調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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ミレニアムの勇者

 

 

 

「……さて、少し話が逸れたけど、本題に戻って。

 1つ、謝罪をさせてもらおうかな」

 

 ゲーム開発部の部室。

 その中心で、まるで舞台にでも立っているかのように、オリは両手を広げていた。

 

 ユズによってその激情が嘘であると暴かれたオリは、もはや直前までの張り詰めた雰囲気を放棄していた。

 普段の彼女に近く、けれどそれでも、いつものそれに比べればだいぶ固くなっていて……決定的に何かが欠けている、あるいは余分なものが付加されている。

 先生には、そんな様子に思えた。

 

「謝罪……?」

「さっき私はAL-1Sのことを怒ってないって言ったけど、それはそれ、これはこれ。

 私たち調月姉妹が、ミレニアムの守護という行うべきことを行えなかった……それは真実で、反省すべきことだからね。そこに関しては……うん。モモイを守れなくてごめん。

 ……まぁ、私がどれだけ警戒していたとしても、どうせ運命はそんな風に捻じ曲がってたんだろうけどさ。ハハ、ホントクソだよね運命ってヤツはさ!」

 

 オリはペコリと頭を下げた後、笑い飛ばすように、あるいは吐き捨てるようにそう言った。

 

 

 

 彼女の言動の、どこからが真実で、どこまでが偽りなのか。

 彼女の人物像を見失った先生や、完全に掴み切れていないミドリには、わからない。

 

 だが、どちらにしろ。それを問いただす暇はない。

 オリは余人が口を挟むより早く、続きを語っていく。

 

「……でも、まぁ、その結果わかったよ。

 やっぱりAL-1Sは、ミレニアムに要らないんだって。

 廃墟で発見されたその()()は、破滅を呼ぶ。ミレニアムどころじゃない、キヴォトス全体が、AL-1Sが存在するせいで終焉を迎える。

 このままその子を放置すれば、あの無人機……無名の守護者は、無尽蔵に廃墟から湧いてくるよ。

 今回は壊れかけの個体と接触するだけだったから私もすぐ制圧できたけど、次は何百何千っていう軍勢が押し寄せるだろうね。私だっていつでも駆けつけられるわけじゃないし、事態の収拾は難しくなる。

 次にAL-1Sが無名の守護者接触すれば……その被害は、今回の比にならないよ。きっと何十人って生徒がモモイみたいになるし……いいや、ヘイローだって危ないかもね」

“オリ!”

 

 先生は強く名前を呼んで、その言葉を止めさせようとするが……。

 いつも先生の言葉には素直に従ってくれたオリは、けれど今は、先生の方に目も向けない。

 

 

 

 バイザー越しにその視線が向いているのは、先生の後ろ。

 三角座りで、その顔を俯かせる、アリスだ。

 

「AL-1S。いいや、天童アリス。これから起きる悲劇を予防して、事件を解決する方法は1つだけ」

「事件を、解決する……?」

「そう。AL-1Sじゃない、天童アリスとして、あなたにはこの事件を解決する方法がある」

 

 オリの言葉によって、精神的に追い詰められていたアリスにとって、その言葉は垂らされた蜘蛛の糸。

 自然、彼女はオリの方へと顔を向けて……。

 

 

 

「あなたが消えればそれでいい」

 

「世界を滅ぼせる兵器なんて、存在自体が厄ネタだよ。この世界に存在しちゃいけないんだ、君は」

 

「だから……あなたのヘイローを破壊する。その命を、私が、奪うよ」

 

 

 

 ぷつり、と。

 手繰り寄せた糸は、断ち切られる。

 

 

 

 アリスは震え、顔を青くして俯いた。

 

「そ、……んな……。

 アリスは……アリスは、ただ、勇者に……。

 みんなと一緒に、ゲームを……クエストを、したかった……それだけなのに……」

 

 「アリスちゃん!」と、その名を呼んで駆け寄ろうとしたミドリを……けれど、オリがその手で制する。

 ミドリはオリに鋭い視線を向けたが、オリは彼女とも目を合わせることはなかった。

 

 ただ、アリスに対し、冷たい視線を投げかけて……。

 

 

 

「それは無理だよ。

 

 だって君は、仲間を傷つけて、世界を傷つける。

 

 皆から討伐されるべき、『魔王』なんだから」

 

 

 

 そう、決定的な言葉を、告げる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

“オリ、そこまでだよ”

 

 ……オリには、先生の声音が、切り替わるのがわかった。

 

 今までの、理知的で優し気な説き諭すものから……。

 生徒を守るために、困難へ立ち向かうものへ。

 

 敵、と。

 自分のことを、そうまで思ってくれているわけではないだろう。

 けれど、今は一時的に自分と敵対してでも、アリスを守らなければならないと、そう決断してくれた。

 

 オリは、先生のその選択が、嬉しくて、同時悲しかった。

 

 

 

 ……だが、そんな感情はおくびにも出さず、オリは挑発するように唇を歪める。

 

「そこまで……か。どうするつもりなの、シャーレの先生。

 わかってるでしょ? これはミレニアムの問題だよ。どんな大義名分で手を出すの?」

 

 悪意ある大人と頻繁に接する必要があった彼女は、よく理解している。

 大人が行動するには、大義名分が必要だ。その行動をしてもいいとされる社会的な承認を得なければ、それは他者から付け込まれる弱みとなってしまうからだ。

 

 それ抜きに行動を起こすのなら、それは関係者以外のすべての人に秘したものでなくてはならない。

 敵対関係にあるオリは当然、それを隠す意思などない。

 彼女がいる前でその発言をしたことは、先生のウィークポイントにも繋がるだろう。

 

 ……勿論、大義名分がなければ、なのだが。

 

 

 

 あるいは、彼女がそう言うだろうことすらも予測していたのか。

 先生は、冷静に言葉を返した。

 

“アリスはミレニアムの生徒であると同時、シャーレの部員でもある”

“彼女を害する行為を止めるのは、シャーレの顧問として当然の行為だよ”

「ソレが人間でなくても? 先生の生徒たちを傷つけるのに?」

“アリスがどんな存在であろうと、彼女は私の生徒だからね”

 

 だから、守るのだ、と。

 先生は静かに、その手に持つタブレット状の遺物……『シッテムの箱』を起動した。

 

 途端、画面から漏れだす、青色の粒子。

 あのデカグラマトンすら鎧袖一触に蹴散らすスーパーAI、『A.R.O.N.A.』が、そこにはいる。

 

“……オリ。今から、君を止めるよ”

 

 

 

 怖いな、と。

 オリは、久方ぶりの恐怖に、心が張り詰める感覚を覚える。

 

 先生という、自身が憧れた英雄。

 キヴォトスきってのスーパーAIであり、かつて嫉妬した相手でもある超人。

 

 その二者を──この世界で最も正しい、絶対に勝利する運命にある主人公を、同時に敵に回してしまった。

 そんな現実を前にして平然としていられる程、彼女の感性は死んではいない。

 

 

 

 ……けれど、それでも。

 

 

 

「そっか。それで?」

 

 

 

 それでも、オリは変わらず、煽り続ける。

 

 今日までの間に、自分がすべきことは考えて来た。

 夢の中の『あの子』は、結局この選択を肯定してはくれなかったけれど……それでも、これがオリのすべきことだと、やりたいことなのだと、そう伝えて。

 その為にどうすべきかを、一緒に考えてくれた。

 

 その結果、オリだけでなく、2人で出した結論だ。

 だからこそ、オリは今の自分を信じて行動を取ることができる。

 内心の情動を封殺して、先生の前に立ち塞がることができる。

 

 

 

 それに、現段階の状況を観察すれば、まだ有利なのはオリの方だ。

 

「確かに脅威だよね、ソレ。シッテムの箱、あるいは契約の匵って言うんだっけ?

 ……でも、ソレってさ、生徒たちを指揮する形じゃないと使えないよね? あとは精々自分の身を護ることくらいだっけ。

 それで……今この場には、コンビネーションを失った双子の片割れと、機転は利くけど体は弱い生徒、それから終末兵器くらいしかいないけど、どうやって私に勝つ気なのかな。

 まぁ兵器を兵器として運用すれば楽勝なんだろうけど……しないでしょ? 先生はさ」

 

 調月オリの異常な力を、先生はこの場の誰より理解している。

 これまでに何度も作戦を共にしてきたし……何より、シッテムの箱による分析力があるのだ。彼女の強さは数字として分析され、表示されている。

 

 それに対し、この場にいる戦力──天童アリスを「AL-1S」ではなく「天童アリス」として運用した場合のもの──は、決して豊富とは言えない。

 むしろ、不条理なまでの力を持つオリに対抗するには、あまりに非力と言っていい。

 

 更に言えば、オリが既に覚悟を決めてここにいるのに対し、現在アリスは自身を疑っており、まず戦いの場に立つことは不可能。

 ミドリやユズには混乱もあるだろうし、それが生む躊躇は致命的な隙足り得る。

 

 先生の指揮があったとしても、この戦力差を覆し、アリスを守ることは困難。

 シッテムの箱は、そう判断している。

 

 

 

 ではこの戦力差を埋めるにはどうすればいい?

 「大人のカード」を切るかと言えば、それはできない。

 それは大人による不正な介入に対する緊急時用のカウンターであり……間違っても、どのような状況においても、生徒に向けるものではないからだ。

 

 勿論、今から生徒を呼ぶのは遅きに失する。

 ただでさえオリはキヴォトス最上級の速度を持つ生徒。

 先生が誰かを呼ぶような動作を見せれば、オリはアリスを攫い、即座にここを離脱するだろう。

 

 つまるところ。

 この場には先生の戦力が、味方が、状況を覆し得る材料が、決定的に不足しており……。

 

 

 

「なら、そこにあたしがいればどうなるよ」

 

 

 

 もう1人の生徒が、そこに現れることによって、状況はひっくり返る。

 

 カチャ、という音は、果たして。

 まるで運命に導かれたように、最後のピースが埋まった際のものか。

 あるいは、オリに向けられたサブマシンガンの立てたものだったか。

 

 

 

「先生、久しぶりだな。……そこのバカぶん殴るってんなら、手ぇ貸してやるよ」

 

 

 

 いつしか部室の入り口の入り口に現れたのは、美甘ネル。

 

 ミレニアムの、最強。

 約束された勝利の象徴だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 オリは、ゆっくりと振り向き、そこにいるのが確かにネルであることを知って……。

 

「…………はー、そう。そうなるんだ。やっぱりそうなるわけね。結局私には何も変えられないと」

 

 底冷えのする声で、そう吐き捨てた。

 

 その言葉の意図は誰にも理解されず。

 パッと綺麗な笑顔を浮かべたオリによって、疑問は流されてしまう。

 

 

 

「ネルパイ、お久しぶり。元気そうで何よりだよ。

 でもさー、これ契約違反じゃない? 言われたはずだよね? あなたの飼い主に……今回は動かないように、ってさ」

 

 ミレニアムのエージェント部隊、Cleaning & Clearing。

 彼女たちはセミナー直属の傭兵部隊ということになっているが、より正確には、セミナーを統括する生徒会長の子飼いの部隊である。

 

 今回の件に関しては、飼い主たる調月リオから、一切の介入を禁じられていたはずだが……。

 

「はっ、あんな命令聞いてられっか!

 そこのチビは事件を起こしたことも覚えてねぇんだろ? どころかそこで震えて後悔してやがる。

 そんなヤツを誘拐して……挙句、命を奪うだぁ? 付き合ってられっかそんな筋書き!!」

 

 ネルは激したように喝破。

 そんな彼女を見て、オリは軽く肩をすくめた。

 

「……はぁ。裏切り、離反、もしくは反逆、飼い犬に手を噛まれるでもいいかな。

 そのやんちゃさはある意味、あなたの最大の長所でもあるけど……ちょっと度が過ぎるよ、ネルパイ」

「知るか、てめぇらが納得できねぇ任務なんざ寄越すのが悪いんだ」

 

 オリは呆れた様子で言葉を投げかけ、ネルはどこか自慢げに言葉を返す。

 それを見て、ユズが僅かにその眉を寄せ……。

 

 直後。

 

 

 

「ま、こうなることも想定済みだけど」

「何より、てめぇがそうしてスカしてんのがムカつくんだよ!!」

 

 

 

 ズガガガガッ! と。

 

 部室に、破壊の音が鳴り響く。

 

 

 

 それは、ネルが両手に持つサブマシンガンを、オリに向かって一切の容赦なく乱射した音であり……。

 

 同時、オリがネルに向けて、一発の銃弾を発した音もその中に紛れていた。

 

 直後、銃弾が自身に到達するより早く身を翻し、目で追う事の出来ない速度でネルの左方へ移動したオリ。

 彼女は左手に持つハンドガンのグリップで、ネルを殴りつけようとし……。

 しかし、その攻撃を読んでいたのか、二丁のサブマシンガンを繋ぐ鎖が輪になり、敵の得物を絡め取る。

 

 咄嗟にハンドガンを手放して、後ろに跳んだオリ。

 直前までその顔面があった空間を、小柄な最強が振り抜いた足が蹴り抜いた。

 

「ちっ、相変わらずうぜぇ速さだぜ……!」

 

 オリとネル単体で戦えば、互いに致命的な一撃を避けるため、戦局は硬直する。

 彼女たちの1対1での戦力は、殆ど拮抗していると言っていいだろう。

 

 しかし、そこに1つの要素が加われば、天秤はネルの側に大きく傾く。

 

「けどなぁ、いい加減決着付けさせてもらうぜ! 先生、指揮よこせ!」

 

 先生の、シッテムの箱による演算。

 相手がどこにどう攻撃するかの予知演算、俯瞰的に戦場を見ての誘導、行動や攻撃タイミングの指示。

 

 ネルはこれまでの作戦で何度かその指揮を体験し、効果を実感していた。

 その上で、確信していたのだ。

 オリが不明な装備を着けていようと、先生の指揮さえあれば自分は負けることはない、と。

 

 ……そして、それはオリからしても概ね同意できる話であり。

 だからこそ、長々と戦うつもりはなかった。

 

「あーあ、ネルパイとはヤりたくなかったんだけどなー。私相性悪いし、先生バフあったら勝てないし……。

 

 ……だから、それが入る前に潰すね」

 

 そもそも。

 調月オリの本領は、不意打ちでこそ発揮されるのだ。

 

 

 

“っ、ネル、駄目だ、逃げて!”

 

 シッテムの箱の演算結果を見て、咄嗟に先生が声を上げるが……。

 

 ……先生がその言葉を言い終わるよりも、事が起き、そして終わる方が早かった。

 

 その瞬間、先生の見ていた画面、略式で記された戦場を示す図において、起こったことを羅列すれば。

 

 ネルが銃口を向けた先にいたオリが、消え去り。

 同時、画面上でネルを示すマーカーの近辺、向かって前方、右方上部、左方下部に、殆ど同時に攻撃が来るアラートが表示され。

 先生の言葉を受け、咄嗟に後方へ身を翻そうとしたネルの退路を断つように……直後、ネルの後方にもアラートが表示されて。

 

 その最後の一発が、ネルに、直撃してしまった。

 

 

 

 火花と轟音が、その場に散らばる。

 

「な、クソ、があっ……!?」

 

 オリがほぼ同時に振り抜いた、4つの軌跡。

 その手に持つスタンバトンが過度に放出した電力は、強かに打ち付けられた背中を通してネルの全身を焼く。

 

 ただ1発の攻撃。

 キヴォトスの民であれば、最上級の神秘を持つネルであれば、ものともしないはずの一撃。

 

 けれど、オリの攻撃の本体は、ダメージではなく状態異常(C C)

 絶縁体や耐電効果のある装備で対策でもしていなければ、どれだけ強力な神秘を持つ生徒であろうと、強制的にダウンさせる反則的な攻撃だった。

 

 故に……オリが得物を振り抜いた勢いそのまま、対面の壁に叩き付けられたネルは、抵抗するどころか受け身を取ることすらも叶わず。

 どさりと、無抵抗なままに地に伏せることとなった。

 

 

 

「秘剣、燕返し……だったかな。

 一応追撃を入れ込んどいてよかったよ、まさか初見で対応されるとは思わなかったけどさ」

 

 対するオリは、得物を振り抜いた姿勢からゆっくりと体勢を整えながら、スタンバトンの電源を落とす。

 

 ……実際のところ。

 調月オリは、真っ当に戦えば、美甘ネルに勝てない。

 本人が自覚する通り、ひとえに相性が悪いからだ。

 

 オリのファイトスタイルは近接戦、主に拳を用いての戦い。

 銃弾に込める攻勢の神秘の質が異常な程に低いオリは、銃撃戦によるダメージを放棄し、スタンとノックバックによるダメージの蓄積を企図している。

 

 だが、ネルは相手が近づけば近づく程に、その直感の鋭さを増す特性を持っている。

 直接拳を振るうような超至近距離になれば、ありとあらゆる攻撃が先読みされ、対処されてしまうだろう。

 オリにとって最大の武器である近接攻撃は、ネル相手には封じられていると言っていい。

 

 更にそこに先生の指揮が重なれば、もはやオリのファイトスタイルではネルの打倒は不可能。

 故に、オリは先生が声を発する前に、ネルに指示が行き届く前に、不意打ちで勝負を付けるしかなかった。

 

 その上で、オリが選んだのが、瞬間転移を可能とするオリの特殊技能(EXスキル)を利用した、「攻撃の瞬間に連続して移動する」ことによる、前方右方左方の同時攻撃。

 更に、敢えて唯一空けた退路である後方に重ねた、追撃。

 

 ネルは先生の警告もあり、先の3つには綺麗に対処したが……。

 ……そこで勢いよく回避したからこそ、続く1つの回避を、物理的に不可能にしてしまった。

 

 そうして、オリはネルに一撃を叩き込み。

 そのたったの一手で、戦闘は終わってしまったのだ。

 

 

 

 オリは、ふぅと、安堵のため息1つ。

 捻じ曲がったラック、落下し散乱した資料の転がる壁際。

 取り落としてしまった愛銃を震える指で握ろうとするネルに歩み寄り……。

 

「がっ、ぅ……!」

 

 その体を、強かに踏みしめる。

 

「……あなたたちには、何も見せない。何も教えない。情報アドバンテージは、一切合切握らせない」

 

 独り言のように、そう呟き。

 続いて、先生たちの方に……先生の後方にいるアリスに、言葉を投げかけた。

 

「これでまた戦力はこちらに傾いたね。もう力尽くで私を止めることは不可能だよ。

 そして、私は目標を達成するためなら……そこのAL-1Sを連れて行くためなら、何でもするよ。

 ここからネルパイを攻撃し続けてもいいし、ミドリやユズを攻撃してもいい。

 ……そうでもしないと、今度は本当に、ミレニアム全土が焦土になりかねないからね。それだけは……うん、それだけは絶対に許されないからさ」

 

 静かな、けれど本当にそうしかねないと思える、決意の籠った言葉。

 ネルは悔し気に彼女を見上げ、先生はそんなオリの態度にどことなく違和感を抱き、ミドリは恐怖と混乱から動くことができず、ユズはあくまでもオリのことを見続けて……。

 

 

 

 ……そんな膠着した状況を動かしたのは、天童アリス、その人だった。

 

「…………わかり、ました」

“アリス……?”

 

 先生が振り返った、その先で。

 アリスは、明らかに無理に笑みを浮かべた。

 

「オリは……悪い人じゃ、ないはずです。仲間だったんです、アリスはそれをよく知ってます。

 だから、今、オリは、すごく無理をして『悪者』をしていて……それは、全部、アリスのせいなんですね」

「…………」

 

 オリは、アリスの言葉に、何も答えない。

 ただ無言で、その先を促す。

 

 

 

「アリスが、『魔王』だから」

「そうだね」

 

 肯定。

 アリスがAL-1Sとして生まれついたことは確かな事実であり、誰にも否定できない。

 

「みんなを傷つける、かもしれないから」

「そうだね」

 

 肯定。

 アリスがここにいる限り、最悪の結末に至る可能性は発生する。

 

「……アリスは、ゲーム開発部の……モモイたちの、仲間では、ないから」

「いや、そうは思わない」

 

 ……否定。

 

 

 

 唐突に挟まれた否定、あるいは自分に対する肯定。

 それに顔を上げたアリスと向き合い……。

 

 オリは、その頭部に装着していたバイザーを、額にまで引き上げた。

 

 ようやく覗けるようになったのは、彼女の妹とは対極の、感情的な青い瞳。

 同じ色のアリスの瞳を見つめながら、オリは口を開く。

 

「……これは調月姉妹の総意じゃなく、私個人の考えだけど。あなたは今、ゲーム開発部の仲間だと思う。

 モモイはあの性格だもの、たとえ攻撃されたって次に目覚めた時にはすっかり忘れてるし簡単に許してくれるだろうね。

 ミドリとユズは、当然のように君のことを受け入れてくれるに違いない。

 そして君自身、モモイを傷つけたことを悔やみ、恐れてるんだ。

 ああ、認めるよ、君たちは確かに仲間で、アリスは確かにミレニアム生。守られるべき生徒だ」

 

 淡々と、しかし確かな実感と感情を込めて。

 オリは、これまでの意見を覆すかのような言葉を並べる。

 

 しかし、直後、オリの言葉は凍り付いた。

 

「……けど、あなたが『そう』あれるのは、次にあの守護者に触れる、その時までだ」

 

 

 

 彼女がアリスに向けた視線に込められていたのは……憐憫。

 

 じっとその言葉を聞いている先生からしても、もはやそれが彼女の本当の感情なのか、それとも造られた仮面に過ぎないのか、判別は付かなかった。

 

 時にアリスはAL-1Sであり、「殺す」べき相手だと言い。

 時にアリスはアリスであり、守られるべきであると言う。

 

 それだけではない。

 どこまでも真面目に、ミレニアムを守護する者としての決意を覗かせたり。

 かと思いきや、いつもの彼女らしい、気ままで明るい様子を見せたり。

 アリスが気に入らないから排除すると言い出したり。

 今度はアリスはアリスで、ミレニアムの生徒……つまりは自分が守護すべき存在と語る。

 

 今日の彼女は、その意見とスタンスを酷く揺らしている。

 どの意見が彼女の本心なのか、この行動を取っている動機なのか……あるいは、今まで言ってきたものすら全て、本音を隠すための嘘なのか。

 

 その答えを……決して短くない時間付き合ってきたはずの先生は、持ち合わせていなかった。

 

 

 

 複数の、そして複雑な視線を感じながら。

 オリは冷たく、現実を宣告する。

 

「何千何万なんて軍勢が押し寄せれば、如何に私たちでも完全に防衛することは困難。あなたと守護者との接触は、必ず起こるよ。そしてその時が、『天童アリス』の最期だ。

 あなたが再びAL-1Sに戻れば、きっと次はもう戻れない。今度こそ破壊の限りを尽くし、キヴォトスを滅ぼすオーパーツとして、君は淡々と……君の愛した生徒たちを、ミレニアムを破壊しつくすだろうね」

 

 それが魔王として生まれたアリスの宿命。

 もはやそれは避けようもないものなんだと。

 

 

 

 ……そして、同時。

 

 そんな悲しすぎるだけのバッドエンドを避ける方法も、存在している。

 ただし……多くの生徒たち、アリスの仲間たちにとって、それは受け入れがたい道だろうけれど。

 

「その道を拒む方法は、ただ1つだ。

 今あなたが、自分の意志で世界から消える道を選べば、君は天童アリスとして終われる。

 誰かを害することのない、強く優しい……ミレニアム生であり、ゲーム開発部の一員であり、勇者であるあなたとして終われるんだ。

 私はその道こそ勇者、つまりは勇気ある善なる者としての決断だと思うよ」

 

 

 

 オリの言葉に、アリスは目を見開く。

 

 迷い、戸惑い、混乱し、その目には確かに涙が浮かび……。

 

 ……けれど。

 

 目元をその手で拭い、寂し気な、けれどどこか覚悟を決めたような笑顔を浮かべた。

 

「…………ありがとう、ございます、オリ。

 理解、しました。アリスが選ぶべき……魔王として生まれた私が、行くべき道を」

“待って、アリス”

“オリの言葉を全て鵜呑みにしないでいい、一度話し合おう”

 

 アリスの不穏な言葉に、先生は咄嗟に止めようとするが……。

 

 彼女は、ただ笑って……拭い切れない涙を流しながら笑って、お別れの言葉を告げた。

 

「先生、ミドリ、ユズ、それに、ここにはいませんが、モモイも。

 みんな、アリスと一緒に冒険してくれて、ありがとうございました。

 アリスはこれまで、本当に、本当に幸せで……。

 だから、最期まで、アリスはゲーム開発部で居続けたいと思います。みんなの仲間でありたいと、そう、心から思えたんです」

 

 

 

 ……アリスは震える足で立ち上がり、オリに歩み寄る。

 

 再びバイザーを装着したオリは、アリスの目を閉じさせた後、何かを服用させて……。

 カクンと力が抜け、意識を失った小さな勇者の体を、丁重に抱えた。

 

 ミドリも、ユズも、アリスの決意の込められた言葉を前に、動くことができず。

 先生は、如何なるものだとしても、生徒の決断を歪めることはできず。

 ネルは未だ痺れが取れず、倒れ伏したまま……。

 

 

 

「じゃあ……またね、みんな」

 

 そう言い残した、オリの背中を最後に。

 

 2人は、どこかへと去っていった。

 

 

 







(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。
 今回めちゃ正確な誤字指摘をいただき、己の至らなさと共に読者様のご慧眼に舌を巻きました。本当にすごい……。
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