某日、シャーレにて。
月雪ミヤコは、先生から渡されたファイルの束を処理済みと未処理に分けながら、眉を寄せる。
「つまり……調月オリはシャーレの部員である、と?
……こんなテロリストを雇わなければならない程、シャーレは人材不足なのですか?」
月雪ミヤコ。
彼女は、SRT特殊学校の生徒であった少女だ。
SRT特殊学園。
一般的な法の執行機関たるヴァルキューレ警察学校が対処できない犯罪に抗するために作られた、連邦生徒会長直属の特殊部隊。
多数の部隊による物量的制圧を目指すヴァルキューレとは違い、相当な額の資金を使って少数精鋭をエージェントに育て上げ、裏からキヴォトスの治安を守っているエリート組織だ。
しかし、当の連邦生徒会長が失踪したことで、制御を失った力が暴走することを危惧した連邦生徒会により、この学園は先月廃校が決定。
自らの誇りある母校の廃校が半ば強制的に決められ、納得のいかない彼女は、自らの指揮する小隊であるRabbit小隊を率い、D.U.地区の公共施設、子ウサギ公園を占拠。
一時期はヴァルキューレすらも手をこまねく、非常に厄介な事態となったが……。
先生がこの事件を解決したことで、縁が始まった。
ヴァルキューレ警察学校すら顎で使うことのできる、権力を持つ大人。
かつて権力者たちにより、自分たちの手の届かないところで母校の廃校を決められたミヤコからすれば、先生へのファーストインプレッションは最悪の一言だったが……。
その後は色々あって、多少とはいえ信頼関係を構築。
「先生がその権力を悪用しないか監視する」という名目で、ミヤコはシャーレの部員となってくれたのだった。
今日が初めての当番となる新参のミヤコは、シャーレの事情を殆ど知らない。
当然ながら、オリが最初期から活動している古参の部員であることも知らなかった。
故に、怪訝そうに吐き捨てたのだが……。
対し、そんな言葉に異を唱えたのは、本日のもう1人の当番の生徒。
「ミヤコちゃんひっどーい! ここ半年はこれといって大きな事件とか起こしてないんだけど!?」
ぶーぶーと唇を尖らせるのは、処理が完了したファイルを棚に運ぶオリ。
彼女のふざけた態度にかちんと来たのか、ミヤコはオリを睨みつけて叫ぶ。
「半年前まで一月に一度の頻度で事件を起こしていた犯罪者が言えることではないでしょう!?」
「その度にちゃんとペナルティーは受けてます~! 受刑を終えて罪を償った者をそれでも罪人呼ばわりして排斥する、そんな社会が正義と呼べるのか!?」
「くっ、屁理屈を……! あなたが真に罪を反省し二度と繰り返さないと誓うなら、私だってこんなことは言いませんが!?」
「それとこれとは話が別じゃん」
「どこが!!」
口笛を吹くオリに、珍しく激して突っかかるミヤコ。
そんな2人を見て、先生は首を傾げた。
“……もしかして、2人は知り合いだったりするの?”
「うーん、顔見知りくらいかな? そんなに親しいわけじゃないよ」
「当然です。誇りあるSRTの生徒が、こんな治安を著しく乱す存在と親しくするなどあり得ません」
「ククク……酷い言われようだね。まあ事実だからしょうがないけど」
* * *
調月オリと、月雪ミヤコ。
この2人に、直接の面識は殆どない。
強いて言えば、ただ1度だけ事件の現場で対面し言葉を交わしたこともあるが、それも僅か30秒に満たない程度の時間だった。
では何故、ミヤコがここまでオリを毛嫌いし警戒しているかと言えば。
単純な話、SRTでオリのことを聞き及んでいたからだ。
深い理由もなくキヴォトスで事件を起こす、不安定な危険因子。
その脅威度は災厄の狐にも並び、選りすぐりのエリートであるSRTの生徒で以てしても、小隊単位で当たらねば撃破は不可能な相手である、と。
……勿論、ただそう教わったが故に嫌っているというわけではないのだが。
オリは苦笑いを浮かべ、なんでもないことのように語った。
「ミヤコちゃんが尊敬してた先輩、FOX小隊の子たちがね、連邦生徒会長が消えるまで、ずっと私の抑え役だったんだよね。
あの子たちエリート中のエリートだから、4人集まるとなかなかつよつよでさ。私でも苦戦しちゃうくらいで、だから私が連邦生徒会直轄の区域で暴れると大抵はあの子たちが駆けつけてくるんだ。
で、まあお互いボコボコに殴り合って、私は捕まらないよう程々のところで逃げる、と。
そうなるとミヤコちゃん視点では、『尊敬する先輩をボコボコにした上、捕縛もされずに逃走した犯罪者』となっちゃうわけだ」
「全部事実でしょう!?」
「うん、まあ、はい」
私もそこそこやられてたりしたんだけどなぁ、と胸の内で呟くオリ。
実際は、スナイパーのオトギには口の中に銃弾をぶち込まれ、なかなか消えない口内炎ができたり。
ポイントマンのクルミには捨て身の近接戦を挑まれ、顎に一発良いのをもらってしまったり。
リーダーのユキノにはスタン・フラッシュグレネードと悪臭を放つ特殊調合弾で五感を塞がれたり。
副リーダーのニコには「今度おいなりさんたくさん作ってあげるから」と買収されたり。
オリの方としても、FOX小隊にはそこそこやられてしまっている。
対個人戦に特化したオリとしては、集団で囲い込まれてしまうと少々弱いのである。
最終的には捕縛される前に逃げ出すために負けてこそいないが、通算で相互の被害状況から算出した戦績を見れば……。
7割程度の勝ち越しといったところだろうか。
いや、これ結構ボコっちゃってたな今思い出すと、と。
そう思いながらも、オリはひとまず頬を膨らませた。
「だからってさー、酷くない? 私別に政権転覆とか狙ってないのにテロリスト扱いって」
「あなたが引き起こした被害の総額を見れば、財政的に連邦生徒会を破綻させようとする立派なテロリストですが」
「は~? あの程度で破綻~~~??? 連邦生徒会には秘密金庫も……あっ」
「今穏当ではない言葉が聞こえた気がしましたけど!?」
「気のせいじゃない? てか気のせいでしょ。うん、気のせいに違いない!」
「尋問してでも聞き出しますよ!!」
「おーこわ。兎というか、キレたチワワだねこりゃ」
ロッカーにファイルを収めながらやれやれと肩をすくめるオリに、いよいよミヤコは愛銃を向けようとするが……。
“落ち着いて、ミヤコ”
その言葉に手を止め、彼女は先生の方に鋭い視線を向けた。
「……先生。最近キヴォトスにいらっしゃった先生はご存知ないかもしれませんが、調月オリはこれまで数えきれない程の大犯罪を犯した罪人です。
何度もSRTに捕縛命令が下り、けれどその全てから逃げている逃亡犯。
そんな相手を庇うのは、共謀や隠蔽に当たりますよ」
「なんだろう、嘘吐くのやめてもらっていいですか?
さっきも言ったけど、私は毎回ちゃんとペナルティを受けてる。過去の罪を全部清算してるんだ。前科はあっても今は一般人なんだから。
むしろ先生は無辜の一般市民を冤罪から守ろうとしてくれてるのでは? つまりはやっぱり先生は聖人ってことよ!」
「くっ、いけしゃあしゃあと……! 極端に軽くなった求刑なんて、とても正当なものとは言えません!」
「正常に機能してるとは言い難いとはいえ、一応は法治の形態が取られてるキヴォトスにおいて、司法が定めた適切な法的処置を不適切って……連邦生徒会批判かな? ミヤコちゃんったら反社会的~」
オリは相変わらずけらけらと笑い、ミヤコの揚げ足を取っていたが……。
“オリも。煽るのはそれくらいにしようね”
先生の言葉に、その口を閉じる。
2人の口喧嘩を見守っていた先生からして、そろそろ度が過ぎると思ったのだろうか。
真剣な視線をオリの方に投げている。
“真面目な子を揶揄うのは良い趣味じゃないよ、オリ”
“年上だし、同じシャーレの部員でもあるんだから、あまりそういうことはして欲しくないな”
それを受けてオリは、数秒、慌てるように口ごもった後……。
ぺこりと、頭を下げる。
「……はい。ごめんなさい、ちょっと楽しくなり過ぎました。
ミヤコちゃんも……あなたの尊敬するFOX小隊に被害を加えたのは事実だし、そこに関しては謝るべきだね。ごめんなさい」
急にシナシナとしおらしくなったオリに、ミヤコはその薄い青色の瞳を大きく見開く。
「……先輩たちから、調月オリはとにかく口が減らないし閉じない、と聞いていましたが……。
先生、何か弱みを握っているんですか?」
“いや。オリはみんなが思ってるより素直な子、ってだけだよ”
「イエ~ス私は素直な調月オリ! コンゴトモヨロシク!」
“オリ”
「スミマセンデシタ……」
* * *
先生に手綱を握られるオリを見て、やや毒気が抜けたミヤコ。
オリからきちんと謝罪されたこともあり、完全に気を許すことはないにしろ、当初のような敵対姿勢は解くこととなった。
そうして、いざ仕事に入ると……。
ミヤコの横で、オリは想像以上に真面目に、業務に取り組んでいた。
「……てっきり、サボるものかと思っていましたが」
資料室からトリニティの『ユスティナ聖徒会』についての資料を持って来るよう指示されたミヤコは、一緒に戸棚を漁るオリに対し、ボソリと呟いた。
彼女の言葉に、オリは小首をかしげる。
「え、なんで? それじゃシャーレの当番に来る意味ないじゃん」
「遊びにでも来たのかと」
「それこそなんでだよ。先生の役に立ちたいからシャーレに入ったんじゃん? それなのに遊んで先生に迷惑かけてちゃ本末転倒だし」
「……あなたにそんなまともな感性があるとは思っていませんでした」
「言いたい放題で草ァ!」
ミヤコの罵倒に近い言葉にも、オリはからから笑うだけで、仕事の手は止めず。
視線は目の前の資料に落としたまま、言った。
「私、そういう『めんどくさいからやらない』っての、よくわからないんだよね。
それが私にできることで、しなきゃいけないことなら、する。そんなの当たり前じゃない?」
「それは……まぁ、そうですが」
オリの言葉に、ミヤコは今の自分たちの境遇を想起する。
SRTの廃校、そしてほぼ強制的なヴァルキューレへの転校。
それに抵抗するため、ミヤコ率いるRabbit小隊は、子ウサギ公園を占拠し立てこもった。
先生によって一度は制圧されたが、その先生の心遣いと庇護によって、今もミヤコたちは子ウサギ公園で生活することができている。
それを以て権力者の横暴な決定に逆らい、キヴォトスの平穏を守るSRTとしての誇りを維持しているのだ……と。
少なくとも、ミヤコはそう認識している。
……が。
それは必ずしも、幸せで満ち足りた毎日、というわけでもない。
当然ながら公園にはシャワーやお風呂はないし、資金もない以上弾薬なども十全とは言えず、どころかその日食べるものの確保にも苦心する状況。
そろそろ夏の終わりという時期でもうだるような暑さは健在で、テントに籠っても体温と体調はガリガリと削られる実感もある。
先生や地域の住民の方と少しずつ連携を取り始め、当初よりはいくらか生活基盤も安定してきたが……。
それでも、とても満ち足りた生活とは呼べないだろう。
SRTでの厳しい教練で自制心を培ったミヤコだって、まだ子供だ。
そういったものに抵抗がないわけではない。
特に、スマホの充電すらまともにできないことには、相当のストレスを覚えている。
しかし、それでもこの生活を続けるのは……。
それが「しなくてはならないこと」だからだ。
SRTとしての誇り。
あの日に憧れた、確固たる正義。
それを貫くためには、権力と横暴に屈しない姿勢を見せ、正義の象徴たるSRT特殊学園の存続の意志を示し続けなくてはならない。
……そう、そのために。
「あー、もう! この時炎天下で鉄帽を被り続けるのは拷問だぞ!」
「うーん、弾薬費が……こんなんじゃ気持ち良くなれない……でも食費をこれ以上削るのもなぁ……」
「うぅ……お風呂に入りたい……べとべとする……」
そのために……隊員たちが、どれだけ苦しむことになろうとも。
彼女たちを巻き込んだミヤコは、正義を、成し遂げなければならないのだ。
ミヤコは一瞬だけ視線を落とした後、オリの方に向け直し、問う。
「……しなければならないこと。それをするためならば、どれだけ苦しんでもすべき。
そう、思いますか?」
「? ちょっと言いたい意味がわからない。
どれだけ苦しかろうと『すべき』じゃなくて『しなきゃいけない』わけじゃん?」
「そうじゃなくて……」
この迷いをどう伝えればいいかと迷い、次いで何故自分はこんなテロリストに弱みを曝け出そうとしているのかと頭に手を当てたミヤコに。
オリは、コクリと首を傾げ、きょとんとした表情で尋ねる。
「だから、自分の使命とか目的みたいなものがあって、その道中に苦痛が伴うって話でしょ?
それ、なんで『しなくていい』って話になるの?」
「それは……自分だけならともかく、誰かを巻き込んでしまうのは」
「あー、そういう? 確かにそれはちょい迷うね」
戸棚の方に視線を戻し、ファイルをパラパラめくりながらそう言う。
……けれど、殆ど間も置かず、言葉を続けた。
「でも、すべきでしょ、結論としては。
誰かを巻き込むとか悲しませるとか、そんなことで迷ってたら目的は果たせないもん」
「それは……確かに、そうかもしれませんが」
そう、結局のところ、それが結論だ。
小隊の皆を巻き込むことに罪悪感はあれど、それでもミヤコは未だ公園での野宿生活を続けている。
それは、たとえどれだけの犠牲を払ってでも、自分が、自分たちがすべきことだと思っているからだ。
けれど、まさかここまで断言されるとも、またこんなところでオリと気が合うとは思わず、ミヤコは困惑し……。
そんな彼女に、オリは綺麗な笑顔を作って。
「あなたにとって大事な目的なんでしょ? だったら叶えなきゃ。
見失っちゃ駄目だよ。自分が本当は何をしたいのか、何をすべきなのか。
……そのために必要なら、どんな犠牲でも払うべきだ」
ごく自然に、言った。
「だって、それがあなたの生きる意味なんでしょ?
自分を裏切るのは、生まれてこなかったのと変わらないよ」
ミヤコ→オリの感情は対先生以上に最悪でした。
まぁワカモレベルのテロリストがヘラヘラしながら憧れの先輩ぶちのめしまくってたら多少はね?