結論から言えば。
調月オリに、動くつもりはなかった。
聖園ミカに手を貸すつもりなど、毛頭なかったのだ。
アリウス自治区、旧校舎の屋上。
オリはそこで仰向けに寝そべり、ドローンによって内部の様子を窺っていた。
リオから貸してもらった、ミレニアムの技術の粋が詰め込まれたドローン。
これは非常に高度な光学迷彩や通信妨害、AIを用いた自動の情報欺瞞により、そこにあるということすら相手に悟らせない。
この物語の主役たちや、ユスティナの
唯一気付いているであろうゲマトリアのベアトリーチェは、無用に手を出してオリと本格的に敵対し、戦力が消耗することを厭ってこれを放置している。
……と言うより、そもそもベアトリーチェにとって、オリの存在は大概意味不明だった。
ゲマトリアの所属メンバーであるオリヒメが依り代とする少女、調月オリ。
何故彼女がアリウス自治区を訪れたのか? オリヒメの指示なのか? それとも少女自身の意思なのか? 何を目的としているのか?
それらを一切知らされていないベアトリーチェにとって、目障りなシャーレの先生との決戦のタイミングで現れたオリの存在は、目の上のたんこぶでしかない。
だからといって、自己昇華の儀式の直前というタイミングで他のゲマトリアを敵に回し得るような行為をするわけにもいかず、オリを殺すこともまた難しい。
故に、下手に刺激しないように放置されている、というのが現状なのだ。
そんなわけで、オリは軍勢を差し向けられることなく、こうしてゆったりと映像を観戦することができる。
彼女の視線の先、あるいは寝そべる天井の下。
アリウス旧校舎の中では、いよいよ物語が終盤に差し掛かっていた。
先生とミサキ、ヒヨリが、なんとか道を探す一方で……。
聖園ミカが錠前サオリとの戦いを始めている。
オリはあの子から、この話の大雑把なあらすじを聞いていた。
サオリは罪の意識を持ち、アツコを救うことで救われたがっていること。
そしてミカもまた罪の意識を持ち、サオリを貶めることで道連れを作ろうとしていること。
その望みに事件へのスタンス、そしてそれぞれに向ける想いも。
それを思い起こしながら、オリは映像を眺め、ぼんやりと呟く。
「しかし、面白いな。同じような状況になった時、ミカちゃんが壊すって方向で動いてるのに対して、サオリは助けるって方向に動くんだよね。
やっぱこう見ると、根っこのところでサオリは善人なんだろうな。教育のせいで悪者に染まっただけで。
……まぁ、だからと言って、先生を撃ったことは許さないけど」
善良な者だからと言って、犯した罪は消えない。
どれだけ自分で償ったつもりだろうと、それを他者が許すか許さないかは別問題。
故にオリは、サオリに多少の同情を寄せつつも、それでも彼女を「敵」として認識し続けている。
……それこそ、この事件が終わった後、密かに「始末」を付けようかと考える程に。
「私も、まぁみんなから『やべー奴』って言われる人間だし、当然性悪なんだよねー。
だから、今のミカちゃんと同意見だよ。
錠前サオリは、救われる必要はない。
どんな教育を受けようと、どんな環境にあろうと、結局のところ行動こそがその人を示すんだ。
エデン条約をぶち壊して、あまつさえ先生に手を出しかけた『錠前サオリ』は大罪人だよ。半端なことしかしない私以上のね。
だったら、もう死ぬしかなくない? 勝手に報われた気になってないでさ、精一杯誰かのために働いて搾取されてぐちゃぐちゃになって、最後は無様に死ぬのが妥当じゃない?
関係ない誰かとか敵とかじゃなく、「身内を助けたから無罪放免!」ってのは正直意味わかんないなーって私思うよ?」
それは独り言か……あるいは、彼女の「中」にいる誰かに宛てた言葉か。
どこまでが本音なのか、どこまでが彼女特有の「露悪的な」表現なのか、それを知るのはきっと彼女自身だけだろう。
ただ1つ、確かなことは。
オリは相変わらず、不可解な程の憎悪をサオリに向けている、ということだけだ。
「……ま、いいや。アイツのことなんて。
そもそも私がここにいるのは、サオリとかミカちゃんのためじゃないし」
オリはため息を吐きながら、ただ時が来るのを待つ。
「ミカちゃんは別に救われてもいいよ。先生に手を出してないし、ヒフミちゃんたちを酷く痛めつけたりもしてないしね。
でもさー、そこで先生がカードを使うのは許せないんだよねぇ……」
結局のところ、オリがここにいるのは、ひとえに『大人のカード』の使用を防ぐためだ。
オリヒメの言葉が正しければ、『大人のカード』は「先生の時間や人生を相応に削り取り、それを奇跡という結果に置換する」代物。
つまりは、それを使えば使う程に、先生は死に近付くのだ。
事情を知るオリとしては、先生に極力カードを使わせるわけにはいかなかった。
……が、問題は。
先生がカードを切るのは、生徒たちだけでは解決できない厳しい状況に限る、ということ。
今回の場合、先生は戦略兵器のプロトタイプであるアンブロジウスや、ベアトリーチェの切り札である聖女バルバラを含む、山盛りの
不条理の化身たるオリをしても、なかなかに厳しい戦場だ。
故に、その時まで余計な消耗は避け、余力を残さねばならない。
なにせ、オリをしてバルバラ含むユスティナの
一体一体は瞬殺できても、無尽蔵に戦力が補充される。
その性質の恐ろしさは、時折廃墟で暴れ回るオリが一番よく知っている。
故に、先生がベアトリーチェを倒すまでの間、オリはただここで待機するつもりでいた。
救いをもたらす主役たちの決戦と、それを支える少女による孤独な戦い。
それを、映像を通して眺めて……。
……心の底から、何かむかむかとしたものが込み上がるのを、感じながら。
* * *
ぺらぺらと独り言を奏でていたオリの舌が止まったのは、いつだっただろう。
ミカが先生たちを送り出した頃か、もう少し先か。
とにかく、オリはいつしか、眉をひそめて映像を見ていた。
この場の主人公である先生とスクワッドの、ベアトリーチェとの戦い……。
……では、なく。
聖園ミカの、
ただの時間稼ぎでしかない、どうでもいいはずの戦いを。
彼女をよく知らない者でも、苛立っているのだろうとわかる形相で。
「…………」
何故、自分が黙っているのか。
何故、こうも苛々するのか。
オリには、それがわからなかった。
彼女は、妹と呼ぶ双子の姉妹、ミレニアムのビッグシスター程に賢くはない。
自身の感情や衝動、その理由を完全に理解し言語化することなど、できはしない。
故にこそ、何故自分が苛立っているのかもわからず、わからないことに尚更苛立つという悪循環に嵌ってしまっていた。
「……なんなんだよ。何かおかしいって言うの? 私が?」
ボソリと呟いたのは、そんな言葉。
それは殆ど無意識かつ衝動的に口を突いて出て来たものであり、彼女の夢に潜む同居人に向けられたものですらなく。
故にこそ、彼女自身すら自覚できない、本心が現れていた。
「わけわかんない。私はただ、……」
そこで、ピタリと、彼女の唇は動きを止めた。
ただ……。その先の言葉は、何だったのだろう。
ただ先生を助けるためにここにいるのに、だろうか。
それとも、ただ正しいことをしたいのに、だろうか。
もしくは、ただ誰かに認めて貰いたいだけ、だろうか。
言葉にするには真に迫り過ぎ、刺々しさが喉を突き刺す。
故に、オリは思考も真っ白に、自分が何を言おうとしていたかすら、すぐに忘れ去ってしまう。
「……はぁ」
重くため息を吐いて、けれど視線を逸らすことはなく、オリは映像を見やる。
そこでは、無限に湧き出る
回し蹴りで
バルバラの頭に愛銃を突き付け、容赦なく撃ち抜く。
獅子奮迅の戦い、と言っていいだろう。
たった一人で、何十人という敵に抗しているのだ。戦況がミカ側の優勢に進んでいること自体が相当に異常と言える。
……けれど、同時。
士気も下がらず個体数も減らない軍を相手にしては、個の戦いも限度が生まれる。
目の前の個体を倒すために生じた一瞬の隙に、周りの
バルバラの攻撃を避けた先で、スナイパーの攻撃が直撃する。
重い負傷となるバルバラの攻撃は避けているため、それら一発一発は決して致命的でなく、むしろ軽微なものだと言っていい。
けれど、決してゼロではない。
時間の経過と共に増えていく小さな傷は、少しずつミカの体力を削り取り……。
彼女の動きは徐々に、その精彩を欠き始めている。
大きく回避し過ぎ、壁にぶつかったり。
自身に向けられる銃口に、気付かなかったり。
不意に真後ろに現れた
そういったイージーミスが増え始め、そしてそれらが加速度的にミカへのダメージを増やしていく。
けれど、それでも。
聖園ミカは止まらない。
いつも丁寧に手入れされている髪は乱れ、ところどころ焼け付き。
綺麗な白い肌には、いくつもの擦り傷と血が滲み。
お姫様を思わせる服も、ボロボロの布になって。
……それでも。
聖園ミカの金の瞳は、決して諦めの色を見せなかった。
その様をリアルタイムで覗くオリは、呆れたような……正確には、呆れた風に聞こえるよう取り繕った声で、画面の向こうに語り掛ける。
「もう……ミカちゃんったら、なんでそんなに頑張れるのかなぁ。
そんなことしたってさ、ミカちゃん自身の言う通り、幸せにはなれないんだよ?
トリカス共はミカちゃんへの虐めをやめないし、もうティーパーティにはいられない。
今のミカちゃん視点では、トリニティの退学だって確実なんだろうに……なんで、何を理由に頑張れるのかな?」
彼女の妹は、時折言う。
「理由なく人間が動くことはない」「人が活動する時、そこには必ず利己的な目的がある」と。
そういう意味で、ミカは何のために、ここまで抵抗を続けているのか。
どうせ救われないのなら……いっそ、抵抗など止めた方が楽になれるだろうに、と。
半ば本気でそう思いながら、オリは映像を眺め……。
……そうして、奇跡を、目の当たりにする。
* * *
旧校舎、聖歌隊室。
祈りを憎むベアトリーチェによって徹底的に破壊された蓄音機が、音を奏で出す。
それは、聖園ミカの持つ神秘の極致。
ありとあらゆる法則、条理を無視して行われる、小さな慈悲の嘆願だった。
「……本当に、鳴った」
オリヒメに聞かされ、そうなることを知っていたはずのオリは、けれど驚いたように……。
あるいは、「そうなってほしくなかった」とでも言うように、眉をひそめる。
奇跡。
それは青春の物語の、この世界にとっての、正しさの象徴。
オリの慕う『あの子』は、いつだって、それを尊いものとして語っていた。
聖園ミカがそれを起こすことは即ち、ミカが「正しい」ということで……。
今、何もせずにいるオリが、「間違っている」ことを意味している。
……少なくとも、オリの中ではそう解釈されるのだ。
「なんだよ……私がおかしいって言うの?
別に、間違った判断じゃないじゃん。先生を確実に助けるには、体力の温存が必要なんだもん。
あんな無限に湧き出る軍勢に対処してたら……私だって、多少の手傷は負っちゃうし。もしこれに失敗したら、先生にカードを使われちゃうんだよ? それこそ絶対駄目でしょ」
小さく、まるで自分に言い聞かせるように呟くオリ。
その手は固く握られ、映像の中、オルガンの鍵盤を撫でるミカを睨むように見つめている。
「だって……仕方ないじゃん。そうすべきだもん。
今は、何もしないのが正しいんだ。私の目的のために、は……」
はた、と。
オリの言葉が、止まる。
目的。
自身の目的とは、何だったか、と。
今更、そんなことを疑問に思って。
「私は……先生を助けるために、アリウスに来たんだ。
先生を助けようと思ったのは……先生以外に、私が干渉できないから。それだけ」
……違う。それだけではない。
そのもっと前に、始まりに、何か理由があったはずだ。
「……先生を助ければ、運命をちょっとでも変えられれば、私にも生まれた意味ができる。
そうすれば…………きっと、『本当はこの世界にいなかった』はずの……『存在しなくても何の問題もない』私でも、この世界にいる意味ができるから」
そう。
オリの根源的な目的は、それで間違いない。
幼少期の頃。
オリは、この世界に存在しないも同然だった。
親からは、何も期待されず。
姉妹からも、長らく認めて貰えず。
『あの子』からは、本来この世界に生まれないはずだったと言われ。
そういった自身の真実から目を背けられる程には、愚かでもなく。
「いてもいなくてもいい、どうでもいい存在」。
それが、調月オリであり。
彼女の居場所は、この世のどこにもなかった。
故にこそ、彼女は求めたのだ。
「ここにいていい理由」を。
自身が確かに存在して、何かができるのだという証左を。
そのために彼女は、生徒たちを助けようとし。
けれど2年前、それは不可能であると悟って。
先生ならば助けられるかもしれないという『あの子』の言葉に従い、先生だけでも助けようと……。
……いいや。
それもやはり、行間が抜けている。
「ここにいていい理由」。
それは何も、誰かを助けることだけではない。
何かを研究開発したり、芸術の道に走ったり、武道の道で頂点を極めたり、小さなことなら親の手伝いをしたり。
そういった細々としたことを通しても、オリがこの世界に存在することは証明できたはずだ。
けれどオリは、誰かを助けることでそれを為そうと固執した。
それは、何故だったか。
『だから……アリウススクワッド。
あなた達のために、祈るね』
オリの座る天井、その下の室内から、微かに聞こえて来るくぐもった声。
それを聞いて……オリは、ふと思い出す。
『そこで、彼女は言ったのです。
「だから、アリウススクワッド。あなた達のために、祈るね」と。
先生とサオリちゃん。救済と共感。それによって救われたミカちゃんは、もはや魔女ではありません』
楽し気に、まるで昔話をするように語る、『あの子』のお話。
今になっても思い出せる、子供の頃の宝物のような時間。
幼い頃の経験が、その人の人格を形作るとするのなら……。
調月オリという人間を形成したのは、間違いなく、『あの子』とのお話の時間だった。
それはまるで、子供が親にせがむ寝物語のように。
様々な形の常識と、まだ見ぬ世界への興味と、そして何より英雄への憧れを、オリの中で育て上げた。
……そう、憧れだ。
物語の主人公。
多くの人を救う英雄。
誰よりも大人で、けれど誰よりも子供っぽく、生徒たちに寄り添う、カッコ良い大人。
オリにとって「シャーレの先生」は、物語に出て来る英雄と同じ、憧れの存在で。
……同時、多くの子供の場合にそうであるように、英雄願望の対象でもあった。
多くの生徒を救う「先生」のように、誰かを救える、カッコ良い大人になりたい、と。
オリは子供ながらにそう思い、願い。
更に『あの子』によって、「お姉ちゃん」という殻が与えられ。
そうして、今のオリが形作られた。
「……そうだった。ああ、そうだったなぁ。なんで忘れてたんだろ。
私……昔は、先生みたいな、カッコ良い、素敵な大人になりたかったんだ」
人を助けられる人になりたい。
だからオリは、張り切ってリオの姉たろうとした。
妹程に賢くはなくとも、自分にできる形で世話を焼き、助けようとした。
いつしか本心からリオのことを好きになって、それが当然のことになってしまったけれど、最初の目的はそこにあった。
だからオリは、2年前、アビドスを救おうとした。
彼女たちを救うことを通して、自分が価値のある……先生と同じように、「この世界に必要とされる」存在であると示そうとした。
結果的にそれは失敗し、助けるべき対象は先生へと変わってしまったが……大元は、先生も生徒も大人も、全てを含めた「みんな」を助けたいと願っていた。
その残滓が、未だ続けるアビドスへの支援という形で、彼女を繋ぎ止めている。
だからオリは……理不尽が、嫌いだった。
無垢な、何の罪も犯していないような誰かが、苛まれる。
そんな彼女たちをどうにかして救いたいと思い、がむしゃらに行動して……。
けれどその行動は往々にして、妹程に賢くもなく状況を完全に把握できない彼女を、逆しまに不条理な行動へと駆り立て。
いつしか「不条理の化身」と、彼女の憎んだものにも近い名前が定着してしまった。
それでも、目の前に納得できないことがあれば動いてしまうところに、彼女の抱いた願いが現れてしまっているのだが。
そうだった。
その、はずだった。
それこそが、調月オリだったはずだ。
……それなのに。
「はぁ……何やってんだろう、私」
今、オリがやっていることは。
傷つき擦り減るミカを、理不尽に嬲られるミカを、ただ眺めているだけ。
リオならば、こうはならなかっただろう。
彼女は賢い。自らの行動と、そのための手段を錯誤することはない。
ただただ淡々と、感情を交えることなく、自らの目的を果たすために行動するだろう。
けれど、オリはリオのように賢くはない。
ずっと続けていた行動の動機を見失い、忘れ、あるいは手段とすり替わってしまうこともある。
その結果が、今……。
ただ1人の誰かを救おうとして、不条理に苛まれる少女を見捨てるという選択を取っている、オリだ。
不快な苛立ちに、オリは乱暴に髪を掻きむしった。
「あー……もう! もうっ!!
私、いつの間にこんな良い子ちゃんになったんだ!?
安全性!? 効率!? 確実ぅ!? そんなこと気にして、虐められてる誰かを見捨てるなんて……そんなの、全っ然私らしくない!! 『みんなのお姉ちゃん』じゃないでしょうが!!!」
……今でも、はっきりと思い出せる。
今から数か月前、ミレニアムの廃墟に、先生と一緒に赴いた日。
憧れの人である先生に、オリはこう言われたのだ。
“……オリは、みんなより少しだけ大人なんだね”
“そっか。……じゃあやっぱり、オリはお姉ちゃんなんだね。自分から進んで誰かの面倒を見ることのできるお姉ちゃんだ”
「ゲーム開発部みんなのお姉ちゃん」だ、と。
きちんと誰かを助けることができている、と。
先生に、そう認めてもらえた。
それはきっと、軽い気持ちで褒めてくれただけなのだろう。
先生からしたら、大して意味のある言葉ではなかったのだろう。
けれどそれは、オリにとってだけは、本当に大きな意味を持つ言葉だった。
生徒の心を救う、
けれど、彼女たちに寄り添い、ほんの少しの支えになる「お姉ちゃん」はできている、と。
そう認めて貰えることが、どれだけオリの心を揺り動かしたか。
先生は知らないだろう。オリも、殊更に言うつもりはない。
けれど、1つ、確かなこととして……。
その一言だけで、大事な出生の秘密を明かしてしまうくらいに、オリは先生を認めた。
この人は、確かに自分が憧れた
同時、心を許してもいい、すごい人なのだ、と。
「……誰かを救うことで、ここにいていいって思う。意味があるように感じる。
そんなのさ、ただの勘違いで、錯覚で、とんでもない誤謬でさ……。
けど、それでも、そんな言葉に救われたんだ、私は。
あと少し、ちょっとだけでも生きていいんだって、そう思えて……」
オリはそこで、何かに気付いたように目を見開いた。
そして、拗ねたように唇を尖らせ……。
けれど同時、どこか憑き物が落ちたような吹っ切れた表情で、呟く。
「ああ、なんだ。ただの同族嫌悪か、これ」
誰かを救うことで、赦されたように思う。
そこに自らの居場所ができたように感じる。
それは、サオリも、ミカも、そしてオリも、同じことだった。
そして、自らと「同じ」サオリに心を救われたミカとは違い。
オリは、自らと「同じ」サオリとミカを……あるいは、妬んでいたのかもしれない。
何故なら、彼女たちには……。
「……あるよ、更生の機会。
だって、私と違って、2人はこれからもずっと生きていくんだもん。
何十年って時間をかけて、償っていけばいいんじゃない? そうしたら、いつかは……青い空の下、ぐーっと気ままに背伸びできる日も来るでしょ」
その言葉は、悔しさと優しさの籠った独特の響きをして。
「……羨ましいな。本当に」
ボソリと。
彼女にしては珍しく、少しも飾ることのない、素朴な呟きを漏らした後……。
オリは激しく首を振り、自分の頬を両手で軽く挟む。
「いよーし……ウジウジモードはこれでおしまいっ!
ここからはいつも通りの私らしく! 和やかに、楽し気に、朗らかに、そして何より不条理に!
やりたいことやったもん勝ちのアオハルライブ感で行くぞ!!」
オリのすべきことが、先生を助けるために体力を温存することだとすれば。
オリのしたいことは……とても単純で、非理論的で、そして不条理なことだった。
目の前に、困っている子がいるのだ。
助けないなんて選択肢は、もはや存在しない。
「……座標、良し。ここから下方に11メートル余り。ひとまず6回で足りるかな」
独り言を呟いた後、オリは重心を落とし、すぐにでも蹴りを放てるよう足を後ろに回して。
「ふッ!」
ほんの、刹那の後。
バルバラに2発。
アンブロジウスに1発。
そして他の
それぞれ、オリの全力の蹴りが叩き込まれた。
凄まじい轟音と共に、
一方でオリの方も、脚に襲いかかる自身の蹴り5発分の衝撃をなんとか殺し切る……ことまではできず、現れた空中から凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。
とはいえ、なんとか負傷まではしないラインには抑えたために、殆ど無傷ではあるのだが。
そして、衝突によって舞った粉塵の中、ふと思い出したように呟く。
「……あー、やっちゃった。馬鹿でしょ私、超馬鹿じゃん。リオちゃんとの約束も破ることになるし、『あの子』もブチ切れ案件だよこれ。
でもまぁ……私らしいっちゃ私らしいかな?」
オリ自身としては、吹っ切れて取った行動ではあったのだが……。
よく考えると、リオとの「無茶は絶対にしない、余計な手出しもしない」という約束は破ることになるし、本人曰く「原作厨」である『あの子』の本意にそぐわない行為だろう。
だが、オリの胸にあるのは、ここしばらくのモヤモヤが晴れた爽快感だけ。
後悔しているような言葉ではあったが、むしろその口調は楽し気なものだった。
そして、そんな彼女の元に、一人の少女の誰何が届く。
「あなた……誰?」
対し、オリは「あー、しまった」と後ろ頭を掻く。
今やキヴォトスで割と知名度のあるオリではあるが、ミカは彼女と入れ替わりに牢獄に入れられている。
自分の存在を知らなくても不思議はないだろう。
なので、オリは端的に自分を表す言葉を探し……。
「私は……まぁ、いらないお手伝い? 余計なお節介? もしくは、あなたと同じ、いつかの悪役?
……いや、違うな、そうじゃないね」
オリは、ミカの手伝いに来たわけではない。
お節介を焼きに来たのでもない。
悪役としてこの場に立ち会うわけでもない。
ただ……。
「私は、ミカちゃんを助けに来た……ただの、お姉ちゃんだよ」
ただ、一人のお姉ちゃんとして、自分のやりたいことをやりに来たのだ。
・調月オリのシークレット・ガーデン1
「英雄願望」
かつて『あの子』から聞いた物語、その英雄(主人公)への憧れ。あるいはそんな英雄のようになりたいという願望。
オリの持つ根源的な欲求であり、表面的な善性の大元であり、そして最初から先生への好感度が異様に高かった理由でもある。
「なりたい」方の願望は、幼少からの様々な体験により擦り切れ、二年前の挫折によって完全に折れてしまい、今やそれを思い出すことは滅多にない。けれど、残骸となった今でも、調月オリの根底にある大きな動機の1つであることは変わらない。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!