夜の空気が火照った身体の熱を解いていく。静かな夜の帷の中、耳に意識を集めると、遠くでは絶えず賑やかな声が聞こえる。
同じ志を持ち共に戦う戦友であり、私が護るべき妹達。そしてもしもの時には次を託す英雄たち。
柵にもたれ掛かると、頭上に浮かぶ星々が目に入った。大昔の人はこんな時に、星を結んで名前を付けたのだろうか。しばらくぼんやりと眺めていると、瞳の奥に焼きついた星空は目を閉じても消えなかった。
「お姉さんっ、お隣良いですか?」
軽薄に声を掛けてきた方へ目をやると、そこにはひと際輝く一等星。一人の少女がグラスを両手に持って笑っていた。
何をしていたかと問われ、星をみていたと答える。私が空を仰ぐと素直な彼女は同じように夜空を見上げた。
「綺麗でしょう?」
「そうだね…そうだ、もっと綺麗なもの見せてあげる」
何かを思いついたらしいターリアはちょっと待ってね…とそう言って瞳を閉じた。そして数秒後、ゆっくりと開いたその瞼の奥から、星空を閉じ込めたような瞳が現れる。
「あなた、それ…ッ」
「いまは鏡が無いからさ、自分の目見れないでしょ?だからこれで。この星空よりも、リリスの瞳の方がずっと綺麗だよ」
「…ターリア、あなた酔ってるの?」
「ううん?別に酔ってないよ。そんなに飲んでないしね」
「素面でそんなセリフが出てくるのも問題かしらね」
ターリアは首を傾げ少し考える仕草をした後、自分の発言を客観視したのか紅潮した。
「ボ、ボクはこう見えてロマンチストだからね。歯の浮くようなセリフだってチョチョイのちょいさ」
「へぇ…そうなんだ?」
あからさまに照れているのに、なんとか隠そうとしている姿がいじらしい。揶揄うようにそういうと、彼女は頬を膨らませた。
「もう!大体リリスが悪いんだよ。なんだか最近ちょっと様子が違ったから、元気付けようと思ったのにさ!」
私がいつも通りだというと、それなら良いと不満気に答えた。口を尖らせたままの彼女に受け取ったグラスを近づけると、2つのグラスがぶつかり、チンと小気味の良い音が響く。
それからしばし沈黙が流れた。こうしてターリアと二人きりでいると、懐かしささえ感じる。つい一年ほど前は二人しかいなかったゴッデスも、その人数は片手で数えられぬほどへと増えた。
たった一年。しかし学生時代の青春も、空軍時代の苛烈さも及ばない、濃密な一年間だった。グラスの中の宇宙を眺めながら、思い出に想いを馳せる。そしてその思い出の中ではいつも一人の少女が中心にいた。
…自分の使命を重荷と思ったことはない。でもあなたと出会えて、そしてみんなと出会って。私はひとりじゃないと思えた。
穏やかな静寂、それは真剣な声色で破られた。リリーバイスはあなたには言うまでも無いと前置きをして話し始める。
「万が一。私に何かあったときは、みんなをよろしくね」
「え、なに⁉︎やっぱり身体のどこか調子悪いの?今すぐ技術者呼んで見てもらおう!いや、ボクが連れてった方が速いか…」
「あー、もうッ!違うから!ステイ、ターリア。ステイ‼︎」
急に慌ただしく動き出し、私をお姫様抱っこして走り出そうとするターリアを抑えながら、自身の発言を後悔した。
「全く…あなたの記憶の話でしょう?私の身体は本当に問題ないわ。少し弱気になっただけよ。もしも私がクイーンに負けたら…ってね」
「…ホントに問題ない?」
「えぇ。正真正銘絶好調よ」
「…わかった。信じる」
何度かの押し問答を繰り返し、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。ターリアの知っているという私はどれだけ秘密主義だったのやら。
「…あり得ないけど…もし、もしね?リリスが乗っ取られたとしても、ボクが全てを賭けて止めるから安心していいよ。リリスがゴッデスのみんなを傷つけるようなことにはならないから」
「それ、自分は含まれてないように聞こえるんだけど?」
「そう言ってるの!リリスを止めるのにボクが無事で済むはずないでしょ。ボクを死なせたくないなら、そんなことにならないようにしてよね!」
ひどい話だ。自分に任せろとは言うものの、実質自分を人質にした脅しである。しかし、裏を返せばそれだけ私を信頼してくれているということでもあった。そしてそれはとても心地よいものだった。
ーーあなたたちが信じてくれるなら、私はどれだけでも強くなれる…そう思えるから。
「オーイ、お前らぁ二人で何やってるんだよ」
千鳥足でやってきたのはレッドフードだ。随分と呑んでいるようで呂律が怪しい。きっと今夜も支払いは踏み倒すつもりなのだろう。
「や、ヤってる…ですってぇ⁉︎」
「…?何を興奮しているんだ?」
「ターリアに口説かれてたのよ」
「ち、ちょっとリリス!」
「…どういうことですか?詳しく聞かせてください」
「リリーバイス少佐、私ともお話しましょう〜」
「わ、私もリリスお姉ちゃんと…!」
抜け出した私たちを探しにきたのか、矢継ぎ早に人が増えていき、遂には全員勢揃いとなった。やはりかなりの大所帯である。
「このまま
誰かがそう言い出し、皆はグラスを掲げる。その視線は一点に集まっていた。
「えぇ、ボク?こういう時は指揮官かリリスじゃないの?…まぁいいけど。さて、じゃあ手短に…」
ターリアは少し渋りながらも、どこからか運んできた椅子の上に立った。
「明日は普通に任務だから節度を持って楽しんでね。特にそこの赤い人!」
「んなことわぁってるよ!」
名指しで注意すると周囲から笑いが漏れ、そしてレッドフードは早く飲ませろと言わんばかりに答えた。
「ボクたちの使命はただひとつ、人類を勝利に導くこと!次は全部終わった後に、このみんなで最高に美味しいお酒を飲もう。
英雄たちの束の間の休息。その夜はいつまでも楽しそうな声が止まなかった。
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ボクはドロシーと共に無骨な輸送車に揺られて、秘匿研究施設へと向かっていた。無論ゴッデスの艦で向かった方が早いが、それだと目立ちすぎてしまう。ここまで秘密してきた苦労が無駄になってしまうことを考えると、それは避けたかった。
シンデレラ達、第二世代フェアリーテイルモデルのロールアウト予定は一週間後だ。つまり、原作では丁度その日に襲撃されることになる。
しかしその点は安心して欲しい。情報封鎖のおかげで、ロールアウトの日程どころか開発していることすら殆ど知られていない。したがって、このクソイベはスキップできるはずだ。それに最悪の事態に備えてボクたちが向かっているワケだし、やれる事は全てやった。そう言えるだけの準備はできたと思う。
さて、改めて言うがボクは今、ドロシーと二人で移動中だ。以前ラプンツェルが、車移動のときのドロシーはため息が多く、凄く憂鬱そうだったと話していた。育ちの良さから車移動が苦手なのかと心配していたが、今回の移動ではいつもと変わった様子は感じ取れない。前と同じ車両だから、乗り心地の問題じゃないと思うけど…前回は体調でも優れなかったのかな?
彼女は寧ろいつも以上に上機嫌だ。この分だと、ボクが密かに準備していた『細かすぎて伝わらない、ゴッデスの物真似集』を披露する必要は無さそうだ。次の飲み会までにクオリティを上げておこう。
「はい、できました」
「おぉ…!」
頭を左右に揺らすと、それに応じて纏まった毛束が揺れ動いた。
数分前のことだ。移動時間を持て余していたのか、ドロシーは徐ろにボクの髪を解かし始めた。特段断る理由も無かったのでそのまま好きにさせていたのだ。
手渡された鏡を覗くと、いや感覚で分かってはいたのだが、髪が頭の左側でお団子状に纏められていた。元々、髪の長さも同じくらいであることもあり、ヘアスタイルは瓜二つだ。
これは…ヤバい。思わず顔がだらしなくなってしまう。全く何も考えていなかったが、よく考えなくても、ドロシーに本人と同じ様に髪を結ってもらうなんて、これ以上ないファンサなのでは!?
「…もうお風呂入らない」
「気に入ってくれたのは嬉しく思いますが、それはやめて下さい。何度でもやってあげますから」
「ホント?約束ね!」
「えぇ、約束です」
あぁ、やっぱりドロシーの笑顔はいいな。公式から特大の曇り顔スチルが供給されていた彼女だが、ボクは幸せそうに笑っている顔の方が好きだ。この顔を見れるなら、ボクは何だってできる。必ず、君が笑って過ごせるハッピーエンドへ送り届けてみせるからね。
そんなこんなで平和な旅路を進んでいたボクたちは、予定通り研究所に到着した。薄暗い…ということもなく、普通の研究施設といった感じである。ラプチャー相手に廃墟を偽装しても意味がないし、そんな小細工は必要ないのだ。この施設は周りを厚さ数メートルのエブラ粒子の層で覆われているため、ラプチャーからは感知できないようになっている。感知できない場所なんて逆に怪しまれるかと思うが、現在の地上では戦闘の余波で同じようにエブラ粒子が滞留している場所が至る所に存在するため、良い感じに紛れている。木を隠すなら森の中ということだ…使い方あってる?
施設には4人の量産型が常駐しており、出迎えてくれた彼女たちと軽く挨拶を交わした。彼女たちはずっとこの施設にいるため、それなりの仲の良さが伺えた。
「ターリア様、ドロシー様。お待ちしておりました。ご活躍は聞き及んでおります。お会いできて光栄です!」
「ありがとう。これからお世話になるね」
彼女たちの案内で施設を軽く見学し、最後に通された場所では顔馴染みの技術者が待っていた。
「随分と熱心な仕事ぶりだね。ひさしぶりに会うっていうのに出迎えてもくれないなんて」
「ん…?あぁ、お前か。何故ここにいる?」
作業に没頭して気づかないので、こちらから声をかけると、一瞥だけして視線をディスプレイに戻す。
「何故って…連絡したでしょ。シンデレラたちのロールアウトまで護衛につくって」
「知らん」
「それが数ヶ月振りに会った友人にする態度か!」
「今、手が離せないから後にしろ」
全くこの人は…少しは人の気持ちに寄り添うというか、愛想よく出来ないものか。
「相変わらずですね」
「…⁉︎ドロシーじゃないか!相変わらず美しいね。何故ここに⁉︎私に会いに来たのかい?」
「まさか。私はターリアに付いてきただけです」
「クゥ…その冷ややかな態度、最高だ!やはり私の最高傑作…ッ!」
「おい、ターリア。聞いてないぞ。ドロシーが来るなら連絡をしろ。何の準備も出来てないじゃ無いか」
この変わりよう…ここまであからさまに態度を変えられると、怒る気にもならない。
この人はオルドリン。この研究所のチーフで、ドロシーの作成者でもある。言うまでもなく変人であるが技術者としての能力は高い。そしてドロシー至上主義者だ。…そんな言葉があるのかは知らないけど。歳は確か四十を超えたくらいだった気がする。全くそうは見えないし、目の下の隈が無ければもっと若く見える。そして実はニケと言われても信じられるほど顔が良い。
「だから連絡はしたよ」
「いいや、お前から聞いていたのは、お前が来るということだけだ。報連相くらいしっかりしろ」
「あれ、そうだっけ?それはごめん。
…ん?ならボクが来ることは知ってたんじゃん!」
「…さてドロシー。いまちょうど手が空いているのだ。身体に調子が悪いところはないかね?」
「おーい、さっきと言ってることが違うぞー。そんなんだからドロシーに相手にされないんだよ」ボソッ
「あ?あまり調子に乗るなよ」
「やだぁドロシーこの人怖い」
「このクソガキ…ッ」
ドロシーの背に隠れたボクをみて、オルドリンは青筋を浮かべている。
「あなた、オルドリンと話す時だけ喧嘩腰ですよね。何かあったんですか?」
「オルドリンはアタマが固いからねぇ」
大したことではない。オルドリンとは
しかし、そんな事をドロシーに言えるはずがない。そんなことをすればそれこそ完全に嫌われてしまうだろう。
「冗談はこの辺にして…開発は順調なの?」
「ふん、当然だ。ボディは既に完成している。あとはチューニングとシミュレートだな」
オルドリンが何やら操作すると、ガラスのスモークが晴れていき、2人のニケが姿を現す。片方はボクの知っているシンデレラ、そしてもう片方はボクも初めて対面するニケだ。
「へぇ、君はこんな顔だったんだ」
そこにはボクと同じく、原作ではほとんど描写されなかったニケが眠っていた。どんな子なのかな…何が好きで、どんな性格だろうか?きっと素敵な子であることはまちがいない。
ーーもしかしたら、君も…なんて。
「原作では存在しなかった者同士、この世界では仲良くやろうね」
ガラス越しに放った言葉はただ跳ね返り、壁や天井に吸い込まれた。でもそれでよかった。これはただの自己満足だから。
…ボクは君のことも助けてみせる。