調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

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調月姉とそのメイドの、守りたい人

 

 

 

 エリドゥ中央タワー、中層。

 調月オリと美甘ネルの……いいや、オリとアリス奪還チームの戦いは、オリの敗北で決着した。

 

 アリスを攫った諸悪の根源は今、ネルの拳をまともに喰らい、耐えきれず膝を突き……それだけに留まらず、屈するように両手を突いて体を支える。

 麻痺は、抜けた。……それでも、今のオリには、もう立ち上がる力は残されていない。

 たった6秒は、されど6秒。怒髪天を突く、つまりは全開状態のネルが与えたダメージは、耐久に優れるわけではないオリを打ち倒すには十分すぎるものだったのだ。

 

「っ、く、アドレナリン、切れた……いったいな、身が、引き千切れそう」

 

 同時、麻痺によって一度思考が停滞したからか、あるいはネルから受けたダメージからか、時間の経過のせいか……それとも、真の全力全開状態で真正面から打ち倒されたショックからか。

 オリの怒りもまた、沈静化していた。

 

 そして、冷静になった今、彼女は敗北を惜しむと同時……。

 ……心の底で、安堵してもいた。

 

 先生の、あの言葉。

 あれがなければ、オリは止まらなかった。

 振り上げた脚はそのまま、ユズにヘイローに響く程のダメージを与えていただろう。

 

 そうなれば、彼女の操るアバンギャルド君が機能停止した分戦力が減って、アリス奪還チームの負けに繋がっていただろうし……。

 ……何より、大切だったはずの存在を、リオとはまた形が違えど確かに妹のように思っていた存在を、害するところだった。

 

 オリは、リオとは違う。

 合理や道理に基づいて自身の感情を制御できる程に賢くはなく、故にいつも衝動的に行動してしまう。

 その最たるものが先程の激昂で、ああなればオリは、もはや自分自身の暴力を止められない。

 

 今まで、彼女の怒りが時間経過で収まる前にそれを止めたのは……。

 オリが複雑な想いを抱く、連邦生徒会の超人と。

 そして、先生の言葉だけ。

 

 故にこそオリは先生に……そして先生に指揮された生徒たちに、深く感謝を抱いた。

 自らを打ち倒した敵にそれを覚えるのは、なんとも矛盾しているようではあるが……。

 

 ……結局のところ。

 オリの理性は最後まで、先生や友人のことを、「敵」とは思い切れなかったのだろう。

 

 

 

 抱いた感謝と、自らの甘さへの呆れ、生徒たちを傷つけた罪悪感と……それから、結局妹の「正しさ」を守れなかったという自責。

 

 ……オリは内心に溢れるそれらの感情を、噛み潰す。

 

 そして、努めて()()()笑顔を顔に浮かべ、先生たちに向けた。

 

「なんて……言えばいい、かな。

 おのれ、恨めしい……か。それとも、おめでとう、か。

 とにかく、こうして魔王は打ち倒されて……囚われの勇者への道は、開かれる」

 

 彼女の言葉に応じるように、その背後で上層へと繋がるのだろう扉が開く。

 上層のリオが、それを開けたのだろう。これ以上、姉が痛めつけられないように。

 

 それは確かな、調月姉妹の降伏宣言だった。

 

「……行きなよ。アリスのこと、助けるんでしょ?

 ああそれから、途中に賢者が囚われてる部屋もあるから、寄ってくといい。きっと助けて、くれるよ」

 

 オリの言葉に、アリスの名を呼びながら、ゲーム開発部が真っ先に駆け出す。

 エンジニア部はそれを追おうとし……しかし、オリがいる場所に気絶したC&Cをそのまま放り出すわけにもいかず、ドローンたちに警護を任せて上層へと向かい。

 先生もまた、その後を追おうとして、オリの横を走り抜けようとして……。

 

「先生」

 

 オリから投げられた、小さな声を聞く。

 

 

 

「リオちゃんと、みんなと、ミレニアムを、よろしく」

 

 

 

 それは。

 祈るような、笑うような、託すような……。

 そして、何かが割れそうな、悲壮な響きをしていた。

 

 先生の大人としての経験、直感が、囁く。

 今すぐにでも、オリに、その意味深な言葉の真意を問い質すべきだ、と。

 

 これまでにも、オリのそんな響きの言葉を聞いたことはあった。

 けれど、今回のそれは、それらとは比にならない程の深さと重さを秘めていた。

 彼女自身が、その言葉に圧し潰されてしまうのではないかと、そう思わされる程に。

 

“オリ……”

 

 ……けれど。

 今、先生が救うべき生徒は、他にいる。

 

 天童アリス。

 先生が、アリス奪還チームが取り戻そうとした少女。

 そのために先生たちは、エリドゥに来て、そして……敵として、調月オリを打ち破ったのだ。

 

 そう。

 今、調月オリの立場は「敵対者」であり……。

 彼女を打ち破った先生は、自らの取った選択と行動の責任として、彼女以上にアリスを優先しなければならない。

 

 

 

 故に。

 

“今度、ちゃんと話してほしいな”

“オリの言いたかったこと、リオの正しさ、アリスのことも”

 

 そう言い残して、先生は走り去る。

 

 それは、先生として、間違いなく「正しい」決断だった。

 

 ……そして同時、先生が長いこと後悔することになる決断だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 健在な主人公たちは皆、最後の舞台へと駆け上がった。

 

 その場に残されたのは、敗北した魔王と、彼女を打ち倒した戦士、そして戦士が率いていた者たち。

 気絶している3人を除けば、確かに意識を保っているのは、魔王と戦士の2人きりだ。

 

 そして、戦士……美甘ネル

 彼女は、先生がこの場から去った直後に、その場に大の字に倒れ込んだオリの元まで歩み寄り……。

 

 その横に、同じように倒れ込む。

 

「ったく……クソ、あたしの後輩は、厄介なヤツばっかかよ……」

 

 アビ・エシュフを纏った、C&Cの後輩であるらしい飛鳥馬トキ。

 そして怒り狂い暴力を撒き散らす、いずれC&Cの後輩にしようとしている調月オリ。

 

 2人との戦いは、ネルをしてもダメージの避けられない、熾烈に過ぎるものだった。

 

 それでもなお彼女が戦いを征することができたのは、アドレナリンや覚悟に決意、そして何より怒りが痛みを忘れさせ、無理に体を動かしていたから。

 戦いが終わり、それらが霧散した今……ネルの体は初めて、2人に与えた以上のダメージを自覚した。

 

 もはや、ネルは一歩も動けない。

 仮に今オリが立ち上がり、ネルを害そうとし始めたとすれば、彼女はピクリとも抵抗できないだろう。

 

 ……だが同時、そんなことは起こり得ないと、ネルは確信していた。

 

 それは、この2年で調月オリという少女に接し続けてきたネルの、戦闘ならざる部分での直感だ。

 

「……なんでこんなことしやがった、てめぇ」

「なんのこと?」

 

 ぼそりと投げかけたネルの疑問に、オリは存外元気そうな声で答える。

 

 

 

 調月オリは、極めて高い耐久力を有しているわけではない。

 むしろ同じ最高級の神秘を有している生徒たちと比べれば、耐久力防御力共に貧弱と言えるだろう。

 

 ……が、しかし、その体の回復力は据え置きだ。

 全身を傷付けられようと、一晩眠れば簡単に完治してしまう程に。

 

 だからこそ、完全に削られ切ってから動けるようになるまでに回復する時間の短さは、キヴォトスでも指折りの早さを有している。それこそ、トリニティの戦略兵器と同等だろう。

 回復しなければならない体力自体が少ないのだから、当然の話だ。

 

 現に今、オリはもう、立ち上がることができる。

 無理をすれば、少しだけなら戦いもできるだろう。

 

 ……しかし、それでも。

 彼女は立ちあがり、先生たちを追うことはない。

 

 戦いは既に決した。オリたちの敗北で。

 である以上、もう先生たちアリス奪還チームは、敵ではない。

 襲う必要もなければ、追う必要もない……未だ手助けはできずとも、応援くらいはしたくなる存在だ。

 

 故に、彼女はここで「負けたポーズ」を続けているのだ。

 

 

 

 オリがそう考えていることを、ネルは察している。

 故にこそ、続けて疑問を投げかけた。

 

「言っただろ、てめぇは勝てるとも勝ちたいとも思ってねぇ。そもそも、あのチビを殺す気もなけりゃ、殺せるとも殺したいとも思ってねぇだろ。

 ……けど、あたしたちを攻めて来たてめぇは、間違いなく本気だった。何を考えてやがる?」

 

 オリは本気だった。

 その拳には感情こそ乗っていなかったが、武力の面でも策略の面でも、本気で攻めて来ていた。

 それこそ先生がいなければ……誰かのヘイローが壊れていても、おかしくなかった程に。

 

 が、同時、彼女は本気を出しても負けると確信もしていた。

 付き合いの深いネルだからこそ断言できることだ。

 

 しかしそれならば、彼女は何をモチベーションに戦っていたのか。

 何のために、何を為すために、アリスを攫って自分たちに喧嘩を売ったのか。

 まるで憎悪を撒き散らすように、誰かに恨まれるような行動ばかり取った、その理由。

 

 それが、ネルにはわからない。

 

 

 

「ネルちゃんパイセンはさぁ、運命って信じる?」

 

 また誤魔化されるかと思いきや、唐突に投げかけられた疑問に、ネルは眉をひそめた。

 

 しかし、それがただ興味から発された意味のない質問ではない、ということくらいはわかる。

 故に、素直に自分の答えを投げ返した。

 

「信じねぇな。未来はあたしがこじ開けるモンだ」

「……はっ。君らしいねぇ」

 

 先程までの親しみのあるものから一転、オリの言葉に、露骨に棘が生えた。

 憎しみにも近い怒りと、何より醜悪な妬みが、言葉の節々と漏らされた失笑から滲み出る。

 

 しかし……ネルはそれに苛立ちはしなかった。

 むしろ、いつも快活に笑っていたオリの、初めて見えた心の瑕に、眉をひそめる。

 

 

 

「私はねぇ……信じるよ。運命ってものは、確かにある。

 そしてそれを、その大筋を、私は変えられない。

 どれだけ頑張っても、足掻いても、反吐が出るような手段を使っても、藁に縋っても、たとえ人を殺したって、絶対に絶対に絶対に、私には変えられない」

 

 それは、信じているというより、確信しているような口調だった。

 間違いなくそうなのだと。自分に運命を変える力などありはしないのだという、諦観が込められていた。

 

 ネルはその眉間のしわを深める。

 ネルにとってのオリは、現場をかき乱し、状況をひっくり返す厄介者だ。

 

 彼女は2年前から、ミレニアムの誰よりも自由に、心の赴くままにその力を振るっていた。

 そんなオリが「私には何もできない、変えられない」なんてネガティブなことを言うのは……ネルの知るオリではない。

 

 と、そこで、ネルは気付く。

 そうだ。わからないことがあるのは、その為だ。

 

 調月オリという少女は、「明るく朗らかで暴力的」なんて安直で短絡的な言葉で表現できる生徒ではない。

 もっと複雑で多側面的な、きっとその全てを知り切ることなどできない、生きている生徒の1人だ、と。

 

 

 

「私にできるのは、精々がその道中の負担の軽減と、それから最終的に生じる犠牲の()()くらい。

 トロッコ問題だよ。右には本来の運命で犠牲になるものがあって、左には本来の運命で犠牲にはならないはずのものがある。

 どちらかが犠牲になることは避けられなくて、そのレールを切り替えることくらいしか、私にはできない」

 

 オリは、まるで確かな確信があるかのように……既にそれを体験したことがあるかのように、言い切った。

 3年前に砂漠で味わった失意と絶望、それはオリの心の底に決して癒えない傷を作った。もはや二度と忘れることはできない。

 

 そしてその言葉によってネルはオリの真意を悟り……その表情を、驚愕と憤怒に染めることになる。

 

「てめぇ、まさか……」

「はははっ……ま、アンチRPGなんかだと、魔王っていうのは何よりの犠牲だもんねぇ。

 物語において、誰か1人は負けないといけない。人が纏まるにはわかりやすい外敵が必要だから。プレイヤーが恨むべき、わかりやすい羊さんが必要だから。

 だから、まぁ……私にできるのは結局、それになることくらいだ」

 

 いつの間にか、オリはいつもの調月オリに戻っていた。

 ネルへの妬みも、運命への怒りも、そんなものは欠片たりとも表には出ていない。

 

 彼女は……魔王としての仮面を、被り直した。

 

「ま、いいんじゃないの? 物語って勧善懲悪なもんでしょ。

 今まで散々悪いことした『調月姉妹のやべー方』が悪者になってもさ、気にする人なんていないよ」

 

 

 

 ネルは、オリのその決断を到底認めることができず……。

 

「待てっ、ぐ……!」

 

 けれど、もう連戦の疲労を誤魔化すことはできない。

 戦闘が終わったと認識したのはオリだけではない。ネルの体もまたそうだ。

 もはや全身を縛る痛みと倦怠を、ネルは無視できない。

 

「待たないよ。……まだ、やることもあるしね」

 

 そして、それと対照的に、オリは立ち上がった。

 

 その腰から、彼女の愛銃たるハンドガンを取り出し、ネルがいる方向に向けて……。

 

 パン、と、乾いた音。

 

 ネルに迫っていた()()()()()()は撃ち抜かれ、直後に飛んで来た拳によって、呆気なく打ち砕かれた。

 

「なっ……コイツは、てめぇが壊して回ってた……!」

 

 ネルの驚愕の言葉に合わせるように……。

 

 ぞろぞろ、と。

 ネルたちが来た通路から、無名の守護者が……あの日アリスをおかしくしたドローンが、部屋に押し寄せる。

 

 

 

 オリとネルが話している内に、物語は最終局面を迎えていた。

 天童アリスは為した罪の重さに耐えきれず内に籠り、彼女(AL-1S)の本来の役割を果たそうと「KEY」が起動した。

 そして、名もなき神々の技術の1つである物質の変換能力によって、この都市の一部を無名の守護者へと作り変え、救援としてこの塔へと向かわせている。

 

 それをただ一人知るオリは、肩をすくめておどけて見せた。

 

「物質の変換ってヤツは厄介でねぇ……結局、完全な耐性はこのタワーにしか付与できなかった。

 逆に言えば、このタワーは変換されることはない。防壁を越えて外から侵入することも困難……いや、ユズがぶち空けた大穴があったか。

 でもまぁ結局、上層に繋がる通路は後ろのアレしかない……。

 つまりは、ここを守りきれば、みんなに被害が及ぶことはないわけだ。いやー、一定時間の耐久戦でいいとは、楽だねぇ」

 

 無名の守護者は、増えていく。

 1つ、2つ、3つ4つ5つ……十、百、千。

 それは文字通り無尽蔵に増え続け、波のように押し寄せる。

 

 それら一機一機は、極めて強力というわけではない。

 けれど、どれだけ1つの力が弱くとも、無限の兵力となれば脅威であるということは、これまでに何度も味わってきたが故によく知っている。

 

 更に言えば、オリは決して万全な状態ではない。

 ネルとの……いいや、アリス奪還チームとの死闘で、彼女は戦闘不能に追い込まれた直後。

 動けはしても、普段に比べればその動きはずっと鈍く……。

 また、各所から流れる赤色からも窺える通り、一応は持ち直したとはいえ限界は近いままだ。

 

 勇者の仲間たちが勇者を救い出すまで、時間を稼ぐ。

 それは言葉で言う程、簡単なことではないだろう。

 

 

 

 けれど、それでも。

 オリは、クスリと笑いながら、ハンドガンとスタンバトンを握りしめる。

 

「……くくっ。ようやく、2人両方の味方として戦えるよ。本当にここまで、長かった」

 

 ネルが言う、「拳に乗った想いが軽い」という言葉。

 それを、オリは否定できなかった。

 

 拳に乗せるべき想い、それをもたらす大切な存在。その片方を、オリはこれまで失っていた。

 1人のために戦い、しかし1人には敵対する。

 そうすれば想いと想いは相殺し合い、結果として軽くなる。

 

 ……けれど、今。

 オリは両者の味方に戻れた。

 

 アリスを守り取り戻すことを望む先生のために。

 このままであればミレニアムの危機となると悟ったリオのために。

 オリは今、ここで戦うことでできるのだ。

 

「今回止めてもらった分も、返さなきゃだしね。

 2人のためなら……お姉ちゃん、死んでも、負けないよ」

 

 そう言って、彼女は決死の戦場に臨もうとし……。

 

 

 

「っ!」

 

 咄嗟にスタンバトンを捨て、ネルを抱えて、転移。

 その場に極大の光と破壊がもたらされ、無名の守護者たちの大半が消し飛んだ。

 

 オリは転移した先にネルを下ろして……今攻撃を行った相手に、苦笑を向けた。

 

「……ったく、もう、ビックリした。

 誤射しそうな時には、ちゃんと警告しなきゃ駄目でしょ……トキちゃん」

「申し訳……ありません。急いで、いましたし……私の主人ならば、躱せると、信じておりました、ので」

 

 そこにいたのは、壊れかけのパワードスーツアビ・エシュフを纏う、調月姉妹の従僕、飛鳥馬トキ。

 ネルによって打倒され、エレベーターの中で気絶していた彼女は、顔に青あざを作り血を流し、体にはまともに力が入らず……。

 それでも、光のある目を、オリに向けていた。

 

「オリ様だけでは……少し、荷が勝つのでは?」

「言ってくれるねぇ。それじゃあ、可愛いメイドさんの力に、期待してもいいのかな?」

「はい。私は……飛鳥馬トキは、お二人の……メイド、です。

 主人のために戦うのは、当然の職務、ですから」

 

 

 

 両者共にボロボロで限界近く、もはや気絶直前の2人。

 主人公たちのいない、誰にも知られざる戦場で……。

 

「勝利条件は簡単、先生たちがアリスを救うまで、ヤツらを通さないことだ。

 ……守り抜くよ。私たちの大事な人を」

「了解。コールサイン04、飛鳥馬トキ……戦闘、開始します」

 

 主従の、最後の戦いが始まった。

 

 

 







 ラスボス戦後の最終防衛。
 まさかの魔王と四天王操作でのイベント戦です。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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