本日は一面の曇り空である。雲の位置が随分と低く、圧迫感さえ感じる。時刻は昼を過ぎたところだが、晴れ間が見える気配はない。なんともコメントに困る空模様だけど、まぁ雨は降らなさそうだから、戦闘に支障はないだろう。
「エンカウンター…」
俯せに伏せた状態で、ライフルの弾を装填しコッキングレバーを引く。形式的な言葉を呟きながらスコープを覗き、標的を確認する。そして照準が合うと同時に引き金を引いた。紅蓮たちの保険として用意していた先ほどまでとは違い、ボクの引き金は軽かった。
しかし、確実に敵を捕らえた筈の狙撃は命中することなく砂を巻き上げるのみ。挨拶代わりの狙撃は失敗に終わった。
「あらら、やっぱり気づかれてたか…」
紅蓮たちに撤退を指示する前、目が合った気がしたのは間違いでなかった。位置がバレているスナイパーの狙撃など、一定以上の敵には効果が期待できない。それも今回は正面からの狙撃である。こちらとしても、取り敢えず撃っただけなので外れることは構わない。避けたということは、こちらの攻撃が全く効かないなんて心配はしなくてよさそうだ。
いくらボクが器用と言っても、近距離で狙撃銃を使う技量はない。様子見という重大な役目を終えたライフルを置き、剣に持ち変える。確実にあちらもボクを認識しているハズだが、ヘレティックは勢いそのままに突っ込んできた。およそ攻撃とは言えないただの体当たり、だが相手はスピードに乗った鉄の塊である。車と衝突した人間がどうなるかを思えば、威力の想像は容易い。
「舐められたもんだね…上等だよ」
ただそれは普通の人間であればの話だ。こちらとて生身ではないため、恐れる必要はない。もしぶつかったとしても、吹っ飛ばされるだけだ。もちろんそうなるつもりはないけどね。
ボクは一歩も退かずに剣を構える。紅蓮や薔花のような洗練された構えではない、ただ力一杯叩き切るための不恰好な構えだ。先端を空に掲げ、頭の上で剣を持つ。
片や高速で接近するヘレティック、片や静止してその時を待つターリア。時間が濃縮されたように、両名の距離が近づくほど、時の流れがゆっくりと減速していく。そしてついに間合いに侵入した時、張り詰めた弓を放つが如く、ターリアは全力を持って剣を振り下ろした。それは剣技など高尚なものではなく、例えるなら薪を割るような動作だった。
「…はァッ!」
剣の振りによって発生した空気の波が土埃を舞い上げ、開幕の狼煙となる。少し遅れてドスッと重量感のあるものが落ちる音がした。
両名は激しく激突するかに見えたが、ヘレティックはギリギリで身を翻し距離を取った。野生の勘に従っての無意識的な行動だったが、その判断は正解である。仮にそのまま突貫していれば、脳天から真っ二つにされ、そこで勝負は終わっていただろう。
素晴らしい危機感知と反射だったが、無防備に間合いに入ってきた獲物を逃すほど、ターリアはもまた甘くはない。ヘレティックが回避行動に入るのを確認したターリアは一歩踏み込んだため、その一閃は腕を斬り飛ばした。しかし泣き別れとなった腕を見ても、この敵は一切狼狽えることはなかった。
「…雑兵と思うたが、唯の斥候ではなさそうさな、名を名乗ることを許そう」
「…ターリア」
「ほう…そうか、お前がスペアボディか…ッ!」
言葉を話し出したヘレティックは無表情だったさっきまでとは変わり、目を見開き、口を吊り上げて笑った。
「スペア…一体何の話?」
「これはいい、試し斬りに適当なニケと遊ぶつもりじゃったが、クク…良い土産ができそうな」
言葉が通じるのは想定内だが、話が通じる相手ではなさそうだ。ボクの問いかけは意図的かそうでないかはわからないが、スルーされた。
興味深い話だ。スペアボディという言葉自体は知っているが、この世界にも存在するのか?ゲームの中だとニケを限界突破する為の強化素材だけど、それだと文脈に合わないし、実際にそんな都合のいいものがあるとは思えない。何か別の意味で使われていると考えるのが自然だろう。
さて、話を信じるならコレは紅蓮たちを殺しにきたのか…なるほど。会話ができるなら或いはなどと、考えていたがやはりコイツは敵だ。ゴッデスおよびそれに準ずる人たちを害するなら、ボクはたとえ人間だろうと容赦しない。
「…土産…冥土の土産ってこと?別にまだ殺さないよ、聞きたい事が沢山あるしね」
「…言うではないか、劣化コピーの出来損ないが。だが、あまり調子に乗るでない」
今度は耳に届いたようで、反応が返ってきた。不気味な笑顔は再び消え、声にはやや怒気が混じっている。
一応断っておくがボクは天然じゃない。この場での土産とはボクの情報、またはボクそのものと言ったところだろう。これはトボけているのではなく挑発を含んだ煽りだ。
特に反応が返ってくることは期待していなかったのだが…もしや煽り耐性低めなのかな?劣化コピー、新しいワードが出てきたね。大した情報では無いと考えているのか、ここでボクを殺せると確信しているのか…どちらにせよ、かなり口が軽いようだ。もう少し燃料を投下してみようか。
「アハハ、出来損ないは君の方でしょ。鏡見たことある?」
このヘレティックは近くで見ると身体の至るところがボロボロになっていた。それらは戦闘で負った傷というよりは、内側から崩壊しているように見えた。容姿も肉体が変化する途中で止まってしまったようで、不気味な印象を与える。髪は黒と金が疎に絡み合い、見開いた目の形や大きさも左右でかなり異なっている。そしてその一部には量産型の面影が残っていた。
ニケやヘレティックの容姿は自分の理想とする形に変化する。量産型や一部例外はあるが、ニケが美人でスタイルの良い個体が多いのはそのためだ。
察するに、コイツは量産型ニケを材料にしたヘレティックであり、その容姿の変化が上手くいかなかったのではないだろうか。原因は適合率の低い量産型を使ったこと、またはヘレティックの製作技術が発展していないなどが考えられる。つまり、現在ヘレティックは開発段階にあり、コイツはその試作機…とか?
ダメだ、仮説を重ね過ぎて空想の域に入ってしまっている。今は目の前の敵に集中しよう。
「今、笑ったのか…?お母様から頂いたこの身体を?」
「耳も悪いみたいだね、可哀想に…作り直してもらいなよ。丁度おててもなくなっちゃったことだしさ」
「…殺すッ」
ヘレティックは欠損した腕を再生すると、切断された己の腕を拾い上げ刃へと変形させる。流れるように地を蹴り、踏み込む様は紅蓮や薔花のような武の匂いを感じた。
「…ッ」
速い、そして長い…ボクの長剣よりもさらに。ヘレティックが自らの腕から創り出した武器は薙刀のような形状だ。初撃を剣で受けたが、バランスを崩された。ヘレティックの膂力がその先端を亜音速へと近付け、そこに遠心力が加わることで凄まじい威力となっていたのだ。
瞬時に立て直すも、追撃を受けて再び崩される。高い威力に加えてその間合いの広さから、距離感が掴み辛い。
こういった相手に対しては正面で受けるのではなく、受け流すというのが理想的な動きだ。しかし武器の構造を活かした、しなりによる独特の軌道を見切ることは困難を極めた。
「なんじゃ、大口を叩いておいて防ぐのに精一杯とはな…ほれ、もっと妾を楽しませよ」
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紅蓮は先ほど奪還した市街地の、電波塔の上から二人の戦いを観戦していた。やや距離はあるがこれ以上接近することは難しい。なお、ターリアは通信機器を入れたままにしているため、音声も聞こえていた。
『なんじゃ、大口を叩いておいて防ぐのに精一杯とはな…ほれ、もっと妾を楽しませよ』
違う、あれは相手の動きを覚えているのだ。私はラプチャーの言葉を胸中で否定する。
ターリアは今、慣れない相手と武器に最大限の警戒を持って戦っている。あのラプチャーは防戦一方と言ったが、その実ターリアは傷一つ負っていない。この時間が続けば、ターリアが有利になっていくことは明らかだった。相手がそれに気づけない以上、ターリアの勝利は確実といってもよい。
敵は決して弱くはない。近接部隊で戦ったとしても、全滅させられていた可能性すらある。しかしそれ以上にターリアは強かったというだけだ。
「フン、化け物め…やはり私と戦っている時はまるで本気でなかったな」
そう漏らした紅蓮は、言葉とは裏腹に情熱に燃えていた。少なくとも紅蓮の知るなかでの最強が更新されたが、目標が遠ざかることは絶望ではなく、自身の伸び代を感じさせたからだ。
自身の目指す所の高さを再確認して、紅蓮は笑った。
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よし、大分わかってきたぞ!
斬り結んだ時間はそう長くなかったが、このヘレティックの動きはそれなりに見切れるようになった。最初は剣で受けてバランスを崩されていた攻撃も、いなせるようになってきたのだ。こんなに早く対応できたのは紅蓮たちと立ち合った成果かもね。
戦ってみた感想だが、このヘレティックはそれほど脅威ではない。単体の戦力としてはタイラント級ラプチャーの方がよっぽど手強いと思う。デカいやつが強いというのは自然の摂理なのだ。もちろん人型の敵と戦い慣れていないと、少し戸惑うところもあるだろうけど、リリスは当然として、ゴッデスの面々でも容易に処理できるだろう。後方支援にステータスを振っているラプンツェルは微妙なところだ。これなら薔花と紅蓮で十分対応できたかな?みんなを撤退させたのは取り越し苦労だったかも知れない。
…そういえば、コイツは巨大な姿には変化しないな。奥の手として隠している可能性はあるし、油断は禁物だが、シンデレラも変化しなかった気がするし、この時代のヘレティックはそういうものなのかも。
「何故、打ち返してこない…?」
「今更気付いたんだ、もうボクには勝てないよ。君の太刀筋はもう見切ったからね」
「フー…認めよう、お前は強い。だがーー」
太刀筋が理屈に合わないほど歪み、受け損なった刃はターリアの頬を切り裂いた。
「…ッ」
「妾もまた強い。ご自慢の顔に傷がついたな?」
なるほど、刃はもともとコイツの身体の一部だから、その気になれば変形できるわけか…!予想外の一撃だったが、冷静に分析をすると仕掛けは複雑なものではない。
だけど、これ以上戦うのは危険か。ヘレティックとの交戦経験は十分に積めたし、これ以上被弾する前に終わらせよう。
「…別にボクの顔を自慢した覚えはないけど、こんな擦り傷じゃボクが生身でも死なないよ。そういう
10秒間のリミッター第8段階解放を行います
解放後、リミッターは再度第6段階にシフトダウン
実行しますーー
この戦闘中、ターリアから仕掛けたのはこれが初めてだった。加えて、先より数段速いターリアの動きに対応できるはずも無く、その太刀筋はヘレティックの身体を数度に渡って通り抜けた。
「ーーこんな風にね」
うわ、グロ〜。ボクは少し、いやかなりショッキングな光景に顔を顰めた。さすがにここまでボロボロになると再生には時間がかかるみたいだね。
「お前、何をした…ッ!」
「あのさぁ…君、状況わかってる?質問するのはこっちなんだけど」
その状態でも普通に喋れるんだ…自分でやっといてなんだけど、かなりキモい。早いとこ拘束してお母様とやらの情報を引き出そう。
その時、どこからともなく大気を震わせる不気味な声が響いた。
なんの音だ…?船の警笛などに近いが、音ではない。何か生き物が発した声であると直感的にわかった。しかし、その声はこもっていて、どこから聞こえて来ているのかははっきりしない。360度見渡してもそれらしい存在は確認できないし、見える範囲より遠くから音が届くというのは考えづらい。
ならば一体どこから?
突然、少し暗くなった気がして反射的に空を見上げると、巨大な影が雲を突き破って下へ降りてくるところだった。そしてその影こそ、先ほどから響いている声の主である。
「な…ッ」
マザーホエール…ッ⁉︎なんでタイラント級がこんなとこにいる?いや、それよりもこんなに接近されて気付かないわけが…
突如出現した敵の援軍に思考が乱れる。マザーホエールは巨大な空飛ぶクジラ型ラプチャーだ。メインストーリー21章のボスとして、数多の指揮官を足止めした実績を持つ。
…あぁそうか。敵は、たいそうこのヘレティックのことが大事らしい。試作機というボクの予想は当たっているかもしれない。差し詰め、わがままなお姫様のナイトといったところだろうか。
援軍については気づかなかったのは、ボクの感知範囲外かつ、雲の上を通ってきたからだろう。ボクはたった今、曇り空が嫌いになった。
「クハハ、状況ならわかっているとも。絶対絶命という奴だ…お前のな」
「それはどうかな?これくらいならボクだけでも何とかできるよ」
新手の出現に面食らったのは事実だが、絶対絶命というほどではない。マザーホエールはその巨体からタイラント級に分類されるが、本体の戦闘能力は低めだ。その代わりに雑魚ラプチャーを召喚したり、遠距離からミサイルやレーザーを飛ばしてくるため非常に厄介だが、ラプチャーの輸送が主な役割であるため、召喚してくるラプチャーを倒し続ければ大した脅威にならない。手持ちの弾薬では堕とすことはできないまでも、やりようはいくらでもある。
しかし数秒後、その認識は改めることになる。少し高度を落としたマザーホエールがラプチャーを召喚し始め、その中の一際大きな存在を認識して、ボクは言葉を失った。
召喚されたラプチャーは、以前撃破したマザーホエールとは比べ物にならないほど質が高かった。ロード級のラプチャーが数体いるほか、タイラント級のウルトラまで確認したのだ。タイラント級がタイラント級を運んでくるなんて考えもしなかった。
「クク…精々がんばれ。もし生き延びれたら、今度こそ妾がお前を殺してやる」
「せっかちだね、もう逃げ切れる気?」
「ああ。お前でも
大地が振動しヘレティックの下から何かが勢いよく飛び出した。蛇のようなそれは、ヘレティックの残骸を飲み込み再び地中へと潜っていった。
「グレイブディガーまで…ッ⁉︎待てッ!」
追跡は推奨できません
彼我戦力を鑑みた結果、即時退却を提案します
ーー
「〜〜〜ッ!」
ダメだ、追えない。ここにタイラント級を放置する事は出来ないし、コイツらはボクが追いかけるのを許さないだろう。
おまけにボクの戦闘可能時間。無理をしても返り討ちになる可能性が高かった。
…失態だ。こんな事になるならさっさとトドメを刺すべきだった。
目の前にはウルトラを中心に、30体ほどのラプチャー…まだ増えてるな。そして上空にはマザーホエールが鎮座している。それらはボクの行動を見張っているようだった。
ターリアは再び刀を構える。
「大丈夫、ボクならやれる。まずは雑魚、次に
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