七神リンのいるサンクトゥムタワーが、カイザーの手に堕ちようとしている時……。
シャーレの先生は何をしていたかといえば、アビドス自治区へと赴いていた。
昨夜の原因不明のシャットダウンから復旧した、シッテムの箱。
そこに届いていたアビドス廃校対策委員会のアヤネからのメールを受けて、緊急招集会議が終わるとすぐにここに飛んで来た形だ。
そして、先生は慣れた道を走り、アビドス高等学校へと赴いたのだが……。
辿り着いたアビドス高等学園校舎にいたのは、留守を預かりながら皆のオペレートを行う、アヤネのみ。
彼女とシロコを除く3人、ホシノ、セリカ、ノノミは現在、広いアビドス砂漠へと探索に赴いているらしい。
というのも……。
「そうなんです。オリ先輩に続いて、シロコちゃんまで……」
先日の、不明な空間の震えのような現象。
その時、ホシノたちと通話していたシロコからの反応が急に途絶え、そのまま失踪してしまったのだという。
調月オリは、リオからの忠言もあり、ミレニアム以外の殆どの自治区と関わりを持っていなかったが……。
その例外が、このアビドス自治区だ。
彼女は3年前からここに訪れ、ホシノたちと共にアビドス復興のための施策を行い……。
その果てに、ホシノ曰く、「大切なものを喪った」。
それ以来、彼女はビッグシスターの妹として、アビドスに支援を行ってきていたらしい。
対策委員会の面々とも、直接会うのはともかく、オンラインでビデオ通話などを通し、かなり親しくしていたようだった。
だからこそ……オリが失踪してから、先生に対しては隠そうとしていたが、ホシノはその笑顔を陰らせることが多くなったようだった。
絶望する、という程ではない。
どうやらオリは失踪前後にホシノへ言伝を残していたらしく、その言葉がホシノを支えていたらしい。
けれど確かに、以前よりは1人でぼうっと考え込むことが増えたり、真面目にオリの捜索に取り組んだりすることもあったのだが……。
今回そこに、更にシロコの失踪が加わった。
それも、オリとは違い、唐突に……本人の意思を伴わない形で、だ。
ホシノにとってそれは、精神の瑕そのものと言ってもいい事象。
勿論、セリカやノノミも、重さはともかくその想いは共有している。
そんなわけで、アビドスの生徒たちは緊急招集会議にも欠席し、昨日から交代でオリとシロコの捜索を続け……特にホシノは、一度たりとも休むことなく砂漠でマッピングと捜索を行っているらしい。
“シロコは……通話してたんだよね。何か言ってなかった?”
「あっ、そうでした……それも先生にお伝えしないといけなかったんです。
シロコ先輩、カイザーがすごい数の戦力を整えてるって、そう言って……その後、空が、どこか不思議な紫色になって……そう、それで、シロコ先輩、『不思議な色が見える』『黒、いや、虹?』って、そう言ってました。
私たちには、後半の意味はよくわからなかったんですけど……先生には、何か心当たりはありますか?」
“…………”
先生は、憔悴を隠し切れないアヤネには伝わらない程度に、ほんの少し眉を寄せた。
色。
黒であり、虹。
……『色彩』。
ゲマトリアのベアトリーチェが語っていた、不可思議な観念。
生徒の『神秘』とやらを『反転』させてしまうモノ。
セイアが「近くキヴォトスに到来する」と語った……厄災。
それが、シロコの失踪に関わっている……?
……断言まではできない。
先生は現時点において、それに能うだけの情報を持ち得ない。
けれど、やけに符号するそれは……先生には、不吉な前兆のように思えた。
“わかった。私にもハッキリと言えることはないけど、知ってそうな子に話を聞いてみるね”
ひとまずはシッテムの箱の中のアロナにお願いして、キヴォトス中の情報網からオリと並行してシロコの情報もピックアップするよう頼みながら、同時トリニティの2人の生徒に連絡を取る。
シスターフッドのサクラコと、ティーパーティのセイア。
色彩について情報を握っている彼女たちに時間を取ってもらい、この話を聞いてみるべきだろう。
“それから、私もシロコの捜索に……”
続いて、先生はシロコの捜索に加わるため、夜間装備を借りてホシノたちと落ち合おうとした……。
……の、だが。
状況は、更にその密度を増し、先生や生徒たちに襲い掛かる。
ポロン、という着信音。
それはシッテムの箱内の、生徒たちとのコミュニケーションツールであるモモトークの通知であり。
先生はそれを覗いて……思わず、その眉をひそめてしまった。
『先生、今どこにいる?』
『いえ、ごめんなさい、今大事なのはそれじゃない』
『もう気付いてるかもしれないけど、もしそうじゃないなら落ち着いて聞いて』
『多分、サンクトゥムタワーとD.U.が、カイザーの手に落ちた』
『シャーレにいるなら今すぐ脱出して。情報部の子を向かわせるから』
* * *
先生にそのメッセージを送ったのは、先日から先生がお世話になりっぱなしの、ゲヘナ風紀委員長のヒナ。
彼女は数時間前の緊急招集会議が終わった後は、ゲヘナに戻って情報部に赴き、そこでこれまでのことの整理、これからのことのプランニングを行っていた。
ゲヘナとして、緊急対策委員会へ協力することはやぶさかではない。
風紀委員は勿論、
けれど、まず行うべきは情報の整理だ。
確かに今後は各自治区と強調して行動することにはなるが、だからと言って完全な味方というわけではない。
各校の動向を窺い、またこの事態の正体を見定めなければ、下手を打つ可能性がある。
このゲヘナの責任者であり、多くの生徒たちをヒナに、そのようなミスは許されない。
この辺りは本来、
結果として、ヒナが学園の方針を見定めることが通例になっているのである。
……まぁ、当然ながらそれを決めて草案を提出した後は、生徒会である
とにかく、ヒナが着目しているのはあの空間の震えと、いささか性急にも思えるようなカイザーの動向。
その二点に加え、異常エネルギー体が観測されているゲヘナの火山について調査を始めつつ、アコやチナツ、情報部の生徒たちと推論を進めていたのだが……。
そんな時、計器を覗き込んでいた情報部の生徒が、唐突に口を開いた。
「……? こ、これ!?」
「どうしたの?」
「そ、それが、風紀委員長、カイザーPMCがD.U.に大量の兵器と兵士を持ち込んでます!
金属資源の運輸って言ってますが、重量が合いませんし、平常時はこんなルートは通ってません。それに、熱源センサーが内部に生命体反応を多数感知してます!」
「……え?」
幸運なことに、と言っていいだろう。
ヒナが進めていた捜査の網に、カイザーの動向が引っかかった。
巧妙な偽装ではあったが、先んじてカイザーの動向の異常を感じ取り、そちらに捜査のリソースを大きく振っていたことが幸いした形だ。
その後は、カイザーの調査に割くリソースを増やし、動向を探ることになったのだが……。
「これ……全部確かめるのは時間がかかりますが、もし今D.U.に入ってる大型トラックが全部そうなら、かなりの……それこそ大部隊級の戦力ですよ。
それに、何か演算装置みたいなのも入ってますし……まさか、政権転覆でも狙ってるんですかね」
呟いた情報部の生徒の、冗談めかした言葉に、ヒナは眉をひそめた。
カイザーによる政権転覆。それについて、ヒナは考える。
そもそもあり得る?
……あり得るか。
企業とは、大人とは、本来そういうもの。
自らの利益を追求するため、あらゆる犠牲を厭わない。
先生が身近にいると錯覚しそうになるが、キヴォトスにおいてはそれが「普通」なのだ。
特にカイザーは、その運営方針が相当に強引で、昔から批判を集めている。
なんらかのメリットがあれば、そういった行動を取ることも、そこまで違和感がない。
ただ……政権の転覆なんて、あまりコストパフォーマンスが良い行動とは思えない、というのがヒナの正直な所感だった。
キヴォトスの管制権を仮に手に入れたとして、そこからどうするつもりなのか。
カイザーは企業だ。「学園都市」を経営するだけのハウツーはないし、そこにかかるコストは莫大だろう。確かに大きなメリットは得られるかもしれないが、かかるだろうリスクをペイできる程とは思えない。
そもそも、行政への介入にうま味が薄いからこそ、大人たちの企業はそこにメスを入れず、生徒たちがそれを行っていたのだ。
今更、急にそれを行うというのも謎めいた話で……。
……それはつまり、逆に言えば。
自分たちで都市を運営するに足る、何らかのうま味を手に入れれば……強引に管制権、行政権を強奪するクーデターを起こすこともあり得る、ということでもある。
とはいえ勿論、それらはあくまでも、現段階で立てられる多くの予測の内の1つに過ぎない。
予測は予測。確証がない。その時点で動けば、むしろゲヘナ側が不利に、カイザー側が有利になってしまう可能性も高い。
故に彼女たちは、黙して状況を観察し、いつでも行動を起こせるように出撃の準備を整えて……。
「ヒナ委員長! カイザー、動きました!」
「サンクトゥムタワーに戦力が駆けこんで……っ、サンクトゥムタワーの警報装置、機能停止確認! ヴァルキューレ、腐り切ってる!」
「各地で戦力が展開しっ、くそっ、映像切断! 通信遮断されました!」
「現地諜報員に連絡を! 都度情報をこちらに送信し、目立たず観察を続けさせて!」
「っ!? か、戒厳令!? D.U.に……カイザーが戒厳令を発令してます!!」
……状況は、一気に動いた。
ヒナは殆ど反射的に、先生に連絡を取った。
もしも先生が、それこそ先日のように、まだ何も知らない状態でシャーレにいれば……。
その身が、危ないかもしれない。
……幸いにして、ヒナのその警戒は杞憂に終わる。
先生がその連絡を受けたのは、D.U.から遠く離れた、アビドス自治区でのこととなった。
* * *
ヒナからその情報を受け取った先生は、少なからず追い詰められているアビドスの面々を置いて、D.U.での事件に対処すべきか、苦悩していたが……。
「行ってよ、先生。シロコちゃんを見つけた時には学園都市キヴォトスが残ってませんでした……なんてのは最悪だしさ」とホシノに背を押される形で、ひとまずはゲヘナ自治区へと向かった。
ホシノからしても、先生に頼りたい、という気持ちは決して否定できなかったが……。
このあまりに急変していく状況を解決できるのは、きっと先生だけだろうという確信も、またあったのだ。
そうして、アヤネが飛ばしてくれたヘリに乗ってゲヘナへと向かった先生は、その校舎の前でヒナと合流したのだが……。
「無事でよかった、先生。……それじゃあ、行こうか」
“え、えっと……!?”
数時間ぶりに会ったヒナは……かっちりと風紀委員の制服に身を包み、その手には彼女の巨大な愛銃を携え、そしてその背後に大量の風紀委員の生徒たちを従えていた。
その物々しさに驚く先生に、ヒナは軽く首で先を示す。
「時間がない。情報部が得たデータも含めて、進軍しながら話す」
ゲヘナ情報部が掴んだ情報は、以下の通りだ。
・カイザーの目的はサンクトゥムタワーの掌握?
・現在サンクトゥムタワーを中心にカイザーの警備が敷かれている。
・D.U.地区は現在戒厳令が敷かれており、外出すら危険な状態になっている。
・戒厳令の公布と共に、かなり厳しい情報隠蔽と操作が開始された。
その上で、ヒナが選んだ道は……。
「これはカイザーによる不当な占拠、及び政権転覆を目的とした武力蜂起。平たく言えばクーデターよ。
当然ながら、ゲヘナ学園はこの状況を決して了解しない。各学園に情報を共有し、即座に攻勢に出るわ。
既にトリニティとミレニアムには情報を流して、トリニティは……内部で揉めてるのかも。返事がない。けど、ミレニアムからは即座に了承と協力の申し出が返ってきた。
西から私たち、東からはミレニアムのドローンで、二側面から挟撃してサンクトゥムタワーを攻める、電撃戦を開始する」
“…………”
淀みなく語られるヒナの言葉に、先生は思わずその唇を結んだ。
その姿はまさしく、このキヴォトスにおいて自治区を収める為政者のもの。
大人の悪意に、横暴に、暴力に、慣れ切っている。
その上で、自分にできる最大限のことを即座に行動する。
……それは、先生がいた「外の世界」では、大人が請け負っていた、必要悪だ。
そんな重すぎるものを子供が背負っているという現実が、その胸の中につっかえ……。
けれど、すぐに吞み下す。
余計なノイズをカットして考えれば、この状況は簡単だ。
ここは、キヴォトスは、彼女たちの世界。
それが誰かの悪意に侵されようとしているのだから、彼女たちが反転攻勢に出るのは当然のことだ。
であれば、先生がすべきことは……一つ。
“うん。私にも協力させてほしい”
生徒たちの意思を、意志を、支えること。
それが先生の、唯一無二の存在意義だ。
「ありがとう、先生。……ごめん、正直に言えば、その言葉を期待してた。
風紀委員の子たちに先生の指示を聞くよう言っておく。必要なら動かして」
そう言って、にこりと、可愛らしい微笑みを見せた後……。
きゅっとそれを引き締め直し、ヒナは宣言する。
「……それじゃあ、始めよう。
目標はサンクトゥムタワーを不法に占拠したテロリストの制圧、拘束。……風紀委員、出撃!」
・ルート分岐
オリ不在時空→先生が連れ去られ、シャーレ奪還作戦
オリ存在時空→先生が健在、サンクトゥムタワー奪還電撃戦
先生、前日からヴァルキューレ偽装カイザーに狙われ、深夜はカヤとFOXに狙われ、各校との緊急招集会議に出て、終わったらすぐアビドスに向かってシロコの失踪を知り、かと思ったらD.U.が占領され、今度はゲヘナに行ってヒナと合流し、すぐさまD.U.に進攻。
なんだこの過密スケジュールは……。