調月オリの、対生徒、対個人の戦い方は、いくつかの種類に大別することができる。
まず第一に、格下相手の初見殺し、得物の奪取。
ハンドガンによるミスリーディングから目にも留まらぬ速さで急接近、その肩や手を殴打することにより脱力を誘い、相手の得物を奪い取ることで無力化する、というもの。
圧倒的な速さと強さを併せ持つからこそ可能となる、スペックのゴリ押しである。
オリは基本的に初見の相手にはこれを行い、相手の力量を見定めようとする。
キヴォトスの生徒の実力は、その神秘の質によってまちまち。ピンからキリまで幅広い。
防性神秘の弱い生徒に対してオリが本気で拳を振るったりすれば、それこそ万が一があり得てしまう。
だからこそ、まずはテクニックも何もないゴリ押しにより、相手が最低限自分に抗することができる実力者かどうかを確かめるのだ。
それを攻略された場合に取る第二の戦法が、スタンとノックバックによるハメ殺し。
相手の視界の外に出て強烈な殴打を行い、痛みと姿勢崩しによって隙を作って、振り向こうとする相手の更に視界外へと逃れてまた殴る。
これを何度も何度も、相手が倒れるまで繰り返す。
キヴォトス指折りの強者でも、痛覚刺激による思考の停滞は有効である場合がある。
実際、ゲヘナ風紀委員長のヒナや一昔前までのネル、SRTのFOX小隊など、戦力的にキヴォトスの頂点に立つ生徒たちにさえ通用することのある戦法だ。
……とはいえ、キヴォトスのごく一部の生徒は、それこそオリを上回るのではないかとすら思える程に不条理なことも多いもので。
亜音速、それどころか超音速に至ることもあるオリのラッシュを、完璧にいなした超人。
オリの攻撃による被害が精々痣を作る程度にしかならず、そもそも痛みと怯みによるハメが成立しないホシノ。
鋭すぎる野生の直感により、肉を切らせて骨を断つ勢いで反撃してくるワカモ。
驚くべきことに、そういった少女たちには、この第二の戦法すらも通用しないのだ。
……そして、それを知るからこそ。
オリはその先、真の強者に対してのみ用いる、第三の戦法を持っている。
それはオリ個人としては余り好まない、「戦いを楽しむ」のではなく、「勝つ」ための戦法。
互いの技術や能力を比べるのではなく、オリの強さを一方的に押し付け、一方的に圧殺するための戦い方。
それは……いわゆる、「引き撃ち」だ。
実のところ。
調月オリは、自身が放つ銃弾に、殆ど全くと言っていい程に攻性の神秘を込められない。
彼女の神秘の中には余計な「混ざりもの」があり、それが彼女の神秘の純度を著しく下げてしまっている。
その本質を「存在を仮定される反存在」に置く彼女だからこそ、さかしまにその存在を保てるものの……。
実のところ彼女は、一般的な生徒であればその神秘が崩壊しかねないような、危うい状態にある。
……逆に言えば。そんな彼女だからこそ、その「混ざりもの」が発生した、とも言えるのだが。
純度の低すぎる神秘はその本質を失い、攻勢も防性も失ったただの現象に成り果てる。
故にオリには、自身の体ならともかく、自分以外のものに強い神秘を込めることが難しいのだ。
結果、愛用する拳銃は牽制程度の威力にしかならず、ワカモ相手に猛威を振るったサムス・イルナ・ケテルさえ、単純な速度と破壊力によって相手の神秘を食い破っている状況だった。
だからこそ、本来オリに引き撃ち……つまりは、後退して相手との距離を引き離しながらの射撃は、できない。
できないというよりは、その戦法が効果的にならない、というのが正確なところだが。
大きな標的に対し、遠くから豆鉄砲を撃っても意味がない。
メインの兵装が短距離向けのハンドガンである都合もあり、仮にオリが遠くから射撃をしても、相手の神秘を前に簡単に弾かれ、被害をほぼ絶無に抑えられてしまうだろう。
……だからこそ、オリが飛ばすのは銃弾ではなく、他のものだった。
* * *
エリドゥ中央タワー中層、最終防衛ライン。
そこでは今、激しい戦闘が行われていた。
アリス奪還チームより、先生の指揮を受けたネル。
調月姉妹より、オリ。
その両者が、互いの主張を賭けてぶつかり合っているのだ。
……とはいえ。
それは戦いと言うには、余りに一方的なものだったのだが。
ネルの銃撃から逃れ、壁へと跳んだオリ。
彼女は壁から生えた突起を掴んで勢いを殺しながら、横の壁に手をやる。
すると、ガコンという音と共に、一見してただの壁のように見えた小さな隔壁が開く。
そして、オリはその中から、5個程の黒い球体を拾い上げ……。
「……シッ!」
それを、自身に照準を定めようとしているネルに向けて、思い切り投げつける。
直径2センチメートル程度の大きさ……つまり、並みの銃弾などより余程大きなそれは、ネルに向かって亜音速の速度で迫り。
瞬間的に跳び退いたネルのいた場所に叩き付けられ、その衝撃によって内部構造が起動。
直後にバチバチッ! と放電の花を咲かせた。
「チッ!」
ネルからすれば、それはかなり厄介な攻撃だった。
黒い鉄球、その正体は小型
単純に亜音速の金属塊という時点で、直撃すれば相応のダメージを負うことになるし……。
それに怯んで退避を怠れば、直後の放電によって体が痺れ、アリスが攫われた日のようにたったの1発で戦闘不能に追いやられてしまうだろう。
しかし、サムス・イルナに抗していたワカモと同じように……。
その「最優先で回避せねばならない」という思考こそが、ネルの行動を大きく抑制する。
攻撃から逃れたネルは反撃に移ろうとし、オリのいた壁へ跳びながら得物の銃口を向けるが、その頃には既に、オリはまた別の壁へと跳び移っており。
再び隔壁からパラライズグレネードを取り出し、ネルに向かって投げつける。
当然ながらネルは回避を強いられ、次いでオリに迫り。
オリは今度は地面に降り立っており、不意にネルの胸元付近の壁から1つのパラライズグレネードが射出され、ネルは再び回避を強いられる。
既に戦端が開いて5分。
戦局は、完全にオリに傾いていると言っていい。
ネルはひたすら逃げるオリを追いかけようとし、しかしいざ攻撃に移ろうとする直前、壁から飛び道具が供給される。
この作戦が始まる前、オリから攻撃を受けてスタンバトンの脅威を知ったネルだからこそ、その放電をまき散らすグレネードを無視することもできず……。
ネルは攻撃もままならず回避を強いられ、オリへの追撃が一手遅れ。
その一手の間にオリは再びネルから距離を取り、攻撃の用意を整えている。
何度も、何度も、それをひたすらに繰り返しているのが現状であり……。
未だネルは、殆ど攻撃に移れていない。
「本当はっ! ……車とか木とか瓦礫とか、そういうのを投げるんだけど、ねっ!」
そう。
オリの第三の戦法は、引き撃ち。
それは、より正確には「引き投げ」とでも言うべきもので。
「その快速を活かして相手から全力で逃げ回りながら、近くにあるものをてきとうに投げて回る」という、一周回ってスペックのゴリ押しになった戦い方である。
……しかし、初見殺しの得物の奪取と違って、この引き撃ちは強者相手にも極めて有用だ。
かつて連邦生徒会長と戦った時は、D.U.地区を逃げ回りながら車なり柱なりを投げまくって、超人相手にある程度の被害と、D.U.地区にかなりの被害、そしてミレニアムに莫大な借金を残したし。
これまでに何度かホシノと本気で戦った時も、逃げるため兼投げるための障害物さえあれば、勝つことは難しくとも絶対に負けはしない程だった。
オリがキヴォトス最速である都合上、引き撃ちという戦い方をすれば、まず負けることはない。
なにせ、相手の射程に入ることなく、一方的に物を投げつけることができるのだ。
これはもはや戦闘行為の放棄、一方的な破壊活動にも等しい戦闘方法。かつて荒れていた頃のホシノに「ふざけんな! ちゃんと戦え!」とマジギレされるに至った戦法である。
……そしてこの引き撃ち。
美甘ネル相手には、これ以上ない程に相性が良い。
ネルの最大の強みは、彼我の距離が詰まれば詰まる程に鋭くなっていく、恐るべき直感。
ワカモのそれと違って、彼女の培ってきた戦闘経験に基づくそれは、この2年間何度も戦ってきたオリの行動を手に取るように把握してくる。
拳が届く至近距離になれば、もはや未来視にも近い精度で先読みされ、攻撃を回避されてしまうだろう。
弾丸に神秘を込められない都合上、どうしても近距離戦に依存するオリは、ネルと「真っ当な戦い」をしようとすれば非常に相性が悪く……。
逆に、まともに戦おうとせず、一方的に「処理」しようとすれば、極めて良い相性を誇る。
なにせ、距離が近くなれば勘が鋭くなるということは、逆説的には距離が離れれば勘が鈍るということで。
何十メートルと距離を離して寄せ付けないその戦法は、インファイターであるネルを完封するもの。
故にこそオリは、簡単にネルを制圧できる……。
……できる、はずだった。
実際、オリは戦闘開始から1分で、ネルを詰め切る自信があったし……。
最初の1分で詰め切らないとマズい、と判断してもいた。
ネルの強さは、適応だ。
戦闘経験の蓄積と直感のアップデートこそ、彼女の本懐。
初見の時は圧倒できても、その戦闘経験が彼女の中に蓄積されてしまえば、次回には行動を先読みされて通じなくなる。
だからこそ、2年前とは違って、今のネル相手にはオリの第二戦法の怯みハメが効かなくなっている。
そして、これまでオリはネル相手に、何度か第三戦法の引き撃ちをしたことがあった。
ネルの記憶の中では、少なからずその戦い方、対処法が蓄積されているだろう。
だが、今のオリはそのいずれの場合よりも本気で戦っているつもりだし……。
リオの調整した防具やバイザー、閉所での跳び回りにパラライズグレネードなどは、ネルも初見のはず。
だからこそ、最初の1分で仕留めれば、ネルは適応し切れない。
彼女の本領たる初見殺しで圧殺しようと、オリは屋内を駆けて……。
……けれど。
戦いは、終わらなかった。
「……なんで、詰め切れない?」
呟くオリの額から落ちた脂汗が、ぽとりと床に落ちた。
戦闘が始まって、5分。
オリは未だ、ネルを倒すどころかまともに投擲を直撃もさせられず、放電にも巻き込めていない。
互いに多少の疲労がかさみこそすれ、負傷具合は戦闘開始時とそう変わってはいなかった。
……異常だった。
オリは全快にも等しい状態で、リオの装備を使うことで、下駄を履いている状態。
対してネルは、トキとの戦いでボロボロになり、もはや気絶も近しいような疲労困憊だ。
彼我のコンディションの状態はかけ離れている。勿論、オリの優勢という意味で。
それなのに。
5分も戦って、まともに1発の攻撃も当てられない。
勝てたはずの勝負だ。
詰んでいたはずの盤面だ。
それなのに、なんで、まだ戦いが続いている?
他の生徒たちの支援?
いいや、それはない。
C&C以外の奪還チームは誰一人として、本気のオリのスピードにはついて来れない。
ネルとオリの高速戦闘を見て、いつ、どこで、どのように攻撃すればいいか判断できず……。
だからこそ、ネルに託され、先生を攻撃されないように陣形を組んで防御を固めている状態だ。
オリとネルの戦いに干渉する要素は、ない。
それでは、先生の指揮?
確かに、今先生はネルに指示を飛ばしているし、その手の中のタブレットからは青い粒子が漏れ出ている。
けれど……それだけで変わるような状況じゃなかったはずだ。
元々、この作戦で先生と敵対することは前提だった。
だからこそ指揮を抑え込もうと身柄を浚ったし、それが失敗した時のために、トキを使ってギリギリまであちらの戦力を削ぎ落した。
実際オリが全力を出せば、ある程度消耗したネル相手なら、たとえ先生による指揮があろうと制圧し切ることができるはずだったのだ。
そのプランを立案したのは、オリではなくリオだ。
オリの自慢の妹が、単純な戦力比の計算を間違えるわけもない。
間違いなく、盤石な計画だったはず。
……それなのに、現実は、想定から外れていた。
オリの攻撃は、ネルに全くと言っていい程に当たらず。
ネルは徐々に、オリの攻撃と戦法に慣れてきており。
オリの圧倒的有利に傾いていたはずの戦況は、少しずつ、ネルの側へと傾き始めていた。
「なんで、こんな……!」
「言っただろうが。『今の』てめぇに、あたしが負けるわけがねぇって」
オリとネルの視線が、交差する。
「てめぇの動きは確かにいつもより速ぇ。単純な力も強ぇのかもな。
戦法だって堅実で隙がねぇし、ああ、リオと組んだてめぇは本当に面倒くせぇよ」
右手右足で壁に取り付いたネルは、床に立つオリを見下すように、上から言葉を投げ落とした。
「……でもな、今のてめぇには、いつもみてぇな勢いがねぇ」
いいや。……見下すように、ではなく。
事実、ネルは今、オリを見下していたのかもしれない。
「あたしはてめぇを評価してたよ、後輩。
てめぇは気ままなヤツではあったけど、それでも自分が納得できねぇことは絶対にやらない芯があった。
……そして、譲れねぇことのために戦ってるてめぇが、一番厄介だった。感情が乗ってて拳が重いからな」
これまでの2年、ネルは何度もオリと戦った。
暴れるオリの鎮圧に、あるいは個人的に私闘を、もしくは仕事終わりのついでに。
そして、その中で一番脅威だったのが……。
リオがさらわれかけたり、あるいは侮辱されたり、害されかけたり……もしくは、本当に負傷したり。
そういった時のオリは、彼女の妹自身の制止すらも聞かず、本気で暴れ回った。
ビルを折り、人を投げ落とし、車を投げつけ、相手に生まれたことを後悔させるまで止まることはない。
その破壊は、もはや吹き荒れる嵐のように相手を選ばず……リオに命令されて彼女を止めようとするC&Cにも、まるで八つ当たりするように容赦なく襲いかかってきた。
かつてアカネが呑まれた、カリンが折られかけた、アスナが避けるようになった、そしてネルが勝てなかった、不条理な暴力の化身。
……あるいは、ミレニアムサイエンススクールに在籍する、妹想いで暴走しがちなお姉ちゃん。
ネルはそんなオリのことを気に入ったからこそ、執拗にC&Cに勧誘してきた。
高い実力もそうだが……何より、大事なもののためならどこまでもその身を張れる、激情的ながら一本の芯の通ったメンタルをこそ、ネルは評価していたのだ。
リオを、ミレニアムを守るためなら、コイツは自分と共に戦える、と。
……それに比べれば、目の前のオリの、何と弱々しいことか。
ネルは、目下の敵へと、記憶の中の彼女に比べてずっと小さく見えるオリに向けて、喝破した。
「てめぇが何考えてそんなツラしてんのか知らねぇけどなぁ……。
勝てるとも思ってねぇ! 勝ちたいとも思ってねぇ! ただ『やらなきゃいけないからやる』だとか『すべきだからやる』なんて義務感で戦ってるてめぇの攻撃が届く程、ダブルオーは甘くはねぇんだよ!」
勝つ気もない状態で振るわれる拳が、重くなるわけもなく。
エデン条約の時もそうでしたが、オリは色んな事に縛られると駄目になっちゃうのです。リオのように頭が良いわけでもない、普通の女の子なので。