サンクトゥムタワー。
それはD.U.地区にそびえるキヴォトスの管制を司る中心点であり、同時、連邦生徒会の総本山だ。
七神リンによる多くの自治区の生徒会を招いた緊急招集会議は、明日、この場で行われる予定となっている。
これに深く関わっており、なおかつ多くの自治区の生徒会と接点を持つシャーレの先生もまた、どの自治区にも属さない中立の立場としてこの会議に参加予定であり……。
それを前日に控えたその日、先生は身の安全も考慮し、サンクトゥムタワーに泊まることとなっていた。
シャーレは一応サンクトゥムタワーと同じくD.U.地区にあるが、実際のその位置は辺境の外郭付近。サンクトゥムタワーからここに向かおうとすれば、ヘリを飛ばしても30分以上の時間がかかってしまう。
明日の会議を前にして多忙を極める今、離れた場所にいる先生の元に何かトラブルが発生した場合、連邦生徒会が即座に対応するのは難しい……というか、不可能だ。
故にこの措置は、今やキヴォトスにとって必要不可欠となったその身を安堵しておきたい、という意図のものであり……。
……実際には、それを利用する形で、カイザーPMCによる拉致未遂が発生してしまったわけだ。
「…………は、い?」
先生を護送してきたゲヘナ風紀委員長からこの報告を受けて、リンは絶句した。
ヴァルキューレとカイザーの癒着。
それだけなら、まだいい。いや決して良くはないが、最悪にも近い事態ではあるが、まだ仕方ないと置ける。
間違いは起こる。腐敗は避けられない。問題は何をどこからどう切り捨て、組織を健全化するか。
少し、いや、とても大きな案件とはなるだろうが、それでもこれは淀みなく解決し得る案件だ。
けれど、真の問題は……。
連邦生徒会内部で決定した先生の護送を、カイザーはどこから知り得たのか。
その情報は、当然ながら部外秘どころか極秘のもの。
これを知っているのは連邦生徒会の中でもごく一部、要職に付いている者だけだったはずだ。
……その中に。連邦生徒会の中に、カイザーへと情報を流した裏切り者がいる、としか考えられない。
それも……自分に反目するなんて可愛いものじゃない、企業と繋がって緩衝地帯に踏み込もうとする、秩序に対する危険因子と呼んでいいものが。
「…………はぁ」
堪えがたい頭痛に頭を抱えるリンに、風紀委員のヒナとアコは一度視線を交わらせた後、どこか同情の籠った視線を向けた。
「問題のある身内を抱えている」という意味では、彼女たちにとっても他人事ではない。
勿論、その重さや頻度には差があれど、リンの胃痛は理解できるつもりだった。
「連邦生徒会も大変なのね」
「……すみません、お見せすべき態度ではありませんでした。
先生を救っていただき感謝します、ゲヘナ風紀委員の皆様。この度は身内の恥を晒したこと、そしてご迷惑をおかけしましたことを謝罪させていただきます」
今回発生した事件、先生の拉致未遂は、決して捨て置ける問題ではない。
……が。こうして一度失敗した以上、裏切り者の方も企みが露見したことに気付くだろう。
真っ当な思考と危機感を持っているのなら、すぐさま行動を起こす、ということはないはずだ。
不幸中の幸いというか、これで少なくとも、明日の招集会議に差し障りはなくなったと言っていいはず。
そう判断したリンは、先生とゲヘナ風紀委員の2人をそれぞれゲストルームへと案内し、明日の会議に向けた最終調整へと戻った。
何はともあれ、明日の仕事は決して失敗できないものになる。
それを万全に熟した後、防衛室にヴァルキューレ癒着問題を探らせ、また内部の裏切り者を炙り出すことを考えればいいだろう。
「……キヴォトスの、破滅」
先生の語ったそれが、もしも本当に起こり得るなら……。
先日から観測されている異常な高エネルギー体が、無意味な自然現象や計器のバグでなければ。
連邦生徒会長からキヴォトスを託されたリンが最優先に対処すべきは、そちらの問題なのだから。
……しかし。
この時のリンは、想像もしていなかったのだ。
まさか連邦生徒会内部の裏切り者が、このキヴォトスにおいては持っていて然るべき、真っ当な危機感を有していないとは。
まさか当日の深夜に、更なる問題行動を起こすとは。
* * *
深夜、明日の招集会議への準備もある程度整い、その明かりが落ちたサンクトゥムタワーにて。
1人の生徒の靴が、人気のない廊下で、カツカツと音を立てる。
「まったく……夜更かしはお肌の天敵だというのに、何故私がカイザーの後始末などしなければならないのか。
こちらは報酬を払っているのですよ? 失敗した、では済まないでしょうが、あの大人共……」
内心の苛立ちを隠さずに呟くのは、ピンクの髪と大きなアホ毛、そして細めた目が特徴的な生徒。
彼女の名前は、不知火カヤ。
連邦生徒会の部署の1つ、キヴォトスの治安維持と防衛室の長であり。
同時、ヴァルキューレを実質的に支配下に置き、それを通してカイザーと通じている、リンが懸念していた連邦生徒会の裏切り者でもある。
彼女はため息を吐き、サンクトゥムタワー上階、ゲストルームの方向へと歩きながら……。
カチャリと音を立てて、右手に握ったハンドガンの安全装置を外した。
「まぁ、下の不始末を補うのも上に立つ者の責務ですか。
シャーレの先生は外の世界の非力な人間。これで脅せば簡単に従うでしょうし、排除するのは難しい話ではありませんし……これでカイザーに恩を売れると考えたら儲けもの、ですかね?」
彼女の現在の目的は、シャーレの先生の排除だ。
とは言え、流石に殺してしまうわけではない。
排除するのは、「この場」から。
明日の会議に出席せず、どこかで大人しくしていてもらえば、カヤはそれでいいのだ。
カヤがカイザーと繋がって得ようとしているのは、連邦生徒会長代理の座。
今現在そこに付いているリンは、カヤにとっては目の上のたんこぶと言っていい存在だ。
だからこそカヤは、彼女の評判を貶めて来た。
リンに対する不信の声を煽り、悪評を立て、連絡を止め、各室の生徒たちを丸め込み……。
ついには、彼女の不信任決議まで、あと一歩のところまで来ているのだ。
そして、明日が最後の一線となるはずだった。
緊急招集会議で、中立の立場から各自治区と連邦生徒会の仲介を担うはずのシャーレが何故か不在となれば、どうなるか。
各自治区からすれば、世話になっている先生の顔を立てる意味もあってここに来たのに、連邦生徒会はその存在を使って自分たちを騙したのか、と感じるだろう。
元より連邦生徒会は、生徒会長の捜索にリソースを割きすぎているせいでキヴォトスの内政が甘くなり、不信感を持たれている状態。
ここで「リンが独断で横暴を働いた」となれば……内外問わず、彼女に対する不信感は、決定的なところまでいく見込みだった。
そうしてリンを罷免したあとは、シャーレの先生にもある程度のうま味を吸わせ、あるいは武力によって屈従させて、実質的に自分の手駒とすればいい。
それで、カヤの連邦生徒会長代理の座は確かなものとなる、と。
少なくとも、彼女の脳の中では、そんな夢のようなプランが成立していた。
サンクトゥムタワーを含むD.U.全域の監視カメラは、治安と平和の維持を図る防衛室の管轄。
カヤは既に部下に命令し、サンクトゥムタワーのそれらを無力化している。
この夜に行われたことは誰にも知られず、密やかに先生はいなくなるはずだった。
故にカヤは何の恐れも抱かず、どころかむしろ楽し気に、サンクトゥムタワーの内部を歩き……。
「まぁ、最悪言うことを聞かないようなら、力の差を分からせてあげても構いませんが。
銃弾の一発でも差し上げれば、あの生意気な大人も言う事を、」
……その言葉が、最後まで紡がれるよりも早く。
彼女の喉は、恐怖から、小さく声を漏らした。
いつの間にか、彼女の眼前、歩いている廊下の先に、一人の生徒が立ち塞がっていたからだ。
既に照明の落とされた室内、月明かりも届かない窓から遠い位置にあって、少女の姿はハッキリしない。
けれど……。
ただ、その青い瞳と同色のヘイローだけが、禍々しく輝いて見えた。
「あなた、誰で」
カヤの言葉は、再び中途で途絶える。
彼女の言葉に答えることもなく、ゆらりと、少女が近付いて来た。
距離が狭まったことによって、ようやく少女の姿が見えて始め……。
カヤは、それに息を呑んだ。
少女としては非常に高い身長と、憎むべき無駄に豊満な胸。
ミレニアムの生徒会長と瓜二つの外見、その中でただ2つ、その目とヘイローの色だけが異なる少女。
タクティカルジャケットと防弾ベストを着込んだ臨戦仕様の装備は見慣れないが……。
間違いなく、目の前にいるのは。
「調月、オリ……!?」
失踪したはずの、ここにいるはずのない、少女だった。
不知火カヤにとって、調月オリは不倶戴天の敵である。
D.U.で暴れる暴徒たるオリを制圧するのは本来防衛室の仕事だが、結果から言えば戦力的にそれが不可能であるとされ、連邦生徒会長が直々にこれに対処することになった。
まだ防衛室所属の一生徒であった頃も、そして防衛室長にまで上り詰めてからも、カヤはオリを制圧するため、そのポジションこそ違えど何度も作戦に当たり……。
ただの一度たりとも勝つことができず、いつも連邦生徒会長に手柄を横取りされてきたのだ。
故に、彼女にとってオリは忌々しい仇敵であり、いずれ潰すべき相手であり。
……そんな彼女と、「連邦生徒会の総本山」で出くわしたことに、カヤはニヤリと笑みを浮かべ。
「ミレニアムを混乱に陥れた犯罪者が、出禁にされたここに顔を出すとは良い度胸ですねぇ。
警備を呼んで捕縛されるか、それとも投降するか、あなたが選んで構いませんよ?」
今この場に彼女が現れた理由など考えることもなく、自分が何をしようとしているのかも棚上げにし。
先程の言葉を聞かれたかもしれないなどという畏怖も忘れて、そんな言葉を投げつけた。
……結局のところ。
不知火カヤに足りないのは、危機感なのだろう。
今まで何度かぶつかったオリと、今目の前にいるオリの違いも……。
それどころか、その瞳からこぼれ出る憤怒と殺意すら、彼女は感じ取れなかったのだから。
「先生を害するヤツは、死ね」
次の瞬間に何が起きたのかを、カヤは理解できなかった。
ゆらりと、幽鬼のように動き出したオリが、一瞬で目の前にまで迫ったことも。
頭を彼女の手に掴まれ、振り回されたことも。
そして自分の頭に、どこかから飛んで来た銃弾が直撃したことも。
続けて下腹部に、槍のように鋭い蹴りが突き刺さり、8メートル程吹き飛んで壁に衝突したことも。
その一瞬で、意識を闇の中へと葬られたカヤには、察するべくもないことだった。
殺意マシマシ人生ツラメ少女のエントリーだ!
主人公のくせに7話ぶりの登場ってマジ?