ゴッデスの欠番ちゃん   作:またろー

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落日

 戦線を突破したラプチャーは中規模といったところでした。戦闘自体には特別述べることもありません。なるべく丁寧に、そして冷静に数を減らし、危なげなく勝利しました。流石に無傷とは行きませんでしたが、初めての単独戦闘にしては上々でしょう。

 

ーー早くターリアに会いたい。

 

 戦闘中は抑えていた感情も、もう抑える必要はない。念の為、討ち漏らしがない事を確認して研究所へと歩き出す。はやる気持ちの所為か歩く速度は徐々に上がり、やがて駆け足となった。普段のドロシーなら、迎えの輸送車が来るまで優雅に待っていただろう。まして走るなど考えられないが、それだけ気持ちが昂っていたのだ。

 

 独断専行を褒められる事はないでしょう。しかし、こうして実績を積むことでターリアの意識は変わっていくはず。何よりも私を心配して待っているでしょうから、戻れば抱きついて来るかも知れませんね。

 

 ドロシーは走りながらその顔に微笑を浮かべる。自分の選択が何をもたらしたのか、まだ知らないからだ。

 

 少し息を切らしながら研究所の近くまで戻ってきたドロシーは、高密度のエブラ粒子層を通過する為に息を整える。煩わしいがこのエブラ粒子がラプチャーからの目を逸らしているのだ。

 伸ばした手が見えないほどのエブラ粒子(濃い霧)。その中へ立入るのは相当の勇気がいる。方向を見失いそうになりながらも、自分を信じて前進するとさっきまでが嘘のように視界が開けた。エブラ粒子層を抜けたのだ。

 

「……え…」

 

 飛び込んできた景色にドロシーは自分の目を疑った。高濃度のエブラ粒子に暴露して、視神経に障害が出ているのかと考え目を擦ったが、その光景が変わる事はない。そしてその光景が現実だと裏付けるように、硝煙の薫りがツンと鼻の奥を刺激する。

ーー焦燥が広がる。ドロシーは銃を手に持ち、再び走り出した。もう一度、ターリアの隣に立つために。

 

 息を切らしながら到着したラボは、酷い有様だった。何かが天井を貫き、装置やガラスなどが破損、散乱していた。何ヶ所からか火も上がっており、大惨事というに相応しい事態だ。室内は煙が充満しており、生身の人間であれば、立入ることは難しかっただろう。また争った痕跡至る所に残っており、何者かの襲撃を受けた事は明白だった。

 

「な、何ですかこれは…一体なにが…!」

 

 状況が全く掴めず、ドロシーは焦っていた。襲撃を受けたことは間違いない、しかしあまりにも静か過ぎた。

 ターリアもオルドリンも、ラプチャーすら居ない。ラプチャーに関しては、残骸すら落ちていないのだ。不可解な点があまりにも多い。

 

「うぅ…」

 

「オルドリン…!大丈夫ですか⁉︎」

 

 小さな呻き声を察知して近づくと、そこには見知った白衣の女性と見知らぬ男が倒れていた。呼び掛けても反応がない。

 命に別状は無さそうだが、何ヶ所か骨折も見受けられた。そして煙を吸い込んでいるようだ。脱出するため移動してきたが、途中で力尽きたというところだろうか。

 

 ここは崩れる可能性もあります。まずは安全な場所に移動させて、それからーー

 

 何から手を付ければ良いかもわからない状況は、精神的にもよろしくない。端的に言って、かなりテンパっていたドロシーは要救助者を見つけ、少し落ち着きを取り戻した。やるべき事が明確になったからだ。

 オルドリンらを背負い、ひとまずの脱出を決断したドロシーは一歩目を踏み出そうとしたところで、躓きそうになる。

 何か違和感を感じたが、背中のオルドリンが激しく咳き込んだことでハッとし、再び前を向いて走り出した。

 

 

 ドロシーはオルドリンたちを安全な場所まで運び出した後、応急処置を行った。そしてやる事がなくなり、また少し考えて、再度廃墟となった研究所へと飛び込むことにした。

 情報が足りないのだ。オルドリンが起きれば何があったか聞けるだろう。しかし今は動かずにはいられなかった。

 

 

 30分は経っただろうか。結果から言えば必死の捜索も虚しく、何の成果も得られなかった。煙の中どれだけ呼びかけても反応はない。量産型のニケも第二世代のフェアリーテイルモデルも見当たらず、謎は深まるばかりである。

 

 煙で視界が非常に悪く、満足に捜索出来たとは言い難いですが、私は今、冷静ではありません。注意力は散漫となっており尚更見つかるものも見つからないでしょう。これ以上の捜索は無意味と考え、オルドリンが起きるのを待つ事に決めました。

 

 

 それを見つけたのはその後すぐだった。

 ドロシーは盛大に転んだのだ。そこは先程オルドリンが倒れていた辺りであり、平時なら顔を羞恥で染めていただろう。レッドフードあたりが大笑いしていたに違いない。

 

 何に躓いたのかと、半ば苛立ちを覚えて睨むと丁度空気が流れて煙が晴れた。

 

 煙が晴れたのはほんの一瞬だったが、それは時間が静止したようにドロシーの網膜に焼きついた。声も出ず、呼吸も瞬きもなく目を見開いたまま、既に煙に巻かれたある一点を凝視している。

 

「なん………あ?…え??」

 

 立ち上がることすら忘れ、純白だったドレスを引き摺りながらそれに向かって地を這う。

 

「あ、あ、あぁ…‼︎!」

 

 ターリアの手です。ターリアの手が落ちています。なぜ?なぜでしょうか?腕の落としものなんて聞いたことがありません。

 

 見間違うはずもない。それは最愛の、ほんの数時間前に振り払ってしまった手だった。

 思考とも呼べない突飛な考えが脳内を揺らす。それは正気に戻らないための防衛反応だった。

 

 

 まさか…

 

 悪い方へと向かう思考を無理やり正そうとしても、不安や焦りがそれを許さない。

 

ーーいえ、そんな訳がありません。そんなことがあるはずがない…!

 

……今わたしは一体何を…?

 

 ドロシーは考えるのをやめた。ニケの腕から目を背け、いやまるで目に入っていないかのように向き直り、外で待たせているオルドリンの元へと向かう。その足取りは()()()鉛のように重かった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

 軌道エレベーター突入作戦。兼ねてから計画されていた決戦のために、ゴッデス部隊は各地を奔走していた。ターリアとドロシーの別行動もその一環である。研究所が襲撃を受けたとの知らせを受けたゴッデス部隊は、現場へと急行する。そこで彼女たちが見たのは半壊した研究所と、砂塵と煤にまみれた仲間の姿だった。

 

「ドロシー…?」

 

 駆け寄ったラプンツェルは目を疑った。ドロシーは別人と見間違うほど、虚な目で呆けていたのだ。

 

「大丈夫ですか⁉︎しっかりしてください!」

 

「あ、あぁ…来てくれたんですね。オルドリンの救護をお願いします。応急処置はしましたが、煙を吸い込んでしまったようです」

 

 ラプンツェルに肩を揺すられて、漸くこちらに気付いたドロシーは明らかに正常ではなかった。

 

 ドロシーの傍に寝かされている男を見て、紅蓮が反応する。

 

「何故この男がここにいる?」

 

「施設内で倒れていたので運び出しました。知っているんですか?」

 

「私たちの指揮官だった男だ。くだらん軍規違反で懲戒になっているはずだが…」

 

 指揮官は部隊を2つに分け、片方を研究所内の調査。もう片方を周辺の警戒に当たらせることにした。

 

「一体何があった?報告してくれ」

 

「…わかりません。別件で出撃していまして、私も先程戻って来たところです。研究所内部でオルドリンが倒れていましたので救出しました」

 

「ターリアお姉ちゃんはどこですか?」

 

 スノーホワイトは見当たらないもう1人の所在を尋ねる。するとドロシーが素っ頓狂な声を上げた。

 

「……ターリア?あなたお姉さんがいたんですか?」

 

「な、何を言ってるんですか……?ふざけている場合じゃないでしょう!」

 

 スノーホワイトは激怒した。こんな時に揶揄うドロシーに苛立ちを覚えたからだ。しかし彼女の顔を見て、そんな感情は行き場を見失う。とても軽口を叩いているようには見えなかったからだ。

 

 ドロシーは一部記憶を失っていた。NIMPHによる脳への干渉が原因だ。人の脳には元より忘却する能力が備わっており、それをNIMPHが補助することで、ニケの記憶はより完全にコントロールされる。

 

 しかし、NIMPHとて万能ではない。そもターリアを忘れるには、ドロシーを形作る要素としてあまりに大きすぎた。

 故に、これは一時的なものであり、都合の良い記憶喪失はすぐに終わりを迎える事になる。

 

「指揮官‼︎施設内にこれが…‼︎」

 

「…嘘…そんな……」

 

 悲鳴にも似た声をあげたのはスノーホワイトだ。レッドフードが持って来た一見グロテスクなそれは、なんて事はないニケのパーツだった。ただ一つ、量産型のニケのものより少し小さい事を除けば。

 ターリアの落とし物はドロシーの記憶を封じた鍵であり、同時に記憶を戻す鍵にもなってしまった。

 

「あ、あああ、ああぁああッ‼︎‼︎」

 

 各人が平静を失いかけたその時、皮肉にも1人の狂乱がそれを止めた。

 

「ちがうちがうちがうちがうちがうちがう!」

 

「ドロシー!落ち着いて…ッ!」

 

「〜〜〜〜ッ‼︎‼︎」

 

 近くにいたリリーバイスがドロシーを抑えるがその勢いは増すばかりだ。そして不意に糸が切れた人形の様に静かになった。

 

「何を…!」

 

「ただの鎮静剤だ。ドロシーには時間が必要だろう。報告は私からする。あとそこの男は縛っておいてくれ」

 

ーーーーー

 事が起きたのはドロシーが単独で出撃してから間もなくの事だった。

 

「…あ゛ぁーー…終わった。ドロシーに嫌われ…いや、そんなこと言ってる場合じゃない。何とかしてドロシーに援軍を送らないと…ゴッデスは過剰だし、ここの量産型の子たちだけでも向かわせる?」

 

「少しはドロシーを信じろ。敵の規模からしてドロシーが苦戦する様な戦場ではない」

 

「信じてるよ!でもドロシーがいくら強くても、不測の事態は起こりうるでしょ?」

 

「はぁ…それを信じていないというんだ」

 

「そんなことは…。…ッ⁉︎」

 

「…今度はなんだ」

 

「今ラプチャーの反応が…あれ?」

 

 近くで敵の反応を検知し、勢いよく立ち上がる。しかし反応があったのはほんの一瞬で、すぐに反応は消失した。気のせいとも考えられるけど、無視はできない。

 

「オル、ここの警備システムはどうなってるんだっけ」

 

「入り口はお前も通ってきた一つだけだ。量産型が交代で番をしてくれている。何かあれば私まで連絡が入る」

 

 要するに警備に異常はないとのことだ。オルドリンから連絡用端末を借り、警備の量産型へと通信をかける。

 

「こちら守衛室です」

 

「ボクだけど異常はない?」

 

「ありません、どうかしましたか?」

 

「そう、よかった。誰も通ってないってことでいいかな」

 

「あ、いいえ!20分ほど前にいつもの補給物資の運び込みがありました。そういえばまだ戻ってきてませんね」

 

 ターリアは通信を切る間も惜しんで、敵性反応のあった場所へと駆け出した。

 

 誰も居ないはずの部屋で、パネルキーボードを操作する電子音だげが響いていた。その発生源は疑いようもない。

 

「おいお前、今すぐ手を止めろ‼︎」

 

 警告を受けて、意外にも不審人物は手を止めた。

 

「よし、そのままこちらを向け。ゆっくりとだ」

 

 不審者は人間だった。ヘレティックや侵食されたニケであると予想していたため、面食らったがその男はターリアも良く知る人物だった。

 

「きみは…」

 

「久しぶりだな。私がわかるか?」

 

「何故お前がここに居るんだ…ッ!」

 

「おいおい、質問に質問で返すなよ。コミュニケーションの基本だろ?」

 

「状況を考えて、質問できる立場じゃないでしょ。これは侵入者への尋問だよ」

 

 男は痩せこけており、髪も薄くなっている。かなり印象が違うが、紅蓮ら近接戦闘部隊を率いていた指揮官様だ。しかし不正がバレて、懲戒となったため既に軍属ではない。ここに居るはずがなかった。

 

「何をしていた?」

 

 答えによってはコイツを殺さなければならない。悪戯では済まない、これは人類に対する裏切りだ。

 

「何も。こんな訳の分からない機械を操作できる訳ないだろう?暇だったからそれっぽい事をしていただけだ」

 

「…ではお前は何故ここに居る?何をしに来た?」

 

 ターリアの問いを皮切りに、男の薄ら笑いが消えた。

 

「何故、何故だと…?」

 

 男は体を震わせ、苛立つように頭を掻き毟る。

 

「お前が!私の人生を壊したからだろうが…ッ‼︎」

 

 男が絶叫すると同時、背後で2槽あるガラスの内ひとつが大きな音を立てて粉々に割れた。ガラスの雨が降り、その中から人影が現れる。

 

「…良い。器とはかくも違うものなのか」

 

 続けて発せられた声には、どこかで聞き覚えがあった。そこには身体の調子を確かめるような動作を繰り返している存在があった。拳を結んでは開き、首を回しステップを踏むんでいる。

 

「…ん?何だ、随分と早いな。まだ目覚めたばかりというのにもう主菜か…」

 

「黙れ化け物。ここまで連れて来てやったんだ。約束は果たしてもらうぞ」

 

 頭の中にある情報のカケラたちが、ひとつまた一つと勝手に繋がっていく。そして認め難い真実が浮かび上がった、浮かび上がってしまった。

 それから目を背けるように、今目の前にいるはずだった彼女の名前を呼ぶ。小さく、縋るような声で。

 

「カグヤヒメ…だよね……?」

 

「…ほう、それが妾の呼称か。それとも()()()()()()()()か?どちらにせよ気に入った。これからはそう名乗るとしよう」

 

 一見すると是とも取れる回答。しかしそれはターリアを失意に堕とすに足る答えだった。

 

「…ッ!違う、その名前はお前のものじゃない。早くその身体から出ていけ!」

 

「ハハハハ!やはり正解だったな。フェアリーテイルモデルがよっぽど大事らしい」

 

「黙れ、裏切り者‼︎」

 

『起きろ、天の羽衣』

 

 激昂したターリアの一撃。ただの人間が受ければ、ミンチになったであろうそれは見えない壁に阻まれ元指揮官には届かなかった。

 

「おぉ…何も見えなかったぞ。さすがは名高いゴッデスの一番槍だ。だが…クク…勝利の女神のする顔ではないな?」

 

ーー天の羽衣、ガラスの靴と並ぶカグヤヒメの専用武装である。決まった形を持たない、光学迷彩のシールド。柔軟性を持ったそれは、弾くのではなく受け止める事に特化している。安っぽい言葉だが、設計思想の"絶対防御"に見劣りしない性能だ。

 

 ターリアはギリギリと音が聞こえるほど強く歯軋りし、距離を取る。そこにターリアを追ってきたオルドリンがやって来た。

 

「カグヤヒメ⁉︎何故…」

 

「オル!今直ぐシンデレラを起こして!」

 

「起動しても直ぐに戦闘は無理だ‼︎」

 

「それでいい。シンデレラには自分の足で歩いてもらう。君の筋力じゃ背負えないでしょ!」

 

 ターリアはシンデレラを逃すことを選んだ。現在奇襲を許しているが、敵は実質目の前の一体のみである。一度圧倒した相手であり、一対一であれば第二世代(新型)相手でも負ける気はない。

 素早くボコして、カグヤヒメを取り戻す。そのためにも思いっきりやれる状況を作りたかったのだ。

 

「させるとでも?」

 

「人の身体で偉そうに…君、ボクに負けたのもう忘れたの?」

 

ーー出力制限を開放中。

残り戦闘可能時間は最大で700秒です。

オートトランスミッション解除、マニュアルモードに移行します。

シームレスな出力操作が可能となります。

ーー

 

 ターリアの瞳に星が宿る。カグヤヒメが身構えるより速く、ばら撒いた鉛玉は展開した天の羽衣によって防がれた。しかしあくまでそれは牽制であり、真打が登場する。

 必殺技と言うには些か捻りがないが威力には自信があった。出力制限を取り払った全力状態でのみ可能となる、音速のドロップキックである。

 

 カグヤヒメは油断していた。新しい身体、新しい兵装を手に入れ、全能感の様なものに浸っていた。天の羽衣でターリアの一撃を受け止めていたこともあり、かつての実力差はひっくり返ったと考えたのだ。

 薄く広がったガードを突き破り、モロにくらったカグヤヒメは、分厚い壁を幾つか突き破った。どうやら研究所の外まで吹き飛んだらしい。隣にいた男も衝撃で気を失っている。

 

「どういう威力だ…」

 

「ここはもう安全じゃない。ボクがアレの相手をしてる間に逃げて」

 

「…もう終わったんじゃないか?

 

「そんな訳ない。相手は君が作った第二世代のフェアリーテイルモデルだよ?いいから早くここから離れーー」

 

『ガラスの靴、フルコンタクト』

 

 どこか幼さを含んだ無機質な声が聞こえた。瞬間、眩く走った光の束は、オルドリンを庇ったターリアの腕を通過した。

 オルドリンは状況について行けていなかったが、ドサッと重いものが床に落ちる音がしてそれに釘付けになった。

 

「お、おい、ターリア‼︎」

 

 しかし当の本人は欠けた腕など気にも留めず、悔しそうに顔を顰めた。

 

「なんで、なんでシンデレラまで……ッ」

 

 先程の声の主はジッと真っ直ぐにこちらを見据えていた。その瞳を赫く染めて。そして再び一対の靴に光の玉が集まる。

 

「待て」

 

 しかしそれは静止され、放たれることは無かった。

 

「そこで転がっている男に仕込ませていたのだ。存外役に立ったな。お前への復讐心を煽ってやれば、簡単に情報を流しよる。…それにしてもよくもやってくれたな。死ぬかと思ったぞ?もう直ったが」

 

 ターリアの口から溢れた、愚痴のような問いに答えながらカグヤヒメが歩いてくる。その言葉は嘘ではなく、表面装甲が剥がれている部分も一歩近づくごとに直って行った。

 

 状況は火を見るより明らかだった。ヘレティックに乗っ取られたカグヤヒメに侵食を受けたシンデレラ、どちらも単体の戦力としては最高峰だ。

 死を覚悟すると同時に、決意を固める。せめて同じ異物であるコイツだけでも道連れにしなくてはと。存在するかも定かでない、その為の策を考えようとした時、ある異常に気がつく。

 

……何だ?何か変な感じがする…

 

 最初に感じたのは違和感だった。片腕を失った事による喪失感…?多分違う。ボクはロールアウト直後、同じように腕を失ったがあの時とも違う。

 今は戦闘中だ。目の前の敵に意識を集めなくてはならない。なのに、どうしても無くなった左の肘から先が気になって仕方がない。

 

「〜〜〜〜痛ッッ‼︎」

 

 違和感の正体、それは痛みだった。個体差はあれどニケにも痛覚はある。痛みとは五感のひとつである触覚の最も強い刺激だ。

 ニケが紅茶の香りを楽しみ、抱きしめられて幸せを感じるのは人と同じ感覚を持っているからに他ならない。

 ただ、その刺激が脳に伝わる経路は異なる。感覚器官で受け取った刺激は、NIMPHを通って脳へと伝わる。

 人にとって痛みとは、安全装置のようなものと言えるだろう。痛覚のお陰で危険を学習し、これ以上怪我をすれば死ぬと、直感的に気付くことができる。

 同時に痛みは、ニケにとって戦闘に最も不要な刺激でもある。人なら死んでしまう損傷を受けても、脳さえ無事なら修復できるニケにとって、痛覚を不要なものとNIMPHが判断するのは合理的と言える。

 個体差はあれど、動けなくなるほどの痛みをニケは感じない。NIMPHが排除するからである。

 

「ッ ぐあ゛あ゛あ あ あ ぁ」

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 一度思い出してしまえばもう忘れていた頃には戻れない。ターリアはその場に蹲った。敵前であればあり得ない行動であるが、ここが戦場であることなど考える事ができないほど頭の中が痛みで埋まっていく。ニケとなってから忘れていた感覚、そうなる前も腕を切り落とす痛みなど知らなかったのだ。

 

「クハハハッ!想像以上だな!痛いか?」

 

 カグヤヒメは楽しそうに声高らかに笑った。

 

 第二世代フェアリーテイルモデル、シンデレラとカグヤヒメ。これらはゴッデスと共にクイーンを討伐すべくデザインされたニケである。

 シンデレラは広域殲滅に特化したニケであり、ゴッデス部隊の道を切り開くため。そしてカグヤヒメはゴッデスの能力を底上げするバッファーとしての役割が与えられていた。

 カグヤヒメの能力は、ニケに共鳴しその性能を底上げ(バフ掛け)することである。そして本来想定されていない使い方ではあるが、デバフを撒くこともできた。

 

「ターリア!!」

 

「いま、コイツの痛覚を人並みに戻した。効果は絶大だな?お前には礼を言わねばなるまいな。褒めて遣わす、妾はもっと強くなれるようだ」

 

「ふざけるな…ッ!醜い寄生虫め。さっさとその身体を持ち主に返せ」

 

「ふむ。お前には感謝しているし、頼みを聞くのもやぶさかではないのだが…それは不可能だ。このニケの脳もコアも吸収したからな」

 

「…何だと?」

 

「持ち主が居なければ、貰ってしまっても構わんだろう?…チッ五月蝿いな、少し黙っていろ」

 

 カグヤヒメは依然として呻くターリアを見下ろすと、髪を束ねて変形させた触手を突き刺した。するとターリアは動かなくなった。

 

「貴様…ッ‼︎」

 

 オルドリンは怒りに身を任せて、拳を握り床を蹴る。しかし足を払われ体勢を崩したため、その攻撃が届くことはない。例え、届いていたとしても状況は変わらないだろう。勢いよく転がったオルドリンは、首を締め上げられた。

 

「人間、妾は頗る機嫌が良い。お前は見逃してやるからゴッデスとやらに伝えろ。お前たちの負けだとな」 

 

 意識が遠のき、視界が霞み狭まる。オルドリンが最後に見たのは、英雄になるはずだった2人が、英雄を連れ去るところだった。




読了感謝です。
お気に入り登録、感想、高評価ありがとうございます。
ちょっと推敲足りないので、後で編集するかもしれません…
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