調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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 エデン条約編4章「今を生きる少女のためのキリエ」編開幕。





今を生きる少女のためのキリエ
調月妹のやばかった過去


 

 

 

 トリニティ総合学園に、聖園ミカという少女がいる。

 

 彼女の人となりを端的に表すとするのなら、「天真爛漫」と言う言葉が適切だろう。

 

 政争の激しいトリニティ総合学園における頂点権力、生徒会たるティーパーティに所属していながら、人を過度に疑うこともなく簡単に信じ、深く物を考えることも多くない。

 そういった部分は彼女の幼馴染であり、同時にティーパーティのメンバーでもあるナギサが請け負っている。半面、単純な力の部分はミカが補っていた形だ。

 

 陰謀蠢く魔窟たるトリニティにおいて、真の意味で人の悪意を知らない……。

 そう、言うならば彼女はどこまでも「お姫様」だったのだ。

 

 ……つい、去年までは。

 

 

 

 たった1年の間に、そして特にこの1か月で、ミカと彼女を取り巻く環境は大きく大きく変化した。

 

 かつてトリニティと袂を分かった……というより、トリニティが排斥してしまった、アリウス分派。

 2年前、ミカは彼女たちとの和解を望み、独自に接触を図り……。

 辺境に拠点を築いていたアリウス分校とその中心であった4人の生徒であるアリウススクワッド、そしてその上にいたとある大人と繋がりを持った。

 

 ここまでであれば、大きな問題もなかった。

 トリニティの生徒会長の1人としては多少、というか飛び抜けて軽率な行動ではあったが、あくまで聖園ミカ個人として取ったという言い訳も利いた。

 その後の交友でゆっくりとトリニティの情報を抜かれてしまったことも、発覚すればティーパーティ代表の解任程度の可能性はあったが、それでも致命的なミスとまでは言えなかっただろう。

 

 ……けれど。

 ミカは、アリウススクワッドの力を借りた、もう1人のティーパーティメンバーである百合園セイアへの制裁を思いついてしまった。

 

 

 

 深い思慮を持つセイアと、その対極たるミカは、基本的に相性が悪い。

 本気で嫌い合うわけではなかったが、日常的な口喧嘩は絶えない程だった。

 

 だから、ミカにとってそれは、「ちょっと痛い目を見てもらう」程度のものだったのだ。

 死というものがどこまでも縁遠いキヴォトスにおいて、生徒を銃撃して病院送りにするというのは、そこまで重い攻撃にはなり得ない。

 次の日には「いつも煩いからそんなことになるんだよ?」なんて冗談めかして、セイアから「謝意の1つもないのかい?」と呆れられて、それで終わるはずの話だった。

 そんな明日が、当然のようにやってくると、ミカは根拠もなく妄信していた。

 

 ……しかし。

 彼女のように権力を持ち、けれど深い考えは持たず、直情的に行動する子供を。

 悪い大人(ゲマトリア)が、利用しないわけがなかった。

 

 次の日、朝食中のミカは、駆け込んで来た自派閥の生徒から「百合園セイアが何者かによって襲撃され、死亡した」というニュースを聞かされ。

 彼女が持っていたはずのフォークは、からんと、乾いた音を響かせた。

 

 

 

 その後の、1年間。

 

 何故こんなことに、と。

 彼女は何度、そう思っただろうか。

 

 そしてその度にこう思ったはずだ。

 自分のせいだ。

 自分が、悪ふざけで、セイアちゃんを襲わせたりしたからだ、と。

 

 ……けれど、その理解を、ミカの幼い心は拒んだ。

 

 違う。自分のせいじゃない。誰かのせいで、何かのせいでこうなったのだと。

 その心を壊さぬよう、彼女は必死に思い込もうとした。

 

 そう、そうだ、これもセイアちゃんが悪いんだ。

 小難しいことを言って、そう、ゲヘナの学生も悪い子たちではないんだ、なんて言って。

 みんな、ゲヘナは最悪だって言ってるのに。

 セイアちゃんとナギちゃんは、みんなの、トリニティの意見に逆らってる。

 

 だから……そう、だから、最初からこうすべきだったんだ。

 トリニティのみんなを導くティーパーティとして、学園の意見の代表者として、みんなが恨んでいるゲヘナなんかを許してはいけない。

 そんな意見を言い出す悪い子は、いなくならなきゃいけない。

 

 アリウスと手を組んで、ティーパーティの主権を握って、ゲヘナを叩き潰して。

 自分は、トリニティのリーダーとして、それを現実にするんだ。

 

 ……だって。

 だって、そうしないと、何のためにセイアちゃんは死んだのか、と。

 

 混沌とした想いが、ミカの心に吹き荒れ続けた。

 

 

 

 そして、それは当然の帰結と言えたのかもしれないが。

 彼女がようやくその暴走を止められたのは、つまるところ、動機を失ったその時だった。

 

『セイアちゃんは、無事です』

 

 おおよそ2か月前、トリニティでミカが起こしかけた、アリウスの兵力を用いたクーデター。

 

 先生と補習授業部、そしてシスターフッドによって追い詰められ、それでも最期の瞬間まで抵抗を続ける気でいたミカは……。

 浦和ハナコの告げた真実によって、一番最初の理由を失った。

 

 ある意味において、それは解放だっただろう。

 キヴォトスにおいて数少ない、不可逆の変化である「死」。

 それがなかったことになれば、ミカは走る理由を、走り続けなければならない呪縛を失う。

 

 故に、ミカはあらゆる抵抗をやめ、投降し……。

 

 桐藤ナギサの襲撃、及びクーデターは未遂のままに、あるいは失敗として終わったのだ。

 

 

 

 当然ながら、ミカは無罪放免とはいかなかった。

 どんな理由があれ、彼女がしたのは外患誘致と内乱にあたる。

 いくら頂点権力たるティーパーティのメンバーであれど、問答無用でその権力を取り上げられ、人目に付かない場所に拘禁されることとなった。

 

 ……そして無論、それだけで済むわけもない。

 

 元より良くも悪くも本心を隠さない明け透けなミカは、トリニティにおいて少なからず敵を作っていた。

 これまでは、彼女がティーパーティの代表であるという立場、そしてナギサと懇意であるという事情によって、それらの悪意は抑え込まれていたのだが……。

 今回の件は、もはやそれらの理由だけでは片づけられない。

 

 これ幸いとミカの権力を貶めたい勢力が台頭し、「聖園ミカはトリニティを害した公共の敵、憎むべきテロリストである」と周りを焚き付け。

 目には見えない悪意によって過激化した生徒たちによって、ミカは数々の私刑を受けることとなった。

 

 けれど、これに関して、彼女は何一つとして抵抗しなかった。

 

 自分のしてしまったことの重大さは理解していたし、それが罰せられるべきもので、恨まれるだろうことも納得している。

 故に、それは自分が受ける当然の罰だと認識していたのだ。

 

 

 

 そんな中で、エデン条約調印式でテロが勃発。

 ナギサは意識不明の重体となり、救護騎士団に運び込まれた。

 

 ナギサを喪うかもしれない。

 もうティーパーティの3人で会うことはないかもしれない。

 ……そして何より、これらの状況全てが。自分が導いてしまったものかもしれない。

 

 そう思ったミカの精神は揺れ、仮面は保てず。

 果てに、先生に涙を見せてしまって……。

 

 

 

 ……けれど。

 1人の少女の指先から暗雲は晴れ、奇跡は起こり。

 

「やぁ、ナギサ、ミカ。久方ぶりの集合だね」

 

 聖園ミカにも、アズサが待ち望んだ明日は、来た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……まぁ、私からすると、そこまで興味を抱けない話かな」

 

 オリは、自ら滔々と語ったとある少女の物語を、些か残酷な言葉で締めくくった。

 そうして肘掛に頬杖を突き、言葉を繋ぐ。

 

「『あの子』としては、先生に次ぐレベルでお気に入りだったみたいだけど……私の視点だと、まぁやっちゃったなーって感じの物語に過ぎないんだよね、残念ながら。

 調月オリにとっては、見知らぬ自治区の見知らぬ少女より、すぐ隣にいる妹ちゃんとか侍従ちゃん、守らなきゃいけない人の方がずっと大事ってことだね」

 

 当然の話ではあるが。

 その精神が完全に分断されている以上、『あの子』とオリの嗜好や印象は、必ずしも一致しない。

 

 先生に関しては偶然にも好印象の方向で一致しているが、聖園ミカの物語では話が別だ。

 オリにとってそれらは、妹や先生の今後、ミレニアム自治区の推移に比べれば、あまり興味を惹かれない他人事でしかない。

 

「ついでに言えば、私がどうしたってミカちゃんは救われないだろうしね。

 ミカちゃんを救うのはやっぱり先生で、私はまぁ、彼女の負担を減らすくらいが精一杯だろうし。

 そんなわけで、本命の狙いは聖園ミカの救出じゃない。

 今回の主目的は、何より先生に『アレ』を使わせないことにある」

 

 

 

 オリは足を組み替え、改めて語る。

 

「改めて。私は明日、トリニティ地下のカタコンベ、その先のアリウス分校を攻めて来る。

 あの子の言葉が正しければ、先生とアリウススクワッド、そしてミカちゃんの物語がそこで一旦終わるんだけど……その時、先生が『カード』を使うはずなんだ。これを防ぐ。

 ……とはいえ、誰にもバレないようにするから、政治的な問題にはならないはず。特にこれといってリオちゃんに求めることはないよ」

 

 そう語るオリが向ける視線の先には、2人の生徒がいた。

 

 その生徒とは、オリの妹たる調月リオと、その侍従である飛鳥馬トキ。

 3人はセーフルームの1つで、話し合いをしている最中であった。

 ……正確に言えば、行われているのは話し合いというより、オリの「今からこうするよ」という一方的な宣言だったのだが。

 

 気心の知れた2人といるためか、普段より若干表情が柔らかいオリ。

 反対に、今も殆ど表情を動かさないリオは、対面で椅子に座ったままオリに疑問を投げかける。

 

「それを報告するために、私をここに呼んだの?」

「そうだよ。ここしばらくリオちゃんには心配かけっぱなしだったから流石に悪いと思って、今回は先んじて報告しておこうと思った次第です。

 どう、私の考えがわかって安心した?」

「……その言葉が真実であるという保証はない。安心するには足りないわね」

「うーん信頼がない! 普段の行いが悪い!」

 

 

 

 オリは一周回って胸を張った後、脱力し、苦笑いを浮かべた。

 

「自分で言うのもなんだけど、本当に危ないことしようって時には、わざわざこんなこと言わないよ。

 幸い、今回の件は実のところ危険度は高くないんだ。ずっと前の時みたいに不意打ちかつソロで謎の寿司馬鹿とぶつかることもないし、廃墟に行くわけでもない、例のデカグラマトンも関係ないし、戦略兵器が虚空からポップしてくることもない。

 私がすべきは、ただ先生が『アレ』を使うのを止めて、量産復活怪人共をボコボコにするだけ。

 こんなの守護者破壊よりずっと楽な任務だよ」

「嘘ね」

 

 キッパリと、殆ど間を置くことすらなく。

 リオは、オリの自慢げな言葉を否定した。

 

「もしも本当に危険がないのなら、そもそもあの大人が……『大人のカード』、と言うのだったかしら。それを使う必要性はない。

 アレについて、詳細は解析不能だったけれど、状況証拠からして古聖堂地下に現れた戦略兵器に抗し得るものなのであることは確か。

 相応の代償があるらしいそれを使うという選択を取る以上、その……量産復活怪人? は、一定以上の脅威性を秘めていると考えるのが合理的よ」

「…………わぁ」

 

 至極真っ当なお言葉に、オリは何も言い返せず縮こまる。

 

「何故、危険性を隠そうとしたの?」

「いや、隠そうとしたんじゃなくて。実際ビナーとかヒエロ君に比べると、今回はかなり相性良いし、危険性も少ないから……」

「ゼロではないでしょう」

「そりゃあねぇ……リスクをゼロにできることなんて滅多にないですし……」

「AMASを使えば多少はリスクを抑えられると思うけれど」

 

 疑問の形で提案を行うリオ。

 しかし、オリはそれまでのおどおどとした言い方を止め、しっかりと首を振った。

 

「いや、そりゃ駄目だね。

 実はカタコンベ、最後の方になるとトリニティの勢力が一斉に押し寄せてくるんだよ。

 その時高性能ドローンなりその残骸なりが見つかると、それだけでミレニアムの関与を疑われかねない。

 その点、私はカタコンベの構造は把握できてるし、下見にも行ってる。それに私の速さなら警備網に引っかかることもないしね」

「なるほど。確かに、AMASは不適格ね。それならトキを……」

「リオちゃん」

 

 ぴしゃりと。まるで先程の意趣返しのように、オリは彼女の名を呼んで止めた。

 

 ピクリと小さく痙攣するリオ。

 それを見たオリは、一瞬だけ向けた真剣を瞳をふにゃりと緩め、苦笑の形に収める。

 

「駄目でしょ? それは」

「……そうね。ええ、あなたの言う通り」

「ん。C&Cとか呼ぶのも大事になっちゃうし、やっぱりこれは私がソロで行くべきだよ。

 私なら、いつの間にかミレニアムからいなくなっても、誰も違和感なんて抱かない。なにせ理不尽の化身やら調月姉妹のやべー方やら言われてるからね」

「…………そうね。確かに、あなたの言う事が正しい」

 

 リオはそう言いながらも、僅かにその目を伏せ、他の理由を探しているようだった。

 常に合理的な彼女には不似合いな、理屈の上での決定ではなく、決定するための理屈作り。

 

 オリは、それを理解しているのか、していないのか。

 少しだけ嬉しそうな、けれど同時少しだけ悲しそうな、複雑な笑みを浮かべた。

 

「ありがと、リオちゃん。でも、大丈夫だよ。あんな複製体なんてモノの数じゃない。

 まっかせなさい! 私は頼れるお姉ちゃんだからね!」

 

 オリの、こちらを安心させようとする、見慣れた笑みに。

 リオはほんの一瞬、言葉に詰まる。

 

 彼女の表情に、いつかの日を思い出してしまったからだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 調月リオは、姉を自称する調月オリの強さを、誰よりも近くで見て来た。

 

 それこそ、最初に彼女を認めた、その時から。

 

 

 

 幼少の頃、リオは、他者に強い興味を持っていなかった。

 極めて高い能力を生まれ持っていた彼女は、誰かと「協力」する必要がなかったからだ。

 

 誰かと相談せずとも、正しい結論を導き出せる。

 誰かに背中を押されずとも、導いた結論を行動に移せる。

 頭脳・精神面での天才、と。幼少の頃に会った当時のセミナーの会長は、リオをそう称した。

 

 故に、と言うべきだろうか。

 幼少の頃のリオは、自分以外の全ての存在を「利用価値のあるもの」か「利用価値のないもの」、あるいは「正しい結論を理解できず邪魔をしてくるもの」の3つにしかカテゴライズできなかった。

 

 究極的な孤高。

 他者に対し一切感情移入せず、肩入れしない、どこまでも絶対的な個人。

 幼いが故の精神的未達もあっただろうが……。

 当時のリオは、間違いなく孤独な天才だったのだ。

 

 そして、それは当然、双子の姉妹に対しても変わらず。

 常に感情的で、自分の言葉を理解できず、いつも不機嫌そうにした双子の片割れ。

 リオにとって調月オリという存在は、あくまで「時々邪魔をしてくるが、利用価値のある者」でしかなく。

 姉妹としての認識などは欠片もなく、当然ながら興味も持ち合わせていなかった。

 

 ……あるいは、オリに干渉した「ある存在」がいなければ、今もリオの精神性はその時のまま止まっていたのかもしれない。

 彼女の価値観を打ち砕く何かが起こるまで、ずっとずっと孤独のままだったのかもしれない。

 まぁ、その存在がいなければ、そもそもオリは生まれてもいなかったかもしれないが……それはともかく。

 

 

 

 この世界の彼女には、転機というものが訪れた。

 

 今よりずっと昔、10年以上前のこと。

 世界の理不尽さを知らない無垢な子供であったリオは、とある企業に拉致された。

 

 その目的は、優秀な頭脳を持つリオを解剖し、その脳を生体パーツとして機器に取り入れること。

 つまるところ、非道な人体実験だ。

 

 恐らくは雇われたのだろうカイザーPMCの兵士たちに攫われた後、リオは彼らに嬲られた。

 リオの頭脳、この窮地すらも脱しかねない程の思考能力を恐れたのだろう。

 親に持たされていた愛銃を奪われ、椅子に縛られた後、至近距離で何度もショットガンの銃撃を受け、痛烈な痛みによって思考力を奪われたのだった。

 

 ……この辛酸を舐めるような体験から、リオは1つの事柄を学習する。

 

 即ち、何かを護るためには、それを侵そうとする者を排除するだけの力を蓄えなければならない。

 親に、自らを保護する誰かに頼っていては、真の意味では自身を守れない、と。

 

 その姿勢は、ミレニアムを背負うセミナー会長となった今も変わることはないが……。

 

 

 

 それと同時。

 もう1つ、彼女が学んだことがあった。

 

 

 

 リオが切れた口から血を流し、腫れた片目を閉じながらも、ここからどのように脱出するかをプランニングしていた時……。

 すさまじい轟音や破裂音、爆発音が響いてきた。

 

 リオを拉致した者たちは皆品性の欠片も感じないような怒号を上げ、慌てている。

 彼らからしても想定外の事態であるらしかった。

 

 漏れ出てくる単語を聞くに、不明な勢力がここに攻めてきているらしい。

 不法の証拠を掴んだヴァルキューレ警察学校か、あるいは連邦生徒会か。それにしては行動が余りにも早すぎる。となれば元からこのタイミングで仕組まれていた? 幸運と捉えるべきか、何者かの策謀か?

 

 変化する状況に対応できるよう、リオは思考を動かし続けたが……。

 

 しかし、それらの想定は、全て的外れなものだった。

 

 

 

 どしゃりと、音がする。

 

 それは、リオを人質にしようとしていたカイザーPMCのロボットが、地面に崩れ落ちる音だった。

 

 リオはそれを、そしてそれを為した相手を、知らず目を見開いて見上げた。

 

「リオちゃん……大丈夫? 助けに、来たよ」

 

 そう言って、額から血を流しながらも、ニコリと笑ったのは……。

 リオが連れ込まれた工場を火の海に変え、襲いかかるPMCの兵たちを片端から食い破った、幼い少女。

 

 その時はまだ、髪の長さも同じで、瞳とヘイローの色以外に自身と見分けが付かなかった……。

 

「……調月、オリ?」

「なんでフルネーム呼び? ……そうだよ、オリですよー」

 

 

 

 唐突に現れ、リオを取り巻いていた4人の大人を昏倒させたオリ。

 彼女はリオの拘束を解いた後、まるで迷子の子供を連れ帰るように、「ほら」と手を差し出す。

 

 リオはその手を眺めながら、尋ねた。

 

「……何故?」

「何が?」

 

 安心させるような笑みから一転、きょとんと首を傾げたオリ。

 

 伸ばされた彼女の手は、ぼろぼろに傷ついていた。

 見れば、手だけではなく、全身に細かい傷ができ、血が流れている。

 

 それも当然だろう。

 その時点のオリはまだ2桁にすら届かない年齢。当然ながら荒事など経験もなかった。

 いくら身体能力に優れるとはいえ、戦闘訓練を受けた傭兵と戦えば、負傷は避けられない。

 多少考える頭があっても、こうして事が起こるまで自らの能力の危険性やそれへの対策を考えていなかったリオと同じように、オリも未経験の事柄には強くないはずだった。

 むしろこんな中、多対一の状況で勝てることがおかしいのだ。負けるリスクの方が圧倒的に高い。

 

 それなのに、お気に入りだと語っていた服をズタボロにし、全身に多くの傷を作ってまで……。

 オリは自分を助けてくれた。

 

 ……その理由が、そうする意味が、リオにはわからない。

 

 リオにとってオリは、近い位置にいるだけの他人だった。

 リオの正しさを理解し切るだけの頭脳を持たず、ただし高い身体能力を持つが故に利用価値を有しているだけの、他人。

 

 仮に今とは逆の状況、つまりはオリがどこかの企業に拉致されたとしても、有用な駒が事故で1つ減ったとそう思うばかりで、リオはリスクを冒してまで彼女を助けようとは思わなかっただろう。

 

 それなのに、何故。

 

「何故、あなたは、私を助けてくれるの?

 ……私のことが、憎いのでしょう?」

 

 

 

 オリはその言葉を聞いて、驚いたように一度目を見開き……。

 気まずそうにそっぽを向いた後、脱力するようにため息を吐いて、言う。

 

「……まぁ、正直ね。パパとママに、いっぱい構ってもらってるリオちゃんのことは……今はまだ、あんまり好きじゃないかも」

 

 その言葉も、リオの感性からすれば理解し難いものだった。

 両親から構われているとオリは言うが、それはあくまでリオの才覚を評価し、将来を見越して様々な技術と知識を詰め込もうとしているに過ぎない。

 

 客観的かつ絶対的に見て、オリが親に愛されていないかと言えば、そうではない。

 むしろ、単純に「娘」として愛されているのは、飛び抜けた頭脳を有するが故に持て余されつつあるリオではなく、天真爛漫なオリの方であると、リオはそう観察していた。

 

 もっとも、未だ幼く頭脳面では平凡なオリには、あまりに優秀な頭脳を持つが故に両親にすら警戒される子供など、想像も付かなかっただろうが。

 

 

 

 ……しかし、そもそも事は、そんな好き嫌いの問題ではなかった。

 

「でも私は、リオちゃんのお姉ちゃんだから」

 

 胸を張ってドヤ顔でそう言ったオリに、リオは首を傾げる。

 

「……お姉ちゃん? 私とあなたは一卵性双生児、誕生したタイミングに、誤差は殆どないはずだけれど」

「うるさいなぁ。それでもお姉ちゃんなの! 『あの子』もそう言ってたんだから」

「あの子?」

 

 

 幼い子供に時折ある、イマジナリーフレンドの類だろうかと思考を巡らせるリオ。

 

 オリはその手を拾い上げてしっかりと握り、その赤い瞳を見て言った。

 

 

 

「確かに私は、リオちゃんのこと、まだ好きになれてない。

 でも、私はリオちゃんのお姉ちゃんで、お姉ちゃんは妹のことを助けるものだから。

 だから、リオちゃんが困ったり、苦しかったりしたら、私は絶対リオちゃんのことを助ける。

 絶対に……リオちゃんが本当に望んだ時は、絶対に助けるよ」

 

 

 

 握られた手は、破れた皮膚や血の感触はすれど、確かに温かく。

 それを通して、リオはようやく、自身の手が冷たくなっていたことに気付く。

 長時間拘禁され、傷を負わされ、血が通いにくくなっていたのだろう。

 

 ……そして、それを以て、リオは。

 ようやく、今までの辛い時間が終わったのだと、実感し。

 

「……っ」

 

 目の奥から、沁み出して来るものを、抑えきれなくなった。

 

 

 

 調月リオは当時から、歳に不相応な程の頭脳を持っていた。

 しかし同時、どれだけ頭脳が明晰であれど、彼女は未だ人生経験を殆ど積んでいない子供だった。

 

 そんなリオにとって、その日に起きた出来事は、天地がひっくり返る程に衝撃的だったと言っていい。

 

 突然自宅の、自らのパーソナルスペースである自室に、不審者が踏み込んで来て。

 一方的な暴力によって脅迫され、どことも知れない場所に連れ去られ。

 その上、命も尊厳も残らない実験を前にしていたのだ。

 

 そんな環境にあって、どこまでも優れた彼女の頭脳は、反射的かつ無意識に自らの感性を殺した。

 辛い、苦しいといくら喚いても、事態は決して好転しない。

 それならば感情は一時的に封鎖して、とにかくこの事態に冷静に対処すべきである、と。

 

 けれど、その緊急事態が終わり、彼女の心理的な封鎖が解け。

 彼女の心には、これまでの一連の騒動で受けた衝撃が襲いかかった。

 

 それは、当時のリオをしてなお、抑えられるものではなかった。

 

 

 

「わた……私、」

 

 人生で初めて味わった、多大な恐怖と動揺、絶望。

 それらに、ただ震え、きゅっとオリの手を握りしめるしかできないリオ。

 

 これまでに見たことのないリオの様子に、オリは数瞬戸惑い……。

 それから、リオの見たことのない、慈愛を感じさせる笑みを浮かべた。

 

「なんだよ、もう。知らなかった、リオちゃんもそんな顔するんじゃん。

 良かった。今のリオちゃんなら、私、好きになれそうだ。

 改めて……遅くなってごめんね、リオちゃん。帰ろう」

 

 そう言って、彼女は可愛い妹を抱きしめ。

 

「……うん」

 

 リオも、自分を助けてくれた姉の背に、手を回した。

 

 

 

 恐らく、その瞬間だったのだろう。

 

 孤独で孤高、単体で完成されるかもしれなかった天才が……。

 誰かと寄り添い、共にあることでしか生きられない、凡人に堕落した時。

 

 あるいは、調月リオが、双子の姉妹として、調月オリを認めた時は。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……あれから、10年余りの時間が経った。

 

「ま、聖女がなんぼのもんじゃいってね! 拳での勝負なら私も……あれ、リオちゃん? どしたの?」

 

 リオから見て、あれからオリは、幾分か変わった。

 理屈を説いても全く受け入れず突っぱねていた幼少期とは違い、リオがしっかりと言えばある程度は受け入れてくれるようになった。

 

 勿論、譲らない一線もある。特に「あの子」関連の話では、まったくと言っていいほど妥協しない。

 そのことには、リオは表には出さないにしろ、僅かながらに不満や不安のようなものを抱いているのだが……。

 

 変わることがあるように、変わらないことも、またある。

 

「あなたは、私の姉ではないわ」

 

 リオは口でこそ、オリを姉と認めていないが……。

 結局のところ、この10年間ずっと、彼女と「姉妹」の関係性を続けている。

 

 

 

 リオから見て、姉は「困った人」だった。

 

 不可解であり、理不尽であり、手がかかり、時に甘えん坊でもあり。

 はっきり言ってしまえば、非常に手のかかる存在だった。

 それこそ、もしも相手がオリでなければ、これ以上はコストをかけられないと、どこかで切り捨てていてもおかしくなかった程に。

 

 けれど……。

 

 ミレニアムを守るため、合理性を重んじるリオにとって、唯一無二。

 調月オリは、その例外たり得る存在だ。

 

 そこに、大きな意味はない。

 そうすることによるメリットは、莫大に過ぎるコストを考えればペイできているとは言えず。

 美甘ネルの存在もあり、オリなくしてはミレニアムを守れない、というわけでもない。

 

 そこにあるのは……。

 

 

 

「……けれど、確かな事実として、私たちは双子の姉妹ではある。

 世界にただ1人の姉妹が、危険な場所に危険なことをしに行くんだもの。

 それを心配することは、おかしなことではないでしょう」

 

 姉が妹を守るのならば。

 妹だって、姉を守らねばならないだろう、と。

 

 家族を守ろうとする。

 ただそれだけが、リオがオリの面倒を見る、唯一の理由だった。

 

 

 

 リオの、少しだけ顔を背けての言葉に、オリは……。

 

「! もう! もう、もう、もーうっ! リオちゃん私のこと好きすぎ~~~!!」

 

 もはや抑えきれないとばかりに、満面の笑顔でリオに抱き着いた。

 そのフィジカル面のギフテッドを十全に活用した、瞬時の接近。リオに回避することはできず、その豊満な胸に自称姉の顔が埋められる。

 

「ひゃぁぁ~~んっ、ツンデレさいこ~~~!!! 私もリオちゃんのこと大好きだよ~~~!!!」

 

 リオは手慣れた様子で(その時には減速を終えていた)オリの体を受け止め、背中に手を回してぽんぽんと叩く。

 

 ……そう、変わったことと言えば、もう1つ。

 あなたのことを好きではないと語っていたオリが、今では軽率にリオに好き好きと言ってくるようになったことも挙げられるだろう。

 

 とはいえ、もはやそれも慣れたもの。

 リオはため息1つ、彼女の言葉を受け流し、話題を戻した。

 

「はぁ……。それで、特殊調合弾と非殺傷用のグレネード、銃器や装備の必要は? この前はバトンを試すとも言っていたけれど」

「あ、それはちょっと欲しいかも。相手は半実体なんだけど、殴ったり蹴ったりするとしっかり感触あってさぁ、気持ち悪いんだよねこれが。

 携帯性もいいし、今後は銃1丁とスタンバトンを主兵装にしていこうかなーって思ってて。運良ければ機械にも効きそうだし?」

「ひとまず試作品はできているわ。後はあなたの力に耐えうるか、試用実験ね」

「手が早い! じゃあ今回で試してみようかな?」

「……私は試用実験と言ったのであって、実戦で試せと言った覚えはないのだけれど」

「そこはリオちゃんの開発力を感じてるってことで1つ!

 ……って、いひゃいいひゃい! ほっぺ引っ張らないで!」

 

 

 

 それからしばらく、調月姉妹は会話を交わしていた。

 

 リオの侍従であるトキは、隣に立ってその様子を見ていたが……。

 もしも自分にも妹がいれば、こんなに仲良くできただろうか、とぼんやり思うのだった。

 

 

 







 今日も下水道は透き通っているタグ、念願の回収。
 言うほど透き通ってるか?



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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