは思えない程、多くの信頼と関心、そして協力者を集める部となり……。
そうなれば当然ながら、処理せねばならない業務は指数関数的に増えていく。
元より先生がそこまで業務に強い方ではないということもあり、最近は割とオーバーワーク気味。
手伝いに来てくれた生徒たちに気を遣うどころか、逆に気を遣われてしまうこともある始末だった。
どうしたものかなぁ、と頭を悩ませる先生に対し……。
「それなら、そろそろ当番の子を増やしてみる?」
そう言って首を傾げたのは、シャーレに最初期から所属してくれており、特定の部活に入っていない都合から、かなり高頻度で当番を請け負ってくれているミレニアムの生徒……調月オリ。
今日も今日とて当番に来てくれていた彼女は、今にも崩れそうなファイルの山を器用に抱えて運びながら、先生の悩みに対しておおよそ最も現実的な回答を口にしたのであった。
「シャーレって部外秘多いから事務員雇うと草が怖いし、割と旧時代な業務処理が多いからデジタル的に業務簡略化もできない……って、これはミレニアムが先鋭的なだけかな。
とにかく、信頼できる生徒を複数呼んで協力してもらうってのが一番早いんじゃない?」
“うーん……”
先生からすれば、それはあまり望ましくない道だった。
生徒とは、青春を謳歌する者たち。自らが守り支える、愛すべき存在だ。
そんな生徒たちに自身の仕事、つまりは自分がすべきことを手伝わせるなど、本末転倒。
彼女たちには、自分が望む楽しい毎日を過ごして欲しい。大人の自分が拘束すべきではない。
それが、今現在の先生の主義主張だった。
……が、そんな先生の顔色を見て、オリは苦笑する。
「先生の考えてることはわかるよ。ただ……」
そこまで言った彼女は一度口をつぐんだ後。
軽く頭を振り、先生に真剣な目を向け、言った。
「……いいや、この際ハッキリ言おう。先生、それは先生の傲慢だよ」
“傲慢……かな”
いつも全肯定……とは言わないまでも、肯定的な意見をくれることの多いオリの思わぬ言葉に、先生は思わずまぶたを見開く。
「何事にも、良い面と悪い面がある。
先生のその態度は、優しさとも言えるけど、同時に無用な傲慢でもあるってことだよ」
言いながら、引き出しにファイルを収めていったオリは……。
それを終えると、先生の下に戻ってきて、ツンとその額を突いた。
「勘違いしないで、先生。
私たち生徒は、あなたが持ってる強権に仕方なく従ってるわけじゃない。
『連邦捜査部シャーレの業務のお手伝い』をしに来てるわけじゃないんだ」
少し厳しくなっていたオリの表情が、そこで緩む。
彼女が浮かべた表情は……。
相変わらずの、綺麗な笑顔だ。
「私たちは、『先生のお手伝い』をしに来てるんだ。
シャーレの権限とか、そうしなきゃいけないとか、そんな理由で来てるんじゃない。
ただ自分がそうしたいから、少しでも先生の役に立ちたくて、先生と触れ合いたいから、たくさんの選択肢の中からこれを選んでる」
命令に従い、受動的に動いているのではなく……。
主体的に、自ら望んでここに来ている。
この2つは、近いようで真逆に近い。
「要するにさ、放課後に友達とゲームセンターに行くか、カラオケに行くか、図書館に行くか。そういういくつかの選択肢の中から、好きなところに行ってるのと同じで、私たちはシャーレに来てる。
生徒たちそれぞれが自分で選んで行動してるんだ。
……ね、先生。そういうのがさ、いわゆる『青春』ってヤツなんじゃないの?」
先生は、彼女の言葉に目を見開く。
いつの間にか、自分が自己中心的な……自分の価値観を根底に置き、大事な生徒たちの感情を度外視する考えを持っていたことに気付いたが故に。
生徒たちは自由だと、何をしてもいいのだと、そう語っておきながら……。
結局のところ、大人の身勝手な理屈を押し付けてしまっていた。
放課後をどのように過ごすのか。
遊びに行くのか、早めに休むのか、銃撃戦に身を置くのか、それともシャーレに手伝いに行くのか。
それを決めるのは、先生の役割ではないのに。
それをオリは、大きな事件が起きる前にと、教えてくれたのだろう。
自分のことを想って、嫌われるかもしれない役を買って出てくれた。
“……ありがとう、オリ”
「んー? 何のことかなー? 私は当番でありながら先生を罵倒する、駄目な生徒ですよー、っと」
そう言って、彼女は少し恥ずかし気に笑う。
その姿を見て、先生はホシノに言われたことを思い出した。
オリは露悪的な子で、自分が良いことをしたと思われるのを避けたがる。
そして、まるで全て自分が悪いように振舞う。
……まるで、嫌われたがっているように、と。
アビドスの一件以来、彼女の動向には以前以上に注目しているが……。
オリが何を求めているのか、未だ先生にはわからない。
『あの子』という不可思議な恩人を内に抱えて、途轍もなく強靭な体を持って生まれ。
調月リオという、ミレニアムの生徒会長になり得る非常に優秀な姉妹を持ち。
アビドスではホシノや当時の生徒会長と共に、その衰退や敵に必死になって抗い。
シャーレに所属するために、特定の部に入ることもなく。
そのようにして、あの日、先生と出会うまで、彼女は生きて来たらしい。
それ以外にも、聞こえて来る噂はある。
かつては今よりもっと傍若無人に暴れ回っていた、とか。
『あの子』のせいで危険なことをやっている、とか。
……目を離せば、どこかへ行ってしまいそうだ、とか。
この不思議な秘密主義の生徒のことを、先生は多く知らない。
これまでの人生で何を思い、何を感じ、何のために……何を求めて生きているのか。
それを、今年になってキヴォトスに来た先生は知り得ない。
しかし……。
彼女の行動は、先生の目にはどこか一貫して見えた。
条理に合わぬ不条理と呼ばれながら、その行動の大元には、一本の芯があるような気がしていた。
きっとそれは、彼女が本当に為したいことで、本当に求めるもの。
それを知らないからこそ、彼女の行動は不可解に思えるのだろう。
それを、いつか知りたいと思う。
彼女に話してほしいと思う。
先生にとっては調月オリもまた、大事な生徒の1人であるが故に。
* * *
ともあれ。
オリの言葉で、先生は考え方をシフトするようになった。
生徒たちに手伝いを強制するのではなく、あくまで選択肢の一つとして、シャーレの当番という提案を挙げておく。
これは、決して悪くない選択肢だと思われた。
なので早速、シャーレのモモトーク合同グループで事情を説明し、複数人での担当制度を提案。
結果、これは大多数の生徒の賛成を持って受け入れられた。
……その裏で、シャーレ所属の生徒たちのグループでは「先生と二人きりの時間を減らされるとか納得できない」派と「先生と会える機会2倍キャンペーンは逃せない」派が壮絶な口論を交わしていたことを、先生は知らないわけだが……。
それはともかく。
これまでは、本人の立候補か、先生が予定の空いた生徒に直接当番に入れるか確認する形だったが……。
これからは、あらかじめ生徒たちが入れるシフトを記入し、それを元に2から3人の当番を先生が指名する形となる。
勿論、シフトは「月にこれだけ入れなければならない」などのノルマはなく、なんなら一切入れなくても構わない。
あくまで生徒たちの選択肢の一つに、「放課後はシャーレで過ごす」というものを提供することがメインの目標。
先生の業務効率の向上は二の次だ。
ただ、そんな他者を思いやれる先生の人格と人徳からだろう。
生徒たちの大半は、かなり積極的にシフトを入れてくれた。
勿論、所属する部活や学園の行事優先ではあるが、それを避けた上でかなりの時間をシャーレでの活動に傾けてくれているのだ。
“ありがたいな。みんな、優しい子たちだ”
……そう呟き頷く先生の後ろでは、オリがげっそりと遠い目をしていた。
「いや、皆先生の横にいたくて血で血を洗う論争起きてるし、なんならここ数日はグループの空気ちょっと重いんだけど? あのホシノすら女出して牽制してるんだけど? 先生モテすぎでしょホント……」
最古参の1人としてグループの仲裁役を担っているオリは、昨日も3時間程グループの治安維持に努めていたのだった。
* * *
複数人での当番制度が始まった。
とはいえ、いきなり三人体制で始めても、何かしらの不具合が発生するかもしれない。
まずは2人で、どのように業務を分担するか、休憩時間をどう確保するかなどを模索しながら調整していくことになる。
そうして、そんな記念すべき同時当番に選ばれたのが……。
「私とアカネか~」
当日、シャーレに来たオリの独り言に、先生は言葉を投げかける。
“駄目かな?”
「ん? いんや、嫌とかそういうんじゃないよ。ただそう来たかーって感心して。
先生、ホント気遣い上手だね。あんまりカッコ良いと、オリちゃん惚れ直しちゃうぞ♡」
“あはは……”
バレたか、と。
先生は思わず苦笑いを漏らす。
実際、オリとアカネの2人を選んだ理由は、彼女の思っている通り。
1月ほど前の、ミレニアムサイレンススクールでの騒動、ゲーム開発部の『鏡』奪取作戦。
あの時、先生やゲーム開発部とは別行動を取っていたオリは、アカネと戦い……かなり重い痛み分けになったらしい。
その時のことを引きずってはいないか。
もしもどちらかにわだかまりがある場合、それを解きほぐせはしないか。
それを考慮しての組み合わせ、という側面は少なからずあった。
勿論、それだけというわけでもないのだが。
“アカネは書類仕事に強い方だし、オリは単純な作業に強いからね。
それぞれの強みを活かすにはどうすればいいか考える、良いケースにもなると思ってるよ”
「なるほどなるほど。うん、こういうところで淀みなく大義名分を言えるの、大人っぽいねぇ」
そう言ったオリの表情に、先生はやや引っかかりを覚える。
いつもの彼女なら、綺麗な笑顔を浮かべていそうなものだったが……。
実際に彼女が浮かべたのは、苦笑いだった。
“……もしかして、あんまりこういうのは好きじゃないかな”
「あ、え? 表情に出てた? うわ、はっず……」
思わずといった感じで、頬を両手で挟むオリ。
彼女はむにむにと自分の顔を撫で繰り回した後。
「…………んー、まあいいか、先生なら誤解とかしないだろうし」
一度ため息を吐き、語り出す。
「私さ、大人って嫌いなんだよ」
“それは……どういう”
オリは遠くを見つめるような目で、少し苦し気に言葉を吐き出した。
「私とリオちゃんの幼少期は、まぁ、酷いもんでね。
昔から私は体が強かったし、リオちゃんは頭が良かった。総じて優秀な姉妹だった、って言っていい。
……でも、ミレニアムは合理的だ。良くも悪くもね。キヴォトスの大人共は、そんな
“……生徒を、企業に引き入れようとした、ってこと?”
「はは、引き入れるとか、そんなんだったら良かったんだけどね!」
どこか冗談めいて語っていたオリは一転、昏い表情を浮かべ、どこか遠くを見つめる。
その目を、先生は一度だけ、見たことがあった。
……『あの子』を否定されたと思った時と同じ。
何かの弾みで相手を殺してしまうのではないかと思うような、冷たく鋭い目だ。
「言ったでしょ、『合理的』だって。
理屈や理論が通じにくい未熟な子供の心なんて、企業は必要としてないんだよ。
ほんと、クズばっか。私だけならいいのに……リオちゃんを『部品』にするとか、許せない」
“オリ……”
オリは、具体的なことを語ろうとはしなかった。
けれど確かに、その言葉の裏には、骨髄にまで焼き付いた憎悪が感じられた。
先生は生徒の味方であると同時、彼女の憎む『大人』の1人。
故に、何も言えなかったのだが……。
オリははっと目を見開き、笑顔で両手を振った。
「あ、言っとくけど先生は例外だよ!
アビドスから帰って来た時の受け答えで、先生が生徒たちの自主性、心を大事にしてくれる人だって再確認したからね。
だいじょーぶ、私は先生のこと信じてるからさ!」
“……ありがとう。期待に応えられるよう、頑張るよ”
* * *
先生がまた少しだけオリのことを知ってから、暫くして。
「お待たせしました、ご主人様、オリ先輩」
C&Cでのミーティングを終わらせたアカネがシャーレを訪れる。
そうして、3人でのお仕事が始まったのだが……。
結論から言えば、先生の心配は杞憂に終わった。
「アカネ、処理し終わったのってこっち?」
「はい。これ以上は机に積めませんし、運搬お願いしますね」
「ういうい! アカネもまだ病み上がりなんだし、無茶しないようにね?」
「ふふ、もう退院してから1週間しましたから、ご心配なく」
仕事をしながら雑談を交わす彼女たちの間の空気は、むしろ軽く柔らかい。
それを意外に思いながらも、同時に安堵していた先生の耳元に寄り、オリは囁いた。
「安心した?」
“少しだけね”
「ふふ。勝負が終わればノーサイドってヤツだよ。
戦いも終わったのに引きずるのって意味ないじゃん? それならお互い切り替えた方が気持ちいからね」
その言葉を聞いて、そういえば、と先生は思い出す。
調月オリは、ミレニアム自治区において「不条理の化身」とまで呼ばれているらしい。
その理由として大きいのが、いざ戦いが始まるまで、どちらの味方に付くかわからないから。
前回味方した陣営に、今回は敵対するかもしれない。
義理とか人情、そういったものがないわけではないらしいが……それ以上にその時の自身の感情を優先しようとする。
故にこそ、条理に従わない不条理と、そう呼ばれているのだ。
そんなことをしていれば人との関係性が拗れてしまいかねないと思うのだが……。
しかし実際には、オリは多くの生徒と良好な関係を保っている。
それができるのも、あるいは彼女のそういった姿勢故なのかもしれない。
先生は、その割り切った姿勢に、感心したように頷いた。
“やっぱり、オリはみんなより、少しだけ大人だね。勿論、良い意味で”
「もう、それ恥ずかしいからやめてよね」
本当に恥ずかしそうに顔を赤らめながら、オリは先生の机に置かれていた空になったファイルを、アカネの方へと運んで行った。
おかしい……アカネとの3人のやり取り7割で書こうと思ったのに、いつの間にかそのための話が7割の回になってしまった……。
次回はミレニアムの危険地帯に遊びに行く話。