調月姉妹のやべー方   作:アリマリア

89 / 144
2つの蕾の結末

 

 

 

 結果から言えば。

 先生とゲーム開発部は、無事に天童アリスを救うことができた。

 

 

 

 エリドゥ中央タワー上層、先生が初めて顔を合わせた調月リオは、協力的だった。

 

 調月姉妹の内、武力を担うオリが倒されたことで、彼女たちの敗北は決定した。

 これ以上戦う必要はない、その選択は合理的とは言えない……と。

 ただ1つ、「これ以上姉を害さないこと」を条件に、先生たちをアリスの元まで導いてくれた。

 

 オリと瓜二つ、それこそ目やヘイローの色以外の全てが同じ見た目でありながら、オリとは真逆の在り方をするリオに、先生は少々混乱したが……。

 今は何より、アリスのことだった。

 

 ミレニアム最上階、管制室。

 そこでいくつものケーブルを接続され、ベッドに横になったまま意識を失ったアリス。

 

 先生たちが、彼女に声をかけ、起こそうとした瞬間……。

 

 

 

 ……彼女の中にいたナニカが、この都市を侵し始めた。

 

 

 

 管制室に並んでいた、たくさんのモニターは赤く染まり。

 要塞都市エリドゥは、名もなき神々の司祭、その遺産の力によって吞み込まれた。

 調月リオが持っていた管制権の大部分は喪失、ミレニアム校舎にいるヴェリタスとの通信も途絶。

 

「物質の、変換……オリの言う通り、半耐性では防げない……!」

 

 リオの謎めいた言葉を背に、とにかく先生たちは、アリスを起こそうとしたが……。

 

「……その行為は推奨しません」

 

 それよりも早く。

 アリスの状態がむくりと起き上がり、まぶたが開かれ……。

 ……普段は青かったはずの、けれど今は赤い目が、無機質に先生たちを見つめた。

 

「現在『王女』の表層人格は、内部データベースの深層部に隔離されています。

 強制的に接続を解除すれば、取り返しのつかない損傷が発生するでしょう」

 

 アリスならざる彼女の名は、「KEY」。

 王女を助ける無名の司祭たちが残した修行者であり、彼女が戴冠する玉座を継ぐ、鍵。

 

「私たちを妨害していた攻勢解析プログラムの停止を確認。

 只今よりエラーを修正し、本来あるべき玉座に、『王女』を導かせていただきます。

 ……AL-1Sに接続された利用可能リソースを確保するため、全体検索を実行。

 ……リソース領域の拡大。

 ……接続された領域の全体リソース、1万エクサバイトのデータを確認。

 

 現時刻を以て、プロトコル『ATRAHASIS』を稼働。

 コード名『アトラ・ハシースの箱舟』、起動プロセスを開始します」

 

 

 

 そうして、終わりが始まった。

 要塞都市エリドゥ、その地面、ビル、線路、兵器。

 その殆どが分解され、再構築され……無名の守護者として、「KEY」の力として、接収される。

 

「っ、既に16%が……プログラムの解析が間に合わなかった!?

 先生、このままでは……! このままエリドゥ全てのリソースを奪われれば、キヴォトスは終わってしまう!」

 

 リオがエリドゥで天童アリスを解析し、組み上げようとした防性プログラムは、完全な解析が為されなかったために不完全。

 いわば穴の開いたバケツに水を注がれるようなもので、塞ぎきれない穴から相手の攻撃がエリドゥに届く。

 物質の変換への半耐性と合わせて、時間を稼ぐことこそできているが……それでも、本質的にリオには「KEY」の侵食を止める手立てがない。

 

 ……たった1つの、簡単な方法を除いて。

 

「もはや猶予はない……決断を、下さなければ……!」

 

 今はまだ、エリドゥのリソースの75%以上が、リオの手中にある。

 これらすべてを使い、この都市、天童アリス、そして自分ごと、リオが全てを破壊すれば……。

 キヴォトスは、救われる。

 多くの無辜の人々は、生きられる。

 

 彼女の合理の底にある善性は、それを躊躇なく選び取る。

 きっと姉は嫌そうな顔をするだろうと……いいや、命が懸かっているとすれば、全力で自分を連れて逃げようとするだろうと、そう思いながらも。

 「KEY」にハッキングされて見えなくなった監視カメラの向こう、姉が戦闘不能になり、動けないのを良いことに、彼女はそれを口に出そうとした。

 

 自分が責任を持って全てを終わらせる。

 この命一つで、終焉を食い止める……と。

 

 

 

 ……しかし。

 

“それは駄目だよ、リオ”

 

 それを、この場にいるただ一人の大人は、許さなかった。

 

“私は、君のお姉ちゃんに、君のことを任されたから”

“ここで君を犠牲にする、なんて選択肢は取れない”

 

“……第一”

“それじゃ、君がオリにすごく怒られちゃうだろうし”

 

 

 

「なっ……」

 

 オリの名を出され、怯んだリオを後目に。

 先生は今、たおやかに部屋に入って来た少女に、目線を投げた。

 

“ヒマリ、何とかできない?”

 

 ……オリとリオによって捕えられ、中央タワーに収監されていた、明星ヒマリ。

 エイミを伴って現れた少女は……彼女にしては珍しく、どこか嫌味そうな笑みを浮かべ、言った。

 

「ええ、お望みとあらば、何とかしてみせましょう。

 何せ私は超天才病弱美少女の徳高望重なハッカー。そこのトラブルメーカーとは違いますから」

 

 

 

 ヒマリが提案したのは、精神へのダイブ装置によって、AL-1Sの深層にある、アリスの心に触れること。

 二度と戻れないかもしれないというリスクを提示され、しかし、ゲーム開発部はそれを行うことを即断する。

 

 元より彼女たちの願いは、もう一度アリスに会うことだ。

 友人のためなら、今更リスクなど、考えるまでもない。

 

 ゲーム開発部と先生は、何故か抵抗もせずそれを受け入れた「KEY」の体の中へと、その精神を飛ばし。

 

 そうして……。

 

 

 

「こんなアリスでも……みんなを傷つけてしまった、アリスでも……本当に、みんなの傍にいて、いいんですか……?」

 

“もちろん”

 

「……それなら。

 それならっ、アリスも! 勇者になって……みんなと、みんなと一緒に!

 モモイ、ミドリ、ユズ、そして先生と! 冒険を、続けたいです──!」

 

「魔王である……アリスが、そうしても、許されるのなら……!」

 

 

 

“君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ──アリス”

 

「それなら──アリスはっ、勇者になりたいです!!」

 

 

 

 そうして。

 「天童アリス」は、自らを決した。

 

 勇者たると。

 人を助け、皆を守り、誰かを救う。

 

 そんな、ゲーム開発部の一員であり……『光属性の勇者』たると。

 

 

 

 結局のところ。

 少々話の規模が大きくなってしまったけれど、これは少女の、自分との戦いだったのだろう。

 

 自分の生まれた意義に、生きている意義に、疑問を感じ。

 その内に湧き上がる不安に耐えられなくなり、内に閉じこもって……。

 ……その果て、親しくなった誰かの手を借りて、自分の中の恐怖を倒す。

 

 そんな、少女の、自分との戦いだった。

 

 天童アリスは、それに打ち克ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、輝かしい彼女の陰で。

 

 同じく戦っていた、もう1人の少女とは、対極的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからの話をしよう。

 

 天童アリスが引きこもるのをやめ、表に出て来ると同時、「KEY」は表に現れなくなった。

 アリスの体はあくまでアリスに主導権があるらしく、彼女は「もうKEYの好きにはさせません! アリスはアリスですから!」と言って笑っていた。

 

 そうなれば当然、エリドゥのリソースの変換も止まり。

 要塞都市は、中央タワーを中心にその50%程を無名の守護者へと変換され、都市としての機能を失いながらも、それ以上先生やアリスたちに被害を与えることはなくなった。

 

 そして、それをモニター上で見ながら、オリに協力していたということになっている、けれどその実この作戦を主導していたリオは……。

 

「……やはり、私の計算通りにはいかず、オリの言う通りに……」

 

 そう言って、コンソールに手を突き、視線を落としていた。

 

 自分の計算が、理論が、やっていたことが、全て間違いだった。

 それはつまり……先生がここにいなければ、リオのせいでキヴォトスが滅んでいた可能性があった、ということになる。

 

 正しさ。

 ただそれだけを誇って、彼女はここまで来た。

 必要な犠牲であると、ミレニアムのために必須の行為なのだと、自らにそう言い聞かせて、多くのものを貶めて来た。

 

 それなのに、自分は正しくなかった。

 ……正しくない自分が、多くのものを、犠牲にしてしまった。

 

 ミレニアムを、キヴォトスを守ろうとして……。

 しかし、逆に破滅へ近付けていたという事実。

 

 そして、本来リオ一人で負うべき自責の念の半分以上を、本来彼女が守るべき姉によって全て肩代わりされ。

 更には、大人である先生によって後始末を付けてもらったという、無様に過ぎる結末。

 

 それが、リオの感情を、ぐちゃぐちゃにかき乱す。

 

 

 

「…………私は」

 

 そして自然と、その足が動き出した。

 

 過剰なストレスによる、逃避。

 リオが選んだ、いいや、ただ1つ残された選択肢が、それだった。

 

 合理の化身とまで言われる彼女としては例外的な、「人間らしい」行動。

 感情を排し切れない……普段は調月オリにしか向けられない、合理の仮面の下の行動。

 アイデンティティの崩壊を前にして、もはや彼女に行動を選べる程の余裕はない。

 

 リオはふらふらと、どこかへと歩き出して……。

 

 

 

「……よぉ、リオ」

 

 中層へと続くエレベーター前で彼女を待っていたネルによって、止められた。

 

 

 

「……ネル」

「どこに行くか知らねぇけど……その前に、てめぇの姉から、言伝だ」

「オリ、から……?」

 

 ひやり、と。

 不意に、リオの背中を、嫌な予感が撫でた。

 

 何故かはわからない。合理的な説明ができない。

 ただ……彼女の、直感とでも言うべきものが。

 調月オリと、15年以上付き合ってきた、経験が。

 これまでのオリの行動と表情と言葉、その全て結び付けて、何かの結論を出した。

 

 リオはそれを「あり得ない」と、それを否定するだけの理屈も理論もなく、それでも何度も否定し……。

 

 

 

 ……けれど。

 

 

 

「私は逃げるから、後始末はよろしく……だとさ」

 

 

 

 その「あり得ない」可能性こそが真実であると、突き付けられた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから、数分前。

 天童アリスが救われた直後のこと。

 

 中央タワー中層、無名の守護者が機能停止したのを確認して、オリは大きく息を吐いた。

 

「ふぅー……終わった、か。ギリギリだったな」

 

 彼女は血と油と煤で汚れた頬を、袖で拭う。

 脱力した全身からは、取り繕いようもない疲労と消耗が窺えた。

 

 ただでさえ限界直前にまで消耗しながら、先生の指揮もなしに無限の軍勢と戦い続けたのだ。

 たった十分余りの戦いとはいえ、倒れることも気絶することもなく戦い切れたのは、ひとえに彼女のこれまでの研鑽の結果と言えただろう。

 

「なんとかなって、よかった……トキちゃんも、お疲れ様」

 

 オリの横で、彼女の従者たるトキは……。

 アビ・エシュフのガトリング砲を支えに、膝を突くような体勢のまま、その意識を失っていた。

 

 彼女は何度もその主砲によって無名の守護者を蹴散らし、一気に押し返してくれた。

 それがなければ……オリは、やられていたかもしれない。

 

 ぽんぽんと、その頭を撫でながら、次にオリは後方へと声を投げる。

 

「ネルパイたちも、生きてる~?」

「……まぁな」

 

 壁に寄せられていたネルも、C&Cも、無事だった。

 そもそもオリとトキが彼女たちを守るように戦っていた以上、当然ではあるのだが……。

 

 ……それでも、きっと。

 オリにとってそれは、ほんの僅かな救いになったのだろう。

 

 

 

「そか、よかった……なんとか守れたか。

 じゃあ、全部、おっけーだね」

 

 オリは安堵の息を吐き……そして、歩き出す。

 上層に続く出口でも、下層に続く入り口でもなく、見当違いの方向へ。

 

「……? てめぇ、どこに」

 

 そう言いながら痛む体を押して身を捻り、彼女の向かう方向を見たネルは……。

 

 そこに、今も壁に埋まっているアバンギャルド君が空けた、大穴があることを悟り。

 弛緩した意識が、一気に引き締まるのを感じた。

 

「っ、てめぇ! 何するつもりだ!?」

「んー……? ああ、いや、ネルちゃんが心配してるようなことは、しないよ。

 その斜め下なことは、するけどさ」

 

 オリは、恐らくは意識も朦朧としているのだろう、ぼんやりとそう言い……。

 ふらりと足を滑らせるように、壁の大穴の先へと、その身を投じる。

 

「ぐっ、してんじゃねぇか……!」

 

 もはや体の痛みだのなんだのと言ってはいられない。

 ネルは悲鳴を上げる全身に鞭を打ち、這いずるようにその大穴への駆け寄って……。

 

 

 

「だから、違うって。

 ……ああ、そっか、ネルパイたちにはこれ、見せてなかったっけ」

 

 

 

 中央タワーの外壁に張り付く、巨大な四脚式移動砲台と、それに掴まるオリを見た。

 

 その「武装」の名は、「サムス・イルナ・ケテル」。

 ワカモによって砲塔を叩き折られ、砲撃能力を喪失したが……。

 オリの思考を読み取って行う超高速の移動能力は健在。

 

 故に、この場から離脱することも、容易だ。

 

「私は……逃げるよ。はは、殺人未遂に莫大なお金の()()、拉致監禁に妹の()()。こんなに重い罪、私なんかに背負えないし?

 後処理とか責任とか、ぜ~んぶそっちに押し付けて、逃げちゃうんだ」

「は? てめぇ、ふざけ……!」

 

 ネルは青筋を立てて叫びかけ……。

 

 しかし、その寸前、オリの表情が目に入って。

 ……全てを悟り、その口を閉ざした。

 

「うわ、今のでわかっちゃうの? ネルパイのそういう、察しの良いとこ……ほんっと、気色悪いね。

 まぁでも、ネルちゃんならいいか。余計なこと言わなそうだし?

 あ、そうだ、リオちゃんに伝言しといてくれる? 『私は逃げるから、後始末よろしく』ってさ」

 

 ガコン、と……サムス・イルナ・ケテルが、壁に突き刺していた脚部の2本を引き抜き、移動を開始する。

 オリは折れ曲がった砲身に掴まった状態から砲座にその身を移し、横になるように座りながら……。

 

 最後に、ネルに、一方的に言葉を投げつけた。

 

「お別れだね。さようなら、ネル。

 ……本当に楽しかったよ、この3年間」

 

 

 

 調月オリは、混乱と闇夜に乗じて、どこかへと消えていった。

 

 残されたのは、気絶し、直近の記憶を持たないトキと……。

 

「……こんの、大馬鹿野郎が」

 

 その眉を苛立つようにひそめ……けれど、決して怒りは浮かべていない表情の、ネルだけだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 調月オリ。

 調月姉妹の姉であり、ミレニアムに住んでいた少女であり……。

 セミナーの資金の横領、不法な都市の建設、天童アリスの拉致監禁、殺害未遂、そして生徒会長たる調月リオの脅迫という、数多の悪行を犯した生徒。

 

 彼女は、この一件を契機とし、その姿を消した。

 

 以後数か月にわたって、シャーレを中心に、ミレニアム、ゲヘナ、トリニティの三大学校にアビドスも協力し、彼女の捜索が行われた。

 

 要職に就いているというわけではないが、ミレニアムの生徒会長の肉親であり……その上、責任を追及すべき犯罪者でもある。

 現在はビッグシスターたる調月リオが、彼女の犯した罪の尻拭いをしているが、それも健全とは言い難い。

 本人を探し出し、相応の罰を与え……あるいは、その安全を確認し確保するべきだろうと、誰もが思っていた。

 

 そのため、山海経などの部外者を望まない自治区を除いて、連邦捜査部シャーレの権限に基づき、可能な限りキヴォトスの全域に捜索の手が回ったが……。

 

 結局、彼女の姿は、キヴォトスのどこにも見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……キヴォトスの、青かったはずの空が赤く染まる、その日までは。

 

 

 







 それが彼女の破滅の回避。

 それが彼女の破滅の開花。



 天童アリス(青)/ケイ(赤)と、調月オリ(青)/調月リオ(赤)。
 勇者として生きる魔王と、支配者として生きる弱者。
 誰かによって救われて自らを決めた者と、孤独であったが故に救われず自らを肯定できない者。

 この辺りの対比は、本作の初期テーマの1つでした。結構プロットから変わっちゃったので、割と形骸化しちゃってる感じもありますが。



 明日更新する分で破滅しかけの花のパヴァーヌ編は終了です。
 次々回からは……最終編が始まります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。