調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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シャーレの先生とゲマトリアのやべー奴

 

 

 

 ゲマトリア。

 それは、このキヴォトスで蠢動する、悪しき大人の集団の名だ。

 

 それぞれの目的のため、青春を生きる生徒たちを、キヴォトスの数多の神秘を利用し……時には使い潰し、使い捨てることさえある者たち。

 生徒たちの平穏な日常を守ろうとする先生としては認め難い、消極的ながら敵対関係にある組織だ。

 

 その内に何人のメンバーがいるのか、未だ先生は知りえていないが……。

 既に会ったことがあったのは、3人だった。

 黒服、マエストロ、ゴルコンダとデカルコマニー。

 それぞれが異なる意味で話の通じない、非常に厄介で手強い大人たち。

 

 ……そして、今。

 先生が会ったことのあるメンバーが、1人、増えた。

 

 

 

“聞き間違い……じゃ、ないよね”

 

 オリに導かれてやってきた、シェルターのような殺風景な部屋。

 その中心にある椅子に座った『あの子』に向けて、先生は問いかける。

 

 対し、『あの子』……オリヒメは、相も変らぬニヤニヤとした不格好な笑みを湛え、答えた。

 

「ええ、間違いありませんよ。

 私はゲマトリアに所属する者。通称をオリヒメ。

 ……ふふ、『ヒメ』などと自称するのは、少々こそばゆいものがあるのですが、ね?」

 

 今は調月オリの体を乗っ取っているらしい、彼女の夢に住まう不明な存在、『あの子』。

 

 その正体が、自らの目的の為に生徒を「使う」ことも躊躇わない大人であると知って、先生は……。

 極力その感情を殺し、不快感を表情に出さないよう心掛けた。

 

 ゲマトリア。

 先生が彼の大人たちに遭遇した回数は多くはないものの、誰も彼も、それぞれの意味で厄介な性質を持っていた。

 

 アレらは大人だ。純真無垢な生徒たちとは違う。

 一瞬でも油断すれば自らの利権を啄んで来る、ハゲワシのようなもの。

 

 である以上、目の前の存在にも、気を許すわけにはいかない。

 

 

 

 しかし、あるいは先生の顔から表情がこそげ落ちるのを見てそれを察したのか。

 オリヒメは、なんら気にした様子もなく、笑う。

 

「ああ、心の距離の開きを感じます。やはりあなたにとって、ゲマトリアはそういった組織なのですね。

 ご安心を、先生。その判断は間違っておりませんよ。

 私共は、悪い大人。自らの目的のために未来ある子供を利用し、搾取し、使い潰す、そういった存在。

 いつ何時、どの言葉が罠になるかもわかりません。警戒を厳とすることは正しい選択でしょう」

“……随分と、明け透けに語るんだね”

「当然、です。私はゲマトリアの中でも、最も素直で純真で扱い易い、と自負していますのでね。

 私は──ええ、私は、様々な意味において、彼らの中でも殊更特殊な存在でありますので」

 

 オリヒメは静かに背もたれに身を委ね、「そう、私の正体についての話にも繋がりますが」と前置きして話を続ける。

 

「ゲマトリア。それは、一言で表せば、先生。あなたの『成れ果て』です。

 あなたと同じだったはずのもの。けれど、妄執と悪性に憑かれ、自らを使い果たしたが故に、ああなってしまった者たち。

 その意味においては、あなたは調月オリに感謝すべきでしょうね。

 『大人のカード』。あなた自身を削り、奇跡に変えるもの。それを使い続ければ、あなたもいつか『そう』なってしまう。

 あの子は、自らの様々なものを犠牲にして、あなたを、その善性を守ろうとしたのです。

 ……クク、全く。泣けてしまう程に健気で……笑えてしまう程に滑稽な話だとは思いませんか?」

 

 

 

“…………”

 

 オリヒメの、嘲弄するような言葉に……。

 先生は、何も言い返さない。

 

 大人であれば、感情は封殺するもの。

 オリヒメがゲマトリアであるとわかった以上、一欠片たりとも無駄に情報を渡すつもりはない。

 

 それに……オリのおかげで、あの時に大人のカードを使わずに済んだのは、事実だ。

 それ自体を否定することは、オリの想いを否定することに繋がってしまう。

 

 そう思い、先生が黙ったのをいいことに、オリヒメは楽しくて仕方ないという風に口を動かし続ける。

 

「ですが、そんな中にあって実のところ、私は少しばかり性質の違うモノです。

 私はあなたの『成れ果て』ではなく……そうですね、強いて言えば、『成り損ない』という表現が近しいでしょうか。

 私は、あなたに成れなかった。成る素質もなく、素養もなく、無価値で無意味な存在であった。

 き、ヒヒ……そう、私はこの世界において、おおよそ最も存在意義のない存在であると言えますね。

 いえ、言えますねというか、ソレそのものなのですが、ハイ」

 

 

 

 何が楽しいのか、笑いながら自虐するオリヒメ。

 

 目の前の、生徒の姿をしたゲマトリアが何を言っているのか、先生は理解しているのかしていないのか。

 

 ただ一言、尋ねる。

 

“あなたの目的は、何?”

 

 その質問に、オリヒメはピタリと動きを止め……改めて、姿勢を落ち着けた。

 

「目的。なるほど、目的ですか。

 ゲマトリアのメンバーは、必ずそれぞれが目的を、課題を抱いている。

 黒服であれば利潤の追求を、マエストロは芸術の探求を、デカルコマニーは解釈の真化を、そして……あなたが未だ巡り合わない『彼女』は、自身の昇華を。

 無論、私とて特殊な立場とはいえゲマトリア。一つの目的を抱いています。それを訊きたいと」

 

 

 

 過剰な程の確認、あるいはわざとらしい説明口調。

 

 それは果たしてどこに、誰に伝えているのか。

 疑問に思う先生だったが、答えは出ない。

 

 あるいは、あのドアから聞こえた女生徒らしき声の主かとも思ったが……。

 

 恐らく、オリヒメは他のゲマトリアの例に漏れず、過剰なまでの秘密主義だ。

 滅多に人前に現れることなく、また自分たちの情報を殆ど漏らさない。

 先生はオリと親しくしているが故にその存在を知り得たが、もしもオリと交友を深めなければ、まず間違いなくこの危険因子を見逃していただろう。

 

 『中で「オリ様」がお待ちしています』と語っていたことからしても、恐らくあの声の主は、オリがオリヒメに体を乗っ取られていることを知らない。

 

 彼女がオリの侍従であるとすれば、伝えた方がいいだろうかと一瞬考えたが……。

 生徒を危険な大人であるゲマトリアに近付けるわけにはいかない。

 

 オリヒメがわざわざ自分からオリに「自身は危険な大人だ」などと言うわけもない。

 恐らく、『あの子』の正体を知っているのは、ゲマトリアのメンバーと先生だけなのだろう。

 

 そして先生からしても、その情報は無暗に広めるには危険すぎるものだ。

 『あの子』がゲマトリアのオリヒメであることは、先生の胸に秘めた方がいいだろうと思われた。

 

 

 

 内心で考察を広げ、これからのことを考えている先生を他所に。

 オリヒメはクツクツと不気味に笑いながら、先生の方に薄く曲げた瞳を向ける。

 

「私の目的。いいでしょう、答えましょう。あなたに問われ、何を答えぬことがありましょうか」

 

 そうして、その青い瞳をまぶたで隠し……。

 

 まるで夢を見るように、空言を語るように、静かに語った。

 

 

 

「結末の転換。

 私の、ただ1つの目的はそれです」

 

「この世界には、辿るべき結末がある。

 捻じれ歪んだ終わりを迎えるか、あるいは逆に全てが始まる場所となるか……は、未だわかりませんが。

 そこで、全てが一旦の終わりを迎える、最終章が存在する。『色彩の嚮導者』がやってくる」

 

「私はそこで、1つの物語の結末を、転換させたいのです」

 

「くだらない、つまらない、面白くない。

 そんな物語を否定し、踏みにじり、穢して、自分勝手に捻じ曲げて。

 それで誰も彼もが泣き悔やんでも、私だけでも笑えるような……そんな未来を導きたいのですよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 数分後。

 シャーレの先生と、4人目のゲマトリアとの邂逅は、終わった。

 

 調月オリの夢の中に住まう『あの子』の正体は、ゲマトリアのメンバー、オリヒメであり。

 恐らくその不可解な知識は、ゲマトリアによる不可解な程の情報収集力によるものだ。

 

 そう、ゲマトリアであるならば。

 調査の末、アビドス砂漠にビナーが現れることを予見することも。

 同じゲマトリアのメンバーが、今回あのヒエロニムスという存在を呼び出すことも。

 それら全てを知り得ていて、何らおかしくはない。

 

 強いて言うのならば、オリが時たま語る『あの子』のイメージと、オリヒメという人物を実際に見た先生の所感の間に、あまりに大きなズレがあることが気にはなるが……。

 それも、オリヒメがオリを利用するため、夢の中では上手く演技をしていると考えれば、理屈は通る。

 

 

 

 オリヒメは、自らを「先生の成り損ない」「ゲマトリアとしてはやや特殊な立場だ」と語ったが、それでもゲマトリアのすることはいつだって変わらない。

 

 結末の転換。

 それが何を意味するのか、今の先生には確かに理解することこそできないが……。

 

 肝要なのは、それを為すためなら、オリヒメはオリを当然のように利用するだろうこと。

 

 その上、今回の相手は物理的には存在せず、どうやらオリの精神の中にいるらしい。

 物理的接触を阻害しても、意味はない。

 毎晩彼女の夢に現れ、なおかつ既にオリから多大な信頼を得ているオリヒメは、調月オリを容易に自らの望む方向へと誘導することができるだろう。

 

“ホシノにも言われたことだけど……オリのこと、よく見ておかないと”

 

 そう、先生は改めて決意を固め……。

 

 

 

 ……そして、思い出す。

 

 会話が終わった去り際。

 背を向けた先生に向けて、オリヒメが投げかけた言葉を。

 

 

 

『……先生。この出会いを祝して、1つ、あなたに呪いをかけましょう』

 

『あなたは、調月オリを救えない』

 

『あなたは先生だ。審判者でもなく、救済者でもない』

 

『あなたはただ1人のヒーローではなく、すべての生徒の先生であり続ける』

 

『だからこそ、あなたには、調月オリを救うことはできないのです』

 

『……要するに、あなたにヘブンズフィールルートはないのです。残念なことに……あるいは、そうであって当然なのかもしれませんが』

 

 

 

 酷い、呪いの言葉だった。

 

 先生に生徒を救う気はない。

 生徒は皆、自らの努力によって自身を救うもの。先生はその手伝いをするに過ぎない。

 故に、「救えない」と言われたこと自体に否はない。

 

 ……が。

 あれでは、調月オリが近く破滅すると言っているようなものだ。

 そんな生徒を、先生は放っておけない。

 

 その上で、先生には救えないと。

 オリへの関与は全て無駄に終わると、そう言うのだ。

 

 それは先生にとって、最も言われたくない言葉の1つかもしれなかった。

 

 

 

 ……けれど、それと同時。

 先生は、彼女の言葉の中に、解釈しかねる部分も感じていた。

 

 その言葉を吐く時だけ、オリヒメがあの不格好な笑いを引っ込めて、神妙な様子で話していたことが、理由の1つ。

 

 そしてもう1つの理由が、最後の、よくわからない言葉を吐く瞬間。

 オリヒメが何故か……。

 嬉しそうな、楽しそうな、仕方なさそうな、悲しそうな、怒ったような、嘆くような。

 そんな、複雑な感情を滲ませたからだった。

 

 

 

 あの言葉の意味は、何なのか。

 最後に浮かべた感情は、何だったのか。

 

 シャーレに帰り着くまで考えたが、結局、先生にはそれがわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 ミレニアム商業区、調月姉妹のセーフハウス、最奥の部屋。

 

 監視ドローンで先生が去ったことを確認したオリヒメは、ため息を吐く。

 

「少し、疲れましたね。慣れないことをした上に……ああ全く、他人の体とは何故こうも動かし辛いのか。前世の体が恋しい。

 けれど、これで目標は達成。悪感情(ヘイト)は十分に稼げたでしょう。

 これで正真正銘、私は物語における存在価値を失った。軛も取れた……はず。

 ……しかし、あのゴミカス畜生赤ババアと同じ枠というのは……はぁ……先生ファンクラブのボケ共に殺されないよう気を付けねば……」

 

 何事かを呟きながら、オリヒメはポケットから取り出したスマホをいくつか操作した後、天井を見上げてまぶたを閉じ……。

 

「……体、お借りしましたよ、オリ」

 

 最後にそう呟いて、まぶたを閉じる。

 

 

 

 それからおおよそ10秒程が経って。

 

 薄くノイズを走らせながら、少女の頭上にヘイローが浮かび上がった。

 

「……あー……黒服の仮死剤から目を覚ます時って、急にキッカリ意識覚醒するから変な気分になるな。

 まぁ気分シャッキリなのはいいけど、なんかムカツク」

 

 「んー」と軽く伸びをするのは、今度こそ正真正銘、調月オリ。

 

 彼女は軽く首を鳴らしながら、いつの間にか右手に持っていたスマホを確認し……。

 そこに『あの子』が打った文章を見つけて、1つ頷いた。

 

「ん……よしよし、あの子はちゃんと説明終わったみたいだね。

 わざわざ『彼女から説明するそうなので』って黒服から仮死剤渡された時は何事かと思ったけど……。

 ああもうあの子ったら、あの黒服に頼るなんて何考えてるんだろ。

 やっぱあれかな、最推しって言ってたし、ファンとして先生に会いたかったとか? 気持ちはわかんなくもないけどさぁ……」

 

 

 







 これにてエデン条約編「彼女たちの物語」は完。

 次回からは幕間程度のRabbit小隊編とか小話とか。
 先生救出成功につきオリのメンタルも安定したし、ここらで一旦メインストーリー進行はお休み。イベントストーリーターンに入ります。
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