調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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トリニティでのやべー戦い

 

 

 

“アロ、ナ……?”

 

 ……先生の意識が、急速に浮上する。

 

 どうやら、強い衝撃を受けて、一瞬気を失っていたらしい。

 

 ただし、痛みや外傷、後遺症はないようだ。

 体はいつも通りの健康体で、切り傷擦りの一切もない。

 

 つい先程、青い教室で頼れる相棒のスーパーAIが言っていたように、自分への被害の殆どは『シッテムの箱』によって防がれたようだった。

 

 しかし、それはそれとして……体が殆ど動かない。

 

 見れば先生の体は、恐らくは『シッテムの箱』の力で作られたであろう、殆どジャストフィットと言っていい程に小さな瓦礫間の隙間にスッポリと収まっていた。

 腕も足も、それどころか指先でさえろくに動かせない窮屈さ。もし閉所恐怖症の気があれば、現時点で発狂していたかもしれない程だ。

 

 そうでなくとも、多少なりとも動揺してしかるべき状態だったが……。

 先生は内心の混乱を封殺し、割り切る。

 体を動かせないようなら仕方ない。それなら頭を動かそう、と。

 状況が動く前に、自分たちの身に、そしてエデン条約の調印式に何が起きたのか、想起と推察を始めた。

 

 

 

 先生は今日、連邦捜査部シャーレの責任者として、エデン条約の調印式に招かれていた。

 キヴォトス三大校の内の二校が、長きにわたる敵対をやめ、手を取り合うのだ。

 この一大イベントに対し、キヴォトス中の有権者がこれに招致され、賓客として列席している。

 先生は、そんなゲストたちの中の1人だった。

 

 ……が、恐らく、この調印式は破綻したらしい。

 

 先生が憶えている最後の記憶は、そのエデン条約が調印される、その刹那まで。

 トリニティとゲヘナの代表が、パフォーマンスの一環として手を繋ごうとする、その時。

 「キィイン」という甲高い音に続いて、何か壊滅的で破局的な轟音が聞こえて……。

 気付けば、こうして瓦礫の下にいる。

 

 古聖堂はかなり年代物の建築物ではあるが、それでも自然に倒壊するようなものではなかったはず。

 

 ということは、外部からの接触の結果、崩れたと見るべきで……。

 

 ……先生の脳裏にちらと浮かんだのは、補習授業部の一件。

 その中で、自らを「トリニティの真の裏切り者」と騙った少女の顔。

 

 が、先生は一瞬でその考えを捨て去る。

 彼女がここにいるはずはなく、そして何より、きっとこんなことをするような子ではない。

 先生は、その生徒の味方であり、彼女のことを信じていたが故に、そう確信する。

 

 次に想起したのは、彼女が従えるように連れていた……アリウス分校の生徒たち。

 トリニティを強く憎む生徒たちが、彼女の捕縛を契機として、独自に動き出した可能性はある。

 

 が、それにしても。

 巨大な建築物を崩壊させ得る爆弾を、厳重に警備されている古聖堂に仕掛けられるとは思い難い。

 であれば、ミサイル? それにしても何十発と撃ち込むか、余程強力かつ高速で飛翔するものでなければ、ここまでの被害はもたらせない。

 

 しかし……アリウス分校は、少数派のグループが作った力の弱い学校であったはずだ。

 そんな兵器があるなら、どこから入手したのか。製造したのならば、どこから技術が漏れたのか?

 

 ……先生の脳裏に、既視感がよぎる。

 そう、こんな展開を、先生は知っていた。

 

 数か月前、アビドス高等学校。

 やけに潤沢な装備や兵器を持ち出すカタカタヘルメット団、そのバックには、カイザーインダストリーの存在があった。

 

 まさか……今回の件も、裏で大人が噛んでいる?

 だとすれば、アリウス分校を……エデン条約を破綻させ、両校の首領に喧嘩を売る行為を援助することに、何の利益があるのか。

 それは即座には思いつかなかったが……。

 

 いいや、その行為そのものに利益があるわけではないとすれば……。

 工程の中で何らかの利益をかすめ取り、その後は知らぬ存ぜぬを貫こうとしている?

 

 どの企業が。どの勢力が。あるいは……。

 一度だけ邂逅したことのある黒服の言っていた、「ゲマトリア」を名乗る大人たちが?

 

 

 

 と、先生がそこまで考えた時。

 

「先生!」

 

 その顔に、光が差し込む。

 

 キヴォトスでもトップクラスの怪力を持つ生徒、若葉ヒナタが、先生を閉じ込めていた瓦礫を撤去したのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 古聖堂周辺は、一言で言うならば、地獄と化していた。

 

 内部ではトリニティ、ゲヘナの両生徒が血を流して倒れ伏し、あるいは瓦礫に埋もれ。

 かろうじて被爆範囲を逃れていた生徒たちは、血相を変えて内部に駆け込み、負傷者の救助とそれぞれの生徒へ銃を向けて牽制、警戒し。

 離れていたが故に状況を掴めていない生徒たちは、長い年月が培ってきた猜疑心から、この攻撃がトリニティ、あるいはゲヘナの仕業であると断定し、戦闘を始める子も現れ。

 

 その上、地下カタコンベから現れたアリウス分校の生徒たちが、混乱する両校の生徒に追い打ちをかけ。

 唐突に出現したかつてのユスティナ聖徒会らしき存在が、トリニティとゲヘナの生徒たちに対して銃を乱射している。

 

 キヴォトスにおいて、血を見ることは非常に珍しい。

 下手な銃弾では傷つかず、刃物すら肌で弾く彼女たちにとって、戦闘で血を流すという行為はどこか非日常的で縁遠いものだった。

 

 であれば、これは。

 突然謎の存在に襲われ、恐慌から互いに銃を向け合い、そこかしこに火の手が上がり、廃墟に等しい古聖堂の床に絶えず血が滴り落ちる、この現実は……。

 

 まさしく、地獄と言えただろう。

 

 

 

 その中で、先生が何をしていたかと言えば……。

 

「先生、こっち!」

 

 ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナに連れられて、その場から退避しようとしていた。

 

 先生の本音としては、逃げなどせず、今すぐ助けを求める生徒たちに駆け寄りたかったが……。

 今は、それができない理由がある。

 

 トリニティの首脳陣、シスターフッドとティーパーティは、先程のミサイルによって昏倒し壊滅状態。同等の権力を持つ救護騎士団は、団長が現在行方不明。

 ゲヘナもまた、風紀委員の戦力の大半が削られ、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)とは連絡が取れず、現在まともに動けるのはヒナのみ。

 両校共に、首脳陣がおおよそ全滅しているのが現状だ。

 

 彼女たち生徒を除いて、両校から信頼を得ることができているのは、唯一無二、シャーレの先生だけ。

 もしも先生までもが敵戦力に落とされることがあれば、致命的に収拾が付かなくなる。

 それこそ、互いへの猜疑心から、トリニティとゲヘナの全面戦争が始まる可能性すらあるのだ。

 

 それを回避するため、そして銃弾一発が致命的になる先生を安全圏に逃がすために、シスターフッドのヒナタや正義実現委員会のハスミにツルギ、そしてアリウス分校の生徒たちを薙ぎ払いながら現れたヒナが、先生の退避を望んだ。

 

 生徒の願いに応えるのが、先生の役目だ。

 故に、これ以上私情を挟むわけにはいかない。

 

 

 

 ……だが。

 そう簡単に退避できる程、この赤い地獄は甘くはなかった。

 

「くっ……キリがない!」

 

 燃える街を駆け、安全圏への退避を試みる2人に、聖徒会が襲い掛かる。

 

 一体一体は極めて強力というわけでもないが、その装備は整っており、何よりおおよそ無尽蔵。

 元よりミサイル爆撃の直撃、直後のアリウス分校との戦闘で負傷していたヒナは、いよいよその強靭な神秘すら貫かれ、額から一筋の血を流していた。

 

 

 

 そして今、更にもう1つ、良くない条件が重なっている。

 

“ヒナ、今、連射!”

「っ、了解!」

 

 先生の指示に合わせ、ヒナは愛銃のマシンガンを掃射するが……。

 

 1人、聖徒会がその攻撃を逃れ、ヒナにスナイパーライフルを向けて迷いなく引き金を引いた。

 

「あ、っぐ!」

“ヒナ!?”

 

 普段のヒナならば間違いなく、その射撃を敵全員に命中させていただろう。

 

 今回それに失敗したのは、ヒナが負傷しコンディションを落としているから……だけではない。

 先生の指揮が精彩を欠いていたから、だ。

 

 普段の先生であれば、あと二拍早く指示を出し、相手に射撃を逃れ得ない状況を強いていた。

 けれど、今……先生の手の中にある『シッテムの箱』のバッテリーが切れている今、先生の指揮は少なからず蔭りを見せている。

 

 故にこうして、ヒナが膝を突くという隙が生まれ、銃口は次に先生の方を向き……。

 

“っ!”

「せん、せい……っ!?」

 

 マズい、と。

 2人がそう思った瞬間……。

 

 

 

 タンッ、と。

 

 空を切る音と共に、最後の聖徒会は頭に銃弾を受け、塵のようにバラバラに崩れ、消えて行った。

 

 

 

「何が……いや、考えるのは後!」

 

 ヒナは咄嗟に立ち上がり、先生の手を引いて走り出す。

 

 誰か、あるいは何かからの援護もあって、聖徒会の一団は片付けた。

 けれど、最後の刺客が塵になって消えたように、アレらは真っ当な存在ではない。

 何度片付けても、虚空から無限に湧き出てくるのだ。打倒は一時しのぎにしかならない。

 

 故に、まずはとにかく、距離を離して追尾を振り切る必要があったのだ。

 

“今のは……”

 

 焦るヒナに手を引かれる先生の、視界の端に……。

 

 長い銃を構えた生徒の影が、チラリとだけ映った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「全く、ここに来て作戦変更とは面倒な。

 あの御方を守りながら、顔を隠した者たちとそうでない者たちとの均衡も維持しろ、と。できないわけではありませんが、些か忙しない。

 これで本当に、あの御方が喜んでくれれば良いのですが……」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 空崎ヒナは、強者だ。

 

 ゲヘナの治安維持組織である風紀委員の委員長であり、実質的にはゲヘナのリーダーに等しい。

 戦闘力を見ても、殊に対軍制圧力だけを見れば、恐らくはキヴォトス最高峰だろう。

 強力な神秘による攻めと守りを持ち合わせ、弾丸を受けながらも顔色1つ変えず、強力無比なマシンガンを掃射することで肉を切らせて骨を断ってくる。

 

 どのような不良にも、どのような無法者にも、どのような悪徳企業にも。

 ゲヘナ風紀委員長の鉄槌は等しく降り注ぎ、ただの1つの例外もなく、それらを問答無用で檻の中にぶち込んで来た。

 

 対人特化のオリや、突撃と防衛の両極端な能力に寄ったホシノ、突破能力に全振りしたようなネル。

 彼女たちと並んで、キヴォトス最強格と言っていい存在の一角である。

 

 

 

 ……が、しかし。

 

 ミサイルの直撃とスクワッドの襲撃により、神秘の守りの大部分が剥げ落ち。

 寄せては返す波のように無限に続く聖徒会の軍勢と、陰から狙い撃つゲリラ戦法を取るアリウス分校の生徒を相手にし。

 

 そんな状態になれば、如何なヒナと言えど、負傷と消耗を避けられず。

 

 先生と共に、ゲヘナ自治区との境界付近まで逃れる頃、彼女の体力はいよいよ限界に近付いていた。

 

 

 

「ぐっ……ぅ」

“ヒナ!”

 

 先行していたヒナが、足を止め、片膝を突く。

 

 ……お腹の辺りが、熱かった。

 ふと見れば、風紀委員の紺の制服が、大きく色を変えてしまっている。

 「こんなところを見られたら、アコは何て言うかな……」なんて、どこか浮ついた思考で、ヒナは想いを巡らせる。

 

 体はどこまでも重く、意識はどこまでも遠くなる。

 

 そうして、彼女の全身からゆっくりと力が抜けて、意識は急速に霧に包まれて行き……。

 

 

 

 けれど、その途中。

 急激な移動によって、晴らされた。

 

「えっ、……ちょっと、先生!」

“ヒナ、痛いだろうけど、もうちょっとだけ我慢してね”

 

 気付けば、彼女の体は……先生によって抱き上げられていた。

 その腕で体全てを支えられる、俗にいうお姫様抱っこの姿勢だ。

 

 羞恥から思わず顔を赤くし、「なんでこんな、あっ思ったより筋肉ある……!」とわたわたした後、ハッとして声を上げる。

 

「せ、先生、もう私は……私のことはいいから、早く、先生だけでも逃げて!

 この地区さえ抜ければ、風紀委員の子たちがいる……そこまで逃げれば、大丈夫だから……!」

 

 私は捨てて、一人で逃げろ、と。

 

 そう言ったヒナに、先生は一瞬だけ驚いたように固まった後……。

 

 ニコリと、彼女に笑いかけた。

 

“一緒に行こう、ヒナ”

“人間、疲れた時には休んでいいし、人によりかかってもいいんだよ”

“大丈夫、私は大人だから、ヒナを抱えて逃げるくらい楽勝!”

「そんな……」

 

 

 

 それは、見え透いた嘘だった。

 

 キヴォトスの住人と違って、先生は体が弱い。

 ヒナの体自体は小さく軽かったが、彼女の巨大な愛銃は違う。

 両手で抱える先生の手は軽く震え、その足取りもいつもより重かった。

 

 どう考えても、ヒナを抱えて移動するのは非効率的だった。

 力のあるヒナが、無理をしてでも自力で走るべきだった。

 それができないのならば、無駄な荷物は下ろして、早く安全圏に逃れるべきだった。

 大人である先生が、それを……そうした方が、先生自身を含めた多くを救えることを、理解していないはずがなかった。

 

 ……けれど、それでも。

 

 

 

“今度は私の番だよ”

 

 それでも先生は、ヒナの体を抱えて、足を進めた。

 

 身体的な意味では、自分よりも遥かに強いヒナ。

 精神的にもとても硬く……けれど同時に、どこか脆いようにも思えるヒナ。

 

 ここまで頑張って、頑張って、頑張り過ぎて……。

 今は、命すら危うい領域にまで、足を踏み入れかけている、ヒナ。

 

 彼女を守り支えるためなら、疲労によって肉体が上げる悲鳴も、筋肉を傷めたらしい感触も、先程弾丸が掠った右足の痛みも、何もかも軽いもの。

 

 だから、先生は、笑う。

 心の底から、嬉しそうに。

 

“やっと借りが返せるね”

“今まで頼りにしてきた分、今は私に頼って、ヒナ”

「…………」

 

 そう言われて、ヒナはもはや、何も言い返せず。

 ただ、その凛々しく輝く瞳を見上げて、先生のシャツを、きゅっと握るばかりで……。

 

 目立たぬよう迂回ルートの路地裏に入り、重く、遅くなった2人の歩みは、その後数分間続いた。

 

 

 

 

 

 

 ……そして。

 その逃避行の果てに、あったのは。

 

「終わりだな」

 

 表通りに出る道に、アリウスの精鋭、サオリを筆頭とするスクワッドの4人。

 今まで来た道に、追って来たのだろう、アリウス分校の数えきれない生徒たち。

 

 先生とヒナに待っていたのは。

 挟み撃ちにされ、逃げるに逃げられなくなるという、おしまいだった。

 

 

 

「ようやく会えたな、先生。私たちは、アリウス。アリウススクワッド」

 

 声をかけて来たのは、キャップとマスクで顔を隠した生徒。

 名を、錠前サオリ。

 このエデン条約襲撃作戦の、リーダーだった。

 

 彼女は淡々と、冷徹に、感情のこもらない声で告げる。

 

「端的に言おう。お前と空崎ヒナには死んでもらう。

 『彼女』によれば、お前は今後最も計画の邪魔になる可能性が高く、空崎ヒナという特級戦力は今後の作戦遂行に支障をきたすらしい。

 よって、お前たちはここで排除する」

 

 それは、宣言だ。

 自分たちはお前たちの敵で、今からお前たちを殺すという、宣言。

 

 

 

 先程まで先生の腕の中で、気持ち程度に体を、相当に心を休めたヒナは……。

 再び地面に降り立ち、愛銃を手に、鋭い視線で敵を見据えた。

 

「やらせると思う?」

「私たちが味わい続けた苦しみを、屈辱を、痛みを、嘆きを、今度はお前たちが味わうだけのこと。

 それを拒む権利が、お前たちにあると思うのか?」

「それなら、この人は関係ないでしょう」

「トリニティとゲヘナ、その双方に協力する。その時点で、私たちが報復するには十分な理由だ」

「今度こそ滅ぶつもりなの? シャーレを、キヴォトスを敵に回して、勝てるとでも思う?」

「勝とうが負けようが、どうでもいい。全ては虚しく無駄なもの、得たものに価値などない」

 

 ヒナは言葉を交わしながら……と言うより、相手から投げつけられる言葉を避け、投げ返しながら、全力で思考を回す。

 

 

 

 どうする。

 どうすればいい。

 

 この際、私が傷つくことはいい。死ぬことも、いい。

 

 先生だけでも逃がすには、どうすればいい。

 

 絶対に、この人だけは守らなきゃいけない。

 現在のキヴォトスの中心に立つ人であり、色々と迷惑をかけた連邦捜査部シャーレの顧問であり、いつもお世話になっている先生であり、絶対的に信じ頼ることのできる大人。

 

 彼と過ごした時間に、どれほどのものをもらったか。ヒナはもはやそれを思い出すこともできない。

 彼がくれる時間に、どれほど救われているか。ヒナはもはやそれを投げ出すことはできない。

 

 故に、必ず、先生だけでも救う。

 

 そのためには、どうする。

 

 後方の軍を一点突破する?

 ……無理だ。自分のコンディションは未だ最悪で、軍勢は数多く、何よりスクワッドにむざむざ背中を見せれば撃たれるだけだろう。

 

 スクワッドを撃破する?

 ……難しい。今までの動きを見ればわかる、相手は市街地でのテロリズム、破壊活動に慣れている。

 普段のヒナであれば薙ぎ払えたかもしれないが、今のヒナが先生を守りながらでは、とてもではないが安全に倒せはしない。

 

 横のビルの壁を破壊して逃げ込む?

 ……発破材がない。マシンガンで穴を開けるのは、材質的に困難。拳で割るなんて芸当、今のコンディションでできるわけもなく。

 

 結局、ヒナの脳内に、妙案が閃くことはなかった。

 

 

 

 残された道は、1つしかなかった。

 破れかぶれ、と言えばそうかもしれない。

 けれどそれが、彼女の思い付く限り、最も先生の生存率が高い道だった。

 

 横で渋い顔をしている先生に、小声で伝える。

 

「先生、私が撃ったら、前に走って」

“……っ、駄目だよ、ヒナ”

「いいの。……今度はまた、私が頼られる番よ」

 

 彼女の愛銃の残弾は、少ない。

 どの道、この包囲網を突破しても、長く戦うことはできなかった。

 

 であれば……せめて最後に、敵を引き付けよう。

 スクワッドの陣形を崩し、先生を逃がして、その後は……この身を盾にでもする。

 

 その他に、この状況を打開できるだけの策はない。

 

 

 

“ヒナ!”

 

 焦り、あるいは微かに怒っているようにも聞こえる、先生の言葉。

 それを無視して、ヒナは銃を構え、言葉を投げつける。

 

「……いいわ、やってあげる。ゲヘナの風紀委員長の脅威、その身で思い知るといい」

 

 ヒナの翼が、ぶわりと広がる。

 その瞳が研ぎ澄まされ、空気を切り裂いてスクワッドに突き刺さる。

 そして、互いの銃口が、相手を捉えた。

 

 

 

 立ちはだかるは、数多くのアリウス分校の生徒と、アリウススクワッドの精鋭。

 対するは、満身創痍のヒナと、『シッテムの箱』の使えない先生。

 

 戦局は致命的に傾き、もはや終わりは火を見るよりも明らかだった。

 

 1人の少女の介入は多少の歪みこそ生めど、結局のところ、それだけで結末が変わることはなく……。

 

 

 

 

 

 

 ……そう。

 狐坂ワカモの介入だけでは、変わらず。

 

 

 

 もう1つのファクターが、「先生を救う」ために動かされた少女たちが、その結末を覆す。

 

 

 

 

 

 

 アリウス分校の生徒たちは、少なからず戦闘の教練を受けている。

 特にスクワッドの4人はその傾向が顕著であり……。

 

 だからこそ。

 後方から放たれた銃声と、研ぎ澄まされた敵意と殺意。

 その恐怖すら感じる衝撃に、反応せざるを得ない。

 

「ッ!?」

 

 リーダーのサオリと姫ことアツコはヒナに銃を向けたまま、ミサキとヒヨリが振り向く。

 

 そこにいたのは、白と黒の混じる髪と、赤く鋭い目を持つ、ゲヘナ学園に所属する少女だった。

 

 

 

 彼女は銃口を上に向けたまま、左耳に付けたインカムに呟く。

 

「今だよ」

 

 その言葉と共に、ほとんど一瞬の内に、複数のアクションが行われる。

 

 その1つは、闖入者を見て咄嗟に引き金を引こうとしたアリウス分校の生徒たちに向かって、いつの間にか背後に駆け寄っていた小柄な少女が、鞄一杯に詰め込まれた爆薬を投げつけたことであり。

 

 その1つは、サオリとアツコの真上から、かつて不条理すらも撃ち落とした、一発の小型な特殊榴弾が放たれることであり。

 

 その1つは、先生とヒナを挟んでいた壁の片割れが爆発して大穴が開き、中から濃い紫色の髪を持つ生徒が現れ、先生とヒナをひっつかんで再び穴の中へ消えて行ったことだった。

 

 

 

 

「ッ、追えッ!!」

 

 逃げられた、と。

 そう判断したサオリが、爆風に耐えながら次の命令を叫んだが……。

 

「残念だけど、それは無理ね」

 

 ……そう、上から声が投げられた。

 

 

 

 10メートル余り上方、建物の屋上から飛び降りたのは……。

 たなびく赤色の長髪の中から一対の綺麗な角を生やし、レディーススーツの上に豪奢な外套を羽織った、一人の少女。

 

 アリウスの生徒たちとスクワッドに挟まれた中央……。

 先ほどまでヒナと先生がいた、そして彼女たちが逃げていった壁の大穴の前に降り立った、赤髪の生徒。

 彼女は細めた瞳を巡らせた後、スクワッドへとその愛銃を向ける。

 

 

 

 つい先程までは、先生とヒナを、アリウス生徒とスクワッドが挟み撃ちする形だったが……。

 

 ほんの一瞬の内に、戦局はひっくり返った。

 

 負傷し、満身創痍だった2人は、この場から逃げ去り……。

 今や、白黒髪の少女と、白髪の生徒、そして赤髪の生徒の3人で、アリウスの2つのグループを逆に挟み撃ちするような状況だ。

 

 ターゲットを追おうにも、2人が消えた穴は赤髪の生徒が塞いでおり、彼女を打破するまでは追跡のしようがない。

 しかしそちらに集中すれば、アリウス生徒に無防備な背中を撃たれる。

 

 少数精鋭を前提とすれば完璧と言っていい、見事な救出劇と時間稼ぎだった。

 

 

 

「コイツは……」

「詳細データ、なし。リーダー、どうする」

 

 スクワッドメンバーであるミサキの報告の言葉。

 

 それを聞いて、赤髪の少女はため息を吐いた。

 

「はぁ……全く、アリウス分校の情報網も大したことはないのね」

「!」

 

 現在、トリニティとゲヘナの情勢は荒れている。

 この事件を起こしたのが誰なのか、互いへの疑心暗鬼もあって、明確にはなっていない状況。

 

 それなのにこちらの所属を……未だキヴォトスに広くは知られていないはずの『アリウス分校』の存在を知っている。

 それを以て、サオリたちスクワッド、及び分校の生徒たちは警戒を最大とし、愛銃をその頭に向ける。

 

 そんな彼女たちに対し、少女は自らの外套を翻し……。

 

 誇りと信念、そして同時に怒りを胸に秘め、名乗る。

 

「良い機会よ、憶えておきなさい。

 私たちは便利屋68。金さえもらえれば何でもする、何でも屋。

 

 ……そして、あなたたちが傷つけたシャーレの先生の、生徒よ」

 

 

 







 身内(先生)を傷つけられてブチ切れ状態のアルちゃん率いる便利屋68。
 この後タンク抜きの3人で10分稼ぎ、モブ生徒たちの7割を戦闘不能にして、五体満足で撤退していったらしい。



 当初はそんなつもり全くなかったのに、気付けばめちゃくちゃヒロインしてるヒナがいました。
 筆がノるとこういうことも稀によくある。
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