調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のはえー方

 

 

 

 その日の昼過ぎ。

 オリは、ミレニアム自治区のとある場所で昼食を取っていた。

 

「うん、今日も今日とても美味しそう! いただきま~す!!」

 

 彼女の前に並ぶのは、つやつやに輝く白米と香しく湯気を発する味噌汁、塩やタレの入った容器と漬物の小鉢、そして何より……。

 サクサクの衣の中に、これでもかと言わんばかりに肉汁を閉じ込めたロースカツだった。

 

 彼女は満面の笑顔で両手を合わせた後、早速と言わんばかりに箸を手に持ち、カツを一切れ掴む。

 そしてやや悩んだ後「まずはやっぱりこれだよね」と呟き、カツを塩にちょんと付け、気持ち多めの白米と共に口の中に放り込んだ。

 

「んん~~~っ!! ほいひぃ! んっ……んむぐっ! うん、やっぱりここのカツは最高!」

「ふ、毎度美味そうに食ってくれるから、こちらとしても振る舞い甲斐があるってもんよ」

 

 彼女の言葉に答えたのは、カウンターの向こうにいる犬の姿をした壮年の男性だ。

 

 キヴォトスにおいて、少しばかり変わった姿をした大人は、決して珍しくはない。

 オートマタであったり、二足歩行する犬であったり猫であったり、鳥であったり熊であったりその他諸々。

 基本的に、この学園都市にいる大人は皆、そういった姿をしているのだ。

 

 オリが知る中で、例外はただ1人、シャーレの先生のみ。

 オリが夢の中で会う「あの子」曰く、人の姿を取ることは「この世界の中心」である先生のみに許されているのだという。

 

 とはいえ、それが事実なのか彼女の拡大解釈なのかは、オリにとって判別が付かないことだし、何よりどうでもいいことだった。

 彼女にとって今大事なのは、目の前のご飯の美味しさだけなのだ。

 

「大将、相変わらず料理上手すぎ! お店出せるレベルだよ!」

「くくっ……もう30年前から出してるっての」

「はは、そうだった! 流石だねぇ!」

 

 冗談を口にするオリに対して、大将と呼ばれた男はくつくつと小さく笑う。

 その仕方なさそうな笑い方からは、どことなく気心の知れたような様子を感じさせた。

 

 

 

 ここはミレニアム自治区の中でも知る人ぞ知る、和食料理店であった。

 

 事前の予約なしでは食事を取ることができず、そのお値段も結構高め。

 だがその分、味は折り紙付き。カツに限らずあらゆるメニューが絶品と言える領域にあるため、和食を愛する者にとっては聖地とすら言える店だった。

 

 時に、キヴォトスの学園自治区にはそれぞれの特色があり、その中でもミレニアム自治区は、特に合理性や効率が重視させる土地柄にあたる。

 これは食文化に関しても例外でなく、味より摂取する栄養素や吸収効率、食事時間の短縮に重きが置かれることが多い。

 

 故に、あまり食を楽しむ店は多くはないのだが……。

 変わり者は探せば必ず存在し、その分需要も高まるもので。

 こういった店は、ミレニアム自治区にも数十軒は存在する。

 

 まだ中等部の頃合いにここを見つけ出したオリは、以来ずっと通い詰めていた。

 

 食べ盛りの年頃であり、なおかつ各所で毎日のように暴れ回っているオリは、実はそこそこの健啖家だ。

 その上、味に全く頓着しないリオとは対極的に、かなりの美食家でもある。

 

 そんな彼女にとって、比較的アクセスが容易で、店自体の品位もあるこの食事処で過ごす時間は、至高の時間の1つと言えた。

 

 

 

 今日も今日とて、そんな小さな幸せを胸に、オリは食事を取っていた……の、だが。

 

 その至高の時間は、後頭部に押し付けられた銃口により、唐突に終わった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「よう、後輩。美味そうなもん食ってんな?」

 

 オリの後頭部にサブマシンガンを突き付けたのは、紅葉色の髪を持つ少女だ。

 

 切れ長の赤い瞳に涙黒子と、クールに整った顔貌を持っているものの、その身長は初等部の子供かと思える程に低く、どこかミスマッチ感を漂わせる外見をしている。

 

 だが、それら以上に目を惹くのは、彼女の服装と持ち物だろう。

 その頭には可愛らしいフリルの付いたカチューシャが乗せられており、その身に纏っているのは着崩された制服を改造した、小さなメイド服。

 

 ここまでを見れば、ちっちゃなやんちゃメイドさんという風体だ。

 しかし少女は、メイド服の上に厳つい刺繡の施されたスカジャンを羽織り、更にその両手には龍の文様が彫り込まれたサブマシンガンが1丁ずつ握られている。

 

 クール系なのか、可愛い系なのか、奉仕者なのか、加害者なのか。

 なんとも判断の難しい、特殊な装いをしていると言えるだろう。

 

 

 

 そんな少女の声かけに対して、オリは。

 

「…………さて、この辺りでお味噌汁の方をば」

 

 ここのお味噌汁美味しいんだよねー、とわざとらしく呟き、その存在を無視することに決めたようだ。

 

 けれど、ちらと視線を向けた先、この店の店主が「おいおい、店内でのもめ事は困るぜ」と言わんばかりに眉をひそめているのを見て、ため息1つ。

 

 観念しましたと言わんばかりに茶碗と箸をカウンターに置き、両手を挙げた。

 

「ネルちゃんパイセン、ここ射撃場じゃなくてお食事処だよ? あと私もターゲットダミーじゃなくて人間だし」

 

 オリにネルちゃんパイセンと呼ばれた少女……美甘ネルは、その言葉を笑い飛ばす。

 

「はっ! あたしがその辺間違えると思うのか?」

「思いたいところだけど……そうも言ってられないかなぁ」

 

 仕方がないなぁと呟き、オリは懐の財布から、今回のお代の2倍程度の金額をカウンターに置く。

 

「ごめんね大将、迷惑かけて」

「ま、今回はいいがね。次回はちゃんと食って帰ってくれや」

「そう望みたいところだよ」

 

 肩をすくめたオリは、ネルと共に入り口ののれんを潜り、消えて行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あのさぁ、ネルパイ……」

「んだよネルパイって」

「ネルちゃんパイセンの略だよ。可愛いでしょ」

「かわ……いや、知るかよ。つか勝手に略すんじゃねーよ」

「あ、ネルちゃんパイセンって呼び名はもう許してくれたの?」

「許してねーよ、そっちも勝手に呼ぶんじゃねーっつの。そもそもあたしとタメだろーがテメェ」

 

 てきとうに会話をかわしながら、店の外に出る2人。

 なんとも気の抜けた言葉をかけるオリだが、彼女の後頭部には、相変わらずネルの愛銃の片割れが押し付けられたまま。

 ネルの指先は油断なく引き金にかけられており、火を噴く準備は万全に整えられていた。

 

 オリの体は、常人よりも幾分か頑丈だ。

 それこそ、遠距離から銃弾を受ける程度であれば、そうそう傷すらつけられない程に。

 

 しかし、銃弾によるダメージ自体は防げても、衝撃による思考の麻痺(スタン)体勢崩し(ノックバック)が有効なのは彼女もまた例に漏れず。

 後頭部に衝撃を受ければ少なからず思考の間隙は生まれるし、それが次の被弾に繋がる隙に繋がるのは想像に難くなかった。

 

 

 

 しかし、オリは気負うこともなく、ネルに対して非難の声を上げる。

 

「せめてあのカツは食べさせてよ。あそこのカツ、本当に美味しいんだから」

「お前が絶対逃げねぇっつうんなら待ってやってもいいけどな。お前はそんな殊勝なヤツじゃねぇだろ?」

「約束を破るようなことはしないんだけどねぇ……」

「ま、あたしに見つかったことが不幸だと思えや。もしくは、このあたしの勧誘を無下にし続けた自分が悪い、でもいいぜ?」

「うーん傍若無人。こんなこと許されないからね普通は。あんまり他の人にしない方がいいよ?」

「何言ってやがる、あたしとお前の仲だろ?」

「因縁付けてくるヤンキーと、ヤンキーに襲われる哀れな女学生の関係性が何だって?」

「あぁ? 張っ倒すぞ」

「こわ……」

 

 ネルはオリの後頭部に更に強く銃口を押し込むが、それでも彼女は動じない。

 それどころか、隠すつもりもないのだろう、呆れた声で……あるいは、多少の怒気を込めた声で、言う。

 

「……あのさ、料理人にとって、手間暇かけて作った料理を残されるのって侮辱なんだよ。それがどんな都合があったにせよ、顔を潰すことにだってなりかねない程に。

 私はまぁ慣れっこだからいいけどさ、ネルパイ、ちゃんと大将に謝りに行ってよね?」

「あ、あー……そっか、そういうヤツなのか。わかった、それはちゃんと謝っとく」

 

 その手に持つ愛銃こそブラさないものの、ネルは少しばかり動揺したように眉を曲げた。

 

 侮辱。顔を潰す。

 それらが重い意味を持つことは、ネルだからこそよく理解できた。

 

 

 

 Cleaning & Clearing(C&C)

 それが、ネルが長を務める部活の名だ。

 

 メイド服を着ていることからもわかるように、これはあらゆる意味でミレニアムに奉仕する部活……と、表向きにはそうされている。

 だがその内実は、トリニティの正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会と近しい、武装したトップクラスのエージェントたちの集まりだ。

 

 ミレニアムサイエンススクールは、合理を重んじる学園。

 だからこそ、必要を遥かに越える戦力を持ち、戦闘以外の部分の生産性を落とすようなことはしない。

 そして、その「必要最低限の戦力」を担う者たちこそが、C&Cだ。

 

 所属する生徒は、たったの5名。

 それぞれの特徴と役割を持ち、完全な連携を取れる少数精鋭での、完全な任務達成。

 それこそがネルたちに求められる唯一の要件であり、逆に言えばその一点だけは決して譲れない。

 

 料理人が作った料理を残されるというのは、謂わば自分たちに「仕事に失敗した」という過失が付いてしまうのと同義のことなんだろう。

 自分がその原因になったのならば、確かに謝るのが筋かもしれない。

 

 ネルは内心でそう思い、少しばかり悪いことをしてしまったかと反省する。

 

 

 

 彼女がきちんと応じたからか、オリはすっと不穏な感情をしまった。

 

「うん、そうした方がいい。ついでに何か食べさせてもらいなよ。あそこの和食はホント美味しいんだ!

 ……で、まぁ、それはそれとして。

 ネルパイ、今回は何の用なの?」

 

 両手を挙げたままに尋ねたオリに、ネルは改めて、ニヤリと笑って答える。

 

「いつもと変わんねぇ。後輩のスカウトだよ」

「いつも言ってるけど、普通スカウトってこんな物騒なモノじゃないと思うよ」

「は、これがC&C流だ、覚えとけ!」

「荒っぽすぎる……流石セミナーの予算の30%以上を食いつぶす部活……!」

「うるせぇ! 第一な、1年前にテメェが言ったんだろうが。『本気の私を倒せたら考えたげてもいいよ!』だとかなんだとか……」

 

 ネルがそう言った瞬間。

 

 ピクリと、オリが上に挙げていた両手の片方、その指先が動いた。

 

 咄嗟にその手を掴もうとしたネルは、しかし次の瞬間、体勢が崩れたことを察知。

 即座に片手の銃を手放して姿勢を整えた後、2丁を繋ぐ鎖を引いて再びその手に取り戻し、改めてそこにいるはずのオリに向け直したが……。

 

 

 

「ふっふっふ……まだまだ私の手品は看破できそうにないですかねぇ?

 そんなんじゃスカウトなんて応じられるわけありませんよ~??」

 

 視線を戻した時、オリは既に、ネルの視界から出ていた。

 

 ネルから見て、右前方のやや上方、直線距離にして27メートル。

 オリは街道の上を離れ、そびえ立つ街灯の上からネルの姿を睥睨している。

 

 その位置を察知するや否や、ネルは愛銃の引き金を引き絞った。

 2丁のサブマシンガンは轟音を立てながら、弾幕の雨を展開する。

 

 瞬き程の時間の後、それらは狙った対象をひき肉に……はできないまでも、全身の激痛と衝撃によって行動不能状態にまで追い込むはずだった。

 現に、オリが足場としていた街灯の先端は、銃弾に貫かれて穴だらけになり、中ほどで折れて地面へと落下した後、耳障りな音を立てて割れた。

 

 

 

 ……だが。

 

「なはは、当たらないよー!」

 

 楽し気な声は、止むことなく。

 

 オリは当然のようにその銃撃を回避し、いつの間にか2つ隣の街灯に飛び移っていた。

 

 

 

「ちっ……相っ変わらず厄介な」

 

 ネルは呟き、相手から仕掛けてくる気配がないことを確認の上、リロードしながら考える。

 

 調月オリの基本戦術は、ミスディレクションからの超速行動だ。

 

 相手が何かに集中するタイミング、あるいは何かに気を取られた一瞬の隙。

 人間である以上どうしても存在してしまう、意識と意識の狭間。

 その瞬間に、とんでもない速度で跳び、こちらの認識の範囲から逃れてしまう。

 

 言葉を並べただけならば簡単そうにも思えるが、実際にはこれほど困難なこともない。

 相手の思考を察する観察力、意識の間隙を作り出す演出力、そして何より、瞬間的な隙だけで相手の視界の外に逃れるだけの身体能力。

 その全てが揃っていなければ、こんな馬鹿げた芸当ができるはずもない。

 

「ネルパ~~~イ、そんな射的精度でどうやってコールサイン00(ダブルオー)張ってるんすかぁ?」

「うるっせェなぁ! テメェみたいなキモイ動きしてくるヤツなんざ他にいるかっての!!」

 

 ネルは再び、オリのいた方角に向かって銃口を向けるが……。

 

 ……しかし、オリは再び、そこから消えていた。

 

 

 

 あの挑発こそがミスディレクションだったかと、ネルは一度まぶたを閉じる。

 先程から、オリにいいようにおちょくられている感覚に、ネルの心の底からは憤怒が湧き上がっている。

 だが、それは平静と集中を乱すようなものではなく……。

 

 むしろ、ネルの心に冷たい闘志をもたらし、その集中力を高めてくれるものだった。

 

 オリにミスディレクションという得意技があるように、ネルにも得意技……あるいはバトルスタイルのようなものはある。

 であれば、今ネルがすべきことは、奇術紛いな移動で所在を掴ませない相手を、無理に視覚で捉えることではなく……。

 

「……そこッ、オラオラオラァッ!!」

 

 彼女自身の感覚が捉えた、次にオリが移動する先(・・・・・・・・・・)を狙い撃つことだ。

 

 

 

 腕を振りかぶりばら撒いた銃弾の内数発が、オリの体に直撃する。

 

「あっ、ちょ、もう! 私なんかよりネルちゃんの方がよっぽど未来見えてるよこれ!」

 

 左肩から脇腹にかけて何発も銃弾を受け、重傷までは負わないまでも、思わぬ衝撃にたたらを踏む羽目になったオリは、愚痴を語るように言ったが……。

 再び彼女のことを視界に入れたネルは、ニヤリと唇を歪める。

 

「あぁ? あたしに未来なんて見えるわけねーだろ!」

 

 そう、ネルには未来が見えているわけではない。

 

 ただ、何度も戦闘を重ねてきたオリの性格の分析と、何より彼女自身がこれまでに積み上げてきた戦闘経験によるシックスセンス的な直感。

 それらが彼女に「撃つべきはそこだ」と教えてくれるだけ。

 

 オリが「技術とフィジカルでかく乱し、まともに戦わずして勝つ戦法」を主軸にするのに対し……。

 ネルは「自らのセンスとフィジカルで相手の策略ごと圧し潰す戦法」を主軸としているのだ。

 

 

 

 

 ……そして。

 

「さて、と……相変わらず厄介だなぁ」

 

 そんなネルの戦い方は、オリにとって非常に対処の難しいものだった。

 

 なにせ、彼女がどれだけ逃げ回ろうと、ネルは正確にその行先を当てて来るのだ。

 小手先の誤魔化しは一切通用しない。

 

 では接近して一気に戦いを決めるべきかと言えば、それもまた難しい。

 ネルは、そのフィジカルだけを取って見れば、オリに比肩し得る強さを持つ。

 その上、彼女の直感は彼我の距離が近ければ近い程に鋭くなり、その射撃の精度はピタリとこちらに張り付くようになるのだ。

 

 ネルが両手に持つ2丁の愛銃『ツイン・ドラゴン』は、強い反動をもたらす半面、高い集弾性と命中率を誇る制圧用サブマシンガン。

 あくまで牽制用でしかないオリの愛銃で撃ち合いなどすれば、ダメージのトレードは相手の方にかなり大きく傾いてしまうだろう。

 

 銃撃を捨てて至近距離に詰め、近接戦闘に持ち込むというのも……これはこれで困難。

 そもそも近付くまでに蜂の巣にされる上、なんとか潜り込んだとしても、あの鎖で繋がった2丁の銃をヌンチャクのように使って迎撃される。

 ネルは素手や得物による格闘も堪能な少女なのだ。

 

「ホント強いよね、ネルちゃん。流石はミレニアム最強」

 

 C&C、コールサイン00(ダブルオー)

 作戦遂行率100%、過去にただ1度の失敗すらもない純白、約束された勝利の象徴。

 

 ミレニアムの誇る単体最強戦力は、中~近距離戦闘において、一切の隙を見せてはくれない。

 

 

 

「……ま、つまりは距離を取ればいいって話なんだけどさ」

 

 

 

 呟いたオリはその場から跳び上がり、店の看板や雨どいを足場にしながら、軽業のようにその場から離れていく。

 対してネルは、「まぁそう来るよなぁ!」と嬉しそうに言い、彼女の後を追う。

 

 彼女たちの戦闘回数は、既に30を越えている。

 互いの思考など読めて当然の領域に入っていた。

 

 ネルがオリの移動の癖を知っているのと同じように、オリとてネルが望む状況を理解している。

 おおよそ25メートルの、自身のキリングレンジ内での戦闘。

 それがネルの、絶対的な勝利条件だ。

 

 逆に言えば、ネルに負け、あのちょっと恥ずかしいメイド服に袖を通さないためには、ともかくその距離から離れなくてはならない。

 当然ながらネルは銃弾を放ちながら追撃してくるので、遮蔽に隠れ上下左右に不規則に逃げねばならなくなる。

 

 が、至近距離でのネルの無敵性は、ただこれだけで剥がすことができるのだ。

 現にオリはこれまでに何度も、この方法でネルの勧誘を振り切って来た。

 

 

 

 ……とはいえ、距離を取ってしまえば、ネルに直接的に攻撃する手段を失うことにもなるわけで。

 竹のように映えるビル群の中の1つ、その屋上に降り立ったオリは、自分に迫って来るネルを見下ろしながら、笑って言った。

 

「それじゃ、いつも通り鬼ごっこといきますかぁ!」

 

 オリには最初から、彼女との戦闘に付き合う気などない。

 

 なにせ、オリにとっての勝利条件は、ネルに打ち克つことではない。

 このめんどくさくて楽しいヤンキーメイドの勧誘から、「逃げ切る」ことなのだから。

 

 

 

 逃げるオリをネルが追いかける。

 距離が離れたり縮まったりはしながらも、その追いかけっこの構図は本当に長いこと続き……。

 

 結局、その勝負が終わったのは4時間後。

 ネルが次なる任務に就く時間が来て、他のC&Cメンバーに連れて行かれた時だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ふぅ……相変わらず、底なしのスタミナだなぁ、ネルパイ」

 

 ネルが眼鏡のメイドに連れ去られた後、穴だらけになった地面の上で、オリは思わず尻もちを付いた。

 大きな傷はないが、全身に細かい擦り傷を作り、何よりその表情は疲労困憊といった様子だ。

 

 だが、それもやむなしだろう。

 むしろ、あのコールサイン00から疲労だけで逃げきったと聞けば、事情を知る者たちは酷く驚くかもしれない。

 それだけ、ネルの実力とコールサイン00の実績は突出しているのだ。

 

 まぁ、そんなネルの強引な勧誘から、オリは既に1年以上逃げ回っているのだが……。

 

 

 

「あ、そいえば、途中で連絡来てたよね」

 

 追いかけっこの途中でバイブレーションしていたのを思い出し、彼女は胸元の内ポケットからスマホを取り出す。

 そうして、ロックを解除し、数時間ぶりに画面を覗き込んだ。

 

 果たしてそこに表示されたのは……。

 

「えっ、ワカモちゃん!? あっちから連絡とって来るとか珍しい」

 

 彼女の共犯者、狐坂ワカモのモモトークアカウントだ。

 

 協力関係を結びこそしたが、オリは未だ、ワカモから信頼を得られているとは言い難い状況にある。

 普段はあちらから何か言ってくることは少なく、オリの方から先生のことやシャーレのことを話すことばかりなのだが……。

 

 今日はそんなワカモから、なんと22件ものメッセージが届いている。

 

 もしかして先生に何かあったのかと、オリは少しばかり焦ってワカモに通話をかけた。

 

「……あ、もしもし、ワカモちゃん!? ごめん、ちょっと今まで戦闘に巻き込まれちゃって連絡できなかったんだけど、何があった!?」

 

 そうして、ワカモの怒声から始まる情報共有に対し、相槌を打つこと数分。

 

 

 

「……うぇ!? 先生が単身でアビドスに行ったぁ!?」

 

 オリは、彼女が知らない間に、先生の物語が進んでしまったことを知ったのだった。

 

 

 







 その時が来たらアビドスに案内しようと思っていた調月オリ氏、メインストーリー介入失敗。
 最初に先生を学校に導くのはあの子の運命だから仕方ないね。



(追記)
 一部表現を修正しました。
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