調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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 これでプロローグは終わりです。





破滅の蕾

 

 

 

 ヴェリタス。

 

 これは個性豊かなミレニアムの部活動の中でも、相当にクセの強い部類に入る部だ。

 部とは言うが、実際にはミレニアム公認のものではない非公認サークル、その内実も(本人たち曰く)ホワイトハッカー集団という変わり種。

 主な活動内容はセキュリティの増築や調整など、システムエンジニアに類するものではあるが……。

 在籍する部員たちの倫理観は一部を除いて軒並み低く、個人的な欲求やその場の思い付きによってハッキングどころかクラッキングをしかける始末。

 

 同じく問題視されがちなエンジニア部が物理的な破壊を生むのなら、ヴェリタスは電子的な破壊を生む。

 この部の部員たちもまた、ミレニアムの問題児たちだ。

 

 勿論、そういったことを繰り返していれば、人から恨みを買うことも多いわけで。

 仮に部室が爆発したと聞いても、普段のオリならば「あー、マキちゃんたちもやらかしてんなぁ。チヒロ、可哀想に」と肩をすくめながら、せめて復興の手伝いをしようと電話でもかけていたのだろうが……。

 

 

 

 

 その日のオリの反応は、違った。

 

「っ、くそ!」

 

 想定外の反応に、僅かに目を見開くトキのことすら目に留めず、その場から駆け出す。

 

 その日に滞在していたのは、自治区北西部のセーフハウス。

 オリも学生であるが故に最低限の勉強は必要。面倒なそれを手早く済ます為に、BD教材を視聴していたところだった。

 

 そのセーフハウス自体は、自治区の中央付近にそびえるミレニアムサイエンススクールの校舎まで、比較的近い場所にあったが……。

 それでも、尋常な手段では、駆けつけるまで数十分とかかるだろう。

 

 故にオリは、道を走ったり、公共の交通手段に頼ることはなく……。

 転移の力を何度か行使してセーフハウスの屋上へとその身を移し、俊足を以て自治区上空を跳んだ。

 

 ミレニアム中を行き来する自動車よりもなお早く、それどころか銃弾もかくやという速度で中空を駆ける。

 キヴォトスでもおおよそ最速を誇る調月オリの脚を以てすれば、広大なミレニアム自治区と言えども庭のようなもの。

 彼女は余計な思考を放棄し、己の持ち得る全速力で校舎を目指し……。

 

 

 

 そう時も経たずして、その視覚がついに、地平線の彼方に校舎を捉える。

 

 そして……校舎の片隅。

 オリも通い慣れたヴェリタスの部室が、壁どころか天井まで、完全に崩壊している様を目にする。

 

 爆発事故、ではない。

 

 凄まじい速度で迫るオリの目は、既にその中心にいる少女……。

 

 天童アリス……ならざる存在。

 数体の傷付いた無名の守護者に、まるで守るように取り囲まれた……。

 その目を赤く染め、無感動にレールガンを構える、『名もなき神々の王女』を捉えた。

 

 

 

「──ッッ!!」

 

 やはり手遅れだった、と。

 オリは、割れんばかりに奥歯を嚙みしめる。

 

 彼女が知ることすらできない場所で……。

 天童アリスはAL-1Sに、「名もなき神々の王女」に、目覚めてしまった。

 

 

 

 何故、こうなってしまったのか。

 

 『あの子』曰く、彼女がそうなってしまうには、無名の守護者等の『Divi:Sion』に属するモノに接触する必要があるはず、とのことだった。

 それも、モモイの所有する携帯端末に入っている残存データではなく、本体……つまりは今や預言者ケセドとなったAIが持つデータを内蔵したモノと。

 

 オリとリオはそれを防ぐため、徹底的に対策を取った。

 ミレニアム自治区の殆ど全土に設置されたカメラによって、リアルタイムで監視を行い。

 地上に溢れ出て来る守護者たちを、片端から破壊し、部品レベルに分解して回った。

 

 おおよそ、その警戒網に守護者は引っかからなかった。

 ただ一機さえ、ミレニアムサイエンススクールに入ろうとする守護者など、カメラの中に映っていなかった。

 

 それなのになんで、と。

 ……そう考えた時、ようやく、彼女の中で一連の流れが繋がった。

 

 『あの子』に指摘された、昨日の停電と2年前の理不尽との類似点。

 そして停電によって発生した、監視カメラの機能不全。

 そこに空いた20秒程の間隙と……デカグラマトンという存在の、道理を無視する特殊性。

 

 どれがどのように機能したのかは、わからない。

 オリによる運命の転換を防ぐように、道理に合わない不条理が起こったのか。

 デカグラマトンが直々に、名もなき神々の王女を作り上げようと物理法則を無視したのか。

 

 とにかく、間違いないのは……。

 

 

 

 ……もはや、ハッピーエンドは望めなくなった、ということだ。

 

 

 

 名もなき神々の王女となった、天童アリス。

 

 彼女は当然のようにヴェリタスに、ゲーム開発部に、仲間に……ミレニアムの生徒に、手を上げた。

 

 その事実がある時点で、それをリオが観測した時点で、全ては終わったのだ。

 

 オリの妹は……ミレニアムの全ての生徒を守らんとするビッグシスターは、この自治区を害する存在を決して許容しない。

 これまでアリスの存在を黙認していたのは、ひとえに彼女がミレニアムの生徒たちに一切危害を及ぼさなかったからだ。

 

 本来は危険になり得る時点でそれを排除するべきリオは、けれどオリの懇願と自身の良心の叫びから、その決定を保留していた。

 保留し続けられればいいと望み、そのために秘密裏に動いてもいた。

 

 ……けれど。

 それはもう、叶わなくなった。

 

 たとえ事故のようなものだとしても、アリスが自らの意思でミレニアムの生徒に手を上げた。

 その事実を観測した時点で、この王国を守るべく存在するセミナーの頂点は、決定を下さざるを得なくなった。

 

 調月リオは、トロッコの行先を変えるレバーを引くことを、迷わない。

 ありとあらゆる手段で、それこそ彼女の持ち得る全ての力を使って、障害を排除しようとするだろう。

 

 決意を固めたリオに、もはやオリの言葉は届かない。

 いいや、オリが本気で説得しさえすれば、あるいはリオも話を聞いてくれたかもしれないが……。

 ……オリ自身、天童アリスという存在がミレニアムの危険となり得ることを、理解してしまっている。

 故に本気で、心から説得することが、できない。

 

 これを以て調月リオと天童アリスの対立は……そして、ビッグシスターとシャーレの対立は、もはや回避しようのないものとなってしまった。

 

 

 

 最悪の展開。

 最悪の状況。

 どうしようもない、バッドエンドへの急転直下。

 

 この状況にあってなお、オリがその思考を止めずにいられたのは、ひとえにこの最悪の状況を想定していたからだった。

 

 『あの子』の語った、アリスを守りながらのケセドとの決戦。全てを救える理想の展開。

 それが現実のものになると、オリにはどうにも思えなかった。

 2年前の失敗の記憶はオリの心に決して癒えない傷痕を残し、それはただでさえ高くなかったオリの自己肯定感を更に貶めた。

 オリにはもはや、自らの行動によって運命を最良の形に導けるとは思えない。

 

 だからこそ……まさかこんなにも早くにそうなるとは思えなかったが、天童アリスが「こう」なってしまう状況も想定していたのだ。

 

 

 

 そして、当然。

 その上で、自分がどのような行動を取るべきなのかも、考えていた。

 

 故にオリは、すぐに耳にインカムを装着し、向こうへと回線を繋げて……。

 

 妹に、ただ1つ、頼み事をした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 数時間前。

 

 その日の早朝、ヴェリタスの部室で徹夜していた部員の小鈎ハレは、ふと開けたPCパーツの保管庫の中に、いくつかの見覚えのない機械の存在を認めた。

 白を基本色とした球状の機械に、数本のケーブルが接続されているような見た目の……どうやら機能停止しているらしいジャンク品だ。

 球の大きさだけでも30センチ程度あり、少なくともハレは、こんな大きなパーツを仕入れた覚えはない。

 

 彼女はすぐに部長代理である各務チヒロに連絡を取り、その正体を検めようとしたが……。

 特異現象捜査部に転属したヒマリから部長代理を任されている彼女でさえ、それが何なのかはわからなかった。

 ただ1つ間違いないことは、システムの解析に長けた彼女たちをして正体がわからないくらいに、その機械が高度なセキュリティを具えていたことくらい。

 

 丁度その日はシャーレの先生がゲーム開発部を訪れる日だと聞いていたため、チヒロは先生に連絡を取り、この機械の正体を探るべく協力を要請。

 先生と共に、流れでゲーム開発部のメンバーも一緒に付いてきてしまったのだが……。

 

 ……それが運命の転機になるとは、その場にいる誰もが想像もしていなかった。

 

 

 

 一行が保管庫に戻っても、変わらず球状の残骸はそこに転がっていた。

 

 もしも、第二回デカグラマトン特殊作戦の際、ケセドの私兵として無名の守護者が使われていれば、先生はそれを警戒できていたかもしれない。

 けれど、あの時先生たちの前に立ち塞がったのは、ロボットやゴリアテなどの量産機械ばかりだった。

 故に、先生は無名の守護者について知ることなく、説明を求め……。

 

 先生がヴェリタスの部員たちから説明を受けている間に、物珍しそうに部室を見回していたゲーム開発部の一員、天童アリス。

 彼女の目が、ピタリと、今回の件の発端となった不明な機械に吸いつけられ。

 そして、不思議な確信が脳内を占める。

 

 自分はこれを知っている。

 廃墟で目覚めるまでの記憶を持たない彼女は、自分の過去についての手掛かりになると思ったのか、あるいは単純な好奇心からか、ふらふらと機械の方へと歩み寄り……。

 

 その、小さな白い手が、球状の機械に触れた。

 

 

 

 ……そして。

 

「……コードネーム『AL-1S』起動完了」

「プロトコルATRAHASISを実行します」

 

 不穏という種は、破綻として芽吹き。

 

 その破綻の芽は今、更に成長して……破滅の蕾を付けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ヴェリタス。ゲーム開発部。そして、シャーレの先生。

 

 その場にいた誰もが、何が起こったのか、理解できなかった。

 

 エンジニア部が天童アリスに貸与した武器、試製宇宙戦艦主砲改め、「光の剣:スーパーノヴァ」。

 基本重量140kg、瞬間反動は200kgを越えるそのレールガンは、個人の持つ兵装としては──かつてビナーの装甲すら貫いた、ビッグシスターの手に成る「兵装」を除けば、だが──ミレニアムでも随一の威力を持つ。

 それも、エンジニア部の面々の「オーバーチャージこそ浪漫!」という主張により、これは最大で本来の上限の200%分まで電力をチャージすることができ……当然と言うべきか、溜めれば溜める分だけ威力は上がっていく。

 

 そして、その時に放たれたのは、正真正銘200%。

 超新星爆発の名を冠する主砲の、最大火力。

 

 その一撃は、もしも直撃してしまえば、キヴォトスの生徒ですら戦闘不能は避けられないものであり……。

 更に、アリスがおかしくなると同時に起動した球状の機械……無名の守護者たちが射出した、いくつもの小型ミサイルによる爆発も併せれば。

 

 それこそ、部室棟を一瞬にして瓦礫の山に変えることなど、造作もないものだった。

 

 

 

 ……唐突な攻撃に晒された、ヴェリタス、ゲーム開発部の面々。

 彼女たちにとっての幸運は、全員が近くに固まっていたこと、そしてそこにシャーレの先生がいたことだろう。

 

“っ!”

 

 先生の意思を、その手に持つタブレットの中の相棒は、違わず理解した。

 

 瞬間、奇跡にも等しい現実の歪曲が行われ、双方の間に不可思議な障害が発生。

 レールガンから射出された弾丸、そしてミサイルが発した爆風と破片による被害、更には建物の瓦解による落下と埋没、その尽くから先生と生徒たちを守り抜いた。

 

 

 

“アリス……!”

 

 ほんの一瞬で崩れ去った部室棟と、平穏。

 砂煙が巻き上がる瓦礫の上で、先生は自らの生徒の名を呼んだ。

 

 つい先程まで、笑顔でゲームをしていた生徒。

 つい先日も、共に冒険に挑み、楽しく日々を過ごしていた生徒。

 

 彼女が自分たちに攻撃を行ったのは何かの間違いで、その名を呼びかければ謝罪と動転が返って来ると、そう信じるように。

 

 

 

 ……けれど。

 

「有機体の生存反応を確認」

「失敗を確認しました」

「プロトコルを再実行します」

「武装、リロード開始」

 

 先生の目の前にいるのは……もはや生徒ではなく、一個の敵だった。

 

 その表情は虚ろで、赤い瞳には何の表情も写らず。

 共に時間を過ごしてきたはずの仲間たちを、ただ淡々と殺そうとする……機械。

 

 その手に持つレールガンが、再びチャージを開始する。

 それを見て、先生は……今すべきことを、選択した。

 

“みんな、アリスをお願い!”

 

 

 

 ヴェリタスとゲーム開発部のメンバーが、先生の指揮の下、名もなき神々の王女との交戦を開始する。

 

 ……しかし、戦局の趨勢は、生徒達には傾かなかった。

 

 その要因は、大きく分けて3つ。

 

 まず1つが、彼女たちの中に、アリスへ銃を向けることへの躊躇があったこと。

 ゲーム開発部の面々は勿論、ヴェリタスのメンバーも、天童アリスと関わる機会は少なくなかった。

 天真爛漫で善性の彼女は、ミレニアムの大半の生徒から愛されるマスコットのような存在だ。だからこそ、そんな彼女と今の彼女のギャップに戸惑い、素直に銃口を向けられずにいる。

 

 そして次に、さかしまに名もなき神々の王女には一切の躊躇がないこと。

 天童アリスとしての意識は深く眠りに就き、今の彼女はこのキヴォトスを崩壊させることのみを企図して動く、心の芽生えない機械。

 故にこそ、それが直前まで仲良くしていた相手であろうと、何のためらいもなくレールガンを向ける。

 

 最後に……無名の守護者。

 名もなき神々の王女を取り巻き、攻撃から彼女を守り、あるいは生徒たちに攻撃する機械たち。

 生徒たちはまずはそちらを優先して攻撃するが……。

 ……倒しても、倒しても、どこかから同じような機械が現れる。

 ケセド戦の時のような、洪水のような兵力の供給ではない。

 けれど、着実に、ゆっくりと、減った数だけ敵が補充されるようだった。

 

 

 

“くっ、アリス……!”

 

 先生は、ゆっくりとこちらとの距離を詰めて来る名もなき神々の王女を前に、歯噛みする。

 

 これ以上彼女が暴走する前に、早くアリスを止めなくてはならないのに……。

 この状況、生徒たちの精神状態、残弾数、敵の強さ。

 それらを分析したシッテムの箱は、「現状の打開は困難」だと分析していた。

 

 迷い、指を懐に入れかけ、けれど相手がアリスであることを思い出して止め。

 必死に、今使える手札を頭に並べ、それらを組み合わせ、けれど打開の光明は見えてこず。

 

“(一体、どうすれば……!)”

 

 ついに、生徒たちの防備を潜り抜け、王女のレールガンの銃口が先生を捉えた……その時。

 

 

 

 

 

 

「アリスと言えど、それは許さないよ」

 

 

 

 

 

 

 名もなき神々の王女、その背後で、眩い閃光が瞬いた。

 

 レールガンを構えていたアリスは、唐突かつ過剰な刺激にその体を痙攣させ……直後脱力し、がくりと、地に膝を突く。

 

 先生は一拍遅れて、それが単純な光ではなく、派手な放電現象であることを悟り。

 同時、シッテムの箱は、王女の背後に1人の生徒が現れたことを告げた。

 

“オリ!”

 

 それは、先生とも関わりの深い生徒だ。

 

 

 

 ミレニアムの不条理、調月オリ。

 いつの間にか王女の背後を取っていた彼女は、赤熱し煙を上げるスタンバトンを軽く振りながら、倒れかけたアリスの体を片手で支えた。

 

「……うん、マックスまでブーストすれば、ひとまずショートはさせられるか。良かった、流石にもう1発は撃てないし」

 

 表情に感情を浮かべることなく独り言を呟きながら、アリスの体をその場に寝かせるオリ。

 そんな彼女に対し、残った4機の無名の守護者たちが、王女の身柄を奪還せんと襲いかかり……。

 

「死ね」

 

 刹那、煮え立つような苛立ちに満ちた言葉と共に、全てが真正面から叩き割られ、その場に部品をまき散らす。

 

 

 

“……オリ?”

 

 先生は、その声や立ち振る舞いから、彼女のただならぬ心情を察した。

 

 オリがここまで静かな激情を曝け出すのは、滅多にないことだった。

 それこそ……先生が見た限りでは、ヒマリが忠言として『あの子』……オリヒメのことを批判した時くらい。

 

 故に、先生は駆け寄ろうとした足を止めてしまい……。

 

 先生とオリの間には、数メートルの、とても長い距離が開く。

 

 

 

「すぅ……ふぅ」

 

 アリスを置いて、オリは立ち上がり……息を吸って、吐いた。

 まるで何か、心の準備をするように、深く。

 

 そうして、今日初めて、先生の方に向けられた目は……。

 

 静かで。

 

 冷たく。

 

 無感動で。

 

 ……まるで、赤の他人に向けられるようなもの。

 

 

 

「先生。天童アリスが行ったこと、それが示した彼女の正体。その沙汰は、追って下るよ。

 私たち姉妹の間で意見が固まるまでは、この子はあなたに預ける」

“オリ……その言い方は”

 

 淡々とした彼女の言葉には、明確な意図が含まれていた。

 

 即ち。

 今、目の前の少女は、「シャーレ部員」や「ミレニアム生」としてここにいるのではなく……。

 

 「ミレニアムを統べる双子の片割れ」として、ここにいるのだと。

 

 そして……彼女たちの、調月姉妹の決定した処断次第では、天童アリスはここにはいられなくなる、と。

 

 ……いいや。

 あるいは、それ以上のことを、彼女の濁った瞳は語っていた。

 

 

 

「まぁ、私はその子を『殺す』べきだと思うけどね」

 

 

 







 友情と勇気と光のロマン……。

 改め、『破滅しかけの花のパヴァーヌ』編、開幕です。
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