アリウス自治区、旧校舎。
どこまでも押し寄せる
今、少女は自らをお姉ちゃんと名乗った。
……お姉ちゃん?
いや、ミカに姉はいない。
親の愛を一身に受けてすくすく育った一人っ子だ。
ならば、目の前の姉を自称する不審人物は一体何者なのか。
少なくとも分かっているのは……。
彼女が自分の味方を自称していること。
不意打ちとはいえ、一瞬で
そして……お姉ちゃん? であることだけだ。
あまりに突飛な展開にぱちくりと目を瞬かせるミカ。
しかし彼女は、その不審人物の後方、壁に叩き付けられたバルバラがゆらりと立ち上がる様を見て、咄嗟にそちらに銃を向けようとし……。
「おいしょっ!」
そんな言葉と共に少女の姿が消え去り。
そして同時、バルバラの頭部が塵と消し飛ぶ光景を見た。
「……え?」
「はっはっは、気付かないわけないでしょう! 私、これでもまあまあ強いんだから!」
続いて声が聞こえて来たのは、あろうことか自分の横から。
いつの間にかミカの隣に立っていた少女は、自慢げに胸を張ってミカの方を見て来る。
「あなたは……一体」
「お姉ちゃんだよ、お姉ちゃん。通りすがりのお姉ちゃんだ」
「お、お姉ちゃんは通りすがらないでしょ!? しかもこんなところを!」
「地獄の一丁目徘徊系お姉ちゃんなのさ!」
茶化すようにそう言って笑う少女に、ミカは戸惑い……。
……が、直後。
ミカは今の自分がすべきことを思い出して……。
少女に対し、鋭い視線を向けた。
「……まぁ、いいや。あなたが誰だろうとどうでもいいけどさ、早く逃げた方がいいよ?
私と一緒にいたら……殺されちゃうよ☆」
ふざけたような口調とは裏腹に、ミカはその手の銃を強調するようにくるりと回し、少女に対して敵意にも近い感情を向けた。
……嘘は、言っていない。
殺されるのはミカによってではなく、ミカの敵によって、なのだが。
大半の
そして、敵のターゲットは今のところミカだけに向いているが、少女がミカの味方なんてすれば、当然のように襲いかかって来るだろう。
何なら、先程の攻撃の時点で敵と見なされたかもしれない。
だが、唯一
つまるところ、この辺り一帯さえ脱すれば、
ミカのせいで、これ以上犠牲が出る。
そんなことは、あってはならない。
何より、そして誰より、ミカ自身が許容できないのだ。
故に、ミカは今、何を犠牲にしても少女をこの場から逃がさねばならず……。
そうさせるための、ミカの考え得る限りの最適解は、脅しだった。
「私は魔女なの。こわーい魔女。
気分一つで友達でも殺すし、害されたら地獄の果てまで追いかける。そういう、魔女なんだ」
自分の吐き出す言葉に、チクリと胸を刺された。
気分一つで友達を殺しかけたことも、こんな地獄の果てまで逆恨みで追いかけて来たことも、全て事実。
だが、改めてそれを思うと、やはり心に冷たいものが走る。
……けれど、それでもいい。それで目の前の少女が救われるならそれでいい、と。
そう思い、ミカは少女の足元に向けて、愛銃を放った。
ズガンと重い音と共に、木製の床に穴が開く。
より濃くなる硝煙の匂いの中、ミカは敢えて笑みを浮かべた。
既に慣れてしまった、悪役としての、悪辣な笑顔。
その仮面を、顔に被る。
「今なら見逃してあげるからさ。どこから迷い込んだか知らないけど、さっさと逃げなって☆」
それが、「魔女」である自分にできる最良であると信じ。
少女が顔を青くして逃げてくれることを願って……。
……けれど。
「聖園ミカ。あなたは魔女じゃないよ」
瞬間。表情からふざけた感情が抜け落ちた少女に、極めて真剣な表情でそう言われ。
ミカの感性には衝撃が走り、その仮面にヒビが入った。
「……あなたが、私の何を知ってるの?」
努めて声の震えを抑えた、冷たい口調。
それは、今の一瞬で壊れかけた建前を繕うためのものだ。
これに答えられるはずがない。
ミカのことは、ミカにしかわからない。
他の誰かに……知りもしない少女に、理解できるはずがない。
故に、ある種卑怯な言葉で少女の勢いを殺そうとし……。
けれど。
少女はすぐさま、答えを返した。
どこか懐かしむような、悲しむような、羨むような、喜ぶような。
複雑な声音と目線で、目の前の
「知ってるよ。ただ知ってるだけだけどね。
あなたの子供らしい軽挙も、それを利用した大人の悪意も、取り返しが付かなくなりかけたことも、けれど1人の少女の抵抗がそれを防いだことも。
そうしてあなたが始めた暴走も、疑心暗鬼に陥った幼馴染があなただけは疑わなかったことも、起こりかけた新たな悲劇も……それを救った英雄の存在も。
そうして、あなたが今……他人を呪うことを止めて、誰かの為に祈ったことも。全部知ってる」
「っ……! な、なんでそこまで……!?」
少女が語ったのは、おおよそ聖園ミカの秘めた全てだった。
忘れたくなるような過去も、涙を流す程後悔した罪も。
その全てを、目の前の少女は知っていた。
……そして、ミカは決して知り得ないが、それだけではない。
聖園ミカという少女の、新たな今も、未来も。
調月オリは、おおよそその全てを知っている。
なにせ、彼女の大ファン……「ミカちゃんは先生の次に推してる」と何故か胸を張るような同居人と、毎晩話をするのだ。
自然、彼女のことには詳しくなるというもので。
……しかし、いつまでも呑気に話を続けるわけにもいかない。
二人の少女が交わす会話を他所に、旧校舎の暗がり、影の中から、うぞうぞと
先程のオリの攻撃から経過した時間は、20秒弱。
どうやらそれが、
軍勢の数は、文字通りの無尽。
……ただし、一度に顕現できる量には限りがあり、またこの聖歌隊室の入り口の広さの上限もあって、本当の意味での無尽ではない。
実質的には、同時に相手すべきはバルバラとアンブロジウスを除き、おおよそ30体から50体程だ。
オリは冷静に状況を見ながら、腰から警棒とハンドガンを抜き、横のミカに語りかける。
「私の大事な恩人が言ってたよ。『魔女』っていうのは、自分のために誰かを呪う人のことなんだって。
そういう意味じゃ、確かにさっきまでのミカちゃんは魔女だったよね。
……だから、私もあんまり助けようとは思わなかったんだけどさ」
ミカがあの時のままの「魔女」であれば。
あるいはオリは、今も彼女を助けようとは思わなかったかもしれない。
今のオリは、理屈や必要性ではなく、完全な感情論で動いている。
つまるところ、好ましい相手は積極的に助けたいし、逆に嫌悪感のある相手は助けたいと思わないのだ。
調月オリは、敢えて無視することも多いとはいえ、比較的真っ当な倫理観を有している。
いくら相手が悪いとはいえ、ただ自らの憎しみのままに動き、誰かを地獄に突き落とそうとするミカに共感や感情移入をすることは難しかった。
……けれど、今は違う。
オリは、今の聖園ミカを助けたいと思って、リオとの約束や『あの子』の意思にまで背いてここに降り立ったのだ。
「でもね、『あの子』は同時にこうも言ってたんだ。
自分のために誰かを呪うのが『魔女』なら、誰かのために自分から祈るのは『聖女』なんだって。
……まぁ、まだまだ子供な女の子に、そんな大層な名前はちょっと早いかもしれないけどさ。
それでも、今のミカちゃんは、もう魔女じゃない。それだけは、私が絶対に否定させない。たとえあなた自身にだってね」
オリはそこで、真面目な表情を切り上げて……。
ニコリと、再び、最初に見せたような他人を安心させる笑顔をミカに向けた。
「そして、そんな善良な女の子がボコボコにされてるのなんて、お姉ちゃんは見てられません!
この時間稼ぎ、私も協力しましょうとも!」
……嬉しかった。
あなたは魔女ではないと。
悪い子じゃない、良い子なのだと。
あなたのしていることは、正しいのだと。
そう、本当に久々に、自分を肯定されて。
ミカの心に、温かな波紋が広がる。
「…………わ、私は」
取り繕わねばならないと、そう理解していても。
この子を逃がすべきだと、そう判断していても。
目から溢れる感情は、トリニティでの暮らしと裏切り者としての生活の中で鍛えられた、ミカの強固な仮面すらも洗い流してしまいかねない程、熱く。
それを見たオリは、どこか恥ずかしそうに、ぷい、と。
正面……
「……ま、とはいえ? お姉ちゃんも一人きりじゃ、この物量を相手するのは厳しいんだよね。
なにせ私はパワーとスピード特化のピーキータイプだ。他のトップ層に比べると、体力とか神秘装甲には限度がございまして、実は継戦能力は微妙なのですよ。
あーあ、どこかにお姉ちゃんと一緒に戦ってくれる、優しい妹がいないかなぁ~。結構強くて頼れて背中を預けられて、その上善良な女の子がいれば、こんなザコなんかに負けたりしないんだけどな~!」
ふざけた口調と、その裏に隠された気遣いの感情。
それはミカにとって、とても馴染み深いものであり……。
二度と自分に向けられるとは思えなかった、日向のように温かな感情。
ミカは一度まぶたを閉じ、数瞬かけてその震えを止め。
そして、改めて「いつもの自分」の仮面を被り、少女に尋ねる。
「……あなた、褒められたり評価されたりしたら、恥ずかしくなっちゃうタイプ?」
「ぶっ、いやっ別にそんな恥ずかしいとかないけど!?
ただ私はお姉ちゃんとしてミカちゃんのことを助けようかなー、でも相手も強そうだなー、ってそう思っただけですけど!?」
一気に余裕を失って、ミカの方を向いてわたわたする少女に……。
彼女は、クスリと、久々に本心からの笑みを浮かべた。
……機会はある、と。
君たちは何度でもやり直せる、と。
ミカは、そう言われた。
つい先程まではどこか掴み切れず、信じられなかった先生の言葉だ。
けれど、今。
ミカは、ほんの少しだけ、その言葉の意味に触れた気がした。
罪を犯し、魔女と呼ばれ、悪に染まり……どうしようもない程に間違いを犯し続けて。
けれど、それでも、こんな地獄の底にまでも手を伸ばしてくれる人はいるのだと。
今のミカを、それでもなお、信じてくれる「誰か」はいるのだと。
それを知り、学んだから。
……まぁ。
その誰かは今回の場合、少々風変りな、というかあまりにも変な、姉を名乗る不審者ではあったのだが。
それでも、彼女は嬉しかった。
心に空いた二度と埋められないと思っていた穴を、ほんの少し、埋められた気がしたのだ。
だから、ミカは……。
「ふふっ……それじゃ、うん。お手伝い、お願いしちゃおうかな。
もう分かってると思うけど、私って結構強いよ? しっかり付いてきてよね、お姉ちゃん☆」
「むふん、お任せなさい! しっかりミカちゃんのスピードに合わせて戦ってやりますとも!
むしろ妹ちゃんこそしっかり付いてきなさいってお話ですよ!」
かつて、当たり前のようにしていたことを。
けれど、最近は全くできなかったことを、する。
つまるところ。
もう一度、見知らぬ誰かを、根拠もなく信じてみるのだった。
ゴリラとゴリラが合わさって最強に見える。
展開の進みが遅いのはご愛敬。この辺は必要な記述が多いからね……。
(雑談)
うおおおおアビドス編完結! 臨戦ホシノ! つよシロコ! アリ夏! 姫! ヒヨリ! DJ! うおおおおおおお!!(情報量過多による語彙力欠落)
それと油断してたらオリ並の怪力キャラが現れてビビリました。ヒナタがキヴォトス2番目の怪力って言ったの訂正しておきます。