いるかわからないけど、ブルアカやったことない読者様にも最低限伝わるようにするには、こういう回も必要なんですのよね。
トリニティのカタコンベを抜けた先に広がる、アリウス自治区。
キヴォトスにおいて知られざる秘境であるここは、普段から人気が少なく、大人の怒号や訓練による銃声を除けば、静寂で停滞した空気が漂っているのだが……。
その日ばかりは、訳が違った。
自治区に響く、怒号と銃声。
暴力と変化、あるいは革新を告げる鐘の音。
それらは、同時に2か所で発生している。
片や、アリウス自治区に強襲をかける、アツコを除くアリウススクワッド3人と、シャーレの先生。
片や、そんなアリウススクワッドを追って自治区に侵入した、聖園ミカ。
彼女たちは、それぞれが異なる目的のためにこのキヴォトスの中でも有数の地獄に侵入し、襲い掛かって来るアリウス分校生をなぎ倒しながら進んでいく。
スクワッドは、その構成と状態は不完全ながら、友人を取り戻すという堅い意志と先生の指揮によってそれを叶え。
ミカはその有り余る力を、欠片たりとも躊躇なく振るうことで、悠々とそれを為していた。
アリウス自治区は広くなく、そして彼女たちの目指すところは一つ。
そう間もなく、彼女たちはこの日二度目の邂逅を果たすことになるだろう。
……けれど、ここにイレギュラーが1つ。
彼女たちは、知らない。
現在、アリウス自治区にはもう1人、侵入者が入り込んでいることを。
* * *
自治区を進む彼女たちから離れ、カタコンベの片隅にて。
調月オリは、数多のアリウス生徒の転がる上、半ばで崩れた壁の上に座り、おかしそうに笑う。
そんな彼女の視線の先では、空中に大きな映像が投影されている。
そこには、先生やアリウススクワッド、ミカの奮闘が映し出されていた。
「さーてさてさて、ようやく先生も来てくれたか。
聖園ミカも……うーん、記憶を頼りに壁ぶち抜いて自治区を掘り当てるとかいうパワープレイではあったけど、無事自治区に到着、と。
しっかり『あの子』の話通りに進んでるね。よきかなよきかな~」
その映像を投影しているのは、彼女が右腕に着けた腕時計。
そして腕時計に映像を送っているのは、アリウスに飛ぶ4つの小型ドローンであった。
「いやしかし、便利だなぁこれ。
やっぱリオちゃんってすごいわ。私の常識の外側にいるね」
スタンバトンと共に、オリがリオに持たされた装備の1つが、この小型ドローン。
エンジニア部が開発した多機能に過ぎる超高性能ドローンを買い取り、リオが徹底的な機能のパージと追加を行って調整したそれらは、ミレニアムの埒外な技術力によって成立する奇跡の機構。
片手で握ることができる大きさでありながら、本体の光学迷彩に広範囲に渡るECM、映像欺瞞に撮影機能、独自信号による通信機能と、凄まじい性能を持っている。
数基飛ばすだけで、おおよそ尋常な電波戦において敗北する可能性はなくなるだろう。
これらは、本来ならば『都市』に配置されるはずだったもの。
けれどそれらを、リオは数基とはいえオリに貸し出してくれたのだ。
……より正確に言えば、何度も断ったオリに無理やり押し付けて来た、というのが現実だったのだが。
「まったくもう、リオちゃんったら心配性なんだから。ま、そういうところも可愛いんだけどさ。
それに、実際このドローンのおかげで助かってる部分もある。帰ったらいっぱいいーっぱいありがとって言って、甘やかしてあげないとな」
オリが眺める空中に映し出された映像には、多少粗いながらもしっかりと先生やアリウススクワッド、そして聖園ミカがアリウス分校生を蹴散らす様が映っている。
オリは『あの子』から、この物語の大まかな推移や顛末を知らされていた。
けれど、それはあくまで大まかなものでしかなく、いつどこでどのイベントが発生するかを知り得ることはできない。
故に、それを遠方から監視することができるこの監視カメラの存在は、彼女にとって地味ながらこれ以上ない程の助けになっているのだ。
* * *
オリはカ壁の上で姿勢を正し、映像を見ながら呟く。
「しかし……改めて見ると、なんとも混沌とした状況だね。
アリウスからすると、てんやわんやだろうな」
先生とアリウススクワッド、そして聖園ミカが、現在アリウス自治区にいる。
それは、彼女たちの状況や思惑が複雑に絡み合った結果だった。
まず、アリウススクワッド。
エデン条約調印式の一件で作戦に失敗し、それによって課せられるだろう重すぎる罰を避けるため、アリウス分校から逃げるという選択をした彼女たちは、現在はトリニティやゲヘナ以外にも、母校たるアリウスにすら追われる身となっていた。
そして、スクワッド自体がアズサに対してそうであったように、アリウス分校の生徒は裏切り者に対して決して容赦しない。
彼女たちの逃亡はそう長くも続かず、結局はアツコがマダムに対し自らを犠牲に他3人を逃がす交換条件を持ちかけ……アツコが連れ去られた後で、その約束はあっさりと破られてしまった。
リーダーであったサオリは、彼女にとって大切な存在であるアツコを奪還すべく、断られるだろうことを承知で先生に頭を下げて頼み込み……呆気なく、了承され。
アリウスの生徒たちによる襲撃で散り散りになったスクワッドメンバーを招集し直し、先生の指揮の元、アリウス分校に乗り込んでいるのだった。
オリは彼女たちの奮戦を見ながらも、面白くなさそうに目を細めた。
「……先生も、あっまいよねぇ。
サオリはさ、倒れたアズサちゃんを何十発も無駄に追撃したり、『お前の大切なものを全て壊し、殺してやる』って言って、実際それをする気だったんだよ?
そんな子が、いざ自分の大切な人が害されそうになったら『助けてくださ~い』、なんてさ。虫の良すぎる話でしょ、そんなの。放っとけばいいのに、あんな奴ら」
オリが幼少期、『あの子』から聞いた物語。
その全体の主人公を先生であるとするのなら、エデン条約に纏わる話の主人公は補習授業部、特にヒフミとアズサだと言っていい。
彼女たちと直接の親交は持っていないオリではあるが、それでも昔に聞かされた物語の主人公が暴力に晒され、何の咎もないのに殺意の対象となっていれば、好印象を覚えるわけもなく。
オリの中で、アリウススクワッド……特に錠前サオリの印象は、頗る悪かった。
「聖園ミカはまだいいよ。やったことに応じた私刑を受けることになるし、それを受け入れてもいる。自分の責務だって受け入れてるんだ。それは当然でもあるけど、同時に尊いことだと思う。
でも、錠前サオリは逃げるんだよ。矯正局に入れられるなり退学になるなり、然るべき罰を受けるべきなのに……ただ逃げてるだけだ。
洗脳された果てとはいえさ、自分の罪に向き合わない生徒に、救いなんて必要なのかな」
……実のところ、それはかつてオリが夢の中で『あの子』に言ったことでもあった。
錠前サオリに救いなど必要ないのではないか。
それを聞いた『あの子』は、静かにまぶたを閉じ、「どれだけ酷い間違いを犯しても、それでも子供には可能性が残されるべきだ……と、先生ならば言ったでしょうね」とだけ答えた。
実際、先生と知り合ったオリは、確かに先生ならばそう答えそうだとは思う。
思う、が……それはそれとして、オリは未だ、その答えに納得できずにいた。
罪に向き合わずに逃げるような者に、慈悲が、救いがあっていいのか。
それならば、罰を受ける生徒は何のために罰を受けるのか。
両者に同じ救いがあるなど、理不尽だ。真面目に罰を受ける生徒にこそ救いはあるべきなのに、と。
そう論ずるオリに、『あの子』はただ苦笑を浮かべるばかりで……。
だから、オリは今でも、サオリに対する強い敵愾心を持っているままだった。
* * *
そんなアリウススクワッドと先生が戦っている一方。
聖園ミカの方は、迫りくるアリウスを千切っては投げ千切っては投げ、もはや戦いとすら言えない蹂躙劇を繰り広げている。
しかし、その明るい表情とは裏腹に……。
彼女の事情は、ある意味でスクワッドのそれよりももっと陰鬱だった。
奇跡が成り、再びティーパーティの3人でテーブルを囲むことができた彼女たちだったが……。
この2週間弱、ティーパーティの1人である百合園セイアの体調が日に日に悪化していた。
元よりセイアは体が弱く、体調を崩すことが少なくなかったが、今はタイミングが悪い。
襲撃によって死んだと思われていたセイアが生きていたと、そしてその襲撃はミカによって企てられたものだったと発覚した直後。
そのタイミングで、ミカとテーブルを囲んでからセイアの体調が悪化したのだ。
ミカが何かしたのではと疑う者が出るのは、悲しいながら自然な流れだった。
実際には、セイアの体調悪化は、彼女の持つ予知夢の力が原因。
セイアの能力は強力ながらも非常に不安定であり、発生のタイミングや予知する日時、起床するタイミングを指定することができない。
その結果、最近のセイアは寝込むことが多くなり、また能力の負荷によって精神・肉体共に消耗している、というのが実情だ。
ここまでの状況を単体で見れば、あるいは全て時間が解決するものだったかもしれないが……。
……更に1つ、ここに悪い状況が重なってしまった。
セイアは、その予知夢の中で、よりにもよってゲマトリアの会議を見てしまった。
そして、その中で「マダム」ことベアトリーチェこそがアリウスたちを操るフィクサーであること、先生と敵対していることを知ってしまい……。
けれどそこで、ベアトリーチェに捕捉され、捉えられかけた。
いよいよ暴走する予知夢によって朦朧とする意識の中、彼女は偶然にも訪れていたミカに「アリウススクワッドが先生を狙っている」と伝えようとし……。
……けれど、同時。
冷静沈着に見える彼女もあくまで子供であり、精神的に追い詰められすぎた結果なのか。
「すべての始まりはミカ。先生が狙われるのも、全て君のせいだ」、と。
そう、告げた直後、昏睡しまったのだ。
再び平穏な日々を得たはずだったミカは、急転直下。
セイアの体調悪化に関与した容疑をかけられ、拘禁されることとなった。
セイアの派閥の生徒から心無い言葉をかけられながら、ミカは独房で、セイアに言われた言葉を何度も想起した。
全て自分のせい。
……確かにそうだ。
そもそも自分がアリウスに関わらなければ、セイアが襲撃されることも、ナギサや先生がミサイルに襲われることも、エデン条約が破綻することも、先生が負傷することもなかった。
全てがミカのせいかと言えば、確かに、間違いなくミカのせいではあった。
けれど……それならば。
それならば、嘘を吐き、自分を騙し、裏切ったアリウススクワッド。
彼女たちも、同罪だろう。
それなのに、何故彼女たちは責められない?
何故彼女たちは今この場にいない?
ミカは、自分の罪から目を逸らさない。
自分のしてしまったことはしてしまったことで、罰されるべきことだと理解していた。
けれど、同時。
彼女の心の許容量を超えたストレスは、道連れを求めた。
自らが罰されることは認めても、もう1人、同じように地獄に堕ちる道連れを。
……即ち。
アリウススクワッド、そのリーダーの、錠前サオリ。
彼女だけは、必ず、自分の味わうのと同じ……いいや、それ以上の地獄に落としてやる、と。
そうしてミカは独房から脱し、スクワッドを、錠前サオリを探し始めた。
自らを裏切った彼女に復讐し……。
そして、襲われるだろう先生を助けるという、最低限の義務を果たすために。
……だが、皮肉なことに。
ミカの想定ではスクワッドに襲われているはずだった先生は、むしろスクワッドの活動を助けており。
それを見た時、ミカはもはや、自らがすべきことを見失った。
* * *
思春期にありがちな誤解や暴走。
それらが深刻すぎる事情と最悪のタイミングに重なった、グロテスクな程の事態。
「うーん、なんというか……悲惨」
それを、オリは一言で纏めた。
少しばかり憐れむような目で、ヤケクソでハイテンションになっているのだろう、笑顔のミカを見やる。
「悪意がなくとも状況を悪化させる人とか判断ってのは少なくないけど、ここまでかみ合わないのはちょい珍しいよなぁ。
ま、でも気持ちはわかるけどね。私も……」
そこでオリは、まるで誰かに聞かれることを拒んだように、言葉を止め。
切り替えるように、映像全体に視線を移す。
「……さて、そんな二組がそれぞれの目的でアリウス自治区を進撃。
先生たちの目的はベアおば、そしてミカの目的はそんな一団の中のサオリ。
だから最終的に両者は合流して、1つの因縁に決着が付くわけだけど……」
オリは足を組みなおしながら、壁に背を預け、言う。
「うん、そこに私の出る幕はないな。
どちらも、精々頑張ってくださいってかんじだ」
彼女は、聖園ミカの仲間ではなく、もちろんアリウススクワッドの味方でもない。
今の彼女は、その後の戦いに備える、ただ1人の第三勢力。
故に、彼女たちの戦いに手を出す道理はないのだ。
「まったく……先生がこうもお人よしじゃなきゃ、こんなとこまで来ることもなかったんだけどね。
ま、そんな先生だからこそ、私は好きになったんだけどさ」
これから先、ミカが辿ることになるだろう、悲惨。
そしてその先にあるはずの、救い。
それを思って、オリは肩をすくめた。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!