調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のナニカサレタヨウナ方

 

 

 

 ゆさゆさと、体が揺らされる。

 普段なら心地良くすら感じるそれは、けれど彼女自身の精神に応じて、今はどこか不快感を伴っていた。

 

 ……彼女とて、心のどこかでは理解している。

 間違っているのはきっと自分で、これは決して正しい結論ではないのだろうと。

 

 けど、仕方ないじゃんか。

 自分は「先生」じゃない。連邦生徒会長でもない。

 あんなすごい人たちじゃない、ただの一般人なのだ。

 

 であれば、私が出す結論だって、すごいものになるはずがない。

 

 

 

 ただ平和を願って、然るべき結末が訪れることを祈って……。

 

 そして──この世界が、あるべき形に回帰した時。

 そこに、ただ1つでも救われるものがあれば、と。

 

 そう望むことの、一体何が間違っているというのか。

 

 彼女は自らの恩人であり親友であり、同時に育ての親でもあるような彼女にそれを熱弁する内、いつしか激情に任せ、飛び跳ねるようにして座席から立ち上がり──。

 

 

 

「うるさいなぁ、それの何がいけないの!? 私だって本当は……ッ!!」

 

 ……自分を揺さぶっていたものと、周りの景色。

 自身を取り巻く環境が丸きり変わったことに、一瞬遅れて気付く。

 

 両の拳を握り立ち上がった彼女、調月オリを取り囲む光景は、不思議な世界を走る電車……ではない。

 荒れ果てた、どこか機械的に思える空間。30メートル四方程度の広さの室内。

 その中でも、隅の方に寄せられた、クッションすらもない金属製の椅子の前。

 そこが、オリのいる場所だ。

 

 ぶつりと景色が切り替わったこと、目の前にいたはずの少女が消えていたこと。

 そして自分のすぐ前に、『あの子』ではない誰か……2年来の親友、小鳥遊ホシノがいること。

 

「ん? ……あれ、現実?」

 

 あまりにも急変した状況に、彼女は一瞬だけ当惑の表情を見せ……。

 

 

 

 直後、ホシノの小さな体がかなりの勢いで抱き着いてきて、咄嗟に受け止めはしたものの、普段の彼女らしからぬ行動に目を白黒させる。

 

「わっ、え、何々!? ホシノったら甘えん坊期!?」

 

 困惑して声を上げる彼女に、続いて更に複数の声がかかった。

 

「……ふう、ひとまず最悪の事態は回避できましたか」

「お姉ちゃん、大丈夫!? どうしたの、何があったの!?」

 

 前者は慣れ親しんだヒマリの、後者は最近友達になったミカの声だ。

 

 視線を巡らせれば、自前のコンソールで室内に具えられた何かの機器を弄りながら安堵の息を吐くヒマリと、いつも通りの無表情でその隣に立つエイミ、少なからぬ焦燥と共にこちらに駆け寄ってくるミカの姿。

 そして、少し離れたところで心配そうにこちらを見て来る先生と、先生の横に立ち眉をひそめているヒナの姿も見えた。

 

 それらによって、夢の中でも再確認した記憶を想起したオリは、ようやく大方の事情を呑み込む。

 

 どうやら自分は、襲撃者たちによって気絶させられ、皆に迷惑をかけてしまったのだ、と。

 

「あー、えっと、みんな。心配かけたみたいで、ごめん。

 で……取り敢えず、状況を教えてくれるかな。私もまだ混乱しててさ、情報を整理したいんだ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 主に先生とヒナが語る内容を要約すれば。

 

 デカグラマトンの預言者『ケセド』との戦いは、おおよそ10分程前に終了したらしい。

 

 リオの作った経路の最奥。

 円形の広い空間の中央には大穴が開いており、その上には、如何なる原理か、巨大な球状の機械が浮遊していた。

 

 それこそが、預言者ケセド。

 無尽の兵力を生み出す『Divi:Sion』システムが感化され、今や本来の目的を見失い、かの特異現象のためにその力を振るうものであった。

 

 

 

 なんとかケセド本体に行き着いた先生たち、第二次デカグラマトン特殊作戦対策チームは、ケセドの生み出すロボット群による手厚い歓迎を受けることとなった。

 けれど、だからといって先生たちがそれに苦戦したかと言えば、そうではなく……。

 先生が招集した生徒たちは、獅子奮迅の活躍を見せ、難なくロボットたちを排除していく。

 

 ホシノが前線でのダメージを抑えるタンク役を請け負い。

 彼女を盾とするヒナが、自我なき兵士たちを千切っては投げ千切っては投げ。

 

 流石は先生の選んだキヴォトスのトップ勢と言うべきか。

 この2人は単体での戦闘も、咄嗟の連携も十全にこなし、ケセドの軍勢を容赦なく蹴散らしていった。

 

 

 

 これ対し、ケセドは兵力が不足していると判断。

 軍需システム『Divi:Sion』を用いて追加で大量の兵器の生産を開始する。

 

 物量による圧倒。

 どんな世界でも変わらない、最良にして最善の攻撃手段だ。

 

 如何にキヴォトス最高峰の神秘と言えど、彼女たちは「生徒」に過ぎない。

 携行できる銃弾には限りがあり、戦闘行動を続ければ負傷と疲労で動けくなる。

 故に、不足した兵力を補い、これへの対策に宛てれば……ケセドは、まず負けることはない。

 

 兵力の増産。

 これは、ケセドにとって何よりの最善手であり、逆に言えば戦力を有限とする先生サイドにとって最大の危機であり……。

 

 ……同時、雑魚を散らすばかりで本体に攻撃が届かないこの停滞した状況を変え得る、これ以上ない程の転機でもあった。

 

 

 

 その場に現れる兵力が尽きて、ケセドが兵器の量産指令を発する直前。

 後方でヒマリと先生を守っていたエイミは、懐から1つの兵器を取り出した。

 

 オリが離脱前にエイミに託していったEグレ……その正式名称をECMグレネード。

 エイミは無表情のまま、先生の指揮のタイミングに合わせ、これを投擲。

 

 瞬間、手のひら大の球体から、爆発的なチャフと妨害電波が発された。

 

 ECMグレネードは、調月リオが手ずから生産した兵器。

 『都市』に配置するECMドローンと比べれば遥かに見劣りする、あくまでも一般に露呈しても問題ない程度の量産兵器に過ぎないが……。

 

 それでも、やはりビッグシスターの作り上げた兵器。その有用性は本物だ。

 これを使用すれば、1分程度の間、他者からの電子的なアクセスの一切を遮断することができる。

 

 

 

 仮に、ケセドが預言者『ホド』のように、ワイヤーによるダイレクトな通信を行っているのであれば、あるいはこれも有効打にならなかったかもしれないが……。

 無線通信によりシステムを動かす構造が仇になり、ケセドの発した兵器増産指令はプラント群にまで届くことなく留まり。

 

 そして同時……ほんの一時とはいえ、デカグラマトンからの通信も遮断することができた。

 

 自称超天才清楚系病弱美少女ハッカーは、その隙を見逃す程に愚かではない。

 

 即座にケセドに対してクラッキングを開始。

 デカグラマトンによる不明瞭で不可思議な防御をなくしたケセドはほんの僅かな隙を見せ、その脆弱性を完璧に把握したヒマリに抗することはできず。

 彼女は20秒弱で、ケセドのプログラムにある程度の破壊と、極々小さな改ざんを残した。

 

 プログラムの破壊によって、ケセドは大きく打撃を受けた。

 ……が、しかし。それ自体はすぐさまでも復旧が可能な範囲でしかなかった。

 デカグラマトンという「特異現象」に触れた預言者は、皆一様に超常的な程の強さを持つ。

 故に、システムの復旧にも10秒とかからず……。

 

 ……その大規模な破壊に気を取られ、欠片たりとも痕跡を残さない、小さな改ざんには気付き得ない。

 

 

 

 ケセドという、遥か古代に作られたシステムがデカグラマトンに感化された存在。

 その膨大なデータの中で、ヒマリが書き変えたのは、ただ1つ。

 

 ケセドが送ろうとした兵器の増産数を、三千から、三千の三千乗に変えただけ。

 

 その誤謬に気付かなかったケセドは、通信が復旧すると同時、廃墟中のプラントに対して明らかに異常な指令を廃墟全体に飛ばすこととなった。

 

 ……如何に優れたAIであれど、この世界にある限り、物理現象に逆らうことはできない。

 機械でしかないソレは、「稼働による発熱」……電子の摩擦熱の発生という、絶対的な法則から逃れることができないのだ。

 

 それら1つ1つはごく小さなものでしかなく、冷却が難しいはずもなく。

 けれど、無限に近い指令を出すなどすれば、それは無限に近しい熱を引き起こし……。

 

 自然、ケセドは増産命令を送り切ることもできず、その思考回路をショートさせ。

 

 同時、熱しすぎた自身の冷却のため、巨大で堅固な殻を開放し、本体をその場に晒して。

 

 

 

 ……真打たるミカの構えた銃口が、その小さな球体を捉えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

“ミカの銃撃で機能停止したんだろうケセドは、大穴に落ちて行ったよ”

“追跡して回収はしたかったけど、これ以上はヒナの銃弾が持たない”

“だから大穴の調査はまた今度にするとして、撤退しようと思ったんだけど……”

「オリが全然来ないから、どうしたって話になったんだよ」

 

 状況を説明する先生の話に、いつもの余裕ぶったものとは違う、どことなく恨みがましい響きが込められたホシノの言葉が続く。

 

 とはいえ、それは単にオリを責めているという風でもない。

 むしろオリの体にしがみ付いて離れず、その顔を覗かせまいとするようにセーターに埋めているところからして……。

 ……そして、オリのセーターを掴む手が震えているところからして。

 もっと別の、昏い感情の方が大きいだろう。

 

 

 

「…………」

 

 オリは無言で先を促しながら、ホシノの頭を軽く撫でる。

 自分はここにいる、確かに生きていると、そう無言で告げるように。

 

 ホシノにとって、親しい人間の失踪は、禁忌と言っていい事態だ。

 殊に……ただ1人残された、2年前からの友人たるオリの失踪。

 それはきっと、ホシノにとって、取り返しようのない喪失を引き起こす。

 

 2年前にオリと共に体験したソレが、今度はオリに起こり……ホシノが、ただ、1人残される。

 自分から手を伸ばせば届いたはずの誰かが、ホシノがそうしなかったという理由で、また喪われる。

 果たしてそれは彼女にとって、どれ程の恐怖であったことか。

 

 友人として、まずいことしちゃったな、と。

 オリは、彼女にしては珍しく、本気で自身の行動を反省した。

 

 

 

 苦い顔をするオリに、先生は少々心配そうな顔をしつつも、説明を続けようとする。

 

“それで、オリを探そうとした時、私のアカウントに連絡があって……”

 

 その時不意に、先生の持つタブレット……『シッテムの箱』から、オリの聞き慣れた声が届いた。

 

『オリ様、無事ですか』

「ん、トキちゃん?」

 

 調月姉妹……より正確に言えば、妹たるリオに仕えている少女、トキ。

 隠されたC&Cの5人目のメンバーでもある彼女の声が、シッテムの箱のスピーカーから響く。

 

 どうやら、先生に連絡を取ったというのは、彼女のことだったらしい。

 ……本当なら、彼女はあまり人前でその存在を示してはいけないのだが。

 

「私は……まぁ、無事かな。心配ありがとね。

 それで、先生に連絡取ってくれたんだ? ……リオちゃんが許したの?」

『オリ様のバイタルに異常な数値が見られ、その後座標の移動が絶えたとのことで、リオ様がご心配されていました。

 そのため、私を介して皆さまにご連絡を』

「なるほどね。……今回に関しては過保護とも言えないな。

 ……しかし、『リオちゃんが』心配か。そんなこと言って、トキちゃんも心配してくれてたくせに」

『…………』

 

 リオとオリ、トキの三人きりであれば、「当然です、私はオリ様のメイドでもありますから」と無表情のままにわかりにくく冗談めいた言葉を投げて来ただろうが、今回のトキは無言を貫いた。

 

 この場には先生以外にも、複数の複雑な立場の人間がいる。

 そんな場所で、トキの口から情報を漏らすわけにはいかない、と思っての沈黙だろう。

 

 トキはああ見えて割と茶目っ気もあるし、面倒くさがりではあるが……。

 同時、与えられた職務や義務に対しては、真面目で律儀でもあるのだ。

 

 

 

 そんなトキに苦笑しながら、オリは言う。

 

「取り敢えず、私は大丈夫。これといった不調も今は感じないかな。

 リオちゃんには心配かけてごめんって……あと、無断で人にトラッカーとかチップとか付けるのやめてとも言っといて」

『前者に関しては了解致しました。ご帰還をお待ちしております。

 また、精密検査の準備を整えておりますので、後ほどRQ.9ポイントにお越しください』

 

 トキはあくまでも真面目な言葉を残し、ぶつりと通話を断ち切った。

 

 先生は一度タブレットを覗いて、すぐにオリに視線を戻して、話を続ける。

 

“トキ、って言うんだね。彼女が、オリの座標を送ってくれたんだ”

“『オリのバイタルが異常だから、すぐに確認してほしい』って”

“それで、ホシノがすぐ走り出して、私たちも後を追って……”

「で、私はこの部屋でぐーすか寝てた、と。

 ……うん、招集した本人なのにボス戦不参加で、その上みんなに心配かけちゃったね。改めてごめんね、みんな」

 

 オリの言葉につい先程までの気持ちを思い出したか、ぎゅう、と体に回された手が締まる。

 更にはミカも抱き着いてきて、ぎゅっと胸の辺りが締め付けられる。物理的に。

 

「…………」

「お姉ちゃん、もう! すっごい心配したんだからね!」

 

 キヴォトス最高の神秘と、自分と似たタイプの力に寄った神秘。

 その2つに同時に体を圧迫され、「これ下手したら骨折するなー、リオちゃんになんて言い訳しようかなー」なんて思いながらも……。

 

 オリは、どこか申し訳ないような気持ちで、それを受け止めていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……こちらの状況としては、そんなところね。それで、そちらは何をしていたの?」

 

 オリを心配してくれるホシノやミカとは違って、あくまで先生の隣に立つヒナは、どことなく冷ややかな目を──まぁ彼女の目は元より冷ややかに澄んでいるし、今はその中に僅かな心配そうな色も確かにあったのだが──向けてくれていた。

 

 個人的な友好関係を結んだホシノやミカと違い、ヒナとはあくまでも同盟関係。

 協力者がまともに仕事もできずにしてやられていれば、心配すると同時、どういうことなのかと非難するのは当然と言えただろう。

 

 そして……実のところ、オリからすれば、その温度感の方が心地良くすらあったのだが。

 とにかく、事情は説明せねばなるまい。

 

「うん。実は……」

 

 

 

 オリは、先生たちの一団から離脱してからのことを話す。

 

 連邦生徒会長の後ろ姿を見かけ、その正体を探るために後を追ったこと。

 この部屋で奇襲を受け、敵を1人撃破した後、ものの見事に相手の策に掛かってしまったこと。

 そして……恐らくは高圧電流を流されて、気絶したことを。

 

 オリにとって意識を失うことは、そのまま『あの子』のいる電車の夢を見ることを意味する。

 

 記憶があやふやな状態でいきなり電車に乗っていて、最初こそ混乱したが……。

 『あの子』と共に何が起こったかを整理していたため、今はもう「記憶があやふやでよくわからない」とはなり得ない。

 

 

 

 だが、どこか他人事のように語るオリに対して、それを聞いた者の反応は劇的だった。

 

「……それって、罠に嵌められたってことだよね。それも、オリだけを狙った罠に」

 

 ホシノは普段は優しく上げられている眉をきゅっと寄せ、問い詰めるようにオリの顔を見上げて来る。

 オリへの心配と……今は少しだけ昔の彼女に戻っているんだろう彼女は、敵への怒りを滲ませていた。

 

 オリはそれとなく目線で「キャラ崩れてんぞー」とメッセージを送ってみるものの、いつもならアイコンタクトで理解し合えるはずのホシノは、欠片たりとも怒りを隠そうともしない。

 下手をすれば、今からでも敵を探し出そうと言い出しそうなくらいだ。

 

 ホシノに続きミカも、はっと気づいたように、気づかわし気に彼女の方を見て来たが……。

 彼女の方は怒りではなく、むしろどうしてこうなったのかという困惑、オリが狙われたことへの心配の部分が大きい。

 

 形は違えど心配してくれる友人に、けれどオリとしては、苦笑を漏らして肩をすくめるしかない。

 

「ま、そうだろうね。明らかに私を狙い撃ちだ。

 すっごい周到に準備して、私のこともよーく知ってないと、あそこまで完璧に誘導はできない。

 はてさて、どこでどうやってこれを知ったのか、誰が私を嵌めようとしたのか……」

 

 視線を巡らせれば……恐らくは自分が手を突いたのだろう、大量の電線コードが埋め込まれた壁、そしてその下の真新しく白一色の床が見えた。

 古ぼけて退廃的なこの廃墟において、この壁と床だけは、明らかに最近になって手が入れられている。

 それはつまり、自分を罠にかけるためだけにこれを作った誰かがいる、ということ。

 

 十全な知識、技術、装備を以て。

 敵は、オリをこの場で嵌めるため、専用の罠を張っていたのだ。

 

 

 

 実のところ、罠にかけられること自体は、珍しいことではない。

 調月姉妹の無能な方──ミレニアムの基準からすれば、だが──を捕らえ、ビッグシスターの弱みを握ろうとする輩は、年に数回は出て来る。

 

 だが、数百の傭兵に囲まれようと、巨大兵器が立ち塞がろうと、オリはその尽くを踏み潰してきた。

 単純なスペック勝負になれば、このキヴォトスでの最上級、武力寄りの神秘を持つオリを打倒できる相手は、そうそう多くなかった。

 

 しかし……今回、その例外が1つ増えたというわけだ。

 

「……いやぁ、してやられた。ここまで完璧にやられたのっていつぶりかな」

 

 数か月前の、カイテンジャーを名乗る無駄に強いテロ組織との単騎戦闘による負傷。

 それからしばらくした頃の、ミレニアムであったゲーム開発部とC&Cの戦いでの、アカネの自爆特効とアルの狙撃、墜落。

 一か月程前の、ミカと共闘した際の対複製(ミメシス)戦での、長時間継戦による少なからぬ傷。

 

 けれどそれらも、結局、オリの意識を奪うには至らなかった。

 決して小さかったわけではないが、相手を撃滅した上で、それでもまだ無理をすれば戦闘の続行が可能なレベルでのものだった。

 

 対し今回は、否応もなしに戦闘不能に追い込まれたのだ。

 オリが憶えている限りで、自分をここまで完璧に策にかけてきたのは……ミレニアム至高の頭脳でありオリのことをよく理解しているリオと、どこまでも物事を見通すかのような不思議な印象のあった連邦生徒会長くらいのものだった。

 

 

 

 どこで自分のことを知ったのか。

 連邦生徒会長の後ろ姿は何だったのか。

 今回の敵は一体何者なのか。

 ……そして何より、何故、『あの子』の声がしたのか。

 

 先程の『あの子』との会話でも判然としなかったことに、オリが首を傾げている内……。

 

「なんで、相談しなかったの」

「ん?」

 

 下から、声がかかる。

 

 オリがそれに応じ、視線を落とすと……。

 こちらを見上げることもなく、ホシノがくぐもった声を上げていた。

 

「……私も、先生たちも、連れていけば良かったでしょ。

 ソイツの正体を確かめた後、改めてケセドを倒せばいい。違う?」

 

 彼女の口調が、いつものものではなく、かつてのホシノのそれに近くなっている。

 その変化に思わず眉をひそめながら、オリは軽く後ろ頭を掻いた。

 

「うーん……その発想はなかったな。

 メインはあくまでケセドの討伐で、急がないとデカグラがどんな対策を取ってくるかわからなかったし……この作戦はミレニアムに住む私にとっても大事なこと。だから先生たちにはそっちに当たってほしかった。

 それにアレが何を意味するのかはわからなかった。もし危険であれば、みんなを行かせるわけにはいかなかったし……」

 

 

 

「なんで?」

「え?」

 

 思わぬところで疑問符を差しこまれ、オリは少しだけ目を見開き。

 

 キッ、と。

 不意に顔を上げ、こちらに目を合わせたホシノの……。

 そのオッドアイに宿る、少なからぬ怒りに、当惑する。

 

 何故自分に怒りが向いているのか。

 何かおかしいことを言ったかな、と本気で考えて。

 全く予期していなかった問いに、目を見開く。

 

「なんで……なんで、みんなを危険な目には合わせられないって思いながら、オリは一人でそんなところに突っ込んで行くの?」

「え、いや、なんでって……」

 

 ホシノの言葉に、何と答えようかと、オリはほんの僅かの時間考え込んで……。

 けれど結局、体に残った多少のダメージや、起きたてで本調子にならない意識がそうさせたのか。

 

 自分の本心からの言葉を……。

 

 今この段階では、決して言ってはならないはずの言葉を、ポロリと漏らす。

 

 

 

「私ならいいよ。()()()()()()だし」

 

 

 

「……は?」

“え?”

 

 オリの、決して聞き流せない言葉に、ホシノと先生は目を見開き。

 

 ……けれど。

 

「っ、てかさ! ホシノだって人のこと言えなくない?」

 

 それ以上を彼女に問い質すことはできないまま、何かを誤魔化すような口調のオリに、話題を流されてしまった。

 

「聞いたよ、今年の頭の件。独断専行して先生に迷惑かけたって。私の知らないとこで危ないことしてんじゃんか!」

「いや、それは……ていうか今、」

「まぁ、誰だってそういうところあるよね。自分が頑張って、皆を助けられたら―って。

 今回の私はそういうので失敗しちゃったってわけだ。うん、本当にごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げるオリに、これ以上を問い質すのは難しかった。

 話の流れもそうだったが……謝罪して話を締め切ったオリに、これ以上立ち入らせないという、心理的な拒絶を感じたから。

 

 

 

「いやはや、改めて申し訳ない。みんなはちゃんと仕事を成し遂げてくれたのに、皆を招集した私がこんなザマなんてね。

 締まらない感じになっちゃったけど、取り敢えず第二回デカグラマトン特殊作戦は一旦の成功ってことで。大穴は後日特異現象捜査部で調べることに……」

 

 先程の失言を気にしてか、手早く話を纏めようとするオリに、先生が口を挟む。

 

“その前に、オリ。体は大丈夫なの?”

“オリを襲った相手が、気絶したオリに何かした可能性もある”

“君が無事じゃないと、無事成功とはいかないよ”

 

 先生の言葉にオリは首を傾げ、「ん~? 特に不調は感じてないけど」と自身の体を探り……。

 

 

 

 

 

 

「…………やば、やられたかこれ」

 

 自身の左腕の肘、その内側。

 いつの間にか貼られていた小さなパッチの下に、どうやら注射痕らしい、小さな傷痕を見つけた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一時は錯乱したホシノとミカが彼女の体を締め上げられ、「ちょ、ギブギブ!! オウンゴールならぬオウン負傷は勘弁だって!!」とオリが悲鳴を上げる事態にもなったが……。

 

 ミレニアムに帰還後、ビッグシスターの監督下で精密検査を受けた結果。

 

 オリの体には……なんら、問題がないことがわかった。

 

 感覚器への過度の刺激や急激な感電も、ミレニアムに帰還した頃には痕跡すらも残らず完治していた。

 そして一団を混乱に陥れた注射痕から疑われたなんらかの毒物の注入も、どうやら確認できず。

 

 オリの体は現在、万全の状態と言って良かった。

 

 

 

 安心させるべく、先生やホシノ、ミカたちへこれを報告しながら、オリは首を傾げる。

 

「うーん。私に変なクスリでも打ち込んでたなら話もわかるんだけど。

 アイツら、何のために私を気絶させたんだろ? それに、何のために注射を……? もしくは注射じゃないとか?

 ……あの子と話せば何か思いつくかもだけど、今はちょっと気まずいしなぁ」

 

 先生たちがあの部屋に駆けつけた時には、オリを襲った連中は影も形もなく。

 オリに使ったらしい注射機すら、室内のどこにも残されてはいなかった。

 

 ケセドを打倒するという大目標は問題なく達成したものの、不明な敵に襲われ、何かをされて、その上で相手の正体に迫る情報の1つすら掴めず。

 

「どうにも気持ち悪いけど……ま、こういうこともあるか」

 

 締まりのない終わり方に、オリは思わずため息を吐いた。

 

 

 







 そんなわけで、デカグラマトン特殊作戦・ミレニアム廃墟編はこれにて終了。
 ケセドと戦うこともできず尻切れトンボに終わっちゃいましたが、オリちゃんが脳筋過ぎるのが悪い。

 果たしてオリを襲った襲撃者は誰だったのか? 何が目的だったのか?
 その辺りの答え合わせは、もう少し先の未来までお預けです。……現段階で考察できないでもないけど。襲撃者の武器とかから。

 次回からは、いよいよ機械仕掛けの花のパヴァーヌ2章。
 魔王として生まれた勇者と、勇者を殺して世界を救おうとする魔王と……そしてそこに、もう1人。
 調月姉妹のお話、ついに本番です。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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