先生の宣言と共に、ミレニアム対ゲヘナの学園交流会、代表戦が始まった。
代表戦のルールは以下の通り。
シャーレの近郊、一時的に貸し切った500メートル四方の区画をテープで仕切り、戦場とする。
この戦場の上で、ミレニアムとゲヘナの代表生たちは戦闘を行う。
戦闘の最中、上空に漂う監視ドローンによって、投降した、捕縛された、ある程度の被弾が確認された時点で、その生徒は戦闘不能扱いとなる。
より早く全ての生徒が戦闘不能となった、あるいは制限時間である30分時点でより多くの戦闘不能者を出した陣営の負け。
一般のビルや工場などもある都市区画である都合上、爆撃等で建築物や地面を過度に破壊する行為は禁止、それを故意に行った陣営はその時点で失格。
代表の生徒が場外への出た場合は戦闘不能扱いとなる。
それ以外の不測の事態が起こった場合、シャーレの先生が平等な審判として対処に当たる。
以上。
端的に言えば、市街地で行われる模擬戦である。
この戦闘で鍵となるのは、やはり戦術だろう。
多くの建築物により死角も多いこの戦場で、5人のメンバーをどう割り振るか。
複数人で固まって奇襲を警戒しながら、堅実に進めるか。
班を分けて情報を集めつつ、戦局を有利に進めようと試みるか。
あるいは1人で隠れ潜んで奇襲をかける、というのも選択肢として存在する。
それぞれに弱みや強みのある数多の戦術。
それらの選択肢から、どれを選ぶかは生徒たち次第。
それぞれの学園や部活の方針がハッキリ出る戦いとなる。
そういった意味で、ゲヘナ風紀委員たちを中心とするゲヘナ代表チームは、非常に手堅い戦術を選んだ。
即ち、全員で固まっての進軍。
地区を仕切るテープをすぐ右手に。エリア端を背に負うことで死角を減らし、5人のメンバーで全方位を警戒しながらゆっくりと進行していく、というものだ。
速攻性はなく、また相手の動きの情報も集め辛いが、その分簡単な奇襲程度であれば優に跳ね除けることのできる、堅実な策だ。
ゲヘナ学園風紀委員。
この委員会はゲヘナ学園設立と同時に成立したこともあり、非常に長い歴史を持っている。
当然ながら、その長い歴史で培われてきた独自の戦法や戦略も存在し、それらは徹底した軍事教練によって今も新入委員たちの身に叩き込まれ続けている。
当然ながら、委員長であるヒナや委員であるアコ、イオリ、チナツも、その着実で堅実な戦法をしっかりと身に着けており……。
所属する救急医療部の性質上、彼女たちと同行することの少なくないセナもまた、その行軍について行ける程度には荒事に慣れている。
その為今回のゲヘナ代表チームは、半ば軍事行動じみた規律ある進軍を可能としているのだ。
……だが、時に。
そういった堅実な策は、思わぬ奇策や奇襲によって、脆く崩れ去ることもある。
彼女たちはいつミレニアムの代表チームが攻めて来てもいいよう、警戒を厳として移動し……。
「こんにちはー調月姉妹のやべー方でーす。お宅のヒナちゃんと遊びに来ましたー」
突然、電柱から飛び降りて現れた敵を前に、その指に緊張を走らせた。
彼女たちの20メートル程前方に降り立ったのは……。
肩で切りそろえた黒髪に、青い瞳とヘイロー。
その容姿から見て、間違いなく。
「調月オリ」
「ありゃ、ヒナちゃん私のことご存知? 最近ちょっと知られてきたもんねー私も。
イエスイエス、調月オリちゃんだよ~! ヒナちゃん遊ぼうぜ~!」
ニコニコと、こちらを安心させるような笑顔を浮かべるオリに対し。
風紀委員の面々は、当然ながら、問答無用で銃口を向けた。
「撃ち方始め」
「うわわ、ご挨拶だなぁ!」
直後、数多の銃声と、風を切る音。
けれど、それらの殆どはオリの体を捉えることなく……。
一瞬でその場から消えたオリは、次の瞬間には、彼女たちの横に現れていた。
「っしょ!」
「なッ!?」
咄嗟に横を向き、腕を盾にしようとしたチナツを蹴り飛ばして、エリア端ギリギリまで吹き飛ばし。
他のメンバーが止める間もなく、部隊の中心にいたヒナに接近。
彼女が銃を向けるより速く、オリはその胸倉を掴んで、エリアの反対側に思い切り放り投げた。
「ッく、あ!」
ヒナの体は、オリからすれば本当に小さく軽い。
まるでソフトボールでも投げたかのように、ヒナは放物線を描いて飛んでいった。
余りにも乱暴な、けれどそれでいて余りにも鮮やかな奪取。
ほんの一瞬、アコたちが事態の把握とそれへの対処を考えている瞬き程の間に、彼女たちのリーダーは連れ去られてしまった。
更にその犯人はと言えば。
「んじゃヒナちゃんもらってくねーん!」
ふざけたようにそう言い残して、民家の屋根からビルの屋上へと飛び移り、追うことも難しいスピードでヒナを放り投げた方角へと飛び去って行く。
アコは事態の急変に目を白黒させながらも、咄嗟に叫ぶ。
「なっ、……くっ、臨時指揮権は私に移譲されます! 総員、委員長との合流及び救援に移行しますよ!」
奪われたヒナの奪還。
それは、短期的に見ればそう間違った判断ではない。
ヒナの存在は風紀委員の中核であり、またヒナという戦力は風紀委員の中枢。
チェスに例えればクイーン。決して他に替えの利かない、失ってはならない人物だ。
たとえそこにアコの個人的感情が含まれていようと、恐らくはミレニアムの代表と交戦することになるだろうヒナの元に駆けつけ、合流するというのは、今の彼女たちにとっての最適解であり……。
……だからこそ、ミレニアム代表チームは、彼女たちに動くことを許さない。
彼女たちが走ろうとした先には、4人の生徒が待ち構えていた。
「おう、待ってもらおうか」
そう言ってニヤリと笑うのは、美甘ネル。
またの名を、コールサイン
約束された勝利の象徴とすら呼ばれる、ミレニアムの最高戦力。
更に彼女に続いて、一之瀬アスナに角楯カリン、室笠アカネ。
ミレニアムの平和をたった4人で守り続けるトップエージェントたちが、ゲヘナ代表チームの前に立ち塞がった。
「お前らの相手はあたしたちだ。わりぃがさっさと決着付けさせてもらうぜ」
* * *
新たに勃発した戦闘から、おおよそ300メートル余り。
製紙パルプ工場の屋根の上で、2人の少女が向き合う。
「いやぁ、強引なお誘いになっちゃって申し訳ない。
ヒナちゃんって強いじゃん? 他の子たちと連携を取ったら、ネルパイはともかく、他のC&Cメンバーは倒せちゃうかもしれない。
でもそれは困っちゃうからさ、分断させてもらったってわけです」
「そう」
片やミレニアム代表、詳細不明の特級戦力、調月オリ。
片やゲヘナ代表、オリによってこの場に連れ去られた風紀委員長、空崎ヒナ。
先程オリの投擲によって投げ飛ばされたヒナは、空中で態勢を整え、この工場上に着地。
身を隠そうと動き出すよりも早く、追いついて来たオリと対面し、改めてその愛銃を支える手に力を入れることとなった。
彼我の間に開いた距離は、おおよそ30メートル程。
くすくすと笑い、左手に持ったハンドガンをヒナに向けるオリと……。
油断なくマシンガンを構え、独特な威圧感を持つ紫の視線を投げかけるヒナ。
代表戦という場を考えれば当たり前ではあるが、二者の間には一瞬即発の雰囲気が漂っている。
……が、しかし。
そんな中でヒナが動かしたのは、指先ではなく、口だった。
「……あなたが調月オリ、でいいのね」
「ん? うん、そうだよ。こんにちは、空崎ヒナちゃん」
「ちゃん……まぁいいわ」
意図の読めない質問に対し、首を傾げたオリに対し……。
ヒナは、その銃口を僅かに下に降ろし、オリの頭から逸らした。
「ありゃ?」
「少し、話をいいかしら」
「話? ……まぁいいけど」
ネルとの勝負で明日の昼食代を賭けているオリとしては、さっさと勝負を決めたいところだったが……。
妹や「あの子」に聞く限り、空崎ヒナは極めて真面目でまともな精神構造をしているらしい。
そしてなおかつ、ゲヘナの風紀委員長として、常に外には強い姿勢を見せている、とも。
そんな彼女が、代表戦というそれぞれの技量を試し、あるいは披露すべき場で口を開くのだ。
ただの時間稼ぎや世間話、気を逸らすためのトラッシュトークというわけではないだろう。
もしもこれが大事な話である場合……特に、先生に関わる話である場合、これを聞かないのは命取りになるかもしれない。
そう考えて、オリもまた、その銃を下に下ろす。
戦場で生まれた、奇妙な休戦状態。
その中でヒナが口にしたのは、オリからすれば想定外の言葉だった。
「これは、ゲヘナ風紀委員委員長としてではなく、空崎ヒナ個人からの言葉として受け取ってほしい。
……感謝する。あなたには、本当に助けられた」
思わぬ言葉に、ぱちくりと瞬きをするオリ。
彼女は次いで、首を傾げて言う。
「うーん、ごめん、心当たりがないんだけど。何のこと?」
「とぼけなくていい。あなたがエデン条約調印式の日、便利屋68を動かして先生を助けようとしたことはわかってる」
明確な確信を持っているらしいヒナの言葉を聞いて、オリはふざけた雰囲気を収め、その目を細めた。
「……ふーん、守秘義務結んでたんだけどな。アルちゃんを拷問でもしたの?」
「ご? ……いや、そうじゃない。
現場で情報部が見つけた取得物の中に、陸八魔アルの日記があったの。念のため、情報部は中身を確かめて、その情報が私の元にまで上がって来た。
曰く『今回の仕事』を受ける前日の記述で、『明日は調月オリと会食する。仕事がもらえるかも』、と」
「うおお、アルちゃんのポンっぷりを舐めてた……」
まさかの落とし物による情報漏洩。
しかも当日、彼女たちはアリウススクワッドの足止めをして先生を助けたという、オリからすればこれ以上ない程の戦果を上げているため、心情的にケチも付け辛い。
一見カッコ良くキメたように見えて、最後の最後までは決まりきらいのがなんともアルちゃんらしいと、オリは思わず頭を抱えた。
そんなオリに向かってヒナは、少しだけ表情を強張らせ、言う。
「あの日、あなたの手引きがなければ、きっと……先生は」
「撃たれてたね。死にはしなかったかもしれないけど」
オリの即答に、ビクリと……ほんの一瞬だけ、ヒナは体を震わせた。
先生が……体が弱く、銃弾一発が致命傷になりかねないキヴォトスの外の人間が、撃たれる。
それはヒナにとって、あの瞬間に最も恐れた、恐ろしい未来だった。
もしそうなってしまえば、あるいはこれまでの心労や普段のストレスもあって……その時点で、心が折れてしまっていたかもしれないと、そう思う程に。
……けれど、便利屋68のインターセプトにより、その未来は防がれた。
先生は、掠る程度の軽傷はあったようだが、少なくとも弾丸の直撃は受けなかったのだ。
なんとか先生を守れた。
いつも自分を頼り、ある時は頼らせてくれる人を、守りきれた。
それが、ヒナの心を大きく前に向けたことは間違いなかった。
故に、ヒナは……ぺこりと、オリに向かって頭を下げる。
「……改めて、本当にありがとう。
あなたがどんな手段であのテロの情報を手に入れたかは……この際、問わない。
あなたが先生を、そして私たちの、ひいてはキヴォトスの平穏を守ろうとしてくれたという結果を信じるわ。この件は私の胸の内に留めておく」
「あー……うん、そうしてくれると助かるよ。こちらこそありがとう」
オリがこの件を秘匿するのは、ひとえにその情報源を漏らせないからだ。
特異現象「あの子」。
あるいは、オリは知り得ないが、ゲマトリアのオリヒメと呼んでもいいだろう。
オリの精神の中に潜むその存在のことは、ごく一部の人間しか知らない。
仮に知ったとしても、おおよそ殆どの人が「何の冗談か」と笑うだろう。
精神の内に潜む、乖離した人格でもない全き他人。
そんなものは大抵の人間が信じられないし、そんな存在が事件を予言したなどと言えば、ふざけて誤魔化し事実を隠蔽していると捉えられかねない。
故に、ヒナがそこについて言及をやめてくれたのは、オリとしては僥倖だった。
……まぁそもそも、アルが日記など落としていなければバレることもなかったのだが。
危ない危ない、助かった、なんて思いながら……。
ふと、オリは思い立ち、ヒナに言葉を投げかける。
「あ、そうだ。もしそのことを借りに感じるんならさ、お願いがあるんだけど」
「何? わざと負けてくれ、というのは聞けないけれど」
「いやいや、むしろ逆。本気で戦ってくれない?」
とても良い提案、とばかりに笑顔を浮かべたオリに、ヒナは思わず眉を寄せる。
「……? この戦いで? そんなことで借りを返せるとは思えないのだけれど……」
「あはは、私、実は強い人と戦うの好きなんだよね! せっかくの機会だし、ゲヘナ最強って言うヒナちゃんと本気でやり合ってみてくて!」
「なんでそんなことを……まぁ、あなたがそれを求めるのなら、別に構わないけれど」
そう言って、彼女は改めて愛銃を抱え直し……。
そして、キッと。
紫の目を鋭くして、背を覆っていた翼を外に広げた。
「私も知りたかったから、丁度いいか。
……2年前、アビドス自治区であの小鳥遊ホシノと共に戦ったという、当時名前以外の情報が殆ど明らかにならなかった存在、調月オリ。
あなたがどれほど強いのか。ミレニアムに新しく生まれた脅威を、ゲヘナの風紀委員長として、測らせてもらう」
その言葉に、オリは目を見開く。
徹底した情報工作によって、2年前にアビドス自治区でオリが起こした事件──自治区の生徒会を私物化し、特定の企業を攻撃したというもの──は連邦生徒会内部で処理され、その犯人の名は外部に発表されなかったはずだった。
それなのにヒナは、ゲヘナは、オリの名前までは掴んでいたのだ。
「……うーん、ゲヘナの情報部恐るべし、か。リオちゃんはもう知ってそうだけど、帰ったら教えとこうかな、このことは」
「ええ、そうするといい。本気の私と戦って無事に帰ることが出来たら、だけど」
そう言うヒナは、完全に臨戦態勢。
その身に突き刺さる鋭い視線と殺意を感じて、オリは思わず獰猛な笑みを浮かべた。
「そうだね……それじゃ、やろっか」
ちょっと1話分では決着まで行きませんでした。
次回、ミレニアムの理不尽 vs. ゲヘナの抑止力。
(追記)
すごい勢いで誤字訂正をいただいたので何事かと思ったらすんごい誤字してました。訂正させていただきました、ありがとうございました! 以後気を付けます……。