シーボーンちゃんは進化したい!!!   作:イワシコ農相

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「進歩のために役立つことを望む人は皆、この代価を支払うことを受け入れなければなりません。」
-教皇ベネディクト十六世の161回目の一般謁見演説一部抜粋


ナニカは邂逅する

少女を喰らって自我を得たシーボーンサンクタもどきことイリムは頭にはてなマークを浮かべながらに心配してくる初老のリーベリの男への対応をこまねいていた。

 

事の経緯は、道を知らずに闇雲に進んだことである。その広大な陸地が途切れること無く続いているテラに目印となる地理的な知識無しで挑めば…迷子になるのは至極当然のことだろう。

 

進化を得てから太陽が三度目に姿を表したとき、乾燥した風が北から吹き付ける峠のてっぺんで周囲を見回していた。

 

「迷った」

 

自身の状況が如何に詰んでいるかをイリムが理解しているはずがなく、ぼけぇっとどの方向に行こうかなとしか思っていない。その危機感の無さはサンクタの特徴を受け継いだとも言えるが…さすがの能天気人種もこの状況をちゃんと理解出来るだろう。

 

どこを見ても草、草、草。それでも木々はなく、天災によって大地ごと抉られても直ぐ様に育つ雑草類がここにて天下を誇っている。

 

故に道感覚を一切持てない。源石に耐性のある植物類を見るだけでは…進化を得たばかりのイリムでは行く方向は決められない。

 

修道院で聞いた『らてらーの』なる場所に向かいたいのだが…

 

「うーん、困った」

 

一切の色を許さない純白の祭服じみた恐魚製の服を身に纏っているお陰で目立つは目立つ。身長にさえ目を瞑れば、サンクタの巡礼者とも言えなくはない。

 

 

p.m. 3:26

 

「なぁ、ありゃ何だ?ガキか?」

 

ハーフトラック(半無限軌道式源石駆動車)の助手席でサンクタが悪態をつく。茶髪の前髪から覗くような黄色い瞳をもう一人のリーベリの同行者に向けながら、守護銃(SIG SAUER P226)を弄くっている。

 

遠くを見渡せば、小さな子供が座り込んでいる。明らかに非日常的で、こんなところに居るはずがない子供がだ。

 

「少し話を聞きにいこうか。困っているかもしれないし」

 

運転をしているのは助手席で驚いた顔を見せているサンクタよりは国際トランスポーターをしている期間が長いリーベリの男だ。この何も考えてなさそうな黒い目に墨をまぶしたような髪、茶色い軍服から見てとれるイベリア軍の記章。

 

「おめぇは優しすぎんだろが、ほっておこうぜ」

 

だからこそサンクタは納得がいかない。国際トランスポーターはその道程において立ち止まるのは推奨されていない。それは天災などの理由もあるが一番ひどいのはサルカズ傭兵団や盗賊の類いの襲撃だ。その証にここの周辺じゃよくサンクタが行方不明になる話が上がっている。

 

「逆に君には厳しすぎるきらいがあるよ」

 

「そりゃ、これ届かねぇと守護銃のメンテが出来ねぇから」

 

「…それよりは人命だろう。それに隊長は私だ、ほら行くぞ」

 

「**ラテラーノスラング**」

 

雑草群を踏みつけながら、ハーフトラックを件の少女へと向けて発進させていく。幸い、軍で天災学を叩き込まれたリーベリの男には天災がまだ近くないことがわかっている。

 

ハーフトラックから降りて、待っていた堕天使だった。

 

「だから、言ったじゃねぇか!」

 

サンクタは声を上げながら、腰に備え付けられているナイフ手をかける。

 

「エピタフ!止せ」

 

だが、エピタフと呼ばれたサンクタの動きも隊長による一喝で止まる。

 

「だって、堕天使ってことはこいつ…」

 

「だからって、勝手に行動するのか?自分の知る限りではこれは教皇庁の管轄だが」

 

「…分かったよ…」

 

p.m. 5:25

 

夕方に差し掛かり、オレンジ色に滲んだ太陽が車の窓から射し込んでくる。温かみを増していきながらも、時間はどんどん冷酷な夜へと近づいていた。

 

「それで…お前は戒律を破ったこともなく、生まれつきから堕天していたと?」

 

イリムが今乗っている膝の持ち主が何度目かもわからない質問を投げ掛ける。それもそのはず、エピタフと呼ばれたこのサンクタの男はかつて執行人を目指していたのだから。ただ、致命的に適正がなく、今ではトランスポーターをやっているが、それでも夢を見ていた頃の知識が消えたわけではない。

 

「うん」

 

顔色を変えずにイリムはそう答える。イリムは生まれ変わったばっかりなのだから。あの捕食を得て、アンブロシウス修道院のサンクタの少女でもなく、海に潜む怪物でもない。新たな()であるイリムであり、如何なる戒律を破ったわけではないのだ。

 

「とりあえず、嬢さん。君のことはラテラーノへ届けるよ。それで、何か知りたいことはないかな?」

 

「ラテラーノのことで?」

 

「そうさ、聞くに君の訛りはイベリアのものだろう。ラテラーノ人の発音はもっと…格式張ったというか、これぞラテラーノ人!って感じがするからな。そこのエピタフみたいに」

 

「逆にイベリア人は陽気過ぎるんだよ。目は死んでるのに、発音だけ陽気で怖いったらあらしねぇ」

 

「…大いなる静謐の前はそうじゃなかったさ。国教会が名前を裁判所に改めて、住民が夢を見なくなってから、光が潰えただけだ」

 

「ねぇ、イベリアのうみってどう見えるの?」

 

明らかに居心地悪そうにしているエピタフを無視して、切り出す。

 

「そうだな…海は恐怖さ。イベリア軍の虎の子の砲も、兵士たちも、誇りもすべて無音にしてしまうんだから」

 

「うみから生命が生まれたのに?」

 

「難しいこと知ってるな…ああ、おっかないオカンは誰でも怖いだろ?まぁ、安心しな嬢さん。おっかない海はラテラーノには行かないさ」

 

「ラテラーノは楽園だからな!スイーツも銃も信仰もすべて揃ってて、さらに平和!」

 

「信仰って?」

 

「そりゃ、神に祈りを捧げて感謝することさ。教皇様も聖徒たちも神に従ったからこそ、今のラテラーノがある」

 

「…それって…」

 

思い出すのは、知性を得たあの時。彼女は聞いたのだ。あの声を、あの天啓と鳴り響くけたたましい電子音を。

 

非常事態発生。繰り返します。非常事態発生。

 

危険レベル…測定中…

 

危険度 : 未知

 

シミュレーションプログラム起動。

 

シミュレート失敗。

 

緊急対応システム起動。

 

個体名:エマを経由した不正アクセスと認定。

 

 

アクセス権を停止します。

 

「…神様にありがとうって言わないとね」

 

惚けた表情を見せるイリムにエピタフが堕天していると告げることはできなかった。水棲生物のような角に真っ黒に歪な光輪。サンクタの身体的特徴からあからさまに逸脱しているのに、どうせ気づくのに…口がまるで縫われたかのようにびくともしない。

 

「ありがとう」

 

少女の祈りが静謐な車内に木霊する。




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