これまでキヴォトスにおいて、調月オリの情報は秘匿されてきた。
オリが住むミレニアム自治区、オリがどうしても接触したいと主張したアビドス自治区、諸々の事件で収集を付ける際に存在を知られてしまった連邦生徒会。
これらの勢力を除いて、オリの情報はその他の自治区に流れないよう、ビッグシスターによる徹底した情報封鎖が敷かれている。
勿論、その上で彼女の存在を知り得る者も、少数ながら存在するのだが……。
そういった人物にはオリが個人的に口止めをしたり、それを口にできない理由があったり、あるいは無駄に混乱を広げる事を望まないなどの理由があって、積極的には彼女の存在を外に広めず。
故にこそ、調月オリという存在は、驚く程にキヴォトスでの知名度がないのだ。
……が、今回。
リオがオリの行動を読み間違えた──正確には読み間違えたのではなく、黒服の契約によってオリの行動がねじ曲がった、というのが正しいのだが──故に。
オリの情報は、トリニティとゲヘナに知られることになった。
皮肉にも、リオが「オリの存在が知られても急激に情勢が変化しないように」と取った、緩やかに情報を流す工作こそが、さかしまにオリの情報を各自治区に広げる結果となってしまったのだ。
もはや調月オリは、これまでの「ミレニアムのビッグシスターにはそっくりな影武者がいる」「この前満面の笑みを浮かべたビッグシスターを見た」といった都市伝説に非ず。
確かに存在する生徒であると、そう認識されてしまった。
リオはこれを受けて、計画の細部を変更。
これまでのように、C&Cを表の戦力、調月オリを裏の戦力とし、彼女の存在を秘匿するのではなく……。
オリこそが秘密兵器であると外に認識させることにより、リオの抱える更なる秘密を隠すことにした。
彼女が先日ついに建築を終えた
それらは、まだ外に出てはならない情報だ。
オリという戦力が輝けば輝く程、その光によってリオの暗部は外の目から隠される。
元より組まれていた次善のプランだった。
そして、これからの情報操作のために必要なのは、調月オリの鮮烈なデビュー戦。
彼女こそがミレニアムの最大戦力だと印象付けるだけの、凄まじいインパクト。
そして、まるでリオの望みを叶えるかのように……。
丁度その月は、シャーレ主導の学園交流会が開催されることになっていた。
* * *
学園交流会。
これは、シャーレの先生の提案で始まった、各学園がより親しくなるためのイベント……だった。
せっかくシャーレという学園の垣根を越えた交流の場があるのだから、更に学園間の仲を深めよう、という意図での企画である。
が、実のところ。
既に学園交流会は、和やかに交流を深める場ではなくなってしまっている。
今ではこのイベントは、学園間……主にトリニティとゲヘナの対抗意識によって、どちらが上かを決める競走の場になってしまっているのだ。
勿論平和な交流会として終わることもあるが、やはり勢力の大きいトリニティにゲヘナ、ミレニアムが絡むと、どうしても今後のキヴォトスの舵をどこが主導で切るか、という趣旨が入ってしまう。
もはや和やかな交流会と言うよりは、怒号と歓声の溢れる戦場のような有様になることも多いのであった。
さて、ではそのイベントの内容がどうなっているかと言えば、得点式の対抗戦である。
キヴォトスの外の常識に照らし合わせるなら、学校の体育祭と言うのが最もわかりやすいだろうか。
まずは早押しクイズやディベートバトル、障害物競走にリレーといった競技で得点を稼ぎ、それぞれ頭脳・運動面で成績を競うものに始まり。
昼食を一緒に取ったり、意見交流会や生徒会による話し合いも行いながら……。
最後の大トリでは、学園代表による5対5の銃撃戦が行われることになっている。
勿論、最も注目されるのは、最後の銃撃戦。
それぞれの自治区の最高戦力、あるいはそれに続く者たちが出ることも多いこれは、そうそう見られないような苛烈なものとなる。
学園の生徒たちはそれを見て大いに盛り上がると同時、これを通してライバルの学園の実力を測るのだ。
そうして、交流会当日。
シャーレビル近郊の広場では、二校の生徒たちが大いに盛り上がっていた。
ゲヘナの生徒やミレニアムの超兵器が暴走しかけるなどのハプニングもあったが、というか今でも起こりかけているが……。
それぞれの学園の治安維持組織が即座にこれを鎮圧することで、交流会は今のところ問題なく進行できている。
それぞれの特典競争は、体力面ではゲヘナ優勢、頭脳面ではミレニアム優勢といったところ。
両校にとって平等なプログラムになるようにと、先生とアロナが頭を捻ったかいもあり、得点差は殆ど開かず均衡状態。
そしてその状態が、より生徒たちをヒートアップさせていた。
「このままじゃ負けそうじゃない? やっぱり自立駆動突撃機雷三号を起動しないと……」
「テンション上がって来た~! 次の競技バズーカでド派手にぶちかまそーぜ!」
……ややよろしくない形でのヒートアップもしているが、それはそれ。
その程度の暴走はキヴォトスでは日常茶飯事なのである。恐ろしいことに。
“みんな、今日も元気だなぁ”
エデン条約に纏わる一件を超えた先生も、鉄火場を踏んだ経験からか、だいぶキヴォトスの治安に対する寛容さが生まれてきている。
もはやこの程度、注意どころか気にも留める必要はないだろう、と。
有体に行って、ツッコミ不在の恐怖だった。
* * *
そうして、交流会はついに最終局面。
代表選手による銃撃戦へと進んだ。
実のところこの銃撃戦、あくまで交流会ということもあり、学園の本当のトップが出てくることは案外少ない。
そういった人物は実力は確かだが、大抵の場合は治安維持や内政の仕事に追われている。
それを切り上げてまで代表戦に参加しろ、とはシャーレも言えないのだ。
……が、しかし。
今回の代表選参加者は、かなり豪華と言えるだろう。
ゲヘナ代表選手──空崎ヒナ、天雨アコ、銀鏡イオリ、火宮チナツ、氷室セナ。
ミレニアム代表選手──美甘ネル、一之瀬アスナ、角楯カリン、室笠アカネ、調月オリ。
両校共に、治安維持組織の最高戦力。
模擬戦ながらも頂点決戦と言っていい熾烈な戦いになることは目に見えていた。
そして、そんなメンバーの中でも注目されているのは、やはり調月オリ。
最近になって急激に噂を聞くようになったミレニアムの生徒。
ミレニアムにおける唯一の有人戦力であるメイド部ことC&Cの4人は、知る者は知っているが……。
その横に並ぶ、ハンドガンを左手に持つ、ミレニアム指定のパーカーを羽織った少女のことは、殆どの生徒たちが知らない。
降ってわいたミレニアムのワンマンアーミー、調月オリ。
彼女の実力は如何ほどのものか、戦闘方面に興味を持つ生徒たちが、そして他自治区の情報部の生徒たちが注目を集めている。
そして、そんな懐疑と期待の視線を受けて……。
オリは1つ、気だるげにため息を吐いた。
「はぁ……見世物じゃないんだけどなぁ」
その言葉は、嫌悪というよりは困惑に傾いている。
実のところ、こう見えてオリは、人に注目されることに慣れてはいない。
ミレニアムにおける評価基準で最も優秀とされる姉と共に育ち、彼女によって存在を隠匿されてきたオリには、これまで多くの視線に晒されるタイミングがなかったのだ。
故に、大きな環境の変化に困惑する意味で、その形の良い眉をひそめていたのだが……。
そんなオリの肩を叩く少女が1人。
「いいじゃねーか後輩、こーいうのにも慣れとけよ」
オリよりもずっと小さな体格で、背伸びして彼女の肩を叩いたのは、紅葉色の髪の少女。
C&C部長である、美甘ネルだ。
その距離間の近さからもわかるように、オリとネルの間には、少なからぬ因縁があった。
オリは昔からミレニアム自治区で問題を起こす生徒であり、治安維持組織であるC&Cの部員であるネルは、頻繁に彼女を追い回す必要があったのだが、それだけではなく……。
ネルはいっそこっちに引き込んでしまえと、オリをかなり強引な手法──つまり武力を以てそれを為すというもの──で勧誘をかけている。
結局、オリが問題を起こしてはC&Cと戦闘になり、ネルがオリを見つければ銃を突き付けて脅す、と。
そんな、何とも言えない殺伐とした空気感が、2人の間には漂っているのだった。
が、それならば2人の仲が普段から悪いのかというと、そういうわけでもなく。
「もー、私こういうの慣れてないんだって! 手元狂ったらどーすんのよネルパイ」
「ネルパイ言うなっつの。ハ、将来的にはC&Cに所属すんだ、あたしたちとの共同作戦にも慣れとけよ」
「所属しませーん! それ言い続けて2年半以上経つんですけど、いつになったら諦めるわけ~? あと同年齢なのに後輩って呼び方はなんなん? 意趣返しかな?」
「舐めんな、最近はお前の動き掴んで来たっつの! 次やったらぜってー逃がさねぇからな!」
……と。
彼女たちは、割と親し気に会話を交わしている。
オリとしては、戦いと日常生活は切り分ける、いわゆる勝負が終わればノーサイド主義であるが故に、ネルに対して悪意は持っておらず……。
ネルとしては、かつては無意味に暴れ回るオリをいつか潰してやろうと思っていたものの、リオの仲介で一度個人的に話し合ったことで、彼女のことを気に入ったのかC&Cへの勧誘を始めた。
C&Cの他のメンバーも──真面目なカリンは、多少オリを警戒している気はあるが──時折自分たちの任務を手伝ってもくれるオリに対して、そこまで強い隔意を持っているわけでもなく。
治安を守る側と乱す側という敵対関係にありながら、彼女たちは何故かそこそこ仲が良かったりもする。
故に、今回のC&Cとオリの共闘も、比較的スムーズに事が決まったのであった。
対するゲヘナ代表チームは、風紀委員会の中心メンバーに、サポーターとして救急医療部のセナが加わった形。
リオが収集した情報によれば、
その真意としては、風紀委員の中枢メンバー不在の隙を突き、自分をモチーフにした旗をゲヘナ中に掲げることらしい。
オリにはイマイチその意味を見出せなかった。人の価値観とはやはりそれぞれで異なるのである。
なんとも愉快な理由でこの代表戦に参加させられ、遠くから見るだけでも(主にアコとイオリが)イライラしている風紀委員だが……。
彼女たちの実力自体は、侮れるものではない。
サポーターのセナとチナツ、コマンダーのアコ、アタッカーのイオリにリーダーのヒナと、非常にバランスの取れた人選。
それぞれが十分な訓練を積み、戦闘に慣れたプロフェッショナル。
C&Cの奇抜で特殊なコンビネーションとは違う、王道の集団戦術で詰めて来ようだろう。
そして何より警戒すべきは、やはり空崎ヒナという特級戦力。
彼女に自由に動かれれば、流石のC&Cとはいえ苦戦を強いられる。
故に、今回の戦場において最も肝要なのは、ヒナをどう抑えるか、だ。
オリは耳に装備したインカムの調整も兼ねて、ボソボソと小さく呟く。
「私はC&Cの戦い方にはまだ不慣れだ。一緒にいてもみんなの動きを阻害しちゃう。
だから、私は空崎ヒナを担当するよ。他のはC&Cに任せた」
『あァ!? 私たちの戦いに慣れろっつったろ!』
「今回は勝たなきゃ駄目だから、それは次回ね。アカネ、どう?」
『ふむ、悪い作戦ではありませんね。採択します』
『オリ先輩、どれくらいヒナを止められる?』
「カリン、私のこと舐めてる? 止めるんじゃなくて勝つんだよ」
ゲヘナの特級戦力、ヒナ。
一人でゲヘナの治安を維持しているとすら言われている、絶対的な力の持ち主。
それに対し、気負いもせず「勝つ」と断言するオリに、しかしC&Cの面々は「言うと思った」と言わんばかりの納得、あるいは呆れ、あるいは楽しそうな笑みを浮かべる。
ミレニアムの治安を守るため、これまでC&Cは何度も調月オリと戦闘し……。
けれど、ただ一度として、彼女を打倒することは敵わなかった。
事件が起こるその時々で、オリの本気度は違った。
大抵の場合はただの遊びで、オリがある程度楽しむと超高速で撤退していくため、捕縛は叶わず。
稀に彼女がある程度本気を出す時は、四対一だというのにむしろこちらが被害を覚悟せねばならない程の戦力として立ち塞がって来る。
調月オリは、強い。
特に、複雑な策謀の絡まない突発的な遭遇戦や模擬戦……シンプルな戦力比べの場において、彼女はおおよそ敗北を知らない。
「まぁ、流石にホシノが来たら障害物アリじゃないと厳しいけど……私、真っ当に戦えればホシノ以外に負ける気はないからね!
みんなはゆっくりで大丈夫だよ? ヒナちゃん落としたらすぐ駆けつけたげるからさ!」
「ハッ、抜かせ! そっちこそあたしたちの援護が必要なんじゃねぇか?」
「言うねぇネルパイ! そんじゃどっちが先に片すか競走でもする? 明日の昼食代でも賭けてさ」
「いいぜ、やってやるよ!」
ネルは楽しそうに、勝気に笑う。
今、ミレニアムとゲヘナによる頂上決戦の陰で、割とどうでもいい戦いが始まろうとしていた。
半分くらい説明会になっちゃった。てへ。
次回、いよいよ交戦開始。オリは最高戦力、ヒナの打倒に向かいます。