要塞都市エリドゥの表通りでは、C&Cと飛鳥馬トキの戦いが始まった。
抜群のコンビネーションと高められた練度によって相手を制圧せんとするC&Cのメンバーに対し、トキはオリによって仕込まれた多種多様な兵器と彼女にも迫るスピードを用い、そもそも近づかせないように立ち回る。
容赦のない弾丸の大盤振る舞い、弾幕展開。
弾倉が尽きればリロードすることなく銃を捨て去り、それに応じるように開いた横の壁の穴から新たな武器を手にする。
要塞都市エリドゥは、トキの味方だ。都市全体をコントロールするリオは、トキが欲したタイミングで、欲した武器や弾薬を補給してくれる。
トキは殊補給の側面で、C&Cのそれを大幅に上回っていると言っていいだろう。
とはいえ、C&Cはたった4人でミレニアムの治安を維持できる、抜群の力を持つエージェント集団。
奔放な立ち回りや単純な補給の量の差だけであれば、十分に対抗できたのであろうが……。
「くっ、また地面が!?」
「ビルが生えて……いやせり上がってくる!」
……エリドゥの「要塞」都市の名は、伊達ではない。
ここは終末の日に逃げ込む避難所であると同時、これ自体が外敵を打ち払うべき兵器でもある。
まるで樹木のように生えるビルはその全てが敵の行動を阻害するための障害物であり、敵の視界を塞ぎ、あるいは都市の守護者を守るべく、自動的にその構造を変化させるのだ。
廃墟の地下、定期的に変化する構造に着想を得たリオの手による、半径にして1000キロメートルを越える大きさの巨大機構である。
いかなC&Cとて、立っている土台そのものを自在にコントロールされる戦場での戦いには慣れていない。
攻撃しようと思えば、突然生えてきたビルに押し上げられて体勢を崩し。
トキの動きを目で追えば、ビルの外壁から射出されたフラッシュグレネードに目を潰され。
固まって陣を固めようとすれば、トキの放つ爆発物がそれを許さない。
最大の武器と言っていいコンビネーションを乱され、分離され、その隙に攻撃される。
これはC&Cのメンバーを以てしても、決して小さくない脅威だった。
その上、あるいは何よりも。
「っ、どうなってやがる! 今のは確かに当たったはずだぞ!」
ネルの攻撃。その手に持つ、二丁のサブマシンガンの連射。
それが辛うじてトキを捉えたと、そう思った瞬間。
トキの姿が
次の瞬間、トキの姿は、直前にいたはずの場所から2メートル程前方を駆けていた。
彼女たちが戦闘を開始すると共に、トキはそのメイド服の一部をパージ。
動きを鈍らせる部位を切り捨て、ノースリーブにミニスカートの軽装の姿へと変わっていた。
それ以後のトキの動きに……ネルの戦闘センスが、先程から警鐘を鳴らしている。
何かがおかしい。
このままでは勝てない、と。
「くそ、速ぇ……アイツの顔思い出してムカつくぜ……!」
ネルたちC&Cですらも捉えがたい、そのスピードもそうだが……何より問題なのが、この「銃弾の無効化」だ。
銃撃が直撃しても一切ダメージにならない。当たっていない、というのが正しいだろう。
では、どのようなロジックで攻撃を回避している?
幻覚を見せている? 脳に誤認させている? 映像を投影している?
考えられることは多く……けれど、この場に明星ヒマリがいない以上、調月リオが配置したギミックを解き明かすことはできない。
……初見であれば、美甘ネルの目を以てしても、だ。
「クソが……邪魔だっつってんだよ!!」
想定にない戦い方と予想以上の戦力に対し、苦戦を強いられるC&C。
……しかし。
だからと言って、戦況が一方に傾いているかと言えば、そうでもなかった。
「…………くっ」
トキは、相手に聞かれないよう小さく呻き、右手に持つアサルトライフルを乱射しながらその身を後ろへと躍らせる。
戦闘が始まってから、既に20分余り。
彼女が身に纏う「武装」……エリドゥの各所に配置されたコンピューターにより演算を行い、高度な機動性を確保し位置の偽装と装甲傾斜を行うそれを以てしても、C&Cを詰め切ることができない。
リオの想定であれば、戦闘開始から13分の時点で1人、16分の時点で2人、そしてこの時点で4人全員を戦闘不能に追い込み、拘束する予定だった。
トキはそのプランに基づいて行動し、使う武器や補給のポイント、立ち回りを調整していた。
けれど、今、実際には。
トキはただ1人さえ、C&Cを打ち倒せていない。
リオが計算し算出したデータが間違っていた?
……それはないだろう。トキの主人の1人は、ビッグシスター、決して誤らない完全な管理者。
殊計算において、それもいつでもデータを取ることのできた自らの配下について、ミスを犯すとは思えない。
であれば、自分が勝ち切れない理由は……。
「……オリ様の想定が、正しかった?」
C&Cに……
何故なら彼女は、常に過去のデータを、過去の自分を越えていくからだ。
……実のところ。
かつて、3年前。オリが無所属の不条理な暴力として、ネルがC&Cの期待の新入部員として、ミレニアムで争い始めた頃。
ネルはオリに、全くと言っていい程に敵わなかった。
いつも途中でオリが逃走してしまうが故に敗北こそしなかったが、そこに今「勝利の象徴」とまで言われる彼女の強さは見いだせなかっただろう。
けれど、現在は違う。
オリをして、ネルは「あっちの距離になれば私じゃ勝ち目がない」と言わしめる相手になった。
今のネルだけを知る者は、彼女はただ強いのだと思うだろう。
けれど、違うのだ。
ネルの本当の脅威は、強くなっていくこと。
相手の戦い方を覚え、自らの実力を伸ばし、凄まじい速度で戦闘技術を向上させる……。
昨日の自分を超えていく。超え続ける。
それこそが、美甘ネルの強さの芯。
ある意味では、先日戦いになった予言者ケテルと同じ、「前回の戦いでのデータが通用しない」相手。
それこそが美甘ネルなのだと、オリは語っていた。
それを実感したことのないリオとトキとしては、半信半疑の状態であったが……。
どうやらオリの感覚は、正しかったらしい。
奇襲というアドバンテージ、未知の武装や機構を利用しての戦いですら、勝ちきれない。
そこに自らの実力不足を……自らの主人の一人であれば十分に攻め切れたのだろうという予感を覚え、トキは歯噛みし。
『トキ、一旦退きなさい』
そんな彼女が装着したインカムに、リオの声が響く。
「リオ様……」
『この展開は想定内。その中で、あなたは役目を果たした。
パターンE-7、オリは既に中央タワーまで下がっている。
ここからの展開で、あなたというピースは再び必要になるわ。だから一度退きなさい』
「……了解しました」
是非もなかった。
リオの、自分の主人の一人の計画を崩してまで、戦闘を続ける必要はない。
トキが頷けば、すぐに彼女の足元の地面がせり上がり、下からビルが伸びる。
そこから「武装」の力でその身体能力を向上させ、トキは中央タワーの方へ向かって跳んだ。
「あっ、おいてめぇ!!」
ネルの叫びを背に、戦線を離脱し……。
……時間稼ぎという役割をこれ以上ない程に果たしたトキは、次の戦場になるだろう場所に向かった。
* * *
表通りで戦いが終わった、おおよそ15分程前。
実のところ、C&Cが離脱したアリス奪還チームの方にも、敵の手が伸びていた。
先生たちは隠れているつもりでいるが、このエリドゥの中でビッグシスターの監視の目から逃れることは決してできない。
リオはC&Cが陽動でありこちらが本隊であると読み切っていたし……なんならチームがエリドゥに到達するよりも前に、それどころか今回の計画を立てる段階で、アリス奪還チームがこうして分離することも読んでいた。
トキの役目はあくまでも、陽動が成功していると思わせるための、時間稼ぎ。
本隊に対して本命をぶつけるべく、リオは先生たちのチームに、この都市の所有する最大の戦力を向かわせたのであった。
……が。
“アバンギャルド君は強敵だったね……”
リオが派遣した戦力は、20分粘ったトキと違い、戦闘時間5分程で撃破されてしまっていた。
……誤解なきよう言えば。
先生たちに襲い掛かってきた相手は、間違いなく強敵であった。
アバンギャルド君。
空中に投影されたリオの映像が言うには、それが敵の名前だったらしい。
なかなかに風変りな名前だが、しかしその姿を見れば、さらに強い衝撃で身を凍らせてしまうだろう。
移動用のキャタピラの上に、人間の胴にあたるパーツが取り付けられている……ここまではいい。
その胴にまるでアイデンティティのようにミレニアムのロゴが入っている……これも製作者の拘りだろうから、まぁ許容できる。
肩にあたる場所から、左右にそれぞれ二本の腕が生えており、先端にはガトリングやロケットランチャー、アサルトライフルといった大口径の高火力重火器を握っている……この辺りから不穏な気配が漂い始める。
最後の一本の腕が持っているのが、何故か黄金比を象っているらしい盾……何故そうしたのか理解に苦しむ。
そして極めつけはその必要性が疑わしい顔パーツで、よくわからない形状に鉄板を張り付けたが如き外装、その上に子供が落書きしたかのような雑なパーツ配置で目と口らしきものが配置されている……わけがわからない。
このあまりにもシュールな外見は、常にリオを理解してくれるはずの優しい姉にさえ「まぁ……リオちゃんに独自のセンスがあることは理解するし……本人が『良い』って思えるならそれでいいんじゃないかなぁ」と目を逸らしつつ心優しい言葉を吐かせた程。
当然ながら初見の先生たちがそれに耐えられるはずもなく、思わず唖然として一瞬の隙を作ってしまった。
それこそがビッグシスターの狙いであればまだ救いもあったのだが、先生たちがショックを受けたことにリオもショックを受けていたので、なんというかもう色々と救われなかった。
……ともかく。
そんな見た目の兵器ではあったが、それでもアバンギャルド君は強敵だった。
アリスを除くゲーム開発部とエンジニア部、彼女たちを指揮する先生が総動員でも、倒すどころか進撃を止めることすらできない、圧倒的な制圧力。
モモイたちの銃撃どころかヒビキの迫撃砲ですらまともに傷が入らない装甲。
それはまさしく戦術兵器、生徒の集団相手でも単騎でそれらを倒し得る、都市防衛の要の1つなのだ。
……見た目はやはりアレだったが。
リオがその技術力と資金と独特なセンスを総動員して作り上げた兵器の性能は伊達ではなく、この都市に詰めるAMASたち全てと同時に戦っても勝ち得る程のもの。
如何に先生がいるとは言えど、C&Cが抜けた今の戦力では、おおよそ勝ち得ない。
……が、アリス奪還チームは、何も彼女たちだけではない。
もう駄目かと思われたその時、ヴェリタスが手助けをしてくれた。
遠方からのオペレートを担当する彼女たちは、アバンギャルド君の脅威をいち早く察知。
かつてヒマリが開発し、ゲーム開発部がセミナーから奪還したハッキングツール「鏡」によって、アバンギャルド君へのハッキングに成功したのだ。
そうして動きを鈍らせたアバンギャルド君に対し、生徒たち皆で集中砲火。
なんとかかろうじて、この狂気のマシンを退けることができたのであった。
「はぁ、びっくりした……すごい見た目だったね」
「弾幕がすごくて……見た目もすごかったけど」
「あの驚異の耐久性にも解説が必要ですね……しかしその前に見た目について解説が必要かもしれませんが」
“あはは……”
生徒たちは肩で息をしながら銃のリロードやドローンの調整を行い、アバンギャルド君について感想を交わす。
そこには強敵との戦闘を終えたこと、それとついでに何とも気の抜ける相手だったことによる、弛緩した空気が漂っている。
……そう。
生徒たちも、そして先生も、気付くことはなかった。
アバンギャルド君の奇抜な見た目それ自体は、調月リオによる策略ではなかったが……。
ソレを用いたのが、調月オリの策謀であったことに。
“それじゃあ、中央タワーを目指しながらC&Cと合流を……”
「無理だよ、それは」
……聞きなれた、けれどここで聞くはずのない言葉に、先生の思考と体が、一瞬硬直する。
そして、次の瞬間、その視界はパッと切り替わり……。
先生はいつしか、先程までいたはずの場所の10メートル程上、小さなビルの屋上から、チームの生徒たちを見下ろしている状況にあった。
「あれ、先生?」
「先生はどこに……」
「! まずい、オリ先輩です! みなさん、周辺に警戒……いえ、先生を探して!」
生徒たちの声は遠く、辛うじて聞こえるかどうか。
咄嗟に大声を出して彼女たちに所在を知らせようとしても、口を塞がれてしまい、まともに声が出ない。
「おっと……させないよ、先生」
そして、先生の体を抱え上げ、その口を塞いでいる相手……。
瞬間移動のような特殊能力で先生を攫った調月オリは、やはり装着したバイザーでその目を覗かせないままに、口元に苦笑を見せた。
「ものの本で『獣が警戒を緩めるのは獲物を狩った直後』だって言ってたけど……本当にそうだったね。こんなに簡単にみんなの中核を抜けるなんて。
さて、悪いけど、先生はこのまま無力化させてもらうよ。……私たちにも、余裕はないからさ」
……こうして、トキがC&Cを引き付けている間に。
オリは首尾よく、先生の奪取に成功したのであった。
C&C(ネル)を引き剥がす
↓
アバンギャルド君を見せて放心させる
↓
思わぬ強敵だと認識させ、警戒心を上げさせる
↓
撃破させ、戦闘終了の安堵と激しく情緒が動いたことによる疲労を発生させる
↓
集中力が切れたところで瞬間移動で先生を攫う
ユズを想像以上の脅威と判断したが故の、ガチガチに詰めた誉なき戦略。
ゲーム開発部よ、卑怯とは言うまいな。先生は貰って行く。