こういうのは意外と「この場面をどう解釈するか」「どこをカットしてどう伝えるか」「何を足してどう時系列の辻褄を合わせるか」など考えることが多く、書いてて楽しかったりします。難しいけど。
結論から言えば。
七神リン生徒会長代行は、先生の話をすぐに聞いてくれた。
キヴォトスの破滅を夢に見た。これは予知夢で、未来に起こり得ることかもしれない。
そんな、世迷い事と取られても仕方のない言葉を……けれど、殆ど二つ返事で。
リンにとって「先生」は、敬愛していた連邦生徒会長が後を託した大人であり。
何かと仕事をサボりたがるし失敗も少なくない、困った人であり。
……けれど同時、この1年間、生徒の為に懸命に走り回っている姿を何度もその視界に捉えた存在でもある。
実務能力や思考の余剰はさておいて、ことその精神性と誠実さに、リンは一定の評価を下していた。
少なくとも、今のキヴォトスに必要なピースであり、なおかつその意思に信頼のおける大人であり……こんな悪趣味なことを無意味に言う人ではない、と。
それが、この話をすぐに受け入れた理由の1つ。
……そして、もう1つは。
「…………予知夢、ですか。あの人の、好みそうな話です」
先輩と、頼れる人と慕っていた……連邦生徒会長。
彼女がこういった類の話を聞けば、まず間違いなく信じて行動を始めただろうと、そう思ったからだった。
リンは「あまり多くの時間を割けるわけではないが、必ず協力する」と言ってくれた。
真面目なリンは、必ず約束を守るだろう。キヴォトス全体に「滅び」の可能性を示し、何かあっても問題ないよう備える必要性を訴えるはずだ。
ただ、現状、連邦生徒会は……歯に衣着せず言えば、各自治区から良い評価を受けていない。
いきなりこんなことを言われても、困惑や反感を買いかねない。
故に、先生はそれを受け、すぐさま生徒たちに連絡を取り始める。
これは自分も関わっている話だと、そう言って少しでも取りなそうとしたのだ。
オリを探して砂漠を探索しているらしい、ホシノ率いる廃校対策委員会がいる、アビドス高等学校。
ゲーム開発部やエンジニア部、特異現象捜査部にC&C……そして今もオリを探すリオのいる、ミレニアムサイエンススクール。
ちょうどその頃「色彩」について調べていたシスターフッドや正義実現委員会、補習授業部、聴聞会の結果正式にティーパーティを辞めることになったミカや、彼女を心配するナギサたちのいるトリニティ。
それから……あまり意味があるとは言い難いけれど、現状宙ぶらりんの状態である元SRTの生徒たち、RABBIT小隊の4人。
そのほかにも、様々な学校と自治区の生徒たちに、それぞれメッセージを送って行く。
……思えば、1年で多くの生徒たちと知り合ったものだと、先生は指を走らせながらぼんやりと考える。
三大学校であるトリニティにゲヘナ、ミレニアム、それ以外のたくさんの自治区。
それぞれの上層部の生徒とも、一般の生徒とも、数えきれない程に知り合った。
そしてその多くと、少なからず友好的な良い関係を築けたとも思っている。
先生のいた「外の世界」よりも……なんというか、「個性的で楽しい」生徒が多く、けれど大人しく優しい子も決して少なからずいて。
問題児もいれば、それを解決する生徒もおり、なんなら敵対している関係性の生徒たちだっていた。
けれど、その全員が、先生にとっては等しく「生徒」。
愛すべき、支えるべき、守るべき子供だった。
本当にたくさんの……可愛い生徒たち。
先生にとって、彼女たちと知り合えたことそのものが、宝物のような経験だ。
“あの頃とは、大違いだな……”
最初の頃、シャーレは無人だった。
突然失踪した頂点権力者が、その超法規的な権力を託した大人。
あまりにも怪しいシャーレの先生に、積極的に絡みに行く者は少なかった。
最初期に知り合いと呼べたのは、リンを除けば、それこそ当時極限状態に近い程に追い詰められて藁にも縋るような気持ちでメールを送って来た対策委員会と、シャーレ奪還の際に偶然知り合った生徒たちくらいで……。
……その内の1人は、今……果たして、どこにいるのか。
“…………”
思考を進めていく内に行き当たるのは、やはりオリのことだった。
調月オリは、一番最初にシャーレに来てくれた生徒。
そして、恐らくはこの一年で、最も長い時間を共に過ごした生徒でもある。
接していく中で、先生は少なからず彼女の想いに触れた。
「本来生まれるはずじゃなかった」という自嘲じみた言葉、リオと共に大人の悪意の中で生き抜いて来たという過去、ミレニアムどころかキヴォトスの生徒としてもどこか馴染まない特殊な有り様、『あの子』という特異現象、そして……先生への、憧れ。
言葉の節々から窺い知れる、調月オリの実像は……。
豪放磊落で天然な第一印象とは全くさかしまに、その実、凄まじく繊細で等身大の少女でしかなかった。
思えば最初に会った時、やけにテンションが高いように思えたそれは、彼女が年相応にはしゃいでいたという証左であり。
勇み足でシャーレに来てくれたのも、彼女の中に蓄積された『あの子』の物語に出て来る「先生」への憧れ故だったのだろう。
それからこの1年、何度も先生を、そして恐らくは裏でリオのことも助け続けた彼女は……。
最終的に、リオと先生を敵対させないようにと、全ての咎を背負い、自らが消えるという道を選んだ。
……先生の選択が、その道を、選ばせてしまった。
アリスとリオは、存在の根本からして相性が悪かった。
如何に本人が善良だろうと、生まれの部分に不穏な因子を持つアリス。
幼少の頃から大人の悪意に苛まれ続け、その並外れた頭脳の大部分を「疑うこと」に使うようになってしまったリオ。
この二者が同じ場所にいれば、いずれ破綻が来ることは明白で……。
そうでなくとも、あるいは『あの子』の語った事の中に、あの事件も含まれていたのか。
オリは妹から毒杯を取り上げ、それを呷り……。
結果として、リオは責められたりすることもなく、被害者として、ミレニアムに残っている。
……もしくは。これは、単純な深読みになるかもしれないけれど。
高校に入ってから本格化したという、彼女の「不条理な」振る舞い、破壊行動の数々は……。
今この瞬間、ミレニアムの誰もから「調月オリならそんなこともやりかねない」……と。
つまりは、「調月姉妹のやべー方」として扱われることを望んで、行っていたのかもしれない。
“……やっぱり、オリとはもう一度話さないと”
先生が、自ら生徒の意志を歪めることはない。
たとえそれが社会的に言えば「悪」とされることであろうとも、生徒がその自覚を持って、なおかつ自身を痛めつけるような自傷紛いのものでない限り、咎めることさえしない。
先生にとって肝要なのは、その生徒らしいかどうかだ。
社会に適合するだとか、集団に溶け込むだとか、そんなことは大人に近づいてから学べばいい。
青春というモラトリアム。自分で自分を決められる、ある種の人生の黄金期。
その間くらい、自由に自分らしく生きられるのならそれが一番だと、そう思っている。
だが……その点で言えば、オリの振る舞いは、決して先生の許容できるものではなかった。
彼女は、望んで「魔王」の役を負ったわけではない。
それは妹の代わりだったと、自分の代わりに泥を被ったのだと、リオ本人から聞かされた。
書き残してあったらしい手紙には、「ミレニアムにはリオちゃんが必要」だのなんだのと書かれていたが……そんなご大層な理由で動く程、彼女は聖人君子ではない。
リオが罪悪感に圧し潰されないように、誰かに悪者と言われないように、というのがその真意だろう。
彼女は、望んで暴力を振るっているわけではない。
これまで誰かの悪意に晒されたり、誰かを助けるために必要になるまで、彼女がその有り余る力を振るうことはなかった。
キヴォトスで出会った他の生徒たちと同じように、自分の強大な力に溺れることなく、周りを思いやる心を忘れていなかった。
特に、弱者相手には殆どその拳を振るうことはなかったし……。
あの時も、先生の声を聞いて、踏み留まってくれた。
調月オリは、なんら「不条理」な生徒ではないのだ。
少なくとも、先生が付き合ってきた調月オリは……理不尽な状況に振り回され、その感情をかき乱されながらも、懸命に「正しい」選択肢を選ぼうとしていた。
そんな、少なくともキヴォトス基準で見ればごく普通の、良識ある生徒だった。
……だからこそ。
もう一度、きちんと話さなければならない。
彼女の本当の望みと、これからの未来……そして、今度こそ、彼女の中にいる存在について。
言葉を濁すこともなく、向き合う必要がある。
“遅くなってしまった。
……本当に、ずっとずっと遅かったんだろうな”
彼女は子供の頃から、ずっとずっと苦しんできたのだろう。
それは……その時隣にいることができなかった先生には、どうしようもなく変えられない。
そうでなくとも、本当はもっと早く、オリと踏み入った話をすべきだったのかもしれない。
そうすれば、こんなことは起きなかった可能性も、ある。
ただ……生徒に踏み込み過ぎることは、先生の取るべき選択ではなかった。
故にこそ、他の生徒たちと同じように、ゆっくりと関係を深める道を選んだ。
実際、それが間違いだったかと言われると……難しいものがある。
きっとオリは、急激に仲を深めようとすれば、それを拒んだだろう。
「大人らしい利己的な大人」を嫌う彼女は、無理に彼女たちの領分へと踏み込まなかったからこそ、自然な距離の詰め方で利己的な気配を感じなかったからこそ、心を許してくれたのだ。
そう、その選択は間違いではなかった。
けれど、正解というわけではないし……。
恐らく、文句の付けようのない完璧な「正答」は、どこにもなかったのだろう。
そして恐らく、今後も……。
“いや”
“ここからでも、できることはあるはず”
先生は首を振り、改めてモモトークの画面を見る。
多くの生徒たちが、唐突に来た先生からの連絡に驚きながら、けれど好意的に受け取ってくれた。
彼女たちとも、決してすぐに関係を作れたわけではない。
それ自体は目的ではないけれど、多くの時間を共に過ごし、様々な経験を共にして、信頼関係を構築した。
時間はあるはずだ。
取返しようもない事態になったわけでもない。
またオリと会って、彼女に酷すぎる選択を強いたことを謝り、しっかりと話をして……そうして、関係性を作り直さねばならない。
“そのためにも、今はやれることをやらないと”
元より予知の力を持っていたセイアと符号してしまった、キヴォトスの破滅の夢。
あの事件以来、数か月もの間失踪したままの、調月オリの捜索。
どちらも欠かすことのできない、先生のすべきことだ。
* * *
キヴォトスの破滅。
それに向けた対策はリンの主導の下、あくまでも緩慢に、調和を保って進められようとしていたが……。
ある時を境に、それはいっそ性急なまでの勢いで以て進められるようになった。
ある日、連邦生徒会が、異常なデータを観測した。
アビドス砂漠。
D.U.近郊の廃墟化した遊園地。
ミレニアムの「廃墟」。
ミレニアム近郊の新たな都市。
トリニティとゲヘナの境界、あの古聖堂付近。
そして……彼女たちのいる、サンクトゥムタワー。
それら6か所に、超高濃度のエネルギー体が検出されたのだ。
それはエネルギー反応ではなく、エネルギー体。
つまりは、質量を持った何らかの存在のはずだった。
しかしそれらは、目視による観測ができなかった。
生徒たちの目を以てしては、そこには何もないように思え。
けれど計器は確かに、そこに何か強大なものがあると示している。
多くの連邦生徒会所属メンバーは、これを計器の故障と捉えた。
彼女たちにとって、今この瞬間は昨日から地続きで、明日へと繋がって行く、当然で平凡な日常の一つ。
正常性バイアスが、明らかに異常なそれを、ただの日常茶飯事であると定義したのだ。
……ただ一人を除いて。
「──各自治区の生徒会代表を緊急招集します」
そう宣言したのは、誰あろう、七神リン連邦生徒会長代理。
ただ一人、先生からキヴォトス破滅の予知夢の話を聞いていた彼女は、これを「異常かもしれない」と捉えた。
6か所……それも、どこも曰く付きの土地に現れた、超高濃度エネルギー体。
もしも、ただの誤解で、誤作動であれば問題ない。
……けれど、もしも、そうでなかったら?
これが先生の、そしてトリニティに棲む預言の大天使の言った、破滅の前兆であれば……?
その疑念が、彼女を急かした。
このキヴォトスを保つのは、彼女の責務だ。
少なくとも……本来ここを支配していた、そして皆を守っていたあの人が帰って来るまでは。
……しかし。
当然ながら、性急に過ぎる行動は、困惑と疑念、軋轢を生む。
先生が来るまで、救援要請をずっと無視され続けたアビドスでも。
政治的闘争が非常に多い伏魔殿であり、疑心暗鬼が跋扈するトリニティでも。
複雑に物事を捉えず、全てを我が為にと利用するゲヘナでも。
封鎖的で内向的、外部との干渉を望まない校風である山海経でも。
弱小の自治区として、普段は招集などかからない百鬼夜行でも。
クーデターを受け、現在統治者が不在の状態にあるレッドウィンターでも。
……勿論、現在妹の捜索に集中し、余計なことに気を回す余裕がないミレニアムでも。
七神リンの緊急招集は、その突拍子のなさと普段の連邦生徒会の態度から、快く受け入れられることはなく。
そして、この軋轢は各自治区だけに留まらない。
連邦生徒会の内部で燻っていた火種。
虎視眈々と破裂のチャンスを狙っていた爆弾。
それらに、弾けるだけのきっかけを与えることとなった。
リンの行動は……良くも悪くも、様々な導火線に火を点けたのだ。
……そして、緊急会議、前日。
連邦捜査部シャーレの部室、まさに先生がいる場所で……。
“……っ、君たちは……!?”
「大人しくしてもらおうか。できないのなら……!」
嵐のような銃声と共に。
物語の終わりが、始まった。
・ルート分岐
オリ不在時空→先生が連れ去られ、シャーレ奪還作戦
オリ存在時空→???