調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉妹のやべー方 Ⅱ

 

 

 

 ゲーム開発部、部室。

 普段なら電灯と部員たちの声が明るく盛り上げるそこに、けれど今は、少女の冷たい声が響く。

 

「AL-1S。名もなき神々の司祭たちが崇拝した人造の神秘。その名を取り返すための終末兵器。

 先生……あなたがソレを発見し、起動させて以来、私たちはその存在を危ぶんでいた。

 当然だよね、たった1つで世界を滅ぼし得る兵器なんて、核の何千倍って脅威だよ。

 皆を、ミレニアム守る責務を負った私たちは、それを適切に処理しなければならない。だから……」

 

 だから、退いてくれないかな、と。

 

 調月オリは、左手に持ったハンドガンを、揺らした。

 

 退かなければこれを使うことになると、そう主張するように。

 

 

 

 対して、銃弾1発が致命傷となり得る先生は……。

 

“…………”

 

 動かない。

 

 オリとアリスの間に立ち塞がるように、けれど過度に動くようなことはせず。

 オリの真意を測るようにじっと彼女を見やった。

 

 急激に変化する状況を前に、けれど先生には、1つ、確かな確信があった。

 故に、まずはそれを問うことにする。

 

“オリ。君は今、誰の為に動いているの?”

「っ、…………」

 

 ほんの一瞬。

 彼女の持つハンドガン、その引き金に添えられた指が震えたのを、先生は見逃さなかった。

 

 

 

 先生が抱いた確信。

 それは、「調月オリは理由なく他者を傷つけることはない」、というもの。

 

 戦いを好む気性を持つオリではあるが、同時に彼女は一定以上の常識と良心を持ち合わせ、なおかつそれを完全に無視し切ることはできない。

 無意味に人を害することはないし、できないはずだ。

 肉体的には勿論、精神的にも、彼女は人に危害を加えない。

 

 逆説的に言えば。

 オリがここまで誰かを……アリスの心を害する以上、そこには必ず理由がある。

 それも、自身を卑下しがちな彼女自体から発生したものではなく、きっと彼女の大切な誰かのための理由が。

 

 

 

 そう考える先生に対し、オリは肩をすくめ、呆れた声を出した。

 

「……言ったはずだよ、先生。私は、私たちは、ミレニアムの生徒を守る権利と責務がある。

 誰の為かと言えば、このミレニアムに、そしてキヴォトスに住む全ての『人』のためだ」

 

 違う。

 調月オリには、多くの人の幸せを心から願えるような強すぎる善性も異常性もない。

 

 先生から見て、彼女はどこまでも等身大な、至極普通の少女だ。

 身の回りの人々の幸せを願い、その為に動くことはあっても、名前も知らない誰かのために自身を犠牲にしてまで動くとは思い難い。

 

 けれど、先生はそれを言葉にはせず。

 心の奥底まで見通すかのような瞳で、オリの方をただ見つめる。

 

 先生は、決して生徒と敵対しない。

 たとえ生徒がどれだけ先生に危害を加えようとしても……穏やかに、その選択を見守り、あるいは支える。

 

 ただ、それだけだから。

 

 

 

 その優しい、けれど突き刺されるように感じる視線に対し、オリは……。

 ニコリとも笑わず、ただ、頷く。

 

「……退かないか。

 ま、先生なら、そうすると思ったよ。『あの子』からもそう聞いていたし、リオちゃんもそう分析した。そして何より、私がそう信じてた。皆を助けられる本当の英雄なら、そうするって」

 

 その言葉には、色々な感情が乗っているように感じた。

 憧憬と肯定、切望と否定……。

 

 

 

「……だからこそ、赦せないんだけどね」

 

 

 

 あるいは……憎悪と拒絶。

 

 彼女の言葉の中にあるのは、ただの憧れや好感ではない。

 

 いつも先生に向けられている、調月オリの想い。

 少女の社会性に蓋をされたその根底に、今までに見えることのなかった昏い感情があったことを……。

 その時、先生は、初めて知ることになった。

 

「そんな先生が、正しいはずの英雄が、皆を救えるはずの人が、あの連邦生徒会長が信じたはずの人が……この選択を否定するんだ。

 わかってるくせに。その子が……AL-1Sがどういう存在なのか、あなたはもう察してるはずなのにさ」

“…………”

 

 先生は、何も答えない。

 

 アリスを発見した時の状況、その場所、彼女の有り余る力、廃墟のロボットの行動、オリの言葉。

 それらを繋げて考えれば、天童アリスという少女が持って生まれたモノについて、ある程度の予測を付けることはできた。

 

 けれど……結局のところ、その情報が先生の行動を、選択を歪めることはない。

 やはりそうだったのかと納得し……だとしてもアリスはアリスだと、自らの生徒だと。そう確信するのみ。

 

 

 

 なおも動かない先生を見て。

 オリは、彼を……あるいは自身を嘲るように、小さく笑った。

 

「……ハ。そうだよね。『あの子』も言ってたよ、先生はいつだって同じ、正しい選択をするって。

 私なんかがいたって、先生のそれを曲げることなんてできないって、わかってた。わかってたけど……。

 ああ、ちょっとだけ悲しくはあるな。

 

 結局、先生は生徒の味方ではあっても……私の味方にはなってくれないんだって、そう思うとさ」

 

 オリの言葉に。

 先生は、胸を突かれたような痛みを覚えた。

 

 先生は、全ての生徒の先生だ。

 誰かにとっての特別になることはあっても、誰かを特別扱いすることはない。

 いいや、全ての生徒それぞれが、他に2つとない特別な存在ではあれど……。

 

 ……調月オリだけを救う、彼女だけの味方をする存在には、決して、なれない。

 

 

 

 その事実に、先生が言葉に詰まった、その時。

 

「先生、さっきオリ先輩が……!」

「……やっぱり」

 

 残されたゲーム開発部の2人が、部室に到着する。

 

 調月オリが……それも、見たことのない臨戦状態のオリが部室に向かうのを見て、走って来たのだろう。

 殊更に体力に優れるわけではない、むしろ虚弱と言っていいだろうミドリとユズの2人は、息を切らせていた。

 

 そして、それを見て。

 オリの表情からは、先程までに表情に浮かんでいた感情が瞬時に消え去り、再び無表情に回帰し。

 

 ぼそりと、その口から、言葉が紡がれる。

 

「……さて、役者は揃ったね。それじゃ、ここに来た本題に入ろうか」

“本題……?”

「そうだよ。私がここに来たのは……改めて、真実を突き付けるためだから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 調月オリは、大きく体勢を動かすことなく……警戒を解かないまま、ただその口のみを動かした。

 

「……改めて、自己紹介といこうか。

 私は調月オリ。ミレニアムの中枢たるセミナーを率いる、生徒会長(ビッグシスター)の姉。彼女と共に星を追い、千年王国を守護する剣。

 あるいは、こう呼んでもいいよ。『不条理の化身』とか……『調月姉妹のやべー方』とかね」

 

 普段の飄々とした物言いとは違う……ゲーム開発部の2人からすれば、どこかビッグシスターその人を思わせる、冷淡な口調。

 見た目も、装備も、喋り方も、立ち振る舞いも、雰囲気も、そして立場も。

 その全てが普段の彼女と異なり、だからこそその場にいる誰もが彼女を「調月オリ」だと、自分のよく知っていたはずの相手だと確信できない。

 

 けれど、確かに彼女は調月オリその人であり。

 ……今目の前に立っているのは、3人の知らない側面、3人の知らない彼女だった。

 

 

 

「本当なら、シャーレの先生、あなたには今回の件をきちんと説明すべきなんだろうけど……今はそういう手順を踏む時間がないんだ、申し訳ないけど」

“……それで、オリの言う『真実』っていうのは?”

 

 先生は、先を促す。

 

 本来であれば、アリスを傷つけるようなオリの発言は、止めるべきものだろう。

 けれど、もはやオリの言葉を止めることは不可能だ。

 力尽くで行えないというのもそうだが……何より、大人である先生は、彼女が語ることに理と利があることを感じてしまっているのだ。

 

 発言自体を止めることはできない。

 どちらにしろ、彼女はその「真実」を突き付けて来るだろう。

 

 であれば先生がすべきことは、その上でアリスを守ること。

 先生として、できることをせねばならない。

 

 

 

 ……と。

 そう、思っていたのだが。

 

「数日前、天童アリスが天童アリスでなくなり、暴走した一件。

 まさか先生、大人であり、皆を守り導く立場であるあなたが、あれを見て思わなかったわけじゃないよね。

 『今まで友人だと思っていた者は、けれどそんなモノじゃないのかもしれない』……って。

 そうだよね……『シャーレの先生』?」

「……っ」

 

 オリの言葉に震えたのは、アリスだった。

 

 友人だと思っていた者。けれど、そうでないモノ。

 もしも、アリスが「そう」だとしたら……もう、ゲーム開発部では、皆の友達ではいられない。

 

 一瞬、それを見てミドリが彼女に駆け寄りかけ……。

 

「アリス、ちゃん……」

 

 ……しかし、まだ、一歩目を踏み出すことができない。

 

 彼女とて、混乱の中にあるのだ。

 生まれた時からずっと一緒だった姉が、頼りないようでいつも自分を引っ張ってくれる姉が……誰よりも才羽ミドリを理解してくれた姉が、昏睡状態にある。

 そして、それを為したのは目の前にいるアリスであり。

 「友人ではなかったのかもしれない」と、そんな疑念を植え付けられれば、彼女は踏み出すことを躊躇してしまう。

 

 

 

“オリ……一体、何を”

 

 一方で先生は、困惑を見せていた。

 

 いつもとは異なる武装で現れ、真実を突き付けると言ってきた、オリ。

 彼女がそれを言うことによってどんな話に繋げるのか、何が言いたいのか、具体的な像が浮かばない。

 

 ……いいや。

 先生の思考には、1つ、明確なビジョンが浮かんでいた。

 

 けれど、それとオリが結びつかない。

 彼女がそんなことを言うわけがないと、長い時間をかけて先生の記憶に沁み込んだ調月オリのイメージが、その着想の邪魔をした。

 

 だからこそ、オリの会話を止められず、そのペースに乗せられてしまう。

 

 

 

「先生はわかってるだろうけど、後ろの2人は知らないだろうし、単刀直入に言おうか。

 ……先生の後ろに()()ソレは、少女の外見を備えたソレは、普通の生徒じゃないんだよ」

「それは……身分の偽装のことを言ってるのなら」

「違う。そんなどうでもいいことじゃないよ、ミドリ。

 ──あなたたちが『アリス』と名付けてこのミレニアムに招いたソレは、そもそも人じゃない。

 未知より侵略する『不可解な軍勢(D i v i : S i o n)』の指揮官であり、名もなき神を信仰するクズどもが崇め奉るオーパーツであり、古の民の遺した遺産……『名もなき神々の王女:AL-1S』なんだよ」

 

 

 

「やめてくださいっ!!」

 

 たまらず、ミドリは叫んだ。

 

 彼女は確かに、未だ混乱の中にある。

 姉を攻撃したアリスへの不信感、目を覚まさない姉への不安。それらは彼女の心に暗雲のように蠢いている。

 

 ……しかし、けれど。

 その上でなお、ミドリは、「友達」を貶す言葉を黙って聞いているような子供ではない。

 

「オリ先輩、どうしちゃったんですか!? 一方的に脳内の独自設定を話さないでください!

 確かにオリ先輩はお姉ちゃんみたいな人でしたけど……そんな面白くない設定をアリスに付けないで!」

「…………」

 

 一方で、彼女の隣にいるユズは、じっとオリの方へ目をやっていた。

 まるで何かを観察するように……声も上げず、バイザー越しにその目を覗いているかのように。

 

 

 

 責める視線と、窺う視線。

 それを受けて、けれどオリは少しの躊躇いも見せない。

 

「……まぁ、不快な話だよね。その気持ちはわかる。

 わかるけど……現実は時にフィクションを超える程残酷なんだよ、ミドリ」

 

 そう前置きして。

 

 きっと、この場を致命的に破局させ得る言葉を、吐き捨てる。

 

 

 

「もっと吞み込みやすいように、ゲームに例えて言おうか。

 名もなき神々の少女:AL-1S。いや、敢えて天童アリスと言おうか。

 あなたは、今はただ記憶を失っているだけで……本当は、世界を滅ぼす為に生まれた『魔王』なんだよ」

 

 

 

 その場の全員が、凍り付く。

 

 ゲームによって情緒と倫理観を育んだアリスにとって、その言葉は、最も忌避したものだった。

 言い訳のしようもない絶対悪、この世に存在すべきでない、皆に攻撃されて当然のモノ。

 自分がソレだと、薄々予感していた言葉を、ハッキリと告げられて。

 

 そんなアリスを、そしてオリを知るミドリからすれば、その言葉は、最も許せないものだった。

 彼女もオリとの付き合いは長い。定期的に様子を見に来たり、ユウカやセミナーの生徒に何かと口を利いてくれたり、ゲームに付き合ってくれる彼女に、先輩に向ける親しみを感じていた。

 けれど、だからこそ、そんなオリが友達を悪く言うことが許せなかった。

 

「また、どうして……どうしてそんなことを言うんですか!?

 怒ってるんですか!? 確かに、アリスちゃんはヴェリタスの部室を壊しちゃったかもしれません! お姉ちゃんも……っ、でも! アリスちゃんはそんなこと憶えてないって!!」

 

 

 

「……ああ、怒ってるよ」

 

「っ!?」

 

 舌戦を挑んだミドリが、ビクリと、怯えたように震えた。

 目の前の、調月オリから、未だかつてない程の威圧感を感じて。

 

 両の拳を血が出かねない程に握りしめて、音が聞こえて来るくらいに歯ぎしりをして……。

 調月オリは、その場の全員が初めて見る程に、激情を露わにしていた。

 

「怒らない、わけがないでしょ!?

 私にとってミレニアムは大切な場所。私たち姉妹が守るべき完全な王国。そこに住む全ての住人は、私たちのいとし子にも等しい者たち。

 互いに喧嘩したり仲直りするのなら、私たちは何も言わない。それは楽園に暮らす者たちの自由だから。

 ……でも、部外者が! それも生き物ですらない機械が!! あなたたちを傷つけたッ!! それに怒らないわけないでしょうがッッ!!!」

 

 彼女の憤怒は、激情は、叫びとなってその場にいる全員に叩き付けられた。

 

 それは、ミレニアムの生徒を傷つけたAL-1Sへの、そしてそれを防ぐことができなかった自身への怒りであり。

 どこまでも他者を思いやる、「正しい怒り」だ。

 

 故に、それを否定する術も、理屈も、感情も。

 先生もミドリも、どちらも持ち合わせず……。

 

 

 

 

 

 

「嘘、ですよね」

 

 

 

 

 

 

 だからこそ。

 それは、ゲーム開発部部長、ユズが覆す。

 

 

 

 

 カクリ、と。

 

 オリの首が、作り物のように曲がり、横に倒れ……。

 バイザー越しの視線が、先生から、ユズの方へと移された。

 

「嘘? 私が?」

「はい。オリ先輩、嘘吐いてますよね。実際は怒ってなんてない」

「…………へぇ、言ってくれるね」

 

 そこで、先生は気付く。

 直前まで発されていたオリの憤怒が、まるで嘘のように消えていることに。

 

 今のオリの、一切感情を覗かせないその様子は……。

 言葉にするのなら、「冷静沈着」そのものだった。

 

「なんで嘘吐いてるって思うの? カマかけかな?」

 

 半ば試すようなオリの言葉に、けれどユズは即答する。

 

「オリ先輩、嘘吐く時、肩に力が入ってちょっと上がるんです。自覚してないクセ、ですよね」

「…………」

 

 オリの肩が、僅かに落ちる。

 ほんの少し……確かに、ほんの少し、オリの肩にはいつもよりも力が入っていた。

 ただしそれは、本人すら自覚がないとわからないくらいの、小さな小さな差でしかなかったが。

 

 

 

「は、ハハハ……! いやはや、この展開は想定してなかったな。

 よく知ってたね、ユズ。こんな細かいクセなんて、他にはリオちゃんくらいしか知らないんじゃないかなぁ……やっぱりゲーマーとしての性で相手のクセとか見抜けたり?」

「……他の人なら、こうはいきませんでした。けど……オリ先輩のことは、よく見ていましたから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 花岡ユズにとって、調月オリは、この上ない恩人だった。

 

 

 

 今年の春、初めて自作のゲームを公開したユズは、大バッシングを食らった。

 クソゲー。やる価値なし。ダウンロードするだけ無駄。そんな心無い言葉を、数えきれない程に受け止めた。

 

 こんなに辛い思いをするのならゲーム製作などやめてしまおうか、と……。

 そう思った時、部室を訪れたのが、調月オリだった。

 

 彼女は半ば強引にゲーム開発部に入って来て、同じく無理やりユズ製作のゲームを遊び、数時間かけて最後までプレイして……。

 

 けらけらと、笑った。

 

『うん、クソゲーだわこれ! いやごめん流石にゲーマーとしてこれをクソゲーって言わないのは嘘!』

 

 その言葉に、再び、ユズの心は沈み。

 

 けれど……。

 

 

 

『でも、最高に笑える、良いクソゲーだった!』

 

 それに、その言葉に。

 

『意味わかんないよ、なんで終盤仲間がペットで連れてた犬のお腹からエクスカリバー生えてくるの!?

 流石にアレで笑わないのはナイナイ、控えめに言ってギャグセンス最高すぎ!』

 

『あとこれさ、改心と超改心と絶改心と破改心が重なるのバグでしょ! え、正常な仕様なの!? 攻撃倍率120倍だよ!? ラスボス即死したんだけど!?

 ……現実リスペクト? 本当にイイとこ入るとすんごい効くから? それは確かに! 脛とかね!』

 

『あーふんふんなるほど、技術的問題か。

 え、だったらさぁ、メタスキル用意すればいいんじゃない? 3ターン炎カット380%くらい付ければ耐えられるでしょ。私はそういうタイプのスキルそんな使わんけど』

 

 ……その、純心な反応に、救われたのだ。

 

 

 

 オリはそのゲームを、神ゲーとは言わなかった。

 最後の最後まで、クソゲーという評価を覆すことはなかった。

 

 けれど、つまらなそうな反応も、決してしなかった。

 とても楽しそうにけらけら笑い、ユズがおどおどと言い返せば納得できるところは納得して、ここが難しかったと主張すれば真面目な顔で考え込み。

 彼女はユズのゲームに、どこまでも真っ直ぐに向き合ってくれた。

 

 

 

 それで、ユズは気付けたのだ。

 

 ユズが本当に傷つけられたのは、自作をクソゲーだと言われたからではない。

 ……必死に作ったものが「価値がない」と断言され、誰もそれを楽しんでくれなかったこと。

 それにこそ、ユズの心は傷つけられていた。

 

 だから。

 クソゲーと罵ってくれても構わない。

 システムが破綻していると言ってもいい。

 

 ──誰か、私のゲームを、ちゃんと遊んでほしい。

 

 その心の奥底に仕舞い込んだ望みを、最初に叶えてくれた人こそが……。

 

『ね、ね、次回作の予定あるの? テストプレイしたいなーこれ、絶対アルファ版が一番面白いでしょ!』

 

 調月オリだった。

 

 

 

 それから、ユズはずっと、調月オリを見ていた。

 

 いつか、何かの形で恩返しができるように。

 今度はユズが、彼女が困っている時、助けられるように。

 

 ……それがまさか、このようなことになるなんて、思いもしなかったけれど。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 じっとオリを見やる……今の彼女にとって、最も警戒すべき相手かもしれないユズに、オリは笑みを漏らす。

 

「ふふ……いや、ちょっと舐めてたなぁ、ユズのこと。『あの子』が言ってたのってこういうことか。

 うん、それじゃ、あなたの目に免じて認めるよ。さっきのは嘘。私は別にAL-1Sに怒ってるわけじゃない」

 

 もはやオリの声に、欠片も怒りは残っていなかった。

 

 

 

 その様子を見て、先生は再び思い知る。

 自分が知っていたのは、調月オリの、ほんの一面でしかなかったのだと。

 

 天真爛漫なようで、どこか昏く陰鬱として。

 破天荒なようで、けれどすごく真面目で。

 

 そうして……。

 愚直で直球なようでいて、この上なく嘘が上手い。

 

 

 

 今しがた怒っていたのも演技で、ここにまで伝わって来た怒気も、全て、偽物。

 

 あるいは……今まで先生に見せていた、綺麗な笑顔も?

 

 浮かべていた感情も、向けてくれていた好意も?

 

 困惑も? 感謝も? 動揺も? 歓喜も? 憧憬も? 敵意も? 強さも? 方針も? 動機も?

 

 あるいは……あの、憎悪と拒絶さえ、偽物だったのだろうか。

 

 

 

 調月オリは、果たして、どこからどこまで嘘を吐いていたのか。

 

 彼女は、これまで自分に、彼女の本当の顔を見せてくれたことがあるのか。

 

 もはやそんなことすら、確かな確証を抱けない。

 

 

 

 ……そうして先生は。

 

 

 

「これはどうでもいい情報なんだけど……特別に教えてあげるね」

「私がAL-1Sを排除したがってるのにはね、本当は、そんな深い理由なんてないんだよ」

「ただ、ソレが気に入らないってだけ」

 

「知ってたでしょ? あるいは、最近は控えめだったから忘れちゃってたかな?」

「私は平然と嘘を吐くし、暴力も振るって好き勝手するし」

「一時の感情だけで行動を起こして、ミレニアムをめちゃくちゃにする……」

 

 

 

「調月姉妹のやべー方、なんだって」

 

 

 

 先生は、再び。

 調月オリを見失ったのだ。

 

 

 







 賢明な読者諸兄ならお察し頂けているかもしれませんが……。
 調月姉妹の内、妹こと調月リオは、いつでも正論を振りかざして来る正論モンスターで、だからこそ嘘とか隠し事がド下手クソ(偽装は上手い)。
 逆に姉こと調月オリは、いつでも感情で動く感情論お化けで、嘘とか隠し事がめちゃ上手いです。
 典型例が、彼女の浮かべる「綺麗な笑顔」。まるで仮面を貼り付けたかのような、極めて精密に「造られた」笑顔です。
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