シーボーンちゃんは進化したい!!!   作:イワシコ農相

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「彼の身体は雪のように白く、またばらの花のように赤く、頭髪、(ことに)頭のてっぺんの髪は羊毛のように白く、眼は美しく」
ーエチオピア語エノク書106:2


大群離反
始まりの円環


進化を愚弄した生物が地面を這いずる。湾曲した触手が巻き付いて、ゆっくりと蠢く。その体躯は青白く、人のものではない肌は透明な粘膜が太陽に照らされ気色悪い輝きを放っている。

 

シーボーンの使者個体…イベリアの海から出でる海の怪物が傷だらけになって、捕食対象を求めて陸を動いていた。裁判所から送られた審問官はこの個体の殺害を急務としたが…まんまと逃げられた結果となる。伊達に使者個体ではないのだ。

その個体が…アンブロシウス修道院の外れにてのたうつ。

 

本来、この個体はここで死ぬべきだった。

 

陸にて朽ち果て、その血肉は天災によって葬り去られる…歴史に乗ることすらない一節になるべきだった。

 

だが、そうはならなかった。

 

運命という円環は楕円を描くことを覚え、その歪みがこうして現出する。

 

丁度この日、サンクタの少女が修道院での友人と喧嘩して移動修道院の外に出てしまうという形で。

 

その少女。かつてのガリアに住んでいたサンクタの両親から生まれ、エマと名付けられた世界の恐ろしさを知らない純粋無垢なキャンパス。

 

彼女が光輪を頼りに、ゴツゴツとした剥き出しの岩肌を突き進んでいる。

 

「最悪…もう、エランなんて知らないッ!」

 

「私が折角パンを焼いたのに不味いって言うなんて!」

 

怒りに織り混ぜられた感情の余波が塞き止められること無く、夜空の下にて吐き出されていく。

 

重々しい夏の空気によって、揺蕩って見える二つの月の光はその運命を見届けようとしている。

 

「へっ…なに…これ」

 

子供の悪夢をそのまま連れてきたようなシーボーンの使者個体。その赤色じゃない血が大地を覆い、大きく開かれた口からは涎が垂れている。

 

実際、もう限界だった。生命をなんとか保っている細胞達も今までの貯蓄を切り崩しているだけ、使者として大事な遺伝までも喰い、より耐久の高い細胞へ進化することによってしか…生きられない。

 

「…」

 

「コッチニ、来テ…助ケテ…オ母サン…」

 

必死に自身が喰った人々の最後の叫び声を真似する。意味はわからないが、これを聞いた際に他の人々は必ず気を引いていた。自分と戦っている者は顔をしかめ、逃げている者は恐れを叫んだ。

意味はわからない。本当にわからない…だが、ここでこの餌を逃せば、群への損害となってしまう。

 

運命はまた笑う。両親が早死にして残されたエマは修道院の善意しか知れなかった。まだ、7歳にも満たない彼女は勇気を振り絞ることを選んだ。その選択に、楕円の歪みは笑う。

 

隣人を助けなさい。その教えに背かないために。

 

「わかった、どうしたら良い?」

 

シーボーンの身体に近づいて…その傷口に手を当てる。

 

「ねぇってば…どうすれば…」

 

海の怪物にはそれで十分だった。目の前の少女に驚く時間すら与えずに…そのまま、胃へと一直線に丸のみした。

 

ゆっくりと皮膚が爛れていき、消化液が少女の体内に侵入していく。遺伝情報の簒奪は既に行われているが、少女は未だ死んでいない。

 

何故なら、弱った消化機能はじっくりと捕食対象を溶かすことしか出来なかった。そのせいでじっくりと取り込まれ…持ってはいけないものが、怪物へと移った。

 

情報の本流がなだれ込み、サンクタの規律、戒律、法を知る。肌にじわじわと染み込みように心で感じる。本来無い自我の心が芽生えた瞬間で、同時に群ではない繋がりを得た瞬間だ。

 

だが…『アレ』は同時に発生している二つのアクセスを異常と見なし、堕天(BAN)処理を下した。しかし、その情報の本流の過程で得た人格と記憶によって、使者…いや、彼女は進化した。

 

中立説を当然のように無視し、身体を再構築していく。より人らしく、よりサンクタらしく。頭の上に浮かび上がる真っ黒な光輪と背の光翼、身体は雪のように白く、またばらの花のように赤く、頭髪、頭のてっぺんの髪は羊毛のように白く、眼は紅く美しく…かつての偽典で語られた天から地に降りてきた者のようにシーボーンの細胞達がそのように遺伝情報を組み換え、完成する。

 

『進化論の観点であれば、完璧な生物』が。

 

「アァ…あーあー…」

 

エマの記憶を頼りに発生を繰り返す。

 

「うん…nepha-ylym…」

 

「駄目っぽいね…私、僕、我…俺…は…」

 

「nepha-ylym」

 

「……………」

 

「私はイリム…これなら言える。」

 

一人の少女を取り込んで、個を得たシーボーン。

 

エマという少女の記憶を引き継いだ人もどき。

 

「私は…人…怪物なんかじゃない」

 

今まで投げ掛けられてきた罵声等を思い返して、そう一人愚痴る。

 

理解出来る。言葉というものを、それに連なっていく知識を。

 

「もっと…知りたい…」

 

「エランを食べれば知れるかな」

 

「…駄目。それだと怪物と変わらない」

 

「いっぱい自分で覚えていかないといけない」

 

肌に生やす形で作って、分離させた服を身に纏い…名も知らぬ広野へと歩を進めた。当然、恥じらいを完全に理解したからではない…記憶によればそうするからという理由。

 

だが大丈夫。

 

彼女の進化はこれだけでは終わらない。

 

個として生物の究極に至る。その目標を胸に。

 

 




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