調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のFOEみてーな方

 

 

 

 連邦生徒会長。

 

 梔子ユメの死の運命を歪めることができず、失意の底にあったオリを繋ぎ止めた人であり。

 超人的な能力を以て、終わった治安に荒れ狂うキヴォトスを平穏に収めていた傑物であり。

 ……そして、1年弱前に、唐突に失踪してしまった生徒。

 

 オリは彼女に対し、複雑な感情を抱いていた。

 かつて世話になった恩義は、確かにその胸の底にあったが……。

 同時、密やかな羨望と嫉妬、何よりそれを認められない意地が、彼女を頑なにしていた。

 

 オリは、認めるわけにはいかないのだ。

 

 ──『あの子』が宿るのが、自分のような無能ではなく、あの連邦生徒会長なら。

 ユメさんを救い、多くの生徒を助け、『あの子』の望みも叶え。

 もっともっと、世界を良くできたのだろうか、と。

 

 

 

 ……だって、それを認めてしまえば、最後。

 

 オリは、もはや、ここに生きる意味を見失ってしまうから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして、今。

 

 目の前に、連邦生徒会長の背中が、あった。

 

 

 

「…………は?」

 

 オリの目は呆然と開かれ、自然とその足は止まっていた。

 普段の彼女からは在り得ないと思えるような、完全に油断した姿。

 

 それだけ彼女にとって、その存在は、決して許容できるものではなかったのだ。

 

 その複雑な心境も、確かに理由の1つではあったが……。

 最たる理由は……連邦生徒会長はここにいてはならないから、だった。

 

 

 

 咄嗟に、僅か先を歩く先生の姿を……その右手に握られたタブレット状の遺物を見る。

 シッテムの箱という名を持つそれからは、先生が指揮を行う際に見られる、青い粒子の漏出が見られた。

 

 間違いない。

 シッテムの箱は確かに起動し……メインOS、「A.R.O.N.A.」ことアロナは、そこにいる。

 

 であれば、連邦生徒会長が、あんなところにいるわけがない。

 

 オリは『あの子』から、連邦生徒会長の行方を聞いている。

 即ち、シッテムの箱のアロナこそ、連邦生徒会長その人なのである、と。

 ……正確には、完全に同一の存在かと言えばそれは間違いなのだが、細かいことはさておき。

 

 

 

 であれば、あそこに歩いているのは……偽物?

 

 いいや、けれど、それはおかしい。

 

 あの後ろ姿、あの歩き方、あの雰囲気。

 彼女のことを知るオリだからこそ、わかる。

 あの歩く姿を構築できる人物は、このキヴォトスにおいて他にいない。

 いるはずがないのだ。……あの超人を再現できる人間など。

 

 では、アレは本物?

 

 ……なら、シッテムの箱のOSは?

 もう一人の「A.R.O.N.A.」? いいや、それはない。粒子の色は赤ではなく青だった。それにまだ「あの人たち」は来ていない。

 他に彼女の代替を務められる存在はいくつかはあるが、現段階ではそれもあり得ない。

 

 他に考えられる可能性は?

 本物が2人いる?

 それとも、どちらかが本物のように思える偽物?

 自分が白昼夢を見ている?

 デカグラマトンの罠?

 

 

 

 考えられる可能性は多く……そして、それら全てを短時間に吟味できる程、オリの頭脳は冴えず。

 オリが一瞬体を硬直させている内に、その後ろ姿は、曲がり角の向こうに消えていく。

 

 それを見て、オリは大いに焦った。

 

 アレが何かは、わからない。

 けれど、ここにあるはずのない、『あの子』や黒服にも聞いたことのない存在。

 ……この物語に現れるはずのない、エクストラ。

 

 今追わなければ、見失ってしまう。

 相手が何者なのか、それが何を意味するのか……先生やリオを害する存在ではないか、確かめられない。

 

 

 

 選択に使える時間は、そう多くなく。

 そして同時……やはりオリは、どこまでも感情論で動く生徒だ。

 

「っ、先生、ごめんちょっと急用できた!! エイミ、殿引き継いで! Eグレも預けた!」

 

 ……イフを語るのは、どこまでも無意味なことではあるが。

 もしもここにいる生徒が、オリとエイミ、ヒマリだけであれば、オリはその影を見逃していたかもしれない。

 

 彼女にとって今の最優先は、あくまで先生の守護だ。

 エイミだけでは肝心な守護も危うい以上、離脱の選択は採れなかっただろう。

 

 けれど、ここにいるのはキヴォトスでも有数の実力者。

 オリをして勝てないと思わされるキヴォトス最高の神秘、小鳥遊ホシノ。

 ただ1人でゲヘナ学園の抑止力として機能する風紀委員長、空崎ヒナ。

 トリニティきっての武闘派、聖女や戦略兵器すらも撃ち落とす、聖園ミカ。

 

 彼女たちならば、自分がいなくとも問題ない。

 ケテルの打倒、データの収集、そして先生を守るという任務も問題なく果たせるだろう、と。

 その実力を知るが故に、オリはそう信じた。

 

 ──言い換えれば。

 

 自分など、いらないだろうと。

 そう、判断してしまったのだ。

 

 

 

“オリ?!”

「ごめん先生っ、すぐ追いつくから!」

 

 先生は驚きの声を上げるが、その行動を止めることはできず。

 

 オリは、彼女特有の凄まじいスピードで、どこかへと駆けていってしまった。

 

 

 

「なっ、戦線離脱!?」

「え、お姉ちゃんどこ行くの?」

 

 驚き目を見開く先生と2人の生徒。

 一方、付き合いの長いヒマリは、彼女の突飛な行動に苦笑を漏らした。

 

「まったく、また身勝手な。……まぁ、いつものことと言えば、それはそうなのですが」

「オリ先輩にはよくあること」

 

 首を振る特異現象捜査部の2人。

 彼女たちは、良くも悪くもオリに振り回され慣れている。

 その分逆に振り回すこともあるので、殊更に憎んでいるというわけでもないが、オリが任務中に勝手な行動を取ることには慣れ切っているのだ。

 ……それこそ、僅かな違和感を見逃してしまうくらいには。

 

「こうなれば仕方ありません。オリを除いたフォーメーションと作戦を組み直しましょう、先生」

“オリは……”

「先生もよくご存じでしょう? オリは並み大抵の危機ならば、単独で突破する力を持っています。心配する必要はありませんよ。

 これまでも何度かこういうことはありましたが……精々面白い髪形になる程度で、オリはいつも申し訳なさそうに笑って帰ってきましたから」

 

 そう。

 それが、明星ヒマリの「普通」だった。

 

 彼女の圧倒的な武力を、不条理なまでの暴力を、目の前で見ていたからこそ。

 ヒマリは、オリが敗北し危機に陥ることなど、欠片たりとも想定できなかった。

 

 

 

 ……けれど。

 残された最後の一人。

 オリの根底の善性を誰より信じ、身近な人間の変化に敏感な小鳥遊ホシノだけは。

 

「…………オリ?」

 

 彼女の言葉にあった不明瞭な焦燥を感じ取り。

 眉をひそめて、彼女の去ったの方へと、目をやった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 連邦生徒会長の後ろ姿を追う、オリ。

 

 けれどそれは、まるで幻影のように、オリの視界にチラチラと映っては消え続けた。

 

 曲がり角から向こうを見れば、時に通路の先の扉をくぐる影が、床下のハッチへ潜っていく影が、窓の外へ縁を乗り越える影が映る。

 しかし、オリが全速力でそれを追っても、距離は縮まらず、再び向こうに一瞬だけ影が映るばかり。

 

「待って! クソ、待ってってば!」

 

 

 

 異常な状態だった。

 

 調月オリは、ことスピードで言えば、間違いなくキヴォトスでも最上位層に入る生徒だ。

 そのオリが、おおよそ全力で走っているのに、追いつけない。

 それも、塀や壁を破りながらの強行軍をしてもなお、だ。

 

 確かに、連邦生徒会長は超人的だ。

 オリと対等に張り合い、時には凌駕し得るとすら思える、怪物だった。

 ……けれどそれでも、スピード勝負になれば、オリには必ず勝てる自信があった。

 連邦生徒会長は何でもできるが、これという特化した能力はない。故にただ足の速さに限って言えば、オリには決して届かない。

 

 それなのに、そのはずなのに。

 

 オリがどれだけ走ろうと、追いつけない。

 まるで幻や蜃気楼を追いかけているようで……。

 

 

 

 ……そうなれば、当然、オリも気付く。

 やはりこれが罠で、自分は誘導されている、と。

 

 その内実は、わからない。

 自分はどこに導かれようとしているのか。誰が何の目的で自分を誘導しているのか。

 

 けれど、それに対して、オリが取る選択は1つ。

 

「くっ……そ!」

 

 罠を踏破し実力で破り捨て、その首謀者と目的を探り当てることだ。

 

 オリは、リオのような頭脳派ではない。

 むしろ極端な程の現場主義、実力主義。

 これまで、どれだけ完璧に仕組まれた罠であろうと──リオと連邦生徒会長によって仕掛けられたものを除き──力尽くで突破して窮地を脱して来た。

 

 故に今回も、それと同じ方法論で事に臨み……。

 

 

 

 もはや何度目になるかもわからない、後ろ姿がくぐったドア。

 それを叩き開けて、部屋の中に飛び込み。

 

「この部屋、なっ!?」

 

 

 

 瞬間。

 

 目の前が白く染まり、強烈な刺激が脳を焼いた。

 

 

 

 視覚への、凄まじい刺激による攻撃。

 更にはそれだけではなく、両目の間……鼻の奥に、凄まじい激痛が走る。

 

 状況は掴めないが、自分は攻撃されていると直感する。

 

 けれど、それらの情報は余りに多く、苛烈で。

 オリがそれらを処理し、平静な思考を取り戻すまで、おおよそ1秒強。

 

 

 

 ……それは、襲撃者が距離を詰めるには、十分な時間だった。

 

 

 

「ぐッ!?」

 

 オリが激痛に次いで感じたのは、体にぶつかる重く固い感触、そして右肩に向けられる苛烈な銃撃。

 高機能かつ対人制圧の為にカスタムの施された短機関銃の掃射は、オリに対してすら有効となり。

 唐突な刺激に対して抵抗できようはずもなく、彼女が右手に握っていたナイフはその場に取り落とされ、からんと音を立ててコンクリートの床を転がった。

 

 なおも銃撃を続ける襲撃者は更に、左手に持つ固く平たい何かを押し付けながら、オリを弾き飛ばすように後ろへと押しこもうとして……。

 

 

 

 ……それが、襲撃者の取れた最後の行動だった。

 

 

 

 

 やはり罠だったか、と。

 強烈な刺激による麻痺が抜け、ゆっくりと回り始めた思考で、オリは苦々しく考える。

 

 あの連邦生徒会長……のようなものが何だったのかは、わからない。

 けれど、それは今やどうでもいいことだ。

 

 今大事なことは。

 自分に襲いかかって来た襲撃者が、オリにとって連邦生徒会長が特別な意味を持つ存在であることと、デカグラマトンの調査のためにこのタイミングで廃墟を訪れることを知っていたこと。

 そして、何の目的かはさておき、オリに襲いかかって来たこと。

 

 そして……。

 オリは、敵に襲われてなお優しく相対する程、穏やかな性格をしていないことだ。

 

 

 

 状況確認。

 

 感覚はどうか。

 視覚、及び嗅覚が、機能停止に近い状態にある。

 

 フラッシュグレネードと……恐らく、特殊調合の劇臭薬。高速で気化し、相手の呼吸によって体内に取り込ませて嗅覚を破壊するタイプか。

 前者はともかく、後者はあまり市場に出回っていない、他人の感覚を壊すもの。

 敵はどこでソレを手に入れたのかと一瞬考え……どうでもいいことかと切り捨てる。

 

 調月オリは、鋭い感覚器を持っている。

 視覚は勿論、特に嗅覚と聴覚は、それさえ残っていれば戦闘ですら可能な程のものだ。

 

 襲撃者はこれを知っているからこそ、まずは奇襲で感覚を潰しに来たのだろう。

 ヘイローは単純な衝撃による負傷こそ防いでくれるものの、こういった感覚器への刺激にはそこまで強くは働かない。

 オリが有する長所と弱点。それを突くこと自体は──どうやってそれを知り得たか、という疑問点は残るものの──決して間違った選択ではない。

 

 けれど、それならば何故、聴覚を残したのか。

 強く大きな音を発するスタングレネードは、キヴォトスでも広く流通している。

 劇臭薬なんてものを持ち出すのに、それを使わないというのは、やや違和感が残るが……。

 これもまた、今考えても無意味かと、思考を切り捨てる。

 

 とにかく、聴覚が残っている時点で、オリはまだ戦闘が可能だ。

 

 ただしもちろん、今の状況は決して楽観視できるものではない。

 オリは突入した室内の広さや形状、状況を見る前に、世界を捉えるメインの感覚たる視覚を潰された。

 故に、まずは室内の状況、そして敵がどこにいるか、何人いるのかを測らねばならないだろう。

 

 

 

 ……これらを、刹那の内に判断したオリは。

 即座に反転攻勢を図る。

 

 壁に押し付けようとしているのか、固いもの……恐らくは防護盾で、オリを押し込む襲撃者に対し。

 彼女は目にも留まらぬ速度で右手を伸ばし、発砲音を頼りに近距離にあった銃身を掴み……ぐっと自分の側、脇の下へと引っ張った。

 

 キヴォトスでも有数の怪力によって引き寄せられる勢いは、銃を奪取されないようグリップを強く握りしめていた襲撃者の姿勢を、まるで転ぶように前へと崩すに十分であり。

 オリはハンドガンをホルダーへと収めて空いた左手を、倒れかける襲撃者の体に素早く這わせ……その右足の先、くるぶしの部分を掴む。

 

 つるつるとした、体毛の少ない足だ。形状と骨格からして、少女……生徒のものらしい。

 

 ……だからどうした、という話なのだけれど。

 

 

 

 そうしてオリは、左手に握った敵の足首を……。

 

 ぐしゃり、と。

 握り潰した。

 

 

 

「ッッッ!!?」

 

 

 

 あー気持ち悪い、と。

 オリは思わず眉をひそめる。

 

 手の中いっぱいに広がる、固いものと柔らかいものが混然一体となり、ミンチになる感覚。

 先日のエデン条約事変での複製(ミメシス)との戦いである程度慣れたとはいえ、やはり肉を断つ感覚は愉快なものではない。

 

 その上、襲撃者が激痛から絶叫を上げれば、反響で部屋の広さや物の大雑把な位置は掴めると思ったのだけれど……。

 残念ながら、襲撃者は割れんばかりに歯を噛んで、その想像を絶する痛みに耐えてしまった。

 

 

 

 仕方ないか、と。

 オリはもう一手、行動を続ける。

 

 即ち、潰れた足首を支点とし……襲撃者の体を振り回し、そして振り下ろすこと。

 襲撃者は激痛によって思考を麻痺させているが故にそれに抵抗することもできず、まるでオリの武器か何かのように振り回され……。

 

 直前まで直立していたはずの体が、半回転。

 剥き出しのコンクリートと固いものがぶつかり、何かが割れるような、不快な音が室内に響く。

 

 その音を以て、オリはこの室内の状況を測った。

 

 

 

 その結果、彼女は知る。

 

「……ハ」

 

 そこそこ広い、30メートル四方の部屋。

 その中に……もう1人、いる。

 

 オリに向かって、恐らくは銃を構えていると思しき……敵らしいモノが。

 

「ちょうどいいや、これは潰れちゃったし、もう話なんて聞けそうにないもんね。

 それじゃ、あなたに話を聞かせてもらおっかな」

 

 オリはその手に握っていた足首を……動かなくなった敵をてきとうに放り出し、もう1人の敵の方へと歩み寄る。

 

 

 

 状況は一気に変わった。勿論、オリにとって優位な方向に。

 

 オリの聴覚は、この部屋の中程度でなら、万全に働く。

 室内にいた2人の敵の内、1人の敵を排除した以上、音を立てるのは目の前の敵のみ。

 相手が今からどこへ走ろうと、どう動こうと、オリはその動きを完璧に追いかける自信があった。

 確かに五感の内2つが潰されたことは痛手だったが、そんな状態でも、生半可な相手に遅れを取るオリではない。

 

 その上、潰された感覚も、彼女の優れた神秘を以てすれば急速に修復される。

 嗅覚が戻るまでには数分かかるだろうが、視覚はもっと早く、数十秒程度で戻るだろう。

 ナイフは取り落としてしまったものの、彼女は他にも武装を有しているし、銃撃を受けた右肩には殆どダメージが残っていない。

 襲撃者の奇襲によるアドバンテージは、殆ど無意味に落ちたと言っていいだろう。

 

 

 

 罠に嵌められようと、奇襲を受けようと、弱点を突かれようと、攻撃されようと。

 ……その全てが、無意味。

 

 自らに向けられた敵意も悪意も、その尽くを、埒外の暴力で以てねじ伏せる。

 

 それこそが、調月オリ。

 ミレニアム自治区において「不条理の化身」とまで呼ばれ恐れられた、文字通り最恐の存在だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 オリは改めてハンドガンを抜き、右手には内ポケットに収納してあったスタンバトンを握って、残った敵ににじり寄る。

 

「さて……まずは聞こうかな。

 あなたたち、誰? なんで私のこと、そして私がここにいることを知ってたの?

 それに、なんで私を……あ、先生とかヒナちゃん、ミカが狙いだったりするのかな?」

 

 相手は警戒しているのか、その場からは動かず、言葉にも応えない。

 もしかしたら、人の形をしているだけのダミーなのではないかとも一瞬考えたが……。

 僅かに耳に届く、髪が繊維に擦れる音、衣擦れの揺らぎ。静かな室内だからこそ聞こえたそれは、確かにそこに人がいることを意味していた。

 

「だんまりかぁ。……一方的に襲いかかって来ておいてそれは、ちょーっと自分勝手だね?

 顔面ぐちゃぐちゃにされて整形しても戻らないようにされる前に、さっさと吐いた方がいいと思うよ?」

 

 脅しでは、ない。

 調月オリは、自分や自分の大切な人に降りかかる悪意に、容赦をしない。

 

 オリはこれまでに数えきれない程、自分やリオに降りかかった火の粉を払ってきた。

 大人の悪意や、誰かの八つ当たり。ミレニアムの頂点に立つ2人にとって、そんなものは日常茶飯事。

 だからこそ、二度と自分たちにそれが向かないよう、相手に危害を加える事には慣れていた。

 勿論、誰かのヘイローを壊したことまではない。……けれど、その直前まで追い詰めるようなことは、確かにあった。

 

 故に……今回も、目の前にいる正体も目的も不明な敵に、手加減をするつもりはなかった。

 

 自分やリオ、先生やホシノ。

 大切な人を、そんな人たちがいる自分の世界を侵す者を、彼女は赦さない。

 

 

 

 おちゃらけたようで、けれど同時確かな殺意を滲ませたオリに対して、もう1人の襲撃者は……。

 

「…………」

 

 それでもなお、口を開かない。

 

 さっきの子といい大した自制心だと、オリは内心で舌を巻く。

 1人目は、一応手加減こそしたが、足首をぐちゃぐちゃに潰されてなお、悲鳴も上げなかった。

 2人目は、こうして殺意をぶつけても、まともに身じろぎ1つしない。

 

 プロだな、と。

 オリは敵の正体に当たりを付けた。

 

 このレベルの精神力は、真っ当な生活の中で身に付くことはない。

 間違いなく厳しい、なんなら厳しすぎる訓練を経たからこその、鋼の心。

 

 更に、先程からオリの弱点を的確に突いて来た動き。

 明らかに事前情報を以て、用意周到に策を組んでいると思えた。

 もっと言えば、受けた銃撃の触感からして向けられた銃もワンオフに近い高級品、振り回す時に感じた重みからして防護盾も急ごしらえのものなんかではない。

 

 確かな練度と装備と情報を以て、冷徹な程の動きでこちらを追い詰めてきている……。

 戦闘のプロ、と呼んで差し支えない相手だ。

 

 オリの脳裏に浮かんだのは、アリウス分校。

 大人による圧政が敷かれていたあそこでは、子供に過酷な訓練を積ませることで、心を折りながら高い練度を持たせていた。

 彼女たちにオリの情報を与えて襲撃させれば、あるいはこんな戦いになるだろうか。

 

 もしかしたら、ベアカス以外のゲマトリアがアリウスの残党を掌握でもしたのかと、オリは思い……。

 

 

 

 ……どうでもいいことか、と思考を止める。

 

 そんなことは、目の前の敵から聞き出せばいい。

 これまでに何度も機会はあったため、人から情報を引き出すことには慣れている。

 清潔な環境ではないし、適切な器具もないため、あまり徹底してやれないのは残念だったが……それでも、人の心を追い詰める方法はたくさんある。

 

「……喋ってくれないなら仕方ないかー。あはは、ベタな言葉で申し訳ないけど……あなたの体に聞いちゃおうかな」

 

 オリが右手の得物のスイッチを入れれば、バチバチと、その先から軽い放電が起こる。

 

 スタンバトンは、謂わばスタンガンの警棒版。接触によって相手の体に高圧電流を流し込み、激しい痛みと共に精神を錯乱させるもの。

 更に、リオによって特別に製造されたソレは、相手の思考を乱すことで身体機能を喪失させ、設定次第では気絶させることすらできる。

 

 これの特徴と言えば何より、単純な攻撃ではなく、相手の思考への干渉であるという点。

 相手を損傷させる衝撃ではない、過度な感覚による思考の麻痺は、どちらかと言えばオリの得意とするスタン&ノックバックに性質が近い。

 

 つまるところ、高電圧による火傷はともかくこの強制的な錯乱に対しては、キヴォトスの生徒特有の、神秘による特殊なダメージの軽減が効果を発揮し辛いのだ。

 

 言うならば、強靭な生徒たちに残された構造的欠陥である、状態異常(Crowd Control)

 極限まで強くしたそれの押し付けである。

 

 絶縁体で防御されるなどすれば流石に話は別になるが、服越し程度なら何の問題ない。

 軽く押し当てるだけでも、生徒を無力化させ得る。

 それも、どんなに強力な神秘を持つ相手であろうと関係なく、だ。

 

 故にオリは、まずは目の前の敵を無力化しようと、バトンを振り上げ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけませんよ、オリ。そこまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………その言葉に、腕の動きも、呼吸さえも、止まった。

 

 

 

 その声には、聞き覚えがあった。聞き覚えしかなかった。

 

 それは、自分の妹と似通った声だった。

 けれど、決してリオが発さない、柔らかな声音だった。

 

 それは、自分自身と似通った声だった。

 けれど、決してオリが発さない、穏やかな声音だった。

 

 それは……毎晩のように聞く声だった。

 けれど……決してここにいるはずのない、大切な人の声音だった。

 

 

 

 それは、どう聞いても、どう考えても、『あの子』の声だった。

 

 

 

「……………………、は?」

 

 

 

 在り得ない。

 連邦生徒会長がここにいることなんかより、ずっとずっと在り得ない。

 

 『あの子』は、オリの同居者。オリと体を同じくする者。

 彼女自身、この体から外に出ることを望まず、だから昨日だって夢の中で会話を交わした。

 ケテルとケセドへの対策や、この後のこと、これからどうするかを話していたのだ。

 

 だから、ここにいるはずがない。

 

 オリの体以外に、『あの子』が存在するはずがない。

 

 

 

 それなのに。

 ……分かる。

 ずっと『あの子』と一緒にいたオリだからこそ、分かってしまう。

 

 その声は、『あの子』以外の、誰のものでもないと。

 

 

 

 ある意味においてこれもまた、調月オリ特有の状態異常(Crowd Control)と言えたかもしれない。

 

 目の前の、あまりにも想定外の事態。

 それを前にして、彼女の脳はそれまでに蓄積してきた見当識を放棄した。

 平たく言えば、思考が真っ白に染まり、完全に行動を停止してしまったのだ。

 

 確かに握っていたはずのスタンバトンすら落としかねない程に指の力は緩み、その目は何も捉えることなくぼんやり虚空を見上げた、隙だらけの姿……。

 

 

 

 ……彼女の前に立ち塞がる敵は、その一瞬を見逃さなかった。

 

 とはいえ、敵はその手に抱えていた銃の引き金を引いたわけでも、何かしら武器を向けたわけでもない。

 

 ただ……。

 

「っ、あ?」

 

 ただ、オリの腹に足を付け、勢いを付けて蹴り飛ばしただけ。

 

 普段ならば、その程度の攻撃は踏ん張って耐えられるはずのオリは、けれど思考が止まっているが故に、踏ん張ることなどできるわけもなく。

 数歩、まるで後ずさりするようにふらついて、咄嗟に後ろ手に何かを掴もうとし。

 

 目の見えない、匂いも嗅げない中。

 彼女はコンクリートとは違う、つるつるとした質感の床の上へ移動させられ。

 どうやら壁らしい、ごちゃごちゃした面に手を突いて……。

 

 

 

 瞬間。

 

 バリッ、と。

 

 彼女の思考に、耐え難い激痛が走る。

 

 

 

 ……調月オリは、認識していなかった。

 

 彼女の持つスタンバトンは、相手の神秘の守りに強い影響を受けることなく、どんな生徒でも気絶に追い込むことができる。

 それは、当然ながら……ミレニアム最高峰の神秘を持つオリもまた例外ではない、と。

 

 

 

 オリが蹴飛ばされ、壁に手を突くと同時……。

 ()()()()、オリが入った扉の側の対面。

 透過ガラスの壁の向こう側で事を見守っていたもう1人の敵の手で、1つのレバーが下ろされた。

 

 即座に、オリが手を突いた壁……断線したケーブルの束が大量に埋め込まれた壁に、非常に高い電圧で電流が流され。

 スタンロッドの最大出力すら越える500ミリアンペアの電流が、伝導体である床へと向けて、彼女の腕から胴、足を通って流れ去り……。

 

 真っ当な人間であれば即死する程の高圧電流が体を流れる激痛。

 それが、オリの脳を、意識を焼き尽くした。

 

 

 

「ガッ!? ア、……あ……?」

 

 痙攣し、動かなくなる体。

 白ばみ、薄れていく思考。

 

 抵抗など、できようわけもなく。

 混乱すら、覚えることもできず。

 

 オリはただ、その場で膝を折って……。

 

 

 

 

 

 

 ……完全に意識を失う、その寸前。

 

「…………状況、終了」

 

 そんな、どこかで聞いたことがあるような声を、耳にした気がした。

 

 

 







 Q.なんで部屋に入る時に視覚奪ったの?
 A.奥にいるもう1人の敵とかケーブル埋め込んだ壁、その下の伝導体の床という罠に気付かれないためです。

 Q.なんで嗅覚も奪ったの?
 A.この奇襲がただの五感潰しだと錯覚させるためです。

 Q.なんで聴覚だけ残したの?
 A.罠の詰めの段階で必要だからです。

 Q.オリちゃん感電しただけで気絶って弱すぎない?
 A.普通の人は100mAの電流に感電しただけで心肺停止します。今回オリに流れたのは殺意の500mA。

 Q.結局連邦生徒会長は何だったの? なんで『あの子』の声がしたの? 誰がこの策をかけたの? 目的は何? 襲撃者たちは誰? なんでオリの情報よく知ってるの?
 A.誰で何で何故やろなぁ……。



 全力でメタりにメタってようやく討ち取れる、強キャラ敵武将みてーな主人公ちゃんでした。
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