ミレニアムサイエンススクール、校舎。
オリがアリスを連れ去って、おおよそ1時間。
状況を整理しようとしている先生たちの元へと、1人の生徒が現れた。
「才羽モモイーっ、降臨!」
そう。
才羽モモイ。暴走したアリスが昏倒させてしまった少女が、起き出してきたのだ。
妹であるミドリは歓喜の余り涙を流し、部長のユズは安堵に胸を撫で下ろして……。
しかし同時、その場にいた皆が思わざるを得なかった。
あと数刻、彼女が起きるのが早ければ……アリスは、早まった決断を下さなかったかもしれない、と。
勿論、モモイが悪いわけではない。
無事に目を覚ましたモモイに胸を撫で下ろすべきでこそあれ、それを責めることなどあってはならない。
だから、憎むとするのなら。
この残酷な運命、あるいはそれを導いた神様……。
もしくは、それを為した調月オリ、なのだろう。
モモイが復帰し、けれどアリスがいなくなった、3人のゲーム開発部のメンバー。
彼女たちは、駆けつけてくれたC&Cやエンジニア部、ヴェリタスに、通信越しでコンタクトを取ってくれたセミナーの生徒たちと情報を共有しつつ、これからのことを話し合う。
オリ曰く。
天童アリスの真の名はAL-1S、あるいは「名もなき神々の王女」。
キヴォトスを滅ぼす破壊兵器、誰かを害する「魔王」である、とのことだった。
その全てが真実であるとは限らないが……。
実際アリスはあのドローン、無名の守護者と接触して、暴走。
おかしくなってしまったのかと思われたアレは、むしろ正常化……本来の役割を思い出した、と解釈することもできる。
そしてそんな自分を自覚して、アリスは自身の意志でゲーム開発部を去った。
アリスたちのことを想うミレニアムの生徒たちは、勿論もう一度アリスに会うことを望んでいるが……きっと、アリス自身が、その選択を拒絶する。
果たして彼女を追い、探そうとすることが正しいのかと、一行は頭を悩ませ……。
「何言ってんのみんな! 正直、アリスが『魔王』だろうがなんだろうが、そんな事どうでもいいのじゃん!
アリスが最後に言ったのって、別れの言葉でもなんでもなかったんでしょ!? そんなのでアリスとお別れなんて私は絶対に嫌!
だから、私はアリスを連れ戻したい。連れ戻しにいくよ! みんなはそうしたくないの!?」
モモイが叫んだのは、極めて原始的で単純なパッション。
けれど……それに感化されたように、俯いて何かを考えていたネルは顔を上げて笑い、その選択を肯定した。
それを受けてゲーム開発部の残った2人も、エンジニア部も、ヴェリタスもセミナーも気炎を上げる。
オリの言葉で絶望が蔓延したように、今度はモモイの言葉から希望が広がり。
全会一致で、天童アリスの救出作戦が決定した。
この作戦の協力者は、アリスと縁のあるミレニアムの生徒たち。
ゲーム開発部の才羽モモイに才羽ミドリの才羽姉妹、そして部長たる花岡ユズ。
アリスと個人的に交友を深めていた美甘ネルを筆頭とする、C&C。
度々ゲーム開発部と協力関係を築いていた、エンジニア部。
今回の件の発端となってしまった、だからこそ協力を固く誓う、ヴェリタス。
そして……。
『アリスを……生徒を誘拐して、ヘイローを破壊する!? 何を考えているの、いくら破天荒なオリでもやっていい事と悪い事があるでしょ!?
しかも、タイミング的に会長がいなくなったのもその為よね? 何を考えてるのあの姉妹!?
先生、今回の件はセミナーも協力させていただきます! いい加減、2人には反省してもらわないといけませんから!!』
突如として生徒会長たるリオがいなくなったことで慌ただしくしており、実際に戦場に出ることはできないものの、セミナーも通信越しに協力してくれることになった。
調月姉妹が常に協力体制にあることは周知の事実。
オリと敵対するということは、即ちリオと敵対するということだ。
本来ならばそれは、直接の上司である生徒会長に歯向かう、反乱にも近しい越権行為ではあったが……。
セミナー会計であり、実質的にこの生徒会のナンバー2に近いポジションであるユウカは、アリスをかなり可愛がっていたし……。
なんだかんだと親しくしていた先輩の蛮行を黙って見逃す程、薄情でもなかった。
そして、セミナーの協力者がもう1人。
ユウカと共に会議に参加していたセミナー書記、生塩ノアが、一行に新たな光明をもたらす。
『……オリさんと会長の行方、ですか。
そういえば、1つ気になっていたことがあります。非常に巧妙な隠蔽が行われていましたが、セミナーの予算の一部が不透明などこかへと流れていたようなんです。
誰にもバレることなくそんなことができるのは、セミナーでもコユキちゃんと……ええ、リオ会長だけ。
資金の流れた先、消去されたデータにあった名前は……「要塞都市エリドゥ」。
もしかしたらお二人は、アリスちゃんをここに運び込んだのかもしれません』
* * *
ゲーム開発部、C&C、エンジニア部、そして先生は、連合チーム……通称「アリス奪還チーム」を結成。
一方で、セミナーは生徒会長不在による混乱を押し留めることで忙しく、またリオに動きを悟られる可能性もあるので、いざという時にまで戦力温存。
残るヴェリタスは、遠方から通信によるサポートを行う形となった。
そうして……作戦会議から、数時間後。
現地で作戦を行う奪還チームは、校舎のあるミレニアムのセントラルブロックから、数十キロメートル離れた場所にある、目的地点……。
調月姉妹のセーフルームの1つ、要塞都市エリドゥへの侵入に成功した。
要塞都市エリドゥは、正しく「要塞」都市だ。
正面から堂々と入ろうとすれば、ものの数秒で蜂の巣にされて終わり。
故に、どうにかして安全なルートから内部に侵入するする必要があったが……。
「人材はドローンを使えばなんとかなっても、都市建築のための資材は外部から運び込むしかない」
「だから資材輸送のための無人列車、その路線のどれかはエリドゥに続いているはずだ」
「あとはそれに乗り込んで忍び込めばいいというわけさ」
エンジニア部部長ウタハの提案により、一行は資材の搬入路からこの都市へと忍び込んだ。
……とは言っても。
勿論、ミレニアムが誇る至高の頭脳が1つが、このような安直な打開策を予測できないわけもない。
もしもここにもう1つの頭脳たる天才ハッカーがいれば、リオがそこまで読むことを読んで、あるいはこれ以外の策を用意したかもしれないが……。
明星ヒマリは現在エリドゥ中央タワーに軟禁されているため、行方不明。
先生やゲーム開発部に協力することは、できない。
結果として彼女たちの姿は、無人のステルスドローンによる空撮で、エリドゥに至る10分以上前から観測されてしまっていた。
……仮に撮影が為されなくとも、問題にはならなかっただろうが。
なにせ、誰が、いつ、どのような手段で、どこから侵入してくるのか。
その全てが、調月リオの読み通りだったのだから。
「オリ。来客よ」
『……来たか。それじゃ、手筈通りに』
中央タワーに響く、双子の姉妹の声。
あるいはそれが、この戦いの開戦の狼煙だったのかもしれない。
* * *
アリス奪還チームは、ここまでの足に使った無人列車から降りた瞬間、ロボット──調月リオが造り上げたドローン群、「AMAS」によって襲われた。
本来ならば、何百体ものAMASが押し寄せてもおかしくないような場面と思われたが……。
ヴェリタスが周辺の監視カメラと通信網のハッキングと改ざんを行っていたため、敵の数自体はそう多くない。
独立したAIで動くそれらの内、一行を発見したごく少数の機体が襲い掛かって来ただけだ。
先生の指揮する一団が負けるわけもなく、いくらかのスクラップを生み出して、生徒たちはこれを切り抜けた。
地下に敷設されていた、無人列車の終着点。
そこから地上に上がるにあたって、チームは2つの組に分かれた。
この分離の理由は、数刻前、無人列車での会話の中で、C&Cのアスナが言い出したことに起因する。
『なーんか今回、嫌な感じがするんだよね。あ、オリとか会長が怖いんじゃなくて。いやオリは怖いんだけどさ』
『オリと会長だけを警戒してて……本当にそれだけでオッケーなのかな? 私たち、なーんか見落としたりしてない?』
……一之瀬アスナという生徒は、野生の勘のような、凄まじく鋭い直感を持っている。
同じチームであるC&Cは勿論、しばらく前に痛い目を見せられたゲーム開発部も、個人的な交友関係を持つ先生も、度々厄介事を引き起こして厄介になっているエンジニア部も。
この場にいる全ての人間がそれを知っていて、だからこそより多くの情報を集めるために力押しはせず、慎重に事を進めようという話になった。
アリス奪還チームには、かなり極端な戦力差がある。
アリスが欠けており、なおかつそこまで強い神秘を持っていないゲーム開発部。
開発力こそが本領であり、戦闘に於いてもドローンや兵装がメインとなるエンジニア部。
この二者に比べて、ミレニアムのトップエージェントたるC&Cは、強大な戦闘力を有している。
ズバ抜けた直感的戦闘センスを持っているネルも。
前述通り鋭すぎる直感を持ち、戦場を混沌とさせるアスナも。
極めて精密な狙撃技術と、冷静な思考を持つカリンも。
策謀に優れ、破壊工作はお手の物であるアカネも。
彼女たちが1人いれば、それだけでゲーム開発部やエンジニア部を、余裕を持って制圧できる程の実力者。
だからこそ、C&Cには先生の補佐を入れず、暴れ回って陽動をしてもらう。
一方で、いざ襲われた時に対抗できるよう先生を伴い、残ったメンバーはこっそりと潜入する。
……これが、先生を中心に、皆で話し合って決めた結論だった。
元よりC&Cは、ミレニアムの生徒会長による繊細な手腕が向かない事件、つまりは破壊活動によって解決すべき案件に対応するために生まれた部活。
現在所属している生徒たちも、防衛よりは攻勢を得意とする者が多い。
個性を活かした、適材適所の配置だと言えただろう。
……が、しかし。
そんな策すらも読まれ、あるいはそんな話すらも聞かれてしまっていれば、そもそも作戦を立てることに意味など生まれないし。
いくらC&Cが強いとは言えど……。
C&Cのメンバーが、エリドゥの表通りで襲い来るAMASを千切っては投げしている中。
「……あっこれまずい、散開!」
唐突に叫んだのは、リーダーのネルではなく、アスナだった。
勿論、アスナの言葉に強制権はない。
リーダーでない彼女がチームに指示を出すことに正当性はなく、むしろ越権行為に当たる。
けれど。
その言葉の理由や根拠など聞くこともなく、アスナの咄嗟の判断を受け入れ、反射的に従えるくらいには、C&Cの結束は固い。
前線を押し上げていたネル、アカネ、アスナは、瞬間的に三方に飛び出し……。
……瞬間、直前まで彼女たちがいた場所に、ロケット弾が着弾する。
爆風と破片、割れたアスファルトによって跳ね飛ばされた3人は、けれどその強力な神秘によって守護され、そこまで深い手傷を負うことはなく……。
それでも、この先制攻撃は確かに、C&Cに付いたディスアドバンテージとなった。
「歓迎の挨拶です。喜んでいただけましたでしょうか、先輩方」
メイドたちは、高所から降り注いだ言葉に、視線と銃口を上げる。
彼女たちが戦っていた地上から、おおよそ30メートル上空。
ビル群の内の1つ、その屋上に、いつの間にか1人の少女が立っている。
C&Cの生徒たちが身に纏う特徴的なものとは違う、黒を基調としたクラシカルなメイド服。
それを身に纏うのは、ネルたちは見た事のない生徒だ。
後ろで結った金髪に、怜悧な光を纏う切れ長な青の瞳。
左手には純白のアタッシュケースを持ち、背には愛銃たるアサルトライフルを提げている。
そして……彼女の足元、ビルの屋上の端には、使い捨ての対戦車用ロケットランチャーが転がっていた。
「アイツは……?」
「まさか、ビッグシスター直属の……!」
ネルがその目を眇め、アカネが推論を語るのと同時。
金髪のメイドは、メイドたちを見下ろし、口を開いた。
「改めて、お待ちしておりました、先輩方。
C&C所属、コールサイン『
彼女たちの知らないシークレットナンバー、コールサイン04。
調月リオに「雇われる」のではなく「仕える」、ただ一人の従者。
彼女は、その冷ややかで美しい美貌を少しも崩すことなく……。
「僭越ながら申し上げます。
リオ様とオリ様は、全てを把握されておいでです。皆様が到着したことも、C&Cの判断も、動きも……勿論、あの『先生』の狙いも。
ですので──これ以上の抵抗は無意味。大人しく投降しない場合は……」
ネルたちからは見えない、彼女の背後にあった得物を……追尾式の分裂ミサイルポッドを、蹴り上げるようにして起動した。
「オリ様仕込みの『楽しい乱痴気パーティ』に、お付き合い願います」
原作からの変更点① 情報の遮断
トキの存在、「武装」、AMASの性能などの情報をゲーム開発部サイドが掴めていない。
原作からの変更点② トキのパワーアップ
身体能力や神秘の質が上がったわけではないが、オリによる教練の結果、立ち回りの技術が向上し、武芸百般ならぬ銃種百般に通じている。