ミレニアムに帰った先生とゲーム開発部、エンジニア部、C&C、そして調月リオを待っていたのは……。
「会長、無事ですか!? オリはどこに!?」
「オリはその……、? 無事?」
「ああもうっ、アリスちゃんを攫うだけには飽き足らず、ヘイローを壊そうしてる時点で論外なのに、とんでもない額を会長に横領させて馬鹿みたいに大きなレジャーパークなんて作ろうとしてたなんて!
いくらなんでも許せません、今日ばかりはお説教です! コユキと一緒に反省部屋送りですよこれは!」
「……は?」
調月オリへの、無数の偏見の声だった。
「調月オリは、個人的な楽しみのためにレジャーパーク用巨大都市『エリドゥ』を建築していた」
「そのために生徒会長を脅迫し、セミナーの資金を横領させていた」
「それに気付いた勇者アリスを危険因子だと判断し、拉致監禁、記憶を抹消し、最悪の場合はヘイローを破壊する気でいた」
先生たちが帰り着いた時には既に、そんなふざけた風説がミレニアム中に広まっていた。
勿論、事実無根である。
要塞都市エリドゥは、確かにオリも設計要綱に口を出すことこそあったが、資金調達から建造作業まで、そのほぼ全てをリオが自分の意思で行っていた。
オリは止めこそしなかったが、別段それを勧めようともしなかったし、当然レジャーパークとしての都市など作っていたわけもない。
アリスを拉致したのは彼女が「名もなき神々の王女」となり得る存在、キヴォトスの危険因子だからであり。
この場ではリオしか知り得ない事実ではあるが、それを殺そうとしたのもあくまでリオで、オリはその行動を察して肩代わりしただけであり、アリスへの殺意など微塵も持ち合わせてはいなかった。
しかし、調月オリの普段のあまりに気ままで傍若無人なその姿が、そして噂される動機のくだらなさが、「もしかしたら本当のことかも」という、妙な信憑性を与えてしまっていた。
「調月姉妹のやべー方」なら、そんなことをするかもしれない。
「調月姉妹のマシな方」だって、ルールを違反する者に容赦はしないのだから……と。
先生たちがそれに困惑する中で、真っ先に動いたのはリオだった。
彼女はミレニアム全域に敷いた情報網から、ものの5分で、その情報の出処を調べ上げたのだ。
結論から言えば、その根も葉もない噂を流布したのは、1人の少女だった。
「バレてしまいましたか」
リオに呼び出された彼女は……セミナー書記、生塩ノアは、そう言って薄く微笑んだ。
「何故……こんなことをしたの」
普段の調月リオと同一人物とは思えないような、怒気の込められた言葉。
居合わせたセミナー会計、早瀬ユウカがその目を丸くする程のそれを、けれどノアは受け流し……。
ばさりと。
何十枚かの紙の束を、その場に置いた。
「これ、は……」
調月リオの優れた頭脳は、その紙束の意味と意図を即座に理解した。
そこに記載されていたのは、ノアが流布すべき誤情報。
それも、1つではない。想定されるケース毎に、どういった情報を流すべきか、何通りも纏められていた。
調月オリがミレニアムに帰還した場合。そうならず失踪した場合。リオが帰還した場合。そうでない場合。天童アリスが無事に笑顔でミレニアムに帰還した場合。その表情が曇っている場合。そもそも帰って来なかった場合。
細かく分岐したそれぞれの未来で、どんな偏向報道をすべきか、セミナーをどう扇動すべきかが、そこには事細かに記され……。
その最初の1つこそ、現在ミレニアムに流されている風説そのもの。
……そして。
それを記した書式や、言葉の言い回しの癖に。
リオは……見覚えがある。
いいや、見慣れてしまっている。
それは、間違いなく。
リオの、ただ一人の姉のものだった。
ノアは至って冷静に、リオに声をかける。
「会長も、ご理解されているでしょう?
これだけの大事になった以上、誰か一人、恨むべき敵、スケープゴートが必要だ、と」
「ちょ、ちょっと待ってノア! それってまさか、オリが……」
目を白黒させるユウカに、ノアは伏し目がちに、語った。
「……オリ先輩は、言っていました。
『こういう時に感情に流されず、冷静にすべきことをしてくれそうなのには、やっぱりノアだから』
『ほら、いつぞやノアの余裕を崩したら~とかやって面倒かけたじゃん? それだけじゃなくて一杯迷惑もかけまくったし? 私への恨みもあるんじゃない? ここで盛大に払っちゃいなよ』……と」
恨みなんて持ってるはずないんですけどね、と、そう言って。
ノアは、いつも通り……けれどどこか悲し気に、笑っていた。
* * *
調月オリの、失踪。
リオはこの事態に対し……彼女の捜索の指揮を執るため、ミレニアムに残った。
そしてミレニアムに残る以上、同時にビッグシスターとして、この動乱の収集にも努めた。
彼女の自認はどうあれ、現在のミレニアムにおいて、リオはオリによって強制的に悪事を行わされていた被害者、という認識が広まっている。
そんな彼女が懸命に事態を収めようとする姿は、普段冷徹であるが故に疑われがちな彼女のミレニアムへの献身を、確かに住人たちへと伝えた。
それもまた、オリと……そして彼女に知恵を付けた『あの子』の奸計だろうと、悟りながら。
姉の最後の、そしてこれ以上ない思いやりを、リオは無視できなかった。
“オリは……君が悪者呼ばわりされることに、怒っていたよ”
“あの子は誰よりみんなを想っているのに、それを誤解されるのは許せない……と”
事件の後、改めて正式に挨拶をした先生が語っていた言葉。
結局のところ、オリがこのような茶番の絵図を描いた理由は、それが全てなのだろう。
調月リオを、悪者にさせない。
誰にも責められない……被害者のポジションへと追いやる。
ただそれだけのために、彼女は全ての濡れ衣を自ら羽織り、笑いながら消えた。
……それが、リオにとってただ一つ、絶対に許せないことだと。
姉妹の交わした「絶対に裏切らない、姉妹として横にいる」という約束を破る行為だと、そう悟りながら。
「……先生」
“うん。全力でオリを探そう”
“私にも、協力させてほしい”
“……あの時、君たちに寄り添えなかったのは、私の罪だから”
調月オリの捜索は、ミレニアムの恥にも繋がるということで、その動機や発端などはあまり大っぴらにはされなかったが……。
それでも、多くの生徒が協力してくれた。
シャーレの先生が、強く呼びかけたと言うのもあるが……。
アビドスからは対策委員会会長のホシノ、トリニティからは元ティーパーティのミカ。
少なからぬ影響力を持つ生徒たちが自ら協力を願い出たということもあり、捜査は密かに、けれどかなりの大規模でのものとなった。
……しかし。
それでも、オリは見つからない。
“リオには、オリの行先に心当たりはない?”
定期的に尋ねてくれる先生にそう問われ、けれどリオは、力なく首を振る。
「ミレニアムの中は徹底的に……廃墟も、可能な限り調べたわ。
けれど、人がいたという痕跡すら残っていない……。オリは、ミレニアムにはいないと、そう考えるべき」
“他の自治区は?”
「……オリには、今年のエデン条約の一件まで、他の自治区に強く関わらないよう言っていた。だから他自治区に強いパイプを持ってはいないはずよ」
そう言って、彼女は深いクマの残る目を閉じ、頭痛を訴えるように頭を抑えた。
憔悴した様子のリオに、先生は心を痛める。
生徒のこんな姿を見たかったわけではなかった。
リオだけでなく、勿論オリもそうだ。
ホシノからは「露悪的でカッコ付けたがり」と聞いていたが、だからと言って、平和に自治区で暮らせなくなる程の負を抱え込ませるつもりはなかった。
選択を間違った……とは、思わないし、思えない。
天童アリスを、生徒を救うために、あれは必要だった。
けれど、何か他にできることがあったのではないか……という想いが、先生の胸を占める。
……先生が、「先生としての判断」を間違うことは、決してない。
かつて、あるいはいつか、連邦生徒会長が語っていたように……。
先生は必ず、同じ場面で、同じ選択を取るのだから。
そしてそれは、常に世界にとって正しい選択となる。
「先生」が「生徒」を想って取った選択によって、「生徒たち」は正しき未来へと進む。
それが、先生の存在によって「学園都市」というテクスチャを纏った、
……けれど。
ただ一人、例外がいる。
「キヴォトスに存在するはずのない者」であり、その神秘の中に歪を持つ少女は……。
この世界の
つまるところ。
調月オリは、「先生としての選択」によっては、必ずしも救われない。
ただ一人の少女を想う気持ちではなく、あらゆる生徒を救うための選択では、彼女に救いはもたらされない。
彼女の存在は、この世界にとって、どこまでも異分子。
その在り得ないはずの存在が、周りを巻き込み、大きな歪を生んでしまっていた。
* * *
オリと、リオ。
この2人についてどうすべきかと、先生が考えていた時……。
「……ああ、けれど」
ふと、思い出したように、リオが再び口を開く。
「これまでに時々、オリの位置座標が唐突に途絶えることがあったわ。
唐突にあの子はどこかに行ってしまって……けれど、これまでは数時間で戻って来ていた。
ミレニアムの中でのことだったし、あの子にも自分の時間が必要なんでしょうと思って、問題にしていなかったのだけれど……」
“それは、いつ?”
リオは、記憶していたいくつかの日付を先生に告げた。
……その中の1つに、先生は、覚えがあった。
それは、先生がエデン条約についての一件で、オリから……いいや、ゲマトリアのオリヒメから、いくつかの説明を聞いた日……。
その、前日だった。
“…………”
先生の脳裏に、何か、過るものがあった。
初めて会った際、オリヒメはオリの状態について、こう言っていたはずだ。
『私の頭上、あるべきヘイローが灯っていないでしょう? つまるところこの体の持ち主、調月オリは現在眠っているのです。……特殊な薬剤によって、ですが。
心配なさらずとも、1時間程すれば彼女は目を覚ましますよ。そうなれば、私はまた彼女の夢の中に戻るだけです』
オリを眠らせ、オリヒメにその体の主導権を渡す、特殊な薬剤。
それを、オリヒメはどこから得たのか。
薬剤を使わなければ、オリヒメは体の主導権を握れない。
その言葉が真であれば、オリヒメ自身が薬剤を製作することは不可能だ。
同時、キヴォトスの尋常な薬剤師がそれを作れるとも思えない。それこそ先生の生徒である薬子サヤだって、オリヒメという不明な存在を引き出す、なんてことはできないはず。
では、やり方を教え、オリに作らせた?
……あり得はするが、考え辛い。
シャーレの当番に来てくれる時の様子を見るに、彼女にその手の細々とした作業の適性があるとは思えない。
つまるところ。
オリヒメは、そんな尋常なものでない薬剤を、誰かから受け取った可能性が高い。
正確に言えば、オリに受け取らせ、それを自発的に飲ませた……ということになる。
オリヒメがツテを持ち、同時そんな薬剤を作れる者を、先生は一人しか知らない。
ヘイローを破壊する爆弾を筆頭に、複雑怪奇で意味不明なものを創る、悪しき大人の一人……。
デカルコマニー、あるいはゴルコンダ。
同じ組織に属する以上、考えてみれば当たり前の話ではあったが、オリヒメはゲマトリアと強い繋がりを持っているはずだ。
ベアトリーチェを打倒した際にデカルコマニーあるいはマエストロが彼女を助けに来たことから考えても、彼らが一定以上の互助を行っていることは間違いない。
そして……彼らならば、自分たちに発見できない場所にオリを匿う、あるいは攫うことは容易だろう。
“ゲマトリアが……?”
……悪しき大人たち、生徒を「消耗品」として見ている集団。
彼らがオリをどこかへ連れ去った可能性を、先生は否定できなかった。
* * *
「ああ、素晴らしい眼をお持ちですね、先生。
いやはや、面白い推理です。探偵にでも……あれ、違ったかな。小説家にでもなったらどうですか? が正しいですか。
いえ、的中している以上、やはり探偵の方がいいでしょうね。ミレニアムロジックとかやってたし」
……キヴォトスにあってキヴォトスにない、とある空間。
5人が囲めるよう設計された円卓に、今、2人の人間が着いていた。
「楽しそうですね。あなたにとってもう1人の絶対者、唯一通じ合える相手となれば、気に掛かりますか」
内片方は、黒色の割れたガラスのような頭を持ち、スーツに身を包む、黒服と呼ばれる存在。
彼は興味深そうに、もう1人の人間の方を見ている。
そして、もう片方……。
「……やめなさい。私をあの人と同列に並べるな。
絶対者であるとは言っても、私は所詮二次的なものにすぎません。一次的であり、真なる絶対であり、この私をして決して歪ませ得ない真球……。
連邦捜査部シャーレの先生は、本質的に私と並べて語っていい存在ではありません」
それまでの機嫌が嘘だったかのように、殺意すら込めて黒服を睨む女性。
肩までで切りそろえた、艶やかな黒髪。
普段は楽し気に大きく開かれている青の瞳は、しかし今は不機嫌そうに眇められ。
後頭部に浮かぶべきヘイローは光ることなく、ただ虚空のみがあるばかり。
調月オリの体を用いる、ゲマトリア……。
『歪みの乳母』、あるいはオリヒメと呼ばれる存在は、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「私はどこまでいっても、『先生の成り損ない』でしかない。
現に……あの立場に立たされれば、間違いなく、選択を誤ったでしょうからね」
破滅しかけの花のパヴァーヌ fin
次回より、最終編。
「あまねく奇跡の始発点」
全てが救われるような奇跡は起こり得ない。
ただ、トロッコの行先を切り替えるような、転換のみがそこにある。
これは、少女の「選択」の物語。
咲き誇った破滅の花が散華する、ただそれだけのお話。
「小さな命の転換点」