調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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 エデン4章、罪と赦しのお話、開幕。





アンノウンなやべー奴

 

 

 

 アリウス分校。

 古くは、トリニティより追放されたアリウス分派。

 彼女たちが逃げ延びた先の辺境に開いたことを所以とする、秘匿された学校だ。

 

 ずっと前にとある悪い大人(ゲマトリア)によって干渉を受け、その形を歪めてしまったこの学校。

 ここでは、所属するごく少数の生徒たちに対して、酷く歪んだ教育が成されていた。

 

 曰く、大人の言うことには絶対服従。

 曰く、お前たちの不幸は全てトリニティとゲヘナに由来する。

 曰く、お前たちはトリニティとゲヘナの生徒を殺すために生まれた。

 曰く、役に立たない子供には生きる価値がない。

 

 まともな衣服も食事も寝床も与えられず、ただ銃器のみを持たされ。

 他者を害するだけの戦闘技術と、それを躊躇わないための歪な思想を植え付けられる。

 

 そんな、教育機関とすら言えない……緩やかな、地獄。

 

 それこそが、今のアリウス分校の実情と言えた。

 

 

 

 ことり、ことりと、小さな音がカタコンベに響く。

 1人の少女が、各種アリウス分校で支給される装備に身を包み、カタコンベを歩いて響いたものだ。

 

 アリウス分校の生徒の1人である彼女もまた、他の多くの生徒たちの例に漏れることなく。

 昏く湿ったボロボロの路地裏に慣れ切り、その心を摩耗させ切っていた。

 

 お椀一杯の味のしない粥を貰うために、何かを壊し、誰かを撃つ毎日。

 飢えと疲労と暴力は、無垢だった彼女の心を影のように蝕み、現実へ疑問を抱いたり誰かに抵抗したりするだけの余力を奪い去った。

 

 彼女は今や何も考えることなく、機械のように大人に従ってる。

 手に持つアサルトライフルが如何に火を噴こうと、それが向けられている相手が塀であろうと缶であろうと人であろうと、もはや何も違いなど感じられず。

 それによって生じる悲しみも苦しみも、脳裏に浮かべることさえない。

 

 それが、アリウス分校の一般的な生徒。

 心を殺す教育によって「製造」された、便利で使い捨てることのできる戦力だ。

 

 

 

 故に、彼女は毎日、ただ大人の命令に従う日々を過ごす。

 

 朝は自治区入口、カタコンベの巡回と警戒。

 それから夕方までは、ひたすらに訓練。

 それが終わったら、再びカタコンベを見回り、異常がなければ校舎の片隅で就寝。

 

 それはもはやルーチンワークだ。

 誰かに歪められることなく、まともに見られることもなく、当然のようにこなす作業。

 

 毎日毎日変わらない、灰色の日常だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……けれど、その日。

 

「あー、つまんな」

 

 彼女のルーチンワークは、冷たい平穏ごと崩れ去った。

 

 

 

 その日、定例通り夕方のカタコンベ巡回に出た彼女は、不幸なことに、その光景に出くわしてしまった。

 

 空腹に耐えながらも、脳内に叩き込まれた地図を元に迷路のようなカタコンベを歩き、曲がりくねった道の角を曲がった先に……。

 

 半ばで崩れた壁の上、一人の見慣れない少女が座っていたのだ。

 

 

 

 少女の外見は、アリウスではおおよそ見られないくらいに整っていた。

 

 肩までで切りそろえた綺麗な黒髪、青い瞳と同色のヘイロー。

 武装としては、左手に握られたハンドガンに、右手にはぷらぷらと揺れる特殊警棒。

 

 アリウスの生徒である彼女には見覚えのないセーターを身に纏う少女は、退屈そうに足を揺らしながら、目の前に現れたアリウス生を見下ろして吐き捨てる。

 

「次から次へ、雑魚ばっか。いくら技術を叩きこまれたって、私について来るか攻撃を耐えるかできないと勝負の土俵にも上がれないっての。

 死んだ目でぞろぞろと、無策で無謀で無意味な突貫。私を止めるためじゃなく、ただ自分の役割だからって意味のない特攻しやがって……あぁ、もう、ホントくだらない」

 

 酷くつまらなそうに語る少女の足元には、たくさんのアリウス生徒が転がっていた。

 

 ある者は、基本装備であるマスクが割れ、閉じたまぶたの上に血を流し。

 ある者は、左足がおかしな方向にねじ曲がり、その痛みに悶え苦しんで。

 ある者は装備の半身を砕かれ、震える手でそこを掴もうとして空を切り。

 

 ……全員が、一様に、無力化され……いいや、壊されていた。 

 

 

 

 彼女は、久方ぶりに感情を揺さぶられるのを感じた。

 

 それは、このあまりに無惨な光景への、そしてそれを為したのであろう少女への恐れであったのかもしれない。

 あるいは、自らの同胞が、寝食と苦難を共にした同級生たちが、ゴミのように転がされていることへの怒りであったのかもしれない。

 

 一つだけ確かなことは。

 彼女は、アリウスの生徒としては非常に珍しいことに、自らの激情によって動いた、ということ。

 

 今の彼女がすべきは、目の前の脅威から逃げ延び、この明らかな異常事態を大人たちに知らせることだっただろう。

 そんなことは、もはや思考すらまともに動かない彼女でさえわかっていた。

 

 けれど、彼女はその胸の底から沸き上がった怖気を含む悪寒、あるいは煮え立つ憤怒に任せて、自らのアサルトライフルを不明な敵、少女に向けて……。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 彼女の手の中から、アサルトライフルは消え去り。

 少女が手元に握っていたそれから、ガギン、という重い音が響いた。

 

 抵抗すら、許されることなく。

 彼女にとっての最大の武器であり、長年連れ添った相棒であったはずの愛銃は……。

 壁の上の少女の手の中、その銃身を60度程度曲げて、使い物にならなくなった。

 

 理解不能な現実を前にして、引き金を引こうとした指を伸ばすこともできないアリウス生徒。

 彼女に向かって、黒髪の少女は呆れたような声を投げかける。

 

「あのさ、話、聞いてないの? あなたたちみたいな雑魚じゃお話にならないっての。

 ああ、だからって本部に連絡しようとしても無駄だよ? ECMフォグ撒いてるから通信なんてできないし、仮に通ってもオートでAI使った欺瞞かけてるから、この辺一帯の情報はアリウス分校本部には伝わらない。

 あなたたちが私から逃げ切って、マラソンしたんなら話は別だけど、逃がさないからね。

 この路地に来た時点で……くぁ……あなたの命運は尽きちゃってるんだよ」

 

 両目を閉じ、欠伸をしながらの発言。

 少女の態度からは、何をしようと無駄だと、自分ならば対応できると、そんな無言の自信が窺えた。

 

 

 

 ……実際、今のほんの一瞬で、格付けは済んでしまった。

 

 敵が、いつ左手に持っていたハンドガンをホルスターに収めたのか、いつ壁の上から立ち上がったのか、いつ少女の手から銃を奪い、そして再び壁に戻って座ったのか。

 彼女には、殆ど一切掴めなかった。

 感じたのは、手元に伝わって来た震え。

 見えたのは、「何かがあったのだろう」としか思えない刹那の残像のみ。

 少女の動きを目で追うことも、耳で聞きとることもできなかった。

 

 その上、今、少女が見せつけた示威行為。

 バレルを握り、軽く力を込めただけで銃身ごとへし折った、常識外れの力。

 それが人の身に向けられれば、いくらキヴォトスの生徒でも耐えられない。

 それこそ、彼女の足元に無造作に転がされている生徒たちのようになってしまうだろう。

 

 更には、その言葉が正しいとするのなら、彼女は通信もその場からの逃走も許されない。

 電波を通じた通信は行うことができず、直接の逃走は先程の異次元の速度で止められる。

 彼女のタスクは個人で課されたものであるため、他の生徒による監視カメラの類も欺瞞されているのなら、増援を期待することもできないだろう。

 

 ……どうやら目の前の少女は、自分を逃がす気はなく、自らの足元の残骸に加えるつもりらしい。

 そして、それに対し、彼女はなんら抵抗の手段も持たない。

 

 

 

 彼女は、自らが辿るだろう未来を悟り。

 

「……Vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

 そう呟いて、だらりと両手を垂らし、抵抗をやめた。

 

 彼女が呟いたのは、アリウス分校に伝わる教えの根幹。

 全ては虚しく、無意味で、無価値なものだ、というものだ。

 

 あらゆるものには執着する意味がない。己の命も含めて。

 

 彼女たちが活動するのは、ひとえに大人から命令されているから。

 そうすることによって、大人に何かしらの利益をもたらさなければならないから。

 

 抵抗しても何の意味もない、完全に詰んだ状態になれば、もはや活動する意味さえもなくなる。

 

 

 

 しかし、あるいは彼女のそんな態度が気に障ったのか。

 

 壁の上の少女は眉をひそめ、彼女を害する手ではなく、言葉を唱える口を動かした。

 

「……なんだそれ、くだらな。

 警句を唱えてなんとかするのは思考停止にも似た側面がある……だっけ? まさにそれじゃん」

 

 つまらなそうな、あるいは心底不愉快だとでも言うような口調。

 

 気まぐれか、あるいは今になってその必要性をなくしたのか。

 黒髪の少女は、彼女に対してその手に持つ警棒を振ることはなく……。

 ため息と共に、数秒前までは彼女の相棒だった物体を投げ捨て、改めてホルスターからハンドガンを取り出す。

 

「あー、なんか萎えたし、もういいや。あの人たちももうそこまで来てるし、わざわざ1人1人潰さなくてもいいでしょ。

 どうせ今日で解体される自治区なんだし、こんなことに意味なんてないわ」

「…………?」

 

 少女の意味深な言葉に、アリウスの生徒はおおよそ初めて、真っ当な反応を示した。

 

 あの人たちが来てる。

 1人1人潰す必要はない。

 ……どうせ今日で解体される自治区?

 

「それは、どういう……」

 

 久々に呟いた、自分自身の言葉。

 それを聞いた壁の上の少女は、片眉を上げる。

 

「なんだよ、そっちが聞きたい時だけ口利いて。そんなんで情報引き出せるわけないじゃん?」

 

 そう言って鼻を鳴らした後、黒髪の少女は右手に持つ特殊警棒を目の高さに掲げ、軽く振ったり、壁を突いたりして感触を確かめ始める。

 どうやら、彼女への興味をなくしたらしい。

 

「……うん、流石は私の可愛い妹ちゃん。試作品時点で私の手にしっかり馴染むし、耐久性も電圧調整もギミックもバッチリ稼働してる。

 いやぁ、拝み倒して貰ってきてよかった。こりゃ完成品になる頃には立派なメインウェポンだ」

 

 

 

「……お前は、一体」

 

 アリウスの生徒には、少女が何を言っているのか理解できない。

 

 唐突に現れた天災。

 破滅的な程の実力。

 これから起こることを予期するような台詞。

 その全てが不穏で……。

 

 彼女から見た壁の上の少女は、今にも爆発する爆弾のように思えたのだ。

 

 今、少女の足元にいる幾人もの同胞と同じように、アリウスの全生徒を打ち倒すのではないかと。

 あるいは、そうでなくとも、アリウス分校という自分たちの唯一の居場所を壊すのではないかと。

 

 彼女のことを何も知らないが故に、幾つも沸き上がる嫌な想像が、彼女の声音を震わせる。

 

「どうして……何故、こんなことを……何が目的で……?」

 

 無理解故の恐怖。

 しかし、それも仕方のないことだっただろう。

 

 そもそも少女は、アリウス分校生である彼女と対話しようとはしていないのだから。

 

 

 

「うるっさいなぁ……」

 

 ギロリ、と。

 普段の少女を知る者はとても想像できないであろう、敵意と殺意の籠った冷たい目線が、彼女にぶつけられる。

 

 ……少女にとって、アリウスは、憎き敵だ。

 自分の大切な人を傷つけ、多くの生徒を害した者たち。

 夢の中に同居する特例的存在から、そこには致し方のない都合があるのだと聞いてこそいるが……。

 だからと言って、アリウスを許せるかと言えば、それは否だった。

 

 「シャーレの先生」という存在は、少女にとって非常に大切なものだ。

 夢に住む同居者が「最高の推し」だと胸を張って語った人物であり。

 唯一無二、自身の存在を証明することのできる手段のために、必要不可欠な要素でもあり。

 そして何より、付き合いが長くなるにつれて、本気で心を許しつつある相手でもある。

 

 そんな先生が、そして先生が愛する生徒たちが、目の前の生徒たちによって攻撃され、傷付いた。

 しかも、それはもしかしたら負傷だけに留まらず……命までも脅かしたかもしれなかった。

 

 そう思うと、少女の心には、未だ黒い炎が灯る。

 いくらそれが良いものでないと理解していても、その憎悪を止められない。

 

 

 

「あー……ムカつく。こんな被害者面共に先生が傷つけられたと思うと……今すぐその体、ぐちゃぐちゃに引き裂いてやりたいとすら思う、よっ!」

「ひっ……!」

 

 少女が、右手に持つ警棒を、怒り任せに壁に叩き付け、すさまじい音が響く。

 ビクリと体を竦ませたアリウス生を後目に、少女はけらけらと笑った。

 

「あっはー、すごいすごい! 怒りで勢い任せに叩き付けても、折れるどころかヒビも入ってない! きれーに壁に刺さってるよ、流石の耐久度!」

 

 壁に埋まった警棒を見て、手を叩いて喜ぶ少女。

 

 アリウス生からすれば、少女の情緒不安定さと、何よりその桁違いの力に尻込みする他ない。

 

 

 

 少女はどうやら、自分たちアリウスの生徒を恨んでいるようだし……。

 その気になれば、足元に転がっているアリウスの生徒たちのような、生半可な終わり方はしないかもしれない。

 

 それこそ……命を奪われることだって考えられるだろう。

 

 死は、怖くない。

 元より生は、虚しく意味のないものだ。

 元よりゼロだったものがゼロになっても、そこには喪失などない。

 

 だから、死を恐れる必要はないし、他者の命を奪うことも躊躇してはならない、と。

 そう、教わって来た。

 

 けれど……そう、頭では理解していても。

 

 彼女は、恐ろしかった。

 目の前の少女が。圧倒的で暴虐的な、力が。

 

 どれだけ教育を受けようと、結局のところ、人間もまた生物であり、獣であり。

 自分よりもずっと大きく恐ろしい存在に対面して、怯えがないわけがなかった。

 

 

 

 あるいは、それを見たからだろうか。

 少女の怒気の矛先が、ほんの少し、彼女から逸れる。

 

「……ああ、ムカつくな。そう、そうだよね。結局『あの子』の言ってたことは正しいんだ。

 憎むべきは、アリウスに歪んだ教えをもたらした『マダム』であって、この子たちとかあなた、アリウス生じゃないんだろうね」

「おっ、お前、マダムを……!?」

 

 『マダム』。

 アリウス分校の上に鎮座する大人。

 決してその名を表に出さない、隠れた支配者。

 

 通り名とはいえ、それを知っているということは、即ち少女がかなり深くアリウスの内情にを知り得ている、ということ。

 彼女は思わず、彼女に詰め寄りかけたが……。

 

 

 

「けど、それでも。

 お前たちが憎いし、許せないよ、私は」

 

 

 

 その、冷たい泥のような、底知れない殺意に満ちた言葉に。

 彼女の口は動きを止め、動かなくなった。

 

「先生が許しても、いくら救いを与えても、どれだけ愛しても、その行動を容認しても。

 私はお前たちを許さないし、認めない」

 

 それは。

 少女の、偽らざる本音だった。

 

 

 

 幼少期からこの物語を聞かされてきた少女にとって、アリウスは致命的な程に「悪」だった。

 

 物語の主人公である先生を傷つけ。

 先生が愛する多くの生徒たちを傷つけ。

 ゲヘナとトリニティが手を取り合うかもしれなかった未来を破壊し。

 それらすべてを、大義でも正義でもなく、自分たちのものでない何世代も前の憎悪による復讐という、何一つとして生産性のない理由で行っている。

 

 幼少期の少女にとって、そして今の彼女にとっても、それは致命的な程に受け入れがたいものだった。

 

 その上、彼女たちはこの行動が当然なのだという顔で、むしろお前たちが間違っているのだと言って憚らない。

 それは、少女の倫理観からすれば、絶対にあってはならないことであり……。

 

 だから。

 アリウスを目の前にすれば、少女の中からは怒りと憎悪が沸き立つのだ。

 

「自分は被害者です、みたいな顔して人を傷つけて……ふざけんなよ。

 誰かを傷つけるなんていう異常者でしかない行動してるんだから、せめて自分が異常者だってことくらいは自覚しろよ。そこから目を逸らしてるのが一番イラつくわ。

 ……自分を見てるみたいで、さ」

 

 

 

 悪い大人に利用された、罪のない子供だ、と。

 少女の夢に現れる同居者はそう言った。

 幼い子供は、良くも悪くも環境に影響され過ぎる。その筆頭こそがアリウス分校であり、彼女たちがその道に堕ちてしまったことに関して、彼女たち自身には責も咎もないのだ、と。

 

 彼女たちにも理由があったんだろう、と。

 少女が敬愛する大人はそう言った。

 トリニティとアリウスの遺恨は深い。その憎悪が良くない形で受け継がれ、このような場で噴出した。それならば、そもそも最初に罪を犯したのはトリニティの側で、彼女たちだけを責めるのはお門違いなのかもしれない、と。

 

 少女はそれらを聞かされるたび、「ああ、これが正論なんだろうな」と思わされる。

 『あの子』も先生も、少女よりずっとずっと賢いのだ。

 自分のような子供が考えるようなことより、2人が言うことの方がきっと正しいのだろう、と。

 

 けれど……。

 それならば、この怒りを。

 胸の底から沸き立つ、理不尽への憎悪を、どう処理しろというのか。

 

 彼女たちにもそうするだけの理由があった、と。

 悪いのはアリウスではなく、アリウスに歪んだ思想を植え付けた者だ、と。

 あるいは、憎悪によって動けば、あなたの憎むアリウスたちと何も変わらない、と。

 

 そう、何度も何度も言われたところで……。

 理屈の上では理解できても、感情では呑み込めなかった。

 

 

 

 ……結局のところ。

 少女は……調月オリは、多少特殊な環境に身を置いてはいたとしても、あくまで子供に過ぎないのだ。

 

 『あの子』が語った通り、彼女の思想は、良くも悪くも彼女を取り巻く環境から影響を受けやすく。

 幼少期から数えきれない程、企業や団体、人の悪意に狙われ続け。

 その度に、自らの力で自分や妹を守り抜いて来たオリは、「自身や大切な人」を攻撃してくる相手に対して、非常に強い攻撃性を持つ。

 

 そんな彼女にとって、愛しい物語の主人公であり、多くの生徒たちの救世主であり、敬愛する対象であり、唯一自身の存在を証明してくれる相手……。

 「シャーレの先生」を傷つけたという事実は、途轍もなく重い。

 

 それこそ、大切な妹、あるいは夢の中の恩人を傷つけられたと同じ程に。

 

 

 

「『あの子』が止めさえしなければ、私の手でクソみたいな大人ごとこの自治区解体してもいいんだけど……ゲマトリアとのことで、結構ガチで怒られちゃってるからなぁ。絶縁とか絶対嫌だし。

 やっぱり先生の到着を待って、スクワッドに片付けてもらうのが穏当か。

 アイツらとかカスを見逃すのは癪だけど……アレがいないと私の『最終目的』が果たせないし、どうせその内消える木っ端のことなんて、気にするのもアホらしいし、放置放置。

 結局のところ、先生のカード使用を防ぐくらいしかやることないんだよなぁ……」

 

 そう独り言を呟いたオリは、崩れた壁の上で大きく上体を逸らし、伸びをする。

 

 その姿はどう見ても隙だらけで、目の前のアリウス生のことなど、忘れてしまったかのようだった。

 故に彼女は、戦術的観点からか、あるいは純粋な恐怖心からかはともかく、その場から逃げようと走り出し……。

 

「それまでは、こうやって邪魔者黙らせながら待つばかり、かぁ。本当につまんないお仕事だ」

 

 一瞬の内に首を掴まれ、コンクリートの床に頭を叩き付けられ、その意識を暗闇の中に投げ出した。

 

 

 

 アリウスの生徒の付けていたマスクは割れ、中からは血を流した額が垣間見えた。

 オリはそれを見て、けれど興味もなさそうにすぐに視線を逸らし、彼女の体を足元に放り投げる。

 

「逃がさないっつったのに、逃げようとするとか、お話を理解するだけの脳みそもないのかな?

 ただそこに突っ立ってるだけなら放置してあげようと思ったのに……あー、残念」

 

 ……彼女を知らない者からすれば、今のオリは気が抜けているように見えるのかもしれないが、それは大きな誤りだ。

 

 彼女は今、内から沸々と込み上げてくる怒りを、そうしてふざけた態度を取ることによって封じているのだから。

 

「……早く来てくれないかなぁ、先生。

 ここ最近は楽しいことが多かったのに……今はつまんないなぁ……」

 

 そう呟いたオリは、少しばかり濁った眼で、高くもない天井を見上げた。

 

 

 







 エデン3章でサオリに殺意ビンビンだったのはこういう訳。
 まぁどれだけ憎んでいても、人殺しとなると嫌悪感がすごいことになっちゃうんですけどね。
 なにせ、リオが頭脳・精神面で天才である以上、対称であるオリは精神面では凡人なので。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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