エリドゥ中央タワー、中層。
要塞都市の中央、天を突くかの如くそびえるそのタワーには、実のところ最下層から最上層までを直接繋ぐエレベーターは存在しない。
……いいや、設計の段階では存在していたのかもしれないが、少なくともこの世界の実物には存在していなかった。
飛鳥馬トキが守っていたエレベーターは、あくまでも下層から中層までを繋ぐもの。
そこから更に上層に昇ろうとすれば、中層にあるフロアを通り抜け、然るべき認証を通し、向かいのエレベーターに乗る必要がある。
当然、このある種非効率的な構造は、あらゆる面において効率を重視するビッグシスター、調月リオの手になる設計ではない。
彼女の姉たる少女の提案によって、外敵を迎撃のための戦場として設けられたものだ。
調月姉妹にとって、そして要塞都市エリドゥにとって、敵にこの中央タワーにまで侵入されることは最悪の状態と言っていい。
だからこそ、これは都市の頭脳たるリオを守る、最終防衛ラインとしての機能を有している。
ここを突破されれば、調月姉妹の負けであり。
逆に言えば、この先に進ませさえしなければ、調月姉妹の勝ち。
そんな場所に……この戦いの決戦場に、先生たちはついに辿り着いた。
そこは、おおよそ30メートル四方、上方には15メートル程吹き抜けた、広い空間だった。
人工的に作られた勾配や障害物に、四方の壁には多くの突起物。
先生からすれば、どこかで見覚えのあるような風景だ。
そして、そんなフロアの中央で、一人。
調月オリは、一行の前に立ち塞がる。
「ははは、みんな、目が怖いよ?」
冗談めかしてそう言いながらも、彼女の心には、少なからぬ緊張があった。
全ては、この時の為にあったと言っていい。
調月リオと、シャーレの先生……オリの愛した2人。
彼女たちが敵対する運命が避けられないと分かった時から、オリはこの時を待ち続けた。
先生、ゲーム開発部、エンジニア部にC&C。
自らの妹を止めようと、自分たちの敵として迫るだろう集団を止める、この時を。
仮に、目の前の敵の集団に勝てるか、と問われれば……勝てるはずだと、オリは答えるだろう。
オリはリオの味方として、この事件の主犯として、自分にできる全てを行ってきた。
先生たちに情報を与えず、一方的に不意打ちして、不条理な巨大兵器を持ち出して、おおよそ思い付く限りの暴虐を尽くしてきた。
結果として、現在オリは圧倒的と言っていい有利にある。
故に勝てるはずだ、とオリの理性はそう判断している。
半面、彼女の直感は、敗北を感じさせている。
相手は、生徒を率いた先生。
ただそれだけで、あらゆる有利が覆される可能性が示唆されているように思えた。
とはいえ、彼女が心の底で望んでいるのは、そして心底から信じているのは、むしろその敗北だ。
オリは姉として、最後の最後まで、全力でリオを守るつもりだが……。
……先生なら、それすら越えてくれるだろう。
そうしてオリは、この天童アリスを中心として広がるお話のラスボスとして、「
そんなオリに攫われた勇者が救出されると同時……オリに利用された可哀想な妹も、先生の手で救われる。
愛する人たちが敵対した瞬間から、彼女にはある意味、これ以外の道はなかった。
最後までリオを裏切ることもなく、全力で味方をし続け。
しかしどこまでも先生を信じ、アリスや妹を託す。
そうして、ただ1つの犠牲を以て……それも、「この世界にあってもなくてもいい存在」が欠けるという最低限の犠牲だけで、愛した人たちが救われる。
それこそが、オリの夢見た未来だった。
故に、オリの口元は、笑みの形に歪む。
「まぁでも、ラスボスに向けるには相応しい険しさかもね。
……私はアリスちゃんを殺そうとする、調月姉妹のやべー方だもんね!」
……バイザーに隠れるその目までも笑えていたかは、わからないが。
一方で。
“…………”
先生は、立ち塞がるオリを見て、考える。
悲しいことに……もはや、説得は無意味だろう。
彼女は、自らの道を選択した。どんな形であれ結果が現れるまで、彼女がその足を止めることはあるまい。
自身の選択を貫けるだけの強さを、そしてそれ以外の道が見えなくなる視野の狭さを、オリは有している。
だからこそ。
先生たちは、押し通らなければならない。
調月リオ、調月オリ。ミレニアムを統べる調月姉妹。
完膚なきまでに敵たる2人を下し、天童アリスを取り戻さなければならない。
アリスのヘイローを破壊すれば、きっとオリもリオも、その傷を抱え続けることになる。
たとえそれが必要なことであろうと、どれだけ言い訳や大義名分を重ねようと……根が優しい彼女たちは、きっとそれを忘れられない。
アリスのためにも、そして調月姉妹のためにも。
先生は、この戦いに勝たねばならない。
……しかし、同時。
今やその難易度は、極めて高いと言わざるを得なかった。
調月オリは、未だ十全な戦闘が可能な状態にあり……。
一方でアリス奪還チームは、今や相当に追い詰められている。
エンジニア部、及びC&Cは、戦闘不能に等しい負傷状態。
真っ当に戦えるのはゲーム開発部だが……彼女たちは未だ幼く、その神秘も極めて強力というわけではない。
調月オリという不条理な暴力を、それも一切手加減のない本気の彼女を相手にしては、あまりにも実力差が開いている。
先生の指揮ですら、その差を埋めることは不可能だろう。
先生は幾度か、本気でその力を振るう彼女を指揮したことがあるが……。
調月オリの武力は、キヴォトス全体で見ても、間違いなく最上級だ。
かつてアカネに聞いた話、極まれに本気を出した彼女は、C&C全員と同時に戦っても互角以上に張り合い、痛み分け以上の形での逃走すら叶えるという話だった。
そして実際、ほんの刹那で聖女バルバラを灰燼に帰したあの力は、真っ当な生徒に対して振るうには余りに強すぎるように思える。
ワカモとの戦闘である程度負傷しているようだし、その言葉を信じるのなら切り札は失ったらしい。
しかしそれでも、調月オリを打倒し得るだけの戦力は、今やアリス奪還チームには残されてはおらず……。
どうするかと、必死に頭を回す先生を後目に……。
「……ま、こうなりゃ……あたしがやるしか、ねぇな」
ふらつくように、一人の少女が前に出た。
紅葉色の短髪、メイド服の上にスカジャンを羽織った彼女は、C&C部長、美甘ネル。
彼女はバイザー越しにオリと目線を合わせ……敵として、冷たい視線を交わした。
“ネル、無茶だよ”
「無茶でも何でも、やるしかねぇだろ……あのチビを取り戻すには、このヤローをぶっ倒さなきゃなんねぇ。
あたしがコイツをやらねぇと……誰も、勝てねぇだろうが」
確かに、ネルの言葉には一理あった。
この場において、調月オリに「勝ち目がある」のは、ミレニアムの精鋭たるC&Cだけだ。
ゲーム開発部は勿論、戦闘が本懐ではないエンジニア部も、とてもではないが本気のオリには対抗できない。
しかし、C&Cはトキとの戦いで大きく消耗した。
ネル以外のメンバーは、トキをエレベーターに押し込んだ後、度重なる負傷によってその意識を失った。
現在は、こちらもまた疲労困憊のウタハが指揮するドローンによって運ばれている状態だ。
つまるところ、今現在オリと真っ当に張り合える生徒は、ネルを除いて他にはいない。
……彼女が、エレベーターに閉じ込められた際のトキの奮闘によって、そのヘイローが消灯しかねない程の負傷を負っていなければ、の話なのだが。
ネルの、普段よりずっと弱々しい目線を受けながら、オリは独り言のように言った。
「トキちゃんは、しっかり役目を果たしたみたいだね。
あの子の役目は、2つ。
第一段階が、私が先生を攫う時に妨害されないよう、C&Cを引き付けること。
第二段階が……『武装』とパワードスーツを使って、C&Cを完膚なきまでに削り落とすこと。
そうすれば、この局面を突破できるだけの兵力は残らない。……こうして、詰みに追い込める」
結局のところ、先生たちの勝利条件は、一点。
調月オリという、ラスボスを倒すことだ。
調月リオは理論的な少女だ。
自らに戦うだけの戦力が残らなければ、素直に降参の道を選ぶ。
……いいや、それ以前に、自らの姉が戦闘不能に追い込まれるようなことがあれば、その時点で白旗を上げるだろう。
彼女は誰よりも調月オリの強さを知っている。
彼女が敗北するようなら、どうあっても勝てはしないし……。
……きっとそれ以上、自らの姉が傷つけられる光景を、リオは見ていられないだろうから。
しかし逆に言えば、オリが健在である限り、リオは決して投降しない。
姉の強さを誰より知り、いつもそれに守られて来た彼女だからこそ、ある種信仰にも近い想いで以て最終的な姉の勝利を信じるからだ。
上層に続くエレベーターを使うにはオリかリオによる認証が必要ということも相まって、今この場でオリを倒せるかどうかこそが、この戦いの分水嶺となる。
オリは、そしてリオ自身もそれを理解しているからこそ、彼女たちはトキという戦力を有効に用いた。
オリを唯一打倒し得る勢力である、ネルたちC&Cの戦力を削る、という方向で。
「あんだけ情報封鎖して初見に等しい状況を作ってなお、私が鍛えたトキちゃんを倒す方法を見つけたのは、素直にすごいけどさ。
……それでも、今この状況が揃った時点で、私たちの勝ちは確定してると言っていい。
私に抗し得る戦力は、そっちにはもう残ってない。
それにこのタワーの中なら、もうイレギュラーの介入はない。運命の修正力ってヤツも品切れでしょう。
……だからさ、投降してくれないかな」
オリの言葉に。
一行は、呆気に取られたように、少女の方を見つめた。
ここまで来て今更なんだと言うように。
けれど、オリはそれでも、話し続ける。
「戦う意味はない。結末は決した。そんなボロボロのネルパイに私が負けるはずがないんだから。
だから、意味のない過程はショートカットしよう。あなたたちの敗北ってことで、送迎の列車出すからさ、ミレニアムの校舎に帰ってくれない?
……全部終わったら、ちゃんと色々話すからさ。どうなったのかとか、何が危険だったのかとか」
「なんなら、キヴォトスの半分は無理だけど、ミレニアムの半分でもあげようか?」と。
真剣なような、ふざけたような、掴みどころのない口調で、彼女は語った。
オリの言った通り、敗北の予感は、その場にいる全員が感じていただろう。
この状況は詰みに近い。頭の働く生徒であればある程、それが嫌という程わかる。
だからこそ、オリのその提案は、確かに一考に値する……。
「ざけんな、お断りだバーカ」
……わけもなく。
その目を細く開くネルは、サブマシンガンの片割れをオリに向ける。
「舐めんじゃねぇ……チビと、その仲間たちを。
誰が自分可愛さに仲間を売るかよ、全員ぼろ雑巾になる覚悟でここまで来てんだよ!」
ネルの言葉通り、一行に、その甘言に乗る者は一人もいなかった。
ゲーム開発部は、「どうしてこんなことをするのか」という怒りと困惑にそれぞれ表情を歪めながらも、その愛銃をいつでも向けられるように構えていたし。
エンジニア部も、少しでも隙があれば自分たちの発明品が取り出せるよう、オリの動向を窺っていた。
勇者を救出せんと集った仲間たちは、誰一人として膝を折ることなく、ラスボスと戦うことを決めた。
「……お決まりとはいえ、ここまで突き進んで来た勇者パーティにこれを言うのは、ある種愚弄だったかな」
オリは軽く頭を掻いて、そう言った後。
くい、と、先生に向けていた頭の向きを、ネルの方へと向け直した。
「でもさぁ、さっきも言ったけど、今のネルパイじゃ無理でしょ。
負傷の度合い考えてよ。今のコンディションでC&Cの援護なしに、ガチの私と戦う?
……ナメてんの?」
ゆらり、と。
彼女を取り巻く雰囲気が、変わる。
それは、先生がこれまでに幾度か感じたことのあるもの。
ある時はワカモが激怒した時に。
ある時は大型の
ある時はデカグラマトンの預言者に相対した時に。
キヴォトスでも有数の強者から迸る、敵意と殺意。
今回は、今までのように手加減などすることはないと、オリはその雰囲気で示す。
相手が知り合いだろうと、友達だろうと、問答無用で倒す。
……必要があれば、そのヘイローさえも破壊する、と。
が、それでもなお。
「てめぇこそ、ナメてんじゃねぇぞ」
ネルは吹き付ける膨大な敵意に対し、同じく敵意で以て答える。
「……今のてめぇに、あたしが、負けるわけねぇだろうが!!」
オリは、左手のハンドガンを。
ネルは、右手のサブマシンガンを。
それぞれ互いに向けて……。
けたたましい発砲音と共に、ラスボス戦が始まった。
(雑記)
デカグラ2章、本作の今後をあまりにも左右しすぎる。
取り敢えず大きな矛盾がなくて安心はしましたが、可及的速やかに続編ください。