……とはいえ、今回はちょっとだけわかりやすいかもしれない。
「第一セフィラ、ケテル。そして第四セフィラ、ケセド。
次なるあなたの敵は……再び、デカグラマトンの預言者」
ミレニアム、廃墟。
預言者ケテルやロボットたちの巡回コースに空いた僅かな穴、誰にも見つからない空白地帯。
そこに今、一人の男性の声が響いた。
オリはその男……デスクに肘を突きくつくつと笑う黒服を、白い眼で見やる。
「だから何?」
「いいえ、特に深い意図は。情報共有と……そして、再び私の知識が必要か、と思いまして」
「……対価は」
「今回は結構ですよ。友誼の証と思っていただければ」
それはつまり、これは貸しだから忘れるな、関係を簡単に切れると思うなよ、という意味であり。
そういった大人の悪意を、身に沁みる程よく知っているオリは、当然ながら眉をひそめた。
……が、だからと言ってそれを聞かないわけにもいかない。
黒服の、ゲマトリアの情報は、腹立たしいことに正確無比だ。
それで作戦の成功率が上がるのならば、それに越したことはないのだから。
故に、オリは椅子の背もたれに寄りかかり、不機嫌そうな表情のまま黙って、話の先を促し……。
黒服は、彼女の子供らしい感情発露に対してか、再びくつくつと笑いを漏らしながら、言った。
「さて……まずは、第一セフィラ、ケテルについて語りましょうか。
始まりの頂、王位の象徴、その異名は『最もきらびやかに輝く至高の王冠』。
これは最も原始的かつ最も強い欲求、即ち飽くなき『向上心』を表します。
見えないもの。けれど同時そこにあるもの。始まりのもの、そして同時に繋がりしもの。
最高位であり、旅立ちでもあるそれは、どこまでも貪欲に勇猛に突き進む意思の表象でもあります」
相変わらず、捉えどころのない話だった。
オリにとって、『ケテル』という名前の意味など、どうでもいいことだ。
それが何のメタファーであるとか、何を意味しているとか、そういう小難しいことは大人が考えるものなのだろう。
少なくとも、子供であるオリは興味を惹かれない話だ。
彼女にとって最も大事なのは、デカグラマトンの預言者ケテルという存在の情報、特にそれの攻略法なのだから。
「で? 実際のケテルはどうなの」
『あの子』からある程度話を聞いてこそいるが……。
ケテル、という存在については、『あの子』もそこまで多くの情報を持ち合わせてはいなかった。
恐らくは哨戒と威力偵察などを主な任務とする小型戦闘機。
撃破しても撤退し、すぐに改修して戻って来る。
後は、いくつかの兵装のタイプも告げていたが……。
総じて、デカグラマトンの預言者の中では比較的影の薄い方だった、と。
それが、『あの子』の教えてくれたケテルの情報の概要だった。
これだけを見れば、非力な預言者であると思えなくもないが……。
同時、「私の考察が間違っていないのなら」という前置き込みではあったが。
ケテルは、『あの子』が「最も恐るべき預言者」と語る存在でもあるのだ。
そして、果たして。
目の前の大人は、夢の電車で『あの子』が語ったことと、殆ど変わらない考察を口にする。
「ケテル。それは最も弱き預言者であり、同時に唯一無限の成長性を持つ者。
その名の意味する通り、アレはどこまでも自らを高めるでしょう。
アレにとって一度の死、一度の連続性の断裂は大きな意味を持ちません。それは一種の通過儀礼であり、代替わりであり、同時にこれ以上の成長の可能性でもある。
故に、現在最も弱いソレは、いつか誰もが打ち倒せない無限になる可能性を秘めている」
つまるところ、敗北すれば即座に撤退し、得た戦闘データに基づいて無尽蔵に強くなっていく、と。
『あの子』から聞いていた通りの情報の確認にしかならないそれに、オリは思わず眉を寄せる。
「……対処法は」
「あなたと『彼女』であれば、いくつかは考案しているのでは?」
問い返す黒服の言葉に、オリは更に眉を寄せ……ため息を吐いた。
あちらばかりに何かを言わせるのは、対等とは言えない。
これだけ情報を吐かせているのだから、質問を突っぱねるのはむしろ弱みに繋がるだろう。
であれば、多少なりともこちらも情報を吐き出すしかない。
「……戦力集中による超短期決戦、回収のために使われる無人機を撃破するかワイヤーを切る。
もしくは、ひたすらに戦闘を避けてデータを与えないか、逆に偽りのデータを流し込む。
それから、内部にあるはずの本体、AIプログラムを奪取するか焼き切る」
『あの子』とオリが考えたケテルへの対処法は、大きく分けて3つ。
撃破した後に、戦闘データと大破した機体の回収を防ぐこと。
戦闘データを与えないか、これに欺瞞を施すこと。
そして、内部のプログラムに何かしらのアクションを取ること、だった。
「ふむ。流石は『彼女』と言いましょうか。
実地的なデータを殆ど持ち得ない机上の理屈でありながら、正鵠を射ていると言っていい方法論です」
黒服はそれまでの嘲笑するような笑いを止め、指を組み、興味深げにつぶやく。
「……ただし、一点。
原則的に、彼の者の預言者たちに対し、そのプログラムへの介入、電子戦という手段で抗するのは推奨しかねます。
それはあの絶対と唯一を騙るAIに、自らの脆弱性を示す結果に繋がるでしょう」
「わかってるよ。『あの子』も悪手だって言ってたし」
オリは不機嫌そうに鼻を鳴らし、吐き捨てる。
『デカグラマトン。神名十文字。
あの存在は埒外の力を持っています。それこそあなたの姉、リオちゃんが「都市」の演算能力を用いても全く敵わないでしょう。
アレに唯一抗することができるのはただ1つ、先生の持つ「
故に、原則としてデカグラマトンやそれに類するものにハッキングをかけてはいけません。それは相手に反転攻勢を許すことになりますから』
……『あの子』はそう言っていた。
目の前の大人と同じようなことを、同じような口調で。
それが、どうにもオリには気に食わない。
オリの知る「最も大人らしい」、つまり最も彼女が嫌うタイプである黒服。
オリを昔から支えてくれた、最も彼女が慕っている3人の内の1人である『あの子』。
その二者が近しい考えを持つことに、僅かながら不満の感情が炎のようにちりちりと心を舐める。
「クックックッ……そうですね。『彼女』は外なるもの、不可解なものでありながら、このキヴォトスにおいて私たちのような者たちの中でも、おおよそ最高級の知恵を持っている。
忠告など、すること自体が彼女への侮辱に当たりますか」
「……?」
そして、もう1つ。
まるで『あの子』のことを自分の同類かのように、理解しているかのように黒服が言葉を吐くのも、不快だった。
オリは『あの子』のことを誰よりも知っていると自負している。
当然だ、これまでの15年以上、彼女は常に『あの子』の隣にあった。
この体に住み、共に生きる同居人。自らを救ってくれた、世界を教えてくれた恩師。
それが、オリにとっての『あの子』だ。
それを、たかが十数度、数時間ずつ話しただけの黒服が、オリの嫌いな大人が、知ったように語る。
未だ子供であり、相応に独占欲を持つオリが、それを不快に思わないわけがなかった。
「…………」
同時、それを目線に込めるだけで、言葉にはしない程度の理性も持ってはいるのだが。
* * *
黒服はオリの非難の目線に気付いているのかいないのか、椅子の上で姿勢を整え、次の話へ進む。
「それでは、次なる預言者……第四セフィラ、ケセドについて語りましょうか。
このセフィラが表すのは、慈悲と裁定、正しき愛。パスを『権力を通じて動作する慈悲』に置き、『慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者』を異名とする座です。
生み出すこと。それに命を、愛を与えること。世界に色をもたらすこと。
そして同時、それを正しく律すること。育てること。未来へと導くこと。
相反するようで両立する慈悲と苦痛、それらによってもたらされる、正しき律に基づく裁定。
それこそがケセドをケセドたらしめる記号となります」
オリは黒服から視線を逸らし……。
よくわかんないけど、なんとなく『あの子』みたいな話だな、とぼんやり考える。
オリは幼少の頃より、頻繁に『あの子』に叱られた。
「今日のアレはしてはいけないことです」だの、「どうしてあんなことをしてしまったのですか」だのと、オリが何かをするたびにお小言を垂れて来るのは、正直なところ当時はなかなかに鬱陶しかった。
勿論それらは、幼く分別の付かないオリが、してはいけないことをしたのが悪いのだが。
毎度、口の上手い彼女は上手い具合にオリを言いくるめた。
そして最後は「分かります。納得できなかったのですよね」「あなたにもあなたの理由があったのですよね」と言われ、ぼろぼろ泣くオリを膝枕で慰めてくれるのだ。
『あの子』の体は、まだ少女であったオリと同じ体であったので、その膝はとても柔らかいとか心地良いとは言えなかったが……。
普段から人肌寂しい環境にあったオリにとって、それは格別に安らげる時間だった。
……そして、今ならば理解できるのだ。
『あの子』が、オリの人生のためを思ってそれらを言ってくれたことを。
相手のことを想う、慈悲。
だからこそもたさねばならない、苦痛。
そうして為される正しいルールと、ダメな時はダメだと叱る裁定。
……それが本来、親から当然に与えられる「愛」と呼ばれるものであると。
調月オリは……『あの子』によってそれを与えられ、故にこそ「問題は起こすが自分で分別も付くし反省もできる、手のかからない子供」であったオリは、知らない。
「さて、預言者ケセドですが……『彼女』から既に聞いているでしょうが、これは非常に単純な物量による制圧を企図する相手となります。
『名も無き神々の女王』を補佐すべく生産された『Divi:Sion』システムの形骸を用い、アレは文字通り無制限の兵力を用いて来るでしょう」
ぼんやり考えていたオリは、黒服の言葉に、思考を現実へ引き戻された。
数か月前の廃墟での戦闘、エデン条約調印式での
何かと無限の兵力に縁のあるオリではあるが……。
……今回は、それだけでは済まない。
「そして本体はカチカチにかったい殻に囲まれて守られてる、と。
……殻を破る方法は?」
「そちらについても、『彼女』が語っているでしょうが……アレはケセドによってシステム的に管理されています。
それならば、あなたがあの預言者ビナーにしたのと同じように……」
「オーバーヒートさせればいい、か」
数か月前、アビドス砂漠にて。
オリはリオに貸与された戦術兵器「試製サムス・イルナ」の一撃によって、ビナーをグロッキー……戦闘不能状態に追い込んだ。
ビナーは1つのAIによって動かされており、これに過度の衝撃と負荷を与えることによって、一時的にシステムをダウンさせた形だ。
しかし、ケセドも同じようにすることができるかと言えば……。
それは、難しい。
「単純な衝撃で麻痺させるのは無理でしょ。
ケセドはカチカチの殻で覆われてる。『あの子』はアレがダメージを10分の1に抑えるって言ってたし、それじゃたとえ『サムス・イルナ』を持ち出したって火力が足りない」
「ええ。ですから、物理的接触と破壊活動によって殻を破ることは推奨されません」
「じゃあどうやって……!」
八つ当たり気味に叫ぼうとして……はたと、その口を止める。
預言者ケセドの特性。
『あの子』から聞いた、少々変わり種なグロッキーへの持ち込み方。
物理的接触と破壊活動以外の方法。
先程の「原則として」電子戦をしかけてはいけないという、黒服の言葉。
それらを総合的に考えれば……答えは、そう難しいものでもなかった。
「……雑兵を異常に量産させることで、処理落ちさせる?」
「クックックッ……それもまた、1つの道でしょう。往々にして、強き者を腐らせるのは獅子身中の虫ですからね。
最低限の介入。ただアレが隙を見せた時、増産する子の数の桁を跳ね上げる……それだけで、ケセドはいとも簡単に無力化できるでしょう」
「…………」
どれだけ高度なAIであろうと、それが機械的なシステムである限り、稼働すれば熱が溜まる。
殻の内部で溜まるそれが一定値を超えれば……恐らくは、フェイルセーフでAIが停止し、排熱の為に殻も開かざるを得ないだろう。
その為に必要なのは、黒服の言うように、ケセドが晒す一瞬の隙。
そしてその隙に乗じてプログラムに介入する、ハッキング技術だ。
なるほど、と内心で僅かな反感を呑み下して納得し、戦術を考え込むオリの前で……。
「あるいは、ただ単に兵を薙ぎ払い続けることでオーバーヒートさせることもできるでしょうが……。
それを為すには、膨大な時間か、小さからぬ奇跡が必要でしょう。あの者の『カード』を使わずに達成することは困難。
逆に言えば、あの『カード』さえ用いれば、この状況の突破は易いのですが……。
ククッ。……全く、シャーレの先生も、生徒に恵まれたものです」
おかしそうに……あるいは嘲笑うように、黒服は笑っていた。
というわけで、総力戦前の意味深シーンでした。
いう程意味深だったか今回?
次回から、戦力を招集して廃墟突入へ。