結果から言えば。
先生たちは、飛鳥馬トキとアビ・エシュフの攻略に、成功した。
トキの有していた『武装』は、先生がこれまでに体験したことがない程に厄介なものだった。
要塞都市エリドゥの70%以上の電力と演算能力を集中させた、極限の防御性能。
瞬間的な加速や位置の感覚偽装により相手の攻撃を回避し、万一命中する場合にも最適な角度で装甲を傾斜させることによって被害を最低限に抑える。
この『武装』の機動と、更にはパワードスーツたる『アビ・エシュフ』による各能力の向上。
これによって、飛鳥馬トキは単騎でC&Cの4人をすら圧倒する程の戦闘力を見せた。
攻撃においては、両腕に具えられた大口径のバルカンにより、ネルでさえ負傷を避けられない、他C&Cメンバーに至っては迂闊に近づくことすらできない制圧力を持ち。
防御においては、3点からのクロスファイアすらも簡単にいなし、一発の銃弾さえも命中することなく。
速度においては、巨大なパワードスーツをその身に纏いながらも、彼女の主の片割れを思わせる、ネルですらその目で追えないスピードで屋内を駆ける。
『武装』とアビ・エシュフを行使するトキは、あらゆる側面において、常識を覆すような力を持っていた。
こちらからの攻撃は命中せず。
相手の攻撃は着実にこちらを削ってきて。
囲おうと、上を取ろうと、感覚を潰そうと、その全てが無意味。
平等で公平な戦いにすらなることはなく……これはある種、一方的で不条理な破壊ですらあったのだ。
しかし、時に。
転機は思わぬ方向からやってくる。
“……勝負にならない”
惨憺たる戦況に対し、思わず呟いた先生の言葉に……。
ゲーム開発部のユズが、眉をひそめる。
その後ろ向きな言葉を聞き咎めたということではなく。
ただ単に、その言葉に、引っかかりを覚えたのだ。
「勝負に……」
1週間余り前、まだアリスが健在だった頃。
ゲーム開発部の部室で、皆と一緒にユズがゲームをしていた時のこと。
アリスがプレイしていた格闘ゲームで不運にもチーターに当たってしまい、ユズが代わりにその相手を倒したことがあった。
チーターには、必ず弱点がある。
そもそもチートなどに頼っている時点で、プレイヤーはそのゲームについての知識が浅いのだ。
だから裏ワザや隠れた仕様などを見落とし、その対策を疎かにする。
実際その時も、ユズは仕様の穴を突いたり相手の思考を読むことで、チーター相手に打ち勝った。
そして、ある意味目の前の敵もまた、チーターのようなものだと言っていいだろう。
なにせ、当たり判定がない。攻撃しても当たらず、いつの間にか別の場所に移動していたり、ダメージを受け流したりする。
……であれば、その弱点は?
どうしたら、目の前のチーターを、倒せる?
「……もしかしたら」
先生は戦況を立て直すため、一時撤退を試みる。
門番たるトキはエレベーター前から離れることはなく、追撃はなかった。
一行は一度タワーから出て、どうすればいいかを話し合い……。
ユズは、思い付いた1つの作戦を提案。
ハイリスクで、賭けにも等しいそれを……。
「いいぜ……おでこがそれでやれるっつーんだ。それならやってやらぁ」
けれど、戦力的中核たるネルは、即座に了承した。
少し前の、ゲーム開発部の『鏡』奪還作戦。
そこでネルは、知ったのだ。
普段はおどおどとしているユズは、その実誰よりも度胸があって、誰よりも頭が良いのだと。
故に、ユズの立てた作戦ではなく、それを言い出したユズを信じる。
それは実にネルらしい、真っ直ぐな信頼だった。
そうして、作戦実行。
中央タワーに戻るや否や、既に疲労が重なっていたC&Cメンバーは、真正面からトキに突貫。
大きな被害を出しながらも、彼女を背後にあったエレベーターへと押し込もうとし……。
『っ、トキ、主砲を』
「遅ぇ!!」
リオの判断より一拍早く、部員たちの捨て身の突撃と両手のサブマシンガンの乱射によって面での制圧を行ってその逃げ道を塞ぎ。
その体を鋭く蹴り込むことで、トキを完全にエレベーターの中に閉じ込めた。
そして……。
『トキ、壁を破って脱出しなさい!! そこは……』
『貨物エレベーター、ハッキング終了! 行くよ!』
ヴェリタスがハッキングを行い、それを急上昇させた。
飛鳥馬トキが使う『武装』。
その力は、エリドゥの演算能力によるものだ。
トキの体にかかる負荷、与えられる負傷、そして彼女を取り巻くこの先の未来。
それらを高度に演算し、導かれる最適解を示すことで、ありとあらゆる攻撃を無効化する。
小規模なラプラスの悪魔。不可能と思われたそれを疑似的に再現する、驚異的な技術力と物量だった。
……だが。
ユズの想像した通りに、この『武装』には構造的な欠点がある。
攻撃の無効化は、演算によってリアルタイムに更新されていく未来予知なくては成り立たず。
未来予知のための演算が追い付かなくなれば……。
トキの『武装』は、無力化される。
例えば……そう。
通常時の何倍から何十倍という、不安定な重力加速度がかかったりすれば。
その定まらない負荷の再計算により、数秒の間、『武装』の回避システムは機能しなくなるのだ。
トキは、急上昇を始めたエレベーターの中で、その欠点を突かれたことを悟り。
……しかし、「問題はない」と、鈍重な動きで両腕のバルカンを構え直す。
トキには現状、殆ど一切の負傷がない。
ここまでの戦いでは常に『武装』を使っていた。負傷に成り得るダメージは回避し、受け流してきたのだから、当然のこと。
更に言えば、『武装』の機能が失われたとしても、パワードスーツアビ・エシュフは健在。トキの能力は依然として高いままだ。
アビ・エシュフの主砲機能もまだ見せていないし、エレベーターが最上階に到着してしまえば、数秒で『武装』の演算能力も戻る。
一方でネルは、額から一筋の血を流し、今も肩で息をしている。
勝手に不利になっていく戦場の上で、『武装』を纏うトキ相手に数戦を経ているのだ。
既に体力は削られ、負傷もしている。限界はそう遠くないだろう。
負傷者相手に、パワードスーツを着てほぼ万全な状態で、隠し札もいくつかあり、その上ものの数十秒耐えれば勝利に繋がる。
十分に戦える状況だと、彼女はそう判断して……。
けれど。
数メートル四方の、狭い空間の中に、敵と共に閉じ込められたネルは……。
「……てめぇには、言ったっけな。
あたしは……この距離なら、オリの野郎にだって負けねぇってさ」
そう言って、血に濡れた唇を、勝気に歪ませた。
……数十秒後。
開いたエレベーターから出て来たのは、ただ1人。
「……ったく、厄介な後輩も、いたもんだぜ」
ミレニアムサイエンススクールに所属する、約束された勝利の象徴……。
コールサイン
そこに入った時よりも更に負傷を深くした彼女はしかし、戦いに勝利し。
エレベーターの奥には、意識を失ったトキと、機能停止したアビ・エシュフだけが残されていた。
* * *
タワーの門番との死闘をなんとか潜り抜け、アリスを救い出すための大きな関門を突破した先生たち。
……しかし、そのために払った代償は、決して小さくはなかった。
アバンギャルド君との戦闘では、ゲーム開発部とエンジニア部が。
2度に渡るトキとの戦闘ではC&Cが、それぞれ負傷してしまった。
特に、エンジニア部はゲーム開発部の子たちを守るように動いていたことと、何より普段の運動不足が祟って、これ以上の戦闘は困難となり。
C&Cも、『武装』を攻略するまでにかなり消耗してしまいっていた。こちらもこれ以上の戦闘は厳しいかもしれない。
そして最も負傷が深いのは、やはりネル。
エレベーターでの戦闘で、相当に無理をしたのだろう。
普段は気丈で明るいネルも、今は失神寸前でなんとか踏みとどまっているような状態だ。
もはやアリス奪還チームは半壊状態。
真っ当に戦えるのは、ゲーム開発部だけだと言っていい。
……そして、だからこそ、先生は先を急いだ。
先生は……否、生徒たちも皆、知っている。
この都市には、いるのだ。
ここにいる誰もがその不条理なまでの強さを知る、暴力の化身のような生徒が。
調月オリ。
「お姉ちゃん」である彼女は、妹を裏切れないし、裏切らない。
次に会えば、間違いなく、本気で先生たちを攻撃……するかはともかく、止めて来るだろう。
今は先生の生徒であるワカモが彼女を引き付けてくれているが……それも、いつまで続くかわからない。
平常時のオリであれば、あるいはワカモも打倒できたかもしれないが……。
先生は、覚えていた。
トキがアビ・エシュフを使っていた際に頭に付けていた、バイザー。
それと同じものを、オリも身に着けていたことを。
あのバイザーも恐らく、ビッグシスターの手になるものだろう。
つまりはオリもまた、調月リオの、そしてこの都市の支援を受けている。
である以上、彼女も何かしらの特殊な『武装』を所有しているかもしれないという発想に行き着くのに、時間はかからなかった。
要塞都市エリドゥ。調月姉妹の本拠地であり、あらゆる敵を迎撃するための防衛拠点。
ここで戦う以上、オリの力も、普段より遥かに向上している可能性が高い。
だからこそ、先生は生徒たちを引き連れ、ヴェリタスのナビゲートに従って先を急ぎ。
中央タワーの最上層に続く、広いフロアに脚を踏み入れて……。
「……ああ、トキちゃん、負けちゃったんだね。
色々、てこ入れしたつもりだったんだけどなぁ……結局、私には何も変えられないか。
やっぱり、所詮はエクストラなんだな、私。ハハ、悲しいね!」
……一行の、淡い期待を裏切るように。
そこには既に、彼女の姿があった。
頭部に装着したバイザーには、直前の戦いで付いたのだろう、ヒビが入り。
チェストプレートにも、スカート状の装甲にも、少なからぬ傷と汚れが確認できる。
無傷では、決してないのだろう。
……けれど、それでも。
「まぁ、それでもさ。
私は、調月オリなんだよね。ミレニアムを守る調月姉妹の片割れで、あの子のお姉ちゃんで……そして、その時のノリと気分で戦う、調月姉妹のやべー方なんだ。
意味がないとしても、最後まで、精一杯抵抗させてもらうよ」
調月オリは、敗れることなく。
最後の敵として、先生たちの前に、立ち塞がる。
* * *
アリス奪還チームが、息を呑む前で。
「……まったく、酷い目に遭ったよ」
オリは軽く首を捻りながら、愚痴のように言葉を吐き捨てた。
「ワカモめ、まさかあんな瀕死の状態から動くとか……ホントにバケモンだわ、あの子。
あろうことか、サムス・イルナ・ケテルの砲塔叩き折るっていう大金星まで上げられるし、計画はもうガッタガタ。イレギュラーにも程があるっての」
彼女が最後に残した言葉通り。
オリと交戦した狐坂ワカモは、サムス・イルナ・ケテルの直撃を受けた後も立ち上がり……。
あろうことか、オリの所有していた『武装』たるそれの砲撃機能を、完全に奪い去った。
これを以て、2つの『武装』によって先生たちを上から制圧する計画はご破算。
これは、調月姉妹の妹にとっては、完全に計算外で予定外のことであり。
……一方で、調月姉妹の姉にとっては、想定外だが期待通りのことだった。
だからこそ、オリの言葉に無念はあれど、焦燥や驚嘆の色はなく。
「まぁ、でも。私のことにまでは、流石に手が回らなかったね。
おかげで今、先生チームの大多数が戦力外になったこの盤面で、私は万全の状態でここにいるわけで……。
最低なルートを通ってはしまったけど、それでもまだ、私たちは負けてない。むしろここからだ」
その言葉には、ただ。
必要なことを必要なだけ行おうという使命感、あるいは義務感だけがあった。
「さぁ、待ちに待ったラスボス戦だよ。
ゲーム開発部、先生、囚われし勇者を救わんとする者たちよ。
今こそ、この悪逆なる魔王を打倒し、勇者に光を、世界に平和を取り戻してみせるがいい。
……この私に、不条理の化身と呼ばれた調月オリに、勝てるものならね!」
こいついっつも悪ぶってんな……。