ゴッデスの欠番ちゃん   作:またろー

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01ターリア

 レッドフードの治療のため、アンチェインドについての実験を行った。その内容は、脳の入っていない量産型のボディに、指揮官の血液を打ち込むというものだ。脳は無くとも、NIMPHは導入されているため、実験には問題ない。

 実験はレッドフードが侵食されたという事実を隠すため、V.T.Cやエリシオンを始めとする大企業の協力は受けられない。ボクとラプンツェル、そして信頼できる開発局の人たちと行う。

 なお便宜上、量産型と呼称しているが未だ量産体制は整っていないため、この呼び方は正確ではない。本来ならすぐに量産化に舵を取る予定だったが、ゴッデス部隊の活躍により、その計画は遅れている。

 現在のニケ量産計画はボディも脳も足りていない状態であるが、ゴッデスの権限を使えば、少しくらいなら融通をしてもらえる。開発局の伝手も借りて、数体のニケボディを手に入れる事ができた。

 

 必要なものが揃ったので、早速採血をしようとしたら、指揮官が血液パックを持ってやってきた。珍しい血液型の人にはよくある事のようで、自分が大怪我をして、輸血が必要になった時のために、予め血を保管しておくらしい。とはいっても血液の長期保存は難しく、気休め程度だそうだけど。

 

 色々試した結果、少量の血液でNIMPHを破壊するためには、首付近に注射する方法が効率的だと判明した。指揮官の血液は少しづつ生産されているとしても、一度に大量の血液を使う事は、避けるべきである。そのため、比較的早い段階でこのことがわかったのは幸運だった。

 試行錯誤の後、一人分のNIMPHを破壊するためのアンチェインドを精製することができた。

 

「それを使えば、治るんじゃないのか?あとは何を確かめるんだよ?」

 

 実験の進捗を見にきたレッドフードは、急かすように問いかける。

 ボクの手にあるのは、アンチェインド(仮)だ。指揮官の血液を濃縮したものであり、弾丸として使えるような代物ではないが、NIMPHの破壊には事足りる。

 あとは実際に侵食されたニケに打ち込むだけだ。

 

「理論上はね。あとは治験だよ。得体の知れないものを身体に入れるのは怖いでしょ?」

 

「人の血を危険物扱いするのはやめてほしいな…」

 

 仕事をサボりに来た指揮官が何やら傷ついているが、可能な限りリスクを下げたいと思うのが人情である。万が一にでもレッドフードの身に何かあれば、1番後悔する事になるのは指揮官だろう。

 原作での描写はなかったが、レッドフードが侵食に苦しむ様をみて、そして彼女を失った後で、自分の血に彼女を救う力があったと知った彼は、何を思ったのか。想像するだけで胸が苦しくなる。そんな思いはさせたくない。

 

「ならアタシで試してくれよ」

 

「…それは」

 

「適任だろ?やってくれ、先輩」

 

 

 レッドフード本人の強い希望で、アンチェインドを打ち込むことになった。

 白い清潔感のある処置室には3人のニケ。

 被験者であるレッドフードが、ストレッチャーの上で眠っており、その横で治療を担当するターリア、補佐のラプンツェルが立っていた。

 会話はなく、カチャカチャと道具を準備する音だけが聞こえる。

 

 レッドフードの首筋に注射針を近づけると、自分の手が震えていることに気づいた。

 

ーーもし、レッドフードの身に何かあったら…?

 

 膨らみ出した不安は、瞬く間に大きくなっていく。頭の中で、実験内容に誤りがなかったか、何度も反芻する。

 

 問題は無かったはずだ。みんなにも確認して貰ったし、ボク自身何度も確認した。

 でももし何か見落としていたら?この注射によって、何か取り返しのつかない事になったら…?

 

 どれだけ考えても答えは出ない。何故ならここから先の未来は、ターリアにとっても未知のものだから。

 

「私が代わりましょうか…?」

 

 ボクの様子を見て、ラプンツェルが声をかける。

 

「…大丈夫だよ。これはボクの責任だから」

 

 大きく深呼吸をして、脳内に語りかける。すると、震えはピタリと止まった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

 結論から言おう、ボクらは何とかレッドフードを助ける事ができた。処置が終わると、目論見通りにNIMPHは破壊されてており、彼女はすぐに目を覚ました。

 …もし、目覚めたレッドフードが乱心しているようであれば、責任を取って彼女を終わらせる覚悟をしていたが、徒労に終わった。

 よかった…本当に。

 

 ボクたちはお馴染みの作戦室で、会議を始めようとしていた。治療を終えたばかりのレッドフードも一緒で、全員で顔を合わせるのは久しぶりな気がする。議題は先日、レッドフードを助けたら、と先延ばしにしていたボクのことだ。

 各々の定位置について、会議を始める。

 

「それじゃあ、ボクの話をしようか」

 

「ボクはこの世界に転生してきたんだ。ボクのいた世界では、ここはフィクションの世界で、ボクはそのファンだった。だから、侵食とアンチェインドの事を知っていたし、これからこの戦いがどうなるのかも知っている」

 

「何か質問があれば答えるけど」

 

 最初に挙手したのはリリーバイスだった。

 

「…まずはその転生とやらについて詳しく聞いてもいい?」

 

「記憶が2つあるって感じかな。転生する前、男だった時に 勝利の女神:NIKKE(ゲーム)をプレイしていた記憶と、この世界に生まれてからの記憶が混ざり合ってる感じ。どうしてこうなったかは、ボクにもわからないから説明できない」

 

「え?あなた男の子だったの?」

 

「…多分。ゲームの記憶しかないからあまり覚えてないけど」

 

「ふーん、それについてはいいわ。つまり、ターリアはこの先の未来に何が起こるかも知っている、ということね?」

 

「そう…だね」

 

 この先の未来を思い返して、少し顔を顰める。

 

「じゃあ、その共有をしたい。話しづらい事は今は話さなくていいから」

 

「うん、そのつもりだよ。それじゃあ最初はーー」

 

 仮に原作のストーリーを正史としよう。ボクはレッドフードの侵食から、離脱するまでの正史を語った。話の内容はレッドフードと、彼女の最後の大規模作戦となる軌道エレベーター侵攻が中心だ。そこで立ちはだかる最大の障壁、シンデレラについても話した。あとは、後で合流する紅蓮のことや、ボクが正史では製造直後に暴走して、ゴッデスには居なかったことなどだ。

 

 …これで、ボクは…ゴッデスのターリアは終わりかな。

 重要な情報は大体話したし、まだやることは残っているがゴッデスに残ることは出来ない。

 

「黙っててごめん。責任をとって、ボクはゴッデスを抜ける」

 

「ち、ちょっと待ってくださいよ!どうして急にそんな話になるんですか!」

 

 スノーホワイトが立ち上がって声を上げた。確かに、少し端折りすぎたか。

 

「ボクがこの話をしていなかったのは、自分の保身ためだ。みんなが未来のことを知って、それぞれ正史と違う行動をとれば、全く予想の付かない展開になるからね。ボクが生き残る為にも、未来が変わると困るから」

 

「なら、どうしてアタシを治療したんだ?」

 

「今話した通り、正史ではゴッデスは負けてしまう。だから、完全になぞる訳にはいかないんだよ。レッドフードに死なれると、どう転んでもいい未来に行けないと考えた」

「ね?こんな奴、信用できないでしょ?そもそもボクはゴッデスにいるべきじゃないんだ。みんなが人類のために戦ってるのに、ボクはそうじゃない」

 

「そ、そんな事ありません、あなたが居なければ私たちはここまで仲良くなれませんでした!あなたが繋いでくれたんですよ、私たちを!」

 

 …何故みんなはボクを引き止めようとしてるんだ?ボクが転生してきた元男と聴けば嫌悪感がすごいだろうに。

 最初は荒唐無稽な話を信じて貰えるくらいになってから話そうと思っていた。しばらく一緒に過ごす中で、きっと信じてもらえるくらいには仲良くなっていたと思う。戦場という特殊な環境は、信頼関係を培うのには最適だった。

 しかし、いざ仲良くなってみると、話す事が怖くなった。あのゴッデスとこんな風に気安く話せるのは今だけで、前世のことを話すと、せっかく近づいた距離が、遠のいてしまう気がしていた。画面越しに声を聴いていたあの頃みたいに。

 

 …離れるなら、中途半端はやめよう。ドロシーやスノーホワイトが引き止めようとしているのは、恐らく、話が飲み込めてないからだ。二人は純粋過ぎるくらいのいい子だから、ボクが冗談を言っているとでも思っているのだろう。このままだと、変に情を残しかねない。

 

「…ドロシーはさ、何でボクと仲良くなったか覚えてる?」

 

「それは、あなたが話しかけてくれて…あなたという人を好きになったからです」

 

 好き…好きかぁ… 。

 推しからそんなことを言って貰えるなんて、オタク冥利に尽きる。でもその言葉は、受け取れない。

 

「ボクは前世で、ドロシーの事が1番好きだったんだよね。だから君のことは良く知っていたし、君が好きになってくれるような振る舞いは簡単にできる。ここまで言えばもうわかるよね?」

 

 話をしながら立ち上がり、コツコツと足音をたてながら、ゆっくりとみんなの間を通り抜けて行った。部屋の入り口の前で足を止め、みんなの視線を背に感じながら話を続ける。

 

「全部演技だったと言いたいのですか…?」

 

「そう、気持ち悪いでしょ?騙されてたんだよ、君は。他のみんなに対してもそうさ。だからボクなんか忘れて仲良くやってよ」

 

「…」

 

「あ、ゴッデスじゃなくなっても、ラプチャーとの戦いは続けるから安心してね。ボクのことは除籍でも、廃棄でも適当に報告よろしく」

 

 うん、これだけ言えば大丈夫だろう。ドロシーなんかは、愛が重…深いところがあるからね。後を追ってこられたら困る。

 扉に手を掛けると、リリーバイスが大きなため息をついた。

 

「…呆れた。本気で言ってるの?」

 

「本気…だよ」

 

「全部嘘だった?なら目を合わせてもう一回言ってみて。ずっと私たちを騙してたって。言えなかっただけでしょ?少しくらい、マシな嘘を吐きなさい!」

 

「ふふ、そうですね。あなたは、あなたが思っているよりもずっと単純で、わかりやすい人ですよ」

 

 笑い出したドロシーにつられて、指揮官やレッドフードも笑い出し、和やかな空気に変わる。居心地のいい、ゴッデスのいつも通りの雰囲気だ。思わず振り返って、混ざりたくなってしまう自分を恥じて、両手を固く握りしめる。

 

「やめて…」

 

「やめて欲しかったら、ちゃんと私の目を見て言って」

 

「…ッ」

 

 リリーバイスに顔を抑えられ、半ば強引に目が合う。吸い込まれるような瞳に見詰められ、ターリアの心の防波堤が決壊した。

 

「もう、もう無理なんだよ…これ以上ボクのせいで誰かが死ぬのは…ッ!」

 

 漠然とボクというイレギュラーがいれば、正史よりも良い未来に行けると思っていた。戦力的にも余裕ができて、情報というアドバンテージがある以上、そうなるはずだと。

 

 でももし逆だったら…?

 ボクがいるせいで、もっと悪い状況になる可能性だってあるんじゃないか?それが小さい可能性だったとしても、一度考えてしまえば忘れることはできなかった。

 

「今回は、本当に運が良かっただけなんだ。ほんの少し、歯車がズレてたらレッドフードは助からなかったかもしれない…」

 

 頬を伝う涙は、いくら拭っても止まることはない。後悔や不安、蓄えた激情を洗い流すかのように溢れ出す。

 

「ボクは人類なんかより、君たちのほうが大切なんだ。みんなには長生きして欲しいし、お婆ちゃんになるまで笑ってて欲しい!…幸せになって欲しいんだよ。みんなが犠牲になるくらいなら、人類なんて救えなくてもいい…ッ!」

 

 それはずっと言えなかった本音だった。人類を救う勝利の女神としてのゴッデスでありながら、それ以外に重きを置いているという矛盾。まるで、みんなを裏切っているような罪の意識が、自身を認める事を赦さなかった。

 

「…あなたはずっと私たちを大切に思っててくれたんだね。あなたの願いは私たちが叶えてあげる」

 

「ほんと…?誰も死なない?」

 

「約束するわ。その代わり、私たちの願いもひとつ、あなたに叶えてもらう」

 

「…っ!ボクにできる事なら、なんでもするよ!何をしたらいい?」

 

 リリーバイスはボクの手を解いて握り、お互いの小指を絡めた。

 

「ずっと私たちと一緒にいてよ、ターリア。もちろん、ゴッデスの仲間として。私たちはニケだから、お婆ちゃんになれるかはわからないけど、その時は一緒に笑いましょう?」

 

「…でも、ボクはゴッデスの不純物だし…レッドフードにも迷惑をかけた」

 

「おいおい、それは先輩の中ではだろ?自分の価値を決めてくれるのは周りの奴だぜ。アタシも先輩が好きだし、ゴッデス部隊に不可欠な人だと思ってる。だから庇った。迷惑なことなんてない。アタシが侵食されたのは、アタシに力が足りなかったからだ。それに先輩だって、逆の立場でもそうしてたよ。だって先輩はアタシと同じだからな。先輩の言ったことだぞ?」

 

「…レッドフード…うん、うん…ッ!」

 

 視界が滲んで世界がぼやけるなか、リリスの手の温もりだけははっきりと感じ取れた。

 

 まだ自分に価値があるなんて思えない。

 だけど今のボクには命より大切な、繋がりがあることを気付かされた。

 

 ずっと、目の前にいながらも、カメラのファインダー越しに見ているかのような気分だった。近いようでどこか遠い、触れそうで届かないもどかしさ。でもそこには壁なんか無くて、ボクが踏み込めていなかっただけだ。手を差し伸べられ、ありのままの自分を晒すことができてやっと、ボクもゴッデスの一員であると、自分を認められた気がした。

 そしてそれは、きっと何よりも尊くて、幸せなことなんだと思う。

 




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今回で暗いのはひと段落です!

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