「(………あんのクズ親どもがあぁぁァァァァァァァァァ!!!!)」
兄の入間と修羅場を潜り抜けながらも楽しく過ごしていた日々に終止符が突如として打たれた。
二人の目の前には、椅子に腰掛けているゆで卵みたいな頭から牛角を生やし、立派な口髭を生やし老眼鏡をかけた、細長い男が片手にトランシーバーのようなものを持ち、もう片方の手で頬杖をついている。
跡羅者と入間は二人とも縄で縛られており、「売却済」と書かれた札が貼り付けられている。
『いやー興味本位で悪魔召喚したらさー、本物が出ちゃって!それで息子のどちらかを渡せば金をやるって言われたから、契約しちゃった☆』
『離れていても私達はお前を見守っているよ〜…あ!ドンペリ追加で〜♪』
トランシーバーから聞こえる親の言葉に、跡羅者は呆れと怒りで大きくため息を吐く。
「…というわけで、入間君、君は悪魔である我輩に売られたのだよ」
「そんなぁ…」
入間はがっくりと首を垂れてしくしくと泣いている。
跡羅者はそんな入間を見て、とうとう我慢できなくなった。
「おい!!クソ親ども!お前らは自分らの為に頑張ってくれた兄ちゃんに感謝の気持ちとか、大事にする気持ちとかねーのかよ!!おい!」
『勿論あるさ!だからこそ!それに見合うだけのお金を頂いたよ!』
「そういう問題じゃねぇよ…」
親の返答に、跡羅者の怒りはますます込み上げるばかりだった。
昔から両親の頼みをなんでも受け入れ、必死に頑張っていた入間に対してあまりに酷い仕打ちだと、跡羅者は歯を食いしばりながら思った。
『あ!そうだ!ねえ悪魔さん!跡羅者だけでも返品してもらえませんか?』
「っ…!」
『そうだね!跡羅者は大きいし力が強いから、見せ物にでも労働力にでもまだ使えるし、それに元々入間だけを渡す予定だったからね!』
母の言葉に続き、父も平然と同調する。
両親のあまりに酷い言葉に、跡羅者の堪忍袋の尾が完全にブチリと切れた。
「…ふざけんじゃね「ふざけないで!!」っ!」
跡羅者が怒りと悲しみの入り混じった涙を目に僅かながら溜め、叫んだのを、普段は声を荒らげない兄、入間が真っ直ぐに、親と繋がった機械を見据えながら跡羅者の声を掻き消すほどの大声で叫んだ。
「お父さんとお母さんは、跡羅者をなんだと思ってるの!?跡羅者は二人が言うような道具なんかじゃない!家族思いで、僕の大好きな弟だ!!」
「…!!」
入間が出せるだけの声を絞り出して怒りを顕にしている様子を目に、跡羅者はまるで皿のように目を丸くしていた。
あの、超がつくほどのお人好しであり、怒る姿なんて絶対に考えられない兄が、自分の為に、ここまで憤慨してくれたのだ。
跡羅者の目に溜まっていた怒りと悲しみの涙は、そんな兄に対する喜びの涙で押し流されていった。
『んー、でも稼ぎ頭がいないと困るし、親孝行と思って、許してね!悪魔さん!返品お願いしま…』
「失礼ですが、彼はこちら側に連れてきてしまった以上、今回の取引でのこちらへの「チップ」として貰っておきます」
『え?でもそれじゃ』
淡々とそう述べた後、親が最後の言葉を述べる前に、悪魔はその電話のようなものをブツリと切った。
「…え?」
「…?」
「…良かったね、跡羅者…君は兄と離れ離れにならなくて済んだよ?」
悪魔がニヤリと笑うのを見て、跡羅者は思った。
『…俺、チップなの……!?』
跡羅者がショックと嬉しさが入り混じった複雑な顔をしていると、
「…ウム、では二人は我輩の所有物となったわけだ…これほどまでに好ましい機はそうそうない…覚悟は良いな?」
のっそりとその長身の悪魔が椅子から飛び出し、眼鏡を輝かせながらこちらに来たので、跡羅者はゴクリと唾を飲み、入間は完全に怯え切っていた…哀れな二人を待っていたのは…
ふかふかの肘掛け付きの椅子に座りながら小さな悪魔に羽扇で扇がれ、瑞々しい果物や魔界のお茶を横に添えられるという優雅なものだった。
「へ??」
「ん?」
「凄いでしょ?我輩特製究極甘やかしセットだ」
「甘や…?」
「かし…?」
入間と跡羅者はお互いの顔を見合わせた後、頭上にハテナを浮かべるばかりであった。
「実は我輩、いわゆる独身貴族でね、ずーっと憧れてたんだ!孫を持つのが!」
そう言うと、入間と跡羅者の二人の前に跪いた。
「そう言うことで、入間くん!跡羅者くん!我輩の孫になってくれないかい?」
「「はっ!?」」
二人の返事は、驚いた為に出た間の抜けたものだった。
「頼むよぉぉ!!羨ましいんだよぉぉ!!友達の孫自慢が!!なんでも買ってあげるしどんなことだってしてあげるし、デロンデロンに甘やかすから!!ねっ?いいでしょ!?」
「え、えぇ…」
「す、すげぇ熱量だなおい…」
先程の威厳ある恐ろしい悪魔の様相はどこへやら、そこにいたのは、情けない声で泣きながら入間に縋り付く老人だった。
「ぼ、僕と跡羅者に、拒否権は、あるんですか?」
入間がなんとか絞り出した言葉に、老人は急に後ろに下がり、
「君たちの意思は尊重するよ、嫌なら断ってくれてもいい!」
入間はその言葉を聞いて、眉を顰め硬直した。断っていいのか、よくないのか、彼は心の中で何度も自問自答した。隣の跡羅者を見ると、必死に断るべきだと言わんばかりにパクパクと口を動かしていたが、老人にテープをビッタリ貼られ喋れなくなっていた。
「んー!!んー!!」
「だからこそ!!僕は全力でお願いする!孫!!欲しい!!超絶欲しい!マジ欲しい!!だから孫になってください!生い先短い老人の為だと思って!この手を取ってくれないだろうか!!」
もがく跡羅者を横目に凄まじい熱量で泣きながら懇願する老人に、入間の頭の中に出てくる、断る、の二文字はすぐ浮かんでは消えるのだった。
「どうかっ!!この老体の夢を!!いや願いを!!叶えて欲しいんだ!!
お願い
だッ!!入間くぅん!!」
その言葉に、揺らいでいた入間の心は、完全に断れない方に傾いてしまった。
超絶お人好しの彼が最も弱い言葉ランキング第一位である「お願い」と言う単語が、彼をそうさせたのである。
目の前に出された契約書に判を押す入間を見て、口を塞がれた跡羅者は、絶望しながらも、大好きな兄の為、その後目の前に置かれた契約書に躊躇いなく判を押した。
「え、ちょっ!?跡羅者!?」
「…フゴフゴ(兄ちゃんの為なら、何処までもついてくぞ!!)」
「えぇ…」
二つの契約書を嬉々として掲げながら走り回る老人を苦笑いしながら見る入間であった。