調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のみじけー方

 

 

 

 ガタンゴトン、と。

 心地良く体を揺らす振動の中で、オリは目を覚ます。

 

 ……いいや、目を覚ますという表現は、正確には正しくないのかもしれない。

 なにせ彼女が見ているその景色は、現実のものではないのだから。

 

「う~ん、今日は寝付くの、だいぶ遅かったなぁ」

 

 ふわふわと、どこか心地良いような寂しいような、綺麗なような非現実的なような、不思議な感覚と景色の中で。

 オリは独り言を呟きながら、いつも通り向かい側に目をやった。

 

 

 

 今、彼女の体と視界を揺らすのは、電車が立てる小さな振動だ。

 そう、オリが今いるのは、走る電車の一車両。

 そして、いつの間にかオリが座っている座席の向かい側には、1人の少女が座り、オリを見ていた。

 

 もしもここに第三者がいれば、鏡合わせのようだと思ったかもしれない。

 なにせオリと対面に座る少女は、まさしく瓜二つという様相だった。

 

 肩で揃えた綺麗な黒髪、いっそ不自然なくらいに整った顔立ち、青く澄んだ空のような目、年齢には不相応に育った体。

 その尽くが、ミリ単位のズレすらない同一のもの。

 

 通路を挟んで座るその2人の間にある相違点は、ただ1つ。

 その頭上に、青く輝くヘイローがあるかどうか。

 

 オリの頭上には、夢の世界だというのに、ヘイローがあり。

 対面に座る少女には、それがない。

 

 その違いが何を示しているかを、オリは知らず……。

 そもそも、それを考えようとすらしない。

 

 空が青いこと、雲が流れることを疑問視する人間が少ないように。

 少女の容姿が自分に似ていることも、頭上にヘイローがないことも、彼女にとっては全てが「見慣れた普通のこと」なのだ。

 

 

 

「おはよー」

 

 オリの投げかけた、慣れを感じさせる気安い言葉に対し。

 

 対面の少女は、ゆっくりとその頭を下げて見せる。

 

「おはようございます、オリ。そして、本日もお疲れ様でした」

「んふ、ありがと。はー、今日もつっかれたー」

 

 少女の……『あの子』のねぎらいの言葉に、オリはぐっと手足を伸ばし、座席の上で脱力した。

 

 

 

 ここは、調月オリの夢の世界。

 オリが意識を失っている間に見る、『あの子』と唯一話すことのできる空間だった。

 

 いわば精神世界であるここは、非物質的、非実在的な場所。

 それでも体を伸ばすことに多少の効果はあるのか、オリは毎夜のようにこれを行っている。

 

 特に精神的な疲労が重なっているときはモーションが大きくなりがちで、今日は特にそれが顕著だ。

 自分と少女以外、車両に誰もいないのを良いことに、オリはだらーっと座席の上で脱力した。

 

「あーあ、守護者は日に日に増えてるし、調査の必要範囲もどんどん広がる。アビドス砂漠にどれだけ資金を投じても調査はスカばっかり。

 やっぱ、どれだけやっても私に生徒を救うことはできないっぽいか。バッドエンドがジリジリと迫ってきてる感覚って、なかなか心に来るね。正直ダルい」

 

 

 

 エデン条約当日の事件から、早くも2週間弱。

 オリはここ最近、毎日のようにキヴォトスを東奔西走していた。

 

 今この瞬間ではなく、明日明後日、あるいは何年も後に起こり得る悲劇。

 それを可能な限り避けるための、無意味に終わるとも知れないような試行錯誤を行っているからだ。

 

 例えばそれは、近日行くことになるだろうトリニティのカタコンベの下見、及び相手方に悟られない程度のアリウス分校の威力偵察であったり。

 例えばそれは、「AL-1S」……天童アリスを「名もなき神々の王女」に目覚めさせてしまう、廃墟から溢れ出してくる「無名の守護者」なる機械群の撃破であったり。

 例えばそれは、アビドス砂漠に眠る古代の兵器や負の遺産の探索、発掘作業であったり。

 

 ……が、それらの行為は、芳しい結果を上げているわけではない。

 

 カタコンベの偵察はともかく、無名の守護者はあまりにも膨大かつどれだけ倒しても増えるばかりでとめどなく、アビドス砂漠の調査に関しては一切の有用な成果を生んでいない。

 このままでは天童アリスが「名もなき神々の王女」に覚醒するまでそう猶予はないだろうし、最終決戦の際に必要になるとあるモノを先んじて確保することもできず、また2年前の事件が波及する次なる悲劇を止めることもできないだろう。

 

 ……とはいえ、それらはオリの想定通りの結果でもあったのだが。

 

 かつて目の前の少女が言っていたように、恐らくオリには「生徒を救う」ことはできない。

 多少の枝葉末節を変えることはできても、本筋を捻じ曲げることまではできないのだ。

 故に、アリスと「ケイ」の物語も、異なる結末を迎えた並行世界よりの客人の物語も、あるいはその先にあるだろう物語も。

 彼女はその流れを、強く歪めることはできない。

 

 けれど、それを理解しても、行動を起こさざるを得ない。

 目の前にすべきことがあれば、できることがあれば、行動を起こさないという選択ができない。

 それが調月オリという少女の性分だった。

 

 

 

 が、それはそれとして。

 取って来た行動が尽く無駄に終わることに、思わないことがないわけがなく。

 

 オリは肩にのしかかる倦怠感に、思わず体を伸ばしていたのだが……。

 

「それ、あなたが何の相談もなくゲマトリアと接触した時の私の感覚ですよ。反省しなさい」

「ぐっ……」

 

 向かい側の座席の少女が冷静に指摘。

 オリはそれを受けて、ピクリと体を震わせ、目をそらした。

 

「あれだけゲマトリアには関わらないよう言ったのに、いきなりリオちゃんに頼って黒服と接触、あろうことか契約を持ちかけるとは。

 あの時、私がどれだけ焦ったかわかりますか?」

「ごめんってぇ……もう何度も謝ってるのに、ちょっと陰湿じゃない?」

「謝って済むのなら警察はいらないんですよ。……いや、こちらでは警察ではなく警察学校ですか。

 あの瞬間、あなたの人生が終わるかもしれなかったんですよ? 黒服にはそれだけの力があるのです。契約を結ぶ対価としてあなたの自由や精神を奪っていたかもしれない、あるいは当時のあなたでは対処できなかった戦力をぶつけられた可能性もあった。

 せめて、リオちゃんに言って最大限に護衛を付けてもらう、私に相談してから内容を吟味して……」

「わかったってぇ……ごめんってぇ……」

 

 くどくどと、幾度となく聞かされた注意をぶつけられ、オリはしなしなと肩を落とした。

 

 実際、当時のオリは焦っていたし、今振り返ればまともな判断ができていたとは思えなかった。

 

 2年前の、アビドスでの一件の直後。

 連邦生徒会長との憂さ晴らしの戦闘や、不器用ながらも懸命なリオやトキの助けもあり、オリは自失状態こそ抜け出したが……。

 目の前の少女から「先生を助ける」という目標をもらうまでは、今度こそ誰かを助けなければ、誰かを襲う悲劇を撃退しなければと、いつまでも足掻き続けていた。

 

 そのための行動の最たるものが、黒服との接触と契約。

 「暁のホルス」……小鳥遊ホシノ。

 「狼の神」……砂狼シロコ。

 「名もなき神々の王女」……AL-1S改め天童アリス。

 黒服にこの3人に手を出させないことを約束させ、未来に起こるかもしれないバッドエンドを回避しようと試みたのだ。

 

 ……まぁ、結局、その行動が何か良い結果を生んだわけでもなかったのだが。

 

 この契約がなくとも、いずれキヴォトスにやってくる先生は、ホシノもシロコもアリスも、その尽くを助けただろう。

 オリがしたのは、言うならばその保険。それも必要のない保険だ。

 

 結局のところ、オリは誰かを救うことはできなかった。

 

 

 

 ……けれど、1週間前。

 

 ついに、オリは、ほんの少しだけではあるけれど……先生を救うことができた。

 腹部を穿つはずの弾丸を、命すら危うくなる程の傷を受けるという、未来を歪めることができた。

 

 他の少女たちがするように、自らの行動によって運命を変えるということが……。

 調月オリという少女がそこにいた意味が確かにあったと、証明することができたのだ。

 

 それが、オリはこれ以上ないくらいに嬉しかった。

 

「えへへ」

「もう、本当。またそうやってニヤけて。

 またエデン条約調印式当日のことを考えているんですか?」

「そりゃあねぇ! この2年くらい、ずっと今日のために色々頑張ってきたんだもの!」

 

 両手を伸ばし、満面の笑みでピースを掲げるオリ。

 

 2年の間努力し続け、あるいは生涯をかけて目指した、目標の1つ目。

 それを、完全で万全な形ではないとはいえ、達成できたのだ。喜ばないわけがない。

 

 現実世界では他人の目があるが故に仮面の下に隠しているが、少女しかいないこの場ならば、隠す必要もないだろう。

 だからオリは、全身全霊のにやけ面を披露するのであった。

 

「うぇっへへへへ!」

「控えめに言ってキモいですよ、オリ」

「ひどぉっ! 同居人がしばらくぶりに本気で喜んでるっていうのに、かける言葉がそれ!?」

「1週間もそんな表情を向けられ続ければ、飽きもするというものです」

 

 目の前の少女は呆れ顔でため息を吐き、両の掌を上に向けて首を振る。

 それに続き、仕方なさそうにオリの方を見やる。

 

「まぁ、しかし。

 あなたの念願が叶った、叶いつつあることに関しては、もう五度目になりますが、お祝いしましょうか。おめでとうございます、オリ」

「ありがと! へへ、嬉しい!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからオリと少女は、走る電車の中で、しばらくたわいのない話をした。

 

 ここしばらくの調査の微々たる進展、それを少女から聞いた知識に照らし合わせた類推。

 それらの報告事項が終われば、次はこの前ゲーム開発部で行われたゲーム大会の話などの日常的な雑談をしたりもする。

 

 とはいえ、その話は既に二度目。

 ゲーム大会が行われた当日にもオリはその話をしたのだが、余程楽しい思い出だったのか、再び話を蒸し返した形だ。

 

 対面の少女は、その長い足を組んで、目を閉じ、オリの話を聞いていた。

 その様子は落ち着いていて、特に退屈そうな様子は見て取れない。どちらかと言えば、楽しんで話を聞いてくれているようだった。

 

「いやー、やっぱUZQueenやばいわ。軽量二脚にパイルで、バッチリ3回とも溜め直撃よ。 頭も胴も腕も足も全部ぺらっぺらなのに火力と動きがやべーのやべーの。

 もう動きに対応するとかしない以前に、気付いたらコンボでスクラップになってたよ。なんじゃありゃ」

「ふふ、そうでしょうとも。いくらあなたでもユズちゃんにゲームで勝つことは不可能ですよ。あの子はそういう子ですから」

「ふ~ん? 確かに、ゲームの腕は次元が違う上手さだけども。

 でもまぁ? 現実でガチで戦ったら私の方がずっと強いし? 別にゲームの上手さで全てが決まるってわけじゃないし?」

「はいはい、強い強い」

「もー、ちゃんと褒めてよ!」

 

 唇を尖らせるオリに、少女は口元を隠して笑う。

 

 褒められなかったことを割と本気で残念に思ったオリだったが、その笑顔を見て、まぁいいかと思い直す。

 少女がオリの話で笑顔を浮かべてくれるのは、割合に珍しい。

 ……彼女の知る『物語』の話をする時は、懐かしそうな表情で笑うことも多いのだが。

 

「ちなみに、あなたは上手いの? 昔すっごく似たゲームやってたって話だけど、お手前の程は?」

「私は対人は一切触りませんでしたから……15周程したり、1つのアセンで全ミッションのSランクを取ったり、肩装備縛りするくらいにはやり込みましたが、それくらいですよ」

「それもそれでだいぶすごいな……」

 

 勿論少女がやったのは同じゲームではないだろうが、そこそこ長く続いているシリーズであることもあって、オリは過去作のいずれかなんだろうと当たりを付けている。

 そしてオリがやったゲームの基準で言うのなら、少女はだいぶコアなゲーマーだと言っていいレベルであった。

 というか普通に脳を焼かれた廃人だった。

 

「あーあ、それならあなたとも戦いたかったなー。私の体が2つあればいいんだけど」

「ご生憎様ですが、不可能な話ですね。

 私はあくまであなたの同居人、あなたと共にあらねば破綻しかねないですし……」

「ですし?」

 

 オリの問いかけに、少女は肩をすくめて答えた。

 

「……実のところ、他人の体というのは、なかなかどうして動かしにくいものなのです。

 あなたに何度か体をお借りしましたが、大雑把に体を動かすのはともかく、細かく指を動かしたり表情を変えたりするのは、どうにも難しい。沁み付いた癖の問題かもしれませんね。

 なので、仮に私があなたの体でコントローラーを握っても、不器用なダンスを踊るのが精一杯でしょう」

「そうなんだ~……ちょい残念」

 

 オリにとって、少女と遊ぶことができる機会は多くない。

 毎晩夢の中で会う都合上、彼女とは非常に長い時間を共に過ごしてはいるが……。

 この夢の電車の中にはゲームの1つもなく、夢の中だというのに呼び出したり作り出したりすることもできない。

 ただお話すること、口頭でできる遊びをすることくらいしかできないのだ。

 

 だから、オリにとって「あの子」とゲームで遊ぶのは、ある種夢の1つですらあった。

 恐らくは叶わないだろうと、既に諦めてもいるのだが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、オリが話したいことも粗方尽きた頃。

 

「オリ」

 

 ふと、対面の少女に声をかけられ、オリは彼女の方を見やった。

 

 先程までと違い、些か真剣な色を秘めた彼女の視線。

 自分に向けられるそれを見て、オリは何を言われるか、ある程度見当が付いてしまう。

 

「止める気は、ありませんか」

「ないよ」

「……オリ」

「何度言われても変わんないよ。私は先生を助ける。

 先生があのカードを使うのを絶対に……いや、多分どうしようもない時は来るんだろうけど、可能な限りその数を減らす。

 それが、今の私の目標だから」

 

 オリの言葉は、頑なだった。

 恐らくは何を言っても聞き入れないだろうと思えるような、拒絶の意志を示している。

 

 少女はそれに何事か言葉を返しかけ、しかしすんでのところで止め、口をつぐむ。

 そして、再びその口が開いた時、そこからは彼女の本心ではない言葉が流れ出た。

 

「……これはあなたの人生。あなたが選択すべきでしょう。

 わかりました、私はあなたのその意思を認めます」

「愉快じゃなさそうだけど?」

「当然です。同居人が傷つくことを望むわけがないでしょう」

 

 まぶたを閉じてそう言う少女の本心を、オリは覗けない。

 ……そもそも、オリが少女の本心を覗けたことなど、一度もなかったのかもしれないが。

 

 オリは、少女が自分よりもずっと賢く、自身の感情を簡単に封殺してしまえることを知っている。

 そして、もしも彼女がそうした場合、自分が彼女の心の底を覗き切れないだろうことも。

 

 極端なことを言えば、少女の言葉全てが自分を騙す嘘偽りであっても、オリはそれに気付けないだろう。

 オリとて馬鹿ではない。その可能性に思い至らなかったわけではなかった。

 

 けれど……。

 

 

 

「ちょっと違うかもしれないけどさ。……ありがとう。本当に感謝してる」

 

 オリは、そう言って胸に手を当てる。

 

 ここは夢の中だ、あるいはそれは、ただの錯覚なのかもしれないが……。

 その右手に、確かに鼓動が感じる。

 

 本来鳴るはずのなかった心臓。その、確かな動作。

 自分はここに生きているのだ、という実感。

 

 それを確認して、オリは薄く微笑む。

 

「あなたにもらった命だもん。あなたに恥じるようなことは、するつもりはないから」

 

 本来生まれないはずの自分のことを、この世界に産み落としてくれた。

 そういう意味で、オリにとって少女は第二の母親でもあり。

 

 友人で、恩師で、母親で、大切な人で。

 そんな相手を、ただの子供に過ぎないオリが、警戒できるわけもない。

 

 故に、オリは少女のことを、無条件に信じてしまっているのだ。

 

 

 

 1人の少女の、ある種告白とも言える静かな言葉。

 それに対し、対面の少女は再びまぶたを閉じ、小さく、呟くような声を上げる。

 

「…………どうして、あなたは、そう……」

「そう?」

「……いえ。これは、あなたに言うべきものではない」

 

 再び開いた少女の瞳は、無感情で無感動。

 ただ淡々と目の前の調月オリを捉え、そして言った。

 

「あなたには咎も責もない。だから、あなたはあなたの好きなように生きなさい」

「うん」

「ただし、理解しなさい。あなたの望む生き方、望む死に場所を、きっと拒む者がいることを」

「……わかってる」

「あなたのその目標は、彼女を、彼を裏切ってまで果たすべきものですか?

 その決断がもたらす悲劇と悲嘆を理解した上で、それでもなお実行すべきと思えるものですか?」

「うん」

 

 即答だった。

 殆ど考える猶予はなく、どんな質問が来たとしても、彼女は肯定の意を返しただろうと思える程に。

 

 つまるところ、それは思考を放棄した上での決定だ。

 

 少女はため息を吐き、窓辺に頬杖を突いて外の方に視線を投げた。

 

「……馬鹿に付ける薬はない」

「たはは、ごめんね、馬鹿で」

「本当ですよ。全く、子供の頃はもっと素直で可愛げのある子供だったというのに、どうしてこうなってしまったのか……」

「誰かに似たんじゃないかな~?」

「黙らっしゃい」

 

 冗談を飛ばしてきたオリをぴしゃりと切り捨て、少女は外を見たまま、告げる。

 

「……少し疲れました。今日はこの辺りにしましょうか」

「ん。ごめんね、困らせちゃって」

「言ったでしょう、あなたに咎はないと。気にする必要はありません。

 ……強いて言うならば。約束通り、私のことは他人に積極的に話さないように」

「わかってる。どんな性格かとか、良い人か悪い人かとか、そういう方向の話をしない。仮に悪いヤツだって言われても言い返さない、だよね」

「それで構いません。……それでは、オリ。おやすみなさい」

「はーい、おやすみなさーい」

 

 そう言って元気に手を挙げたオリは、そのまぶたを閉じ……。

 

 すっ、と。

 唐突に、この夢の世界から消えていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 オリが消え、1人きりになった夢の電車の中。

 

「ああ、先生」

 

 細かい揺れに体を揺らしながら、少女……正確には、少女の姿を取るオリヒメは、座席に背を預け、首を後ろに倒して呟く。

 

「…………レスポンシビリティ。大人としての、責任。次に託す意志。

 ああ、まったく、あなたは真正の怪物です。何故そのような選択が取れるのか、私には理解できない。あなたを目の前にした今も……遠くから見ていた昔も。

 故に、私はあなたの『成り損ない』。決して『先生(あなた)』に至れない、悪い大人に過ぎない。

 ある意味、あのカス共よりももっとくだらない、三文役者でしかない」

 

 彼女の視界に広がるのは、もはや見慣れてしまった電車の天井。

 この小さな車両の中に住み始めて、早20年弱。

 代り映えのしない光景に彼女は飽ききって、だからこそそれを見ても気が紛れることはなく、思索を巡らせるには最適だった。

 

 彼女はいつものように、今も生徒たちのために動いているだろうシャーレの先生に思いを馳せ……。

 

 

 

 先程の、オリの言葉を思い出して、少しだけ目を細めた。

 

「けれど。……先生、あなたに、今のオリは任せられない。

 いつか来る未来のホシノのように、あの子もまた囚われてしまっている。ホシノとは対極的に、過去喪われた命ではなく、生まれてしまった命に囚われている。

 故に、あなたの言葉は届きはしない。彼女は自分で自分を決してしまう。

 ……まぁ、彼女をそうさせたのは、他ならぬ私なのですが」

 

 この調月オリの夢境には、誰も踏み込むことができない。

 唯一の例外は、恐らく百合園セイアだろう。

 かつてオリヒメ自身もそうしたように、夢に住む者同士であれば、相手の世界に侵入することも不可能というわけではない。

 

 しかし、今の彼女は現実に生きている。

 この夢の世界に入って来るとは考え辛い。

 

 故に、オリヒメは今完全に孤独であり、ここで漏らした言葉は決して他に漏れることはない。

 だからだろう、彼女は虚空を見上げ、独り言を吐き出した。

 

「……ああ、なんと愚かなことを。けれど、それが正しいと感じた。力に踊らされる、とはこういうことを指すのでしょうね。力を持つ自分には、何かができると思ってしまった。

 全く、惨めで無様でくだらない。さっさと死んでしまえばそれで全てが丸く収まったというのに、生まれなかった者が未だ動こうとは。未練がましい上、酷いエゴイズムだ。反吐が出ます」

 

 支離滅裂な言葉の羅列。

 それは誰かに語りかけるものではなく、理解させようとするものではなく……。

 だからこそ、前提情報に欠け、理解し辛く。

 

 ……そして同時、それは、彼女の偽らざる本心なのだろう。

 

 

 

 ゆっくりと首を戻したオリヒメは、膝の上で腕を組む。

 

「まぁ、いい。どうせ残り時間は多くないのですから。

 調月オリが死ぬまであと数か月、私は私のために、すべきことをするだけです。

 全ては……最後に至る、『結末の転換』のために。

 ……く、くく。ああ、全く、私はどこまでもゲマトリアだ」

 

 まるで祈るように手を合わせ、そう言った後。

 オリヒメは、まぶたを閉じ、1人の少女のことを想起した。

 

「この局面、あなたなら、どうすべきと判断したでしょうね。

 ねぇ……連邦生徒会長?」

 

 

 







 調月姉妹の(老い先)短い方。
 突然タイムリミットが発表されたオリの明日はどっちだ?

 ところで今回で番外編は終了。
 次回はエデン条約編4章が始まります。そこまで長くはならない予定。多分。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
 誤字誤植は本当に良くないけど、正直反応を貰えるとそれだけで嬉しいね……。
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