調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のやべー方 vs. ゲヘナ学園のつえー奴

 

 

 

 ミレニアムとゲヘナの学園交流会、その最後の競技である代表戦。

 

 今そこでは、大きく分けて2つの戦端が開かれていた。

 

 

 

 1つは、空崎ヒナを除くゲヘナ代表チームと、調月オリを除くミレニアム代表チーム……C&Cとの戦い。

 

 ヒナがオリによって連れ去られてから数分。

 趨勢は、ミレニアム側に傾いていると言っていいだろう。

 

 ゲヘナ代表チームは既に移動を諦め、C&Cの苛烈な攻撃に耐えるために陣形を整えた。

 故に致命打こそ受けていないが……ハッキリ言ってしまえば、もはやそれも時間の問題だろう。

 

 そもそも、本来ヒナを中核として行動を起こすべく編成されたゲヘナチームは、リーダーを失った今、決定的に火力に欠けている。

 アコ、チナツ、セナは直接的な戦闘力に秀でるわけではなく、唯一突破力のある切り込み隊長のイオリも、それを見抜いたネルに完全に抑えられてしまっている。

 

 守りを固めている、と言えば聞こえはいいが……。

 別の言い方をすれば、縦横無尽に戦場を駆けるC&Cに包囲され、風紀委員は防戦一方になっているのだ。

 

 

 

 このままではと、現在指揮権を握っているアコは歯ぎしりするが……。

 現時点で、彼女に取れる手はなかった。

 

 リーダーであるヒナが連れ去られたことを除いても、C&Cは強敵だ。

 風紀委員のように規律に基づいた軍事行動を取るわけではなく……むしろ非常に自由奔放な戦術。

 極めて高い練度による銃撃と、それぞれの穴を埋めるような抜群の連携。

 それらが合わさり、攻撃しようにも防御しようにもどうしても被弾がかさむ。

 

 包囲を一点突破しようとすれば、アカネの投げたフラッシュグレネードによって怯まされ、ネルが反転攻勢に出て来て。

 逆に守りを固めようとすれば、予測できない動きをしてくるアスナによって攪乱され、カリンの放つ銃弾が的確にこちらを撃ち抜いて来る。

 

 堅実なようでトリッキー、型に嵌ったようでその実型破り。

 そんな戦術に、ゲヘナチームは追い詰められていく。

 

 

 

 アコはその事実に苛立ち、思わず舌打ちした。

 

「ちっ、面妖な! 委員長さえいればこの程度……!」

 

 そう、ヒナさえいればいい。

 ヒナの力があれば、この程度の動きは力で抑えられる。

 

 公私ともに彼女を信奉するアコは、そう固く信じ……。

 だからこそ、自分たちの今の最善は、先程連れ去られたヒナが戻ってくるまで耐え忍ぶことだと認識していた。

 

 ゲヘナの風紀委員長であり、たった1人で自治区の治安を維持する抑止力、空崎ヒナ。

 誰が相手であろうと、彼女が負けるわけがない。

 恐らくは今、彼女を連れ去った調月オリを打倒し、ここに戻ってくれようとしているはずだ。

 

 自分たちの役割は、彼女の到着を待ち、そして辿り着いた彼女の手足となること。

 合流する時まで、戦力の消耗を少しでも避けること。

 

 そのために彼女たちは移動を放棄し、ひたすらに防御を固めているのだ。

 

 そう。

 自分たちが耐えていれば、ヒナは必ず駆けつけてくれると、アコを含む全員が……。

 ……より正確に言えば、かつてシャーレ奪還作戦でオリの力を見、先程直接攻撃を受けたことで、調月オリという存在の力を知るチナツ以外は。

 

 全員が、そう、確信していた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 4対4の熾烈な戦場から、しばらく離れたところで。

 

「なるほどねぇ。やっぱり神秘の個性ってのは面白いもんだ」

 

 地上から数メートル、街頭の上に座ったオリはそう呟きながら、下を見下ろしていた。

 

 彼女の羽織るミレニアムのセーターには、ところどころに小さな穴や傷ができてしまっている。

 その尽くが、ヒナの愛銃であるマシンガンによってもたらされたものだ。

 身体能力の高いオリとはいえ、広範囲にばら撒くように乱射されてしまえば、全ての弾丸を躱し切ることはできない。

 結果として、両手の数では数えきれない被弾を受ける戦いとなってしまった。

 

 

 

 が。

 それでも、オリはニコニコと笑みを絶やさない。

 

「極めて強い神秘を持つ生徒でも、それぞれで特性は違う。

 私はスピードとパワー特化、ホシノはシンプルに攻撃力と防御力が超高い感じ、ネルちゃんは近接戦闘のセンスがずば抜けてる。

 そんで、ヒナちゃんは……対集団特化の殲滅能力って感じだね? 言い方悪いけど、雑魚狩り超上手そうだね、この感じは。

 なにせてきとうに弾をばら撒くだけで、並みの生徒じゃ耐えられないダメージだ。確かに、治安維持にこれほど向いた神秘もない」

 

 今の彼女は、非常に上機嫌だ。

 

 なにせここしばらく、彼女は気が張り詰めていた。

 人を殺す覚悟を決め、先生の無事を祈り、黒服との交渉も経て、ピリピリと神経が尖り。

 そんな状態で戦いを楽しむことなどできるはずもなく、義務的に戦闘をこなしていた。

 

 けれど、今回は久々に「楽しめる」戦いだ。

 妹から必ず勝つように言われてこそいるが、仮にこれに負けても誰かの命が失われるわけでもなく、誰かが強く悲しむこともない。

 

 どちらかの主義主張を力によって押し通す場ではなく、互いの技術を比べ合う場であり。

 なおかつ相手は紛れもない強者であり、油断すれば押し負けかねない接戦。

 

 それは、オリが最も望む戦いの形だった。

 

 だからこそ、楽しそうに独り言ちる。

 ……知らず知らずの内に、彼女の嫌悪するとある大人のような口調になりながら。

 

 

 

 それに、彼女が笑みを絶やさない理由がもう1つ。

 

「……それはつまるところ、私とかネルちゃんみたいな飛び抜けた単体戦力(ワンマンアーミー)とは相性が良くないってことなんだけどさ」

 

 彼女は負傷を負ってこそいるが、それらは尽く、有効打にはなっていない。

 

 彼女の服にはいくつかの穴が生まれているが、その下の肌にはかすり傷程度しか付いてはいなかった。

 

 ヒナの愛銃の銃種は、マシンガン。

 凄まじい反動弾燃費を対価として、高い連射力を誇り、殲滅能力を重視したものだ。

 

 ……ただし、そうやって弾をばら撒く都合上、どうしても一発一発の命中精度は劣り、対個人に対しての攻撃効率は他の銃に劣る。

 故に、強い神秘による守りを有するオリに対して、甘い標準で連射する程度では有効打になり得ないのだ。

 

「ま、相性差だよね、これは。

 ヒナちゃんは自治区を荒らす無法者を蹴散らし、平和を守るのに長けた対集団特化。

 対して私は……まぁ、好き勝手に暴れ回るのが大好きな、対単体特化だ。

 5対5ならネルパイ以外のC&Cメンバーが速攻で落とされたりしたかもしれないけど、こうして1対1になってしまえば……」

 

 そう言って、オリが見下ろす先。

 

 空崎ヒナは、コンクリートの塀に背を埋めていた。

 その瞳はオリを捉えてはいるが、愛銃を握る手に力は入っておらず、全身に赤く腫れたあざがいくつか生まれている。

 

「私の優勢で進むのは、当然だよね」

 

 

 

「……ここまでとは、思っていなかったわ」

 

 下から届いたヒナの言葉にはまだ余裕があるが、同時に少なからぬ痛みが霞んでもいる。

 未だ余裕、どころか殆ど平時と変わらないオリと比べれば、些かならず消耗していることは確かだった。

 

 対し、街頭の上で足を揺らすオリは、いつも通りの綺麗な笑みを向ける。

 

「ぬふふ。ビックリしてくれたかな?

 私、これでもネルちゃんに一度も負けたことないくらいには強いんだから!」

「ええ……正直なところ、想定以上。ミレニアムの戦力評価を、一段階上げる必要があるわね。

 でも……」

「!」

 

 次の瞬間、オリが座っていた街頭が半ばからへし折れる。

 ヒナが向けたマシンガンの弾丸が、細いステンレスの柱を削り取ったのだ。

 

「……この程度で、ゲヘナ風紀委員長が落とされると思われては困る」

 

 ヒナは瞬時に塀の中から体を起こし、愛銃を構え直していた。

 

 

 

 空崎ヒナ。ゲヘナ自治区の最大の抑止力。

 オリの言う通り、多数との戦いに赴くことも多い彼女は、当然ながら多くの被弾を受けることもある。

 いくら殲滅力があるとはいえ、全方位を囲まれてしまえば一瞬で対処することはできない。

 そのため、数多の銃により滅多撃ちにされることは決して稀でもなく、時には迫撃砲による攻撃を受けることすらあった。

 

 だが。

 それでも、ヒナは作戦を遂行する。

 それができるだけの、圧倒的な力を保持している。

 

 オリの言い方を用いるのなら、ヒナはホシノ程に高い防御力を持っているわけではない。

 現にオリの攻撃はヒナを打ち据え、確かな負傷を生んでいる。

 

 だが、その代わり。

 空崎ヒナは、多少の攻撃であれば痛痒に感じない程の、高いHP(ヒットポイント)を保有している。

 

 その継戦能力は、それこそトリニティの戦術兵器、剣先ツルギにすらも迫る程だ。

 

 

 

 街頭から降り立ったオリは、感心したようにヒナの方を見やる。

 

「ほへー、まだやるの? 相性の悪さはもうわかったと思うんだけどな」

「当然。面倒だけど……これはあなたへの返礼も兼ねているのだし。

 そろそろ様子見は終わり。ここからはお望み通り、全力で行かせてもらう」

「へぇ……!」

 

 オリの口端が歪み、左手の人差し指が引き金にかかった。

 

 2人の戦闘は、次の局面に突入する。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それじゃ、改めて行くよ?」

 

 オリはそのハンドガンをヒナ……より、少し上の中空に向け、引き金を引く。

 

 ヒナが優れた反射神経故に弾丸の軌道を一瞬だけ目で追ったのと同時、オリは渾身の力で地面を蹴り飛ばし、彼女の視界の外に飛び出た。

 次いで横手のフェンスを蹴ってその勢いを殺し、ヒナに向けようとして……。

 

 

 

「そう来るのはわかってる」

 

 ちょうど今、自分の方にヒナのマシンガンが向いているのを見た。

 

 

 

 咄嗟に方向を変えて飛び去るオリの軌道を、銃弾の嵐が追う。

 照準を振り切り、偏差の難しい速度を出しているので、直撃こそしないが……。

 それでも、確かに一手先を読まれたことに、オリは思わず冷や汗をかいた。

 

「早いなぁ対応! いやまぁ、私のこれは初見殺しなところあるんだけども!」

「三度も見たし、三度も引っかかったもの。もうその手にはかからない」

「あーもう、キヴォトス最上位勢はこれだから!」

 

 キヴォトスの武力最上位、強い神秘を有した生徒たち。

 彼女たちは、このオリの高速の無力化にもすぐに適応し、通用しなくなる。

 

 そしてヒナもまた、まごうことなく列強の1人。

 既にオリの精神性を理解し、どこから攻撃が来るかを読むことができるようになっていた。

 

 あるいは、ホシノやネルと違って軍を動かし指揮する必要がある以上、戦闘での理屈詰めによる読みは2人よりも鋭いかもしれない。

 オリは内心でそう思いながら……。

 

「……よし、次行くか」

 

 カチリと、思考を切り替えた。

 

 

 

 オリがいつも用いる基本戦術は、初見殺しの不意打ちによる無力化だ。

 

 囮として使うハンドガンを撃つことで相手の意識を散らし、高速で相手の視界の外に逃れ、その手に持つ武器を奪取することで戦闘不能に追い込む。

 これは彼女が初見の相手に対して必ず試みる手法であり、そして大抵の生徒がこれに対応することができない。

 

 キヴォトスにおいて、銃撃は基本的な戦闘手段であり、最も警戒すべきものだ。

 故に、初見ではオリの銃撃に意識を奪われてしまうことは避けられないし、その一瞬の脱力の隙に武器を奪われてしまう。

 

 ……が、ヒナを含む、キヴォトスの強者にはこれが通用しないことが多い。

 

 彼女たちはそもそも武器を持つ力が強く、一瞬の隙を突く程度では奪い取ること自体が難しい。

 であればと肩を突いて脱力させようとしても、体勢を崩す衝撃を受けてもなお、戦闘に慣れ切った彼女たちは愛銃を持つ手から力を抜きはしない。

 

 現に今回も、何度か打撃は加えられても、結局ヒナから武器を奪取することはできず……。

 

 故に、「やるしかないか」、と。

 オリは、これが通用しない時のための、次の戦術に移ることにした。

 

 

 

 滑り込むように倉庫の陰に隠れ、ヒナからの斜線を切り……。

 直後、オリは上に向かってハンドガンを撃つ。

 

 銃声が周りに鳴り響き、予期していなかったヒナの意識に再び一瞬の空白が生まれる。

 けれど、もはやその程度はフェイントにもならない。

 ヒナは倉庫の端、オリが逃げ込んだ方向に銃口を向け……。

 

「……!?」

 

 予期した方向からではなく、倉庫を飛び越えて跳んで来たことで、その接近を許してしまった。

 

 咄嗟に銃を向け直し射撃に入るも、その時には既にオリは懐に入っており。

 数発の弾丸を掠らせる代償として、ヒナの脇腹に拳が突き刺さった。

 

「ぐッ、あ!?」

 

 その一撃は、これまでとは重さが違った。

 様子を見るようなジャブではなく、抉り飛ばすようなボディブロー。

 そうそう感じることのない鈍い痛みに、ヒナの思考がチリチリと焦げ付く。

 

 そして思考の自由が戻ると共に、拳が跳んで来た方向に銃を向けるも、既にオリはそこにはおらず。

 

「な、がッ!!」

 

 首に、頭が倒れかける程の衝撃。

 更にその次の瞬間、無理やり脚を払うような強烈な一撃。

 

 それに対応しようとしても……ヒナの視界は、決してオリの姿を捉えられない。

 何度振り向こうとも、何度銃を向けようとも、オリは既にそこから移動し次の攻撃を放っている。

 

 

 

 まずい、とヒナの直感が警告音を響かせる。

 

 調月オリの戦い方が変わった。

 奇襲による無力化──彼女の言葉を使うなら「雑魚狩り」、格下相手への様子見の攻撃──から、本格的なファイトスタイルに。

 

 無意識に選択肢から外していた……いいや、敢えて相手が封印していたのだろう、三次元的な動きによる思考の攪乱、急接近。

 次いで、すさまじく重い打撃による、強制的な思考の麻痺。

 その隙に、再び相手の死角に移動。

 以後は再び一撃を入れて、また視界の外に逃げ、また一撃の繰り返し。

 

 超至近距離でのものではあるが、至極単純なヒット&アウェイ戦術だ。

 ……けれど、オリのパワーとスピードが噛み合わされば、それだけで脅威となる。

 

 キヴォトスの生徒の大半にとっての主武装である、銃を撃つにはあまりにも近いリーチ。

 反撃をしようにも相手がどこにいるかわからず、無理に愛銃を振り回せば更なる隙を晒すだけ。

 このラッシュから逃げようとしても、痛みと姿勢崩しでまともに動くことすら許されない。

 そうして動けない内に、再びオリの重い打撃が飛んでくる。

 

 最接近を許し、最初の一撃をもらった段階で抜け出せなくなる、無限ループだ。

 

 

 

 ただ一方的に攻撃を受け続けるしかないヒナに、拳や肘、足を振るいながら、オリは楽しそうに笑う。

 

「アッハハァ! どうだヒナちゃん、これが私の2つ目の初見殺しッ!

 言っとくけど! これ抜け出せたのは、キヴォトス広しと言えど! 今のところ、4人だけだかんね!」

 

 神秘による極端に高い防御力を持ち、この程度の攻撃では硬直(スタン)態勢を崩し(ノックバック)もしない小鳥遊ホシノ。

 超至近距離になると直感が極まり、次に来る攻撃の方角を未来予知レベルで読み取ってくる美甘ネル。

 一撃を入れた際、獣の本能とでも言うような反射の反撃で相打ちに持ち込んで来る狐坂ワカモ。

 

 彼女たちはそれぞれの方法で、オリのラッシュから逃れた。

 

 そして、もう1人は……。

 

「内でも、完璧にいなしたのは! 今はもうどっかに消えた、連邦生徒会長だけッ!

 ヒナちゃんは、逃れられる、かなッ!!」

「が、うっ!?」

 

 膝。背。横腹。首。胸。足首。頭。

 痛みによって都度途切れる思考では、次にどこに攻撃が来るか読み切れない。

 

 故に、ヒナは衝撃を殺すことすらできず、ほぼ無抵抗に攻撃を受け続け……。

 

 

 

 ……そうして。

 

「これ、でッ!!」

 

 右肩に、そして直後に左肩に、殊更に強い貫くような衝撃。

 それによって、ヒナの握力はついに緩み……。

 

「終わりっ!」

 

 オリがその手から銃を奪い取ったことで。

 

 ゲヘナの抑止力と、ミレニアムの理不尽の戦闘は、終わった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 武器を奪われ、一定の負傷が確認されたことで、ヒナには戦闘不能判定が下った。

 それを聞き届けたオリは、ドローンで投下された物資で傷を治療しているヒナに、銃を手渡して返す。

 

「ふー、楽しかったよヒナちゃん、付き合ってくれてありがと!」

 

 彼女は喜色満面、宣言通りにちゃんと戦ってくれたことを感謝し……。

 一転、申し訳なさそうに眉を寄せた。

 

「で……まぁ、その、なんだ。ボコボコにしちゃった私が言うのもなんだけど、あんまり気にしないでね。

 私の戦法って初見殺しだから、最初は反応できないのも仕方ない。次回やったらまた結果も変わるだろうしさ」

「慰めは不要よ。今回は私があなたに劣ったというだけ」

「あ、そういうタイプ? ……そっか、誰も彼もネルパイみたいに負けず嫌いなわけじゃないよね」

 

 戦闘を楽しむスタンスであるネルと違い、ヒナはあくまでゲヘナ風紀委員長として必要だから戦い、必要だから力を誇示している。

 戦闘に敗北したからと言って過度に悔しがることはなかった。

 

 ……とはいえ、勿論何も感じないというわけでもなく。

 改めて鍛え直す必要性や、これからのミレニアムとの関係性、ミレニアムの戦力の推察など、様々なことが脳裏を駆け巡っているのだが。

 

 

 

 そうとは知らないオリは「たはは」と苦笑し……。

 すっと、その場で膝を突く。

 

 オリとヒナの間には、40センチ近い身長差がある。

 彼女がそうしてしゃがみ込むことによって、その視線が丁度ヒナと合った。

 

「改めて、ありがとう。最近ちょっと色々あってむしゃくしゃしてたんだけど、久々に楽しく戦えてストレスが吹っ飛んだよ」

「構わない。私としても、ミレニアムの戦力調査になったから、得るものは得たわ」

「そ? ……ふふ、いやしかし、強いねぇヒナちゃん。流石先生を守り切った生徒だ。

 伝えるのが遅れたけど……こっちこそありがとうね。先生のことを、あそこまで守ってくれて」

 

 それまでの繕ったような綺麗な笑顔ではない、素朴なオリの笑みを見て……。

 ヒナは、ぱちぱちとその目を瞬かせた。

 

 

 

 ヒナにとってこれまで、調月オリは理解不能な存在だった。

 

 どこから手に入れたかわからない情報によってエデン条約調印式のテロを掴み、これだけ強い本人が出るわけでもなく人を使って介入。

 それも根本的に阻止するわけでもなく、最低限先生を守るだけに留めた。

 せめてそれで恩を売るのならまだ理解できるが、アルが日記を落とさなければその名前すら判明しなかっただろう程に、徹底的に自らの名前を伏せている。

 

 何のために、どんな理由で事件に介入したのか。

 オリの行動の動機は不明なままに終わった。

 

 それに……不可解と言えば、数年前の件もそうだ。

 情報部が集めた情報からすれば、アビドス自治区において彼女は明確な目的を持って動いているようだったらしい。

 けれど結局、調月オリやミレニアムは、この件からなんら政治的・財政的なアドバンテージを握ることはなく、むしろ連邦生徒会に借りを作る形となり……。

 連邦生徒会はこの事件を「私欲のために自治権を奪い特定企業を攻撃した」として処理し、またそれへの罰則も何故かミレニアムの生徒会であるセミナーに任せている。

 

 調月オリという少女はあまりにも、不条理で不可解だ。

 

 故にヒナは、彼女への理解を諦めかけていたが……。

 

 

 

 ……今、オリが浮かべた笑みに、ヒナは既視感を覚えた。

 

 恐らくそれは、彼女自身もまた、浮かべたことのあるものだったから。

 

 

 

「……構わないわ。あなたにとっても恐らくそうであるように、私にとっても、先生は大切な人だから。

 これからは……ええ。これからは何かあったら、私の個人のアカウントに連絡を頂戴。先生を守るためなら、喜んで手を貸すから」

「それは……」

 

 戸惑うオリに対し、ヒナは声を小さく、呟くようなものに変えて言う。

 

「トリニティとゲヘナの問題に横槍を入れるのは、あなたにとってもリスキーな行為だったでしょう。その点、私はゲヘナの風紀委員長、多少の融通なら利かせられる。

 それに、私はあなたの情報の出処については問わないし、情報も流さない」

 

 ヒナの言葉は、風紀委員としてではなく、空崎ヒナ個人として協力することを意味しており……。

 真面目な彼女が職務以上に優先することを考える程に、ヒナの中で先生の存在が大きくなっているという証左でもあった。

 

「……そっか。ヒナちゃんにとって、それだけ先生は……」

 

 オリはそこで言葉を止めて、ヒナの瞳を見、少しだけ考え込み……。

 

 コクリと、頷いた。

 

「わかった。それじゃ、その時が来たら助けてもらおうかな」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゲヘナ対ミレニアムの学園交流会。

 

 結果として、これは僅差でミレニアムの勝利に終わった。

 決め手はやはり最後の代表選でのミレニアムの勝利だ。

 オリがヒナを、C&Cが残存チームを壊滅させることで勝負は決し、ミレニアムは多くの特典を獲得した。

 

 しかし、その結末よりも注目されたのは、やはり代表戦の推移。

 

 あのゲヘナ風紀委員長空崎ヒナが、単騎の相手に負けたという情報は、その日の内にキヴォトス中を駆け巡り……。

 リオの想定通り、調月オリという存在は、美甘ネルと並ぶミレニアムの特級戦力であると認識されたのであった。

 

 

 

 ……ちなみに、それと同時。

 

 ヒナはゲヘナに帰って、マコトから「ゲヘナの代表が負けるとは何事か」と理不尽な叱責を受けながら、自治区中に掲げられたマコトのイラストが印刷された旗を処分して回ったり。

 オリもオリで、タッチの差でネルとの勝負に負けてしまって、翌日のC&Cの昼食代を全て払わされることになった上、再びネルとの追いかけっこが始まったりと。

 

 当人たちとしては、色々と困ったことになったのだが、それはまた別の話。

 

 

 







 オリの本気パンチのダメージ
 一般生徒:ヘイローの守り貫いて頭部損壊。生身相手には厳禁。
 ヒナ:クッソ痛くてまともに反撃できない。受けすぎると骨折、気絶まである。
 ホシノ:即時反撃可能、アザが出来る程度で済む。

 今回のヒット&アウェイ戦法はアビドス編でホシノに対してやってたヤツ。オリの本気ファイトスタイルです。
 銃撃戦? そこになければないですね……。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!

(追記2)
 アビドス3章part.3で色々(ネタバレ防止)ありましたが、取り敢えず描写や展開を書き変える必要はなしと判断しました。
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