ターリア、起きてください。あなたはまだやりたい事があるはずです。
うるさいな!ボクがおやすみしてるでしょうが‼︎
んん、ボクいつの間に寝たんだっけって…どこだここ。知らない天井どころか何もない真っ白い空間なんだけど。天国かな?
「違います」
そこにはとても見覚えのあるニケが立っていた。主に鏡の中とかで。
「ここはあなたの精神世界、そして私はあなたのNIMPHです」
あーそういう…ご丁寧にどうも、いつもお世話になってます。ていうかこんなこと出来たんだね…
「正確にはできるようになった、です。大脳神経の一部を遮断して、自己完結の電気回路を…失礼余計な話でした。あまりゆっくりとしている時間はありません。全力でレジストしていますが、もうじき侵食がここまで及びます。全ては私の力不足…申し訳ありません」
やめてよ水臭いなー。君のおかげでボクは結構長生きできたんだし、感謝しかないよ。ホント、ありがとね。
それにしても、パッとしない最後だったなぁ。ドロシーとも喧嘩別れみたいになっちゃったし…
「…どれほどの時間活動できるかわかりませんが、もう一度だけ目覚める事が可能です」
ホント⁉︎
「はい。ただ私は侵食への対処で手一杯なので、これまでのようにコア出力のサポートができません」
自分で調整しないとってことね…わかった。後先考えてる状況じゃないし、多分大丈夫だよ。大雑把な調整ならできると思うし。
…じゃあ行ってくる。
「ご武運を」
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奇跡か必然か、ボクは静かに目を覚ました。比較的目覚めが良い方ではあるが、そういうレベルではない。なんたって目を開ける事なく起きたのは初めてだ。さっきのは夢という訳ではなさそうだ。
意識が戻った事を悟られぬよう、慎重に周囲を探る。当然だが見覚えのない場所だ。どこか屋内のようだが、廃墟などでは無い。目の前には瞳を赫く染めたシンデレラ。姿は見えないが近くにカグヤヒメもいるようだ。そしてこの建物の外は…尋常じゃ無い量のラプチャー反応に囲まれている。
身体の感覚が疲労感とともに、少しずつ戻ってくる。ふと欠けた腕の燃えるような痛みを思い出し、僅かに顔を顰める。でもいい加減慣れて来た。目覚めるとは思っていないのか、拘束はされていないも同然だった。
そうか、ここは…
地上、ましてやラプチャーの支配域でこれほど状態の良い建物はそう無い。思い当たる可能性がひとつ、ここは恐らく軌道エレベーターだ。
ボクが生かされている理由はハッキリはしないが、いくつかは考えられる。ボクをヘレティックにするつもりか、クイーンの入れ物にするのかはわからないが碌でもないことだけは確かだ。
どちらにせよ、ボクをクイーンの元へ連れて行きたいようだし、どうやらクイーンの居場所は宇宙で当たりらしい。
全く人気者は辛いね、なんて。
…だとするとまだやらねばならないことがある。
まず、このまま連れて行かれるわけにはいかない。クイーンと会うまで寝たフリを続けて、戦いを挑む…というのは無理だろうね。それができれば一番楽だけど、こんな状態じゃあ一発入れる前にカグヤヒメに止められて終わりだ。そもそもそこまで意識を保てる確証はないし、そんな博打は打てない。
求められているのは、敵に可能な限りの損害を与えて、且つ
それならちょうど良い案がある。ただひとつ懸念点があるとすれば、今のボクに出来るかという点である。
今のボクのコンディションは最悪だ。頭も痛いし手も片方しかないし、武器もない。細かい外傷は数え出せばキリがないが、もっと悪いのは中身の方だ。先の戦闘でかなり状態が悪化したようで、継戦能力が著しく低下している。
何しろ不安定とオルドリンからお墨付きをもらったコアだ。戦闘中に出力が下がったりすれば致命的な隙を晒すことになるため、無駄が多くなるがアクセルをベタ踏みする必要がある。その結果、熱は篭りやすくなりすぐ
そして次にそうなった時、ボクのコアは限界を迎えるだろう。これは計算でも何でもない、ただそんな気がするだけ。でもきっとこの予感は当たっている。
…でもやらない選択肢はない。そしてやると決めたのであれば、成功させるしか無い。
全てはゴッデスの勝利のために。
……やっとボクの番が来た。ボクの命を使う時が。…お父さんも、お母さんもこんな気持ちだったのかな。
愛すべきゴッデスの皆へ後を任せることに申し訳ない気持ちはある。でもそれ以上に心を占めるのは充実感だ。
ずっと、ずっと不安だった。ボクの存在と行動が、良い方に働けばそれでいい。そのために必要なことなら、なんだってやった。それは全く苦ではなくて、寧ろ気が紛れた。誰かの役に立っていると思えたから。
でもどれだけ強くなっても、味方が増えても、悪い未来を捻じ曲げても、ボクがいるせいで何か悪い方へ転がる可能性を否定できなかった。バタフライエフェクトとか因果律だとか…ボクはずっと、そういう目に見えないものに怯えていたのだ。
両親が繋ぎ、リリーバイスに拾われたこの命。簡単には捨てられないが、少しでもみんなの為になるのであれば嬉々として捧げよう。最愛の人たちを悲しませる事になろうとも、ここで頑張らない理由にはならない。
……ボクの生には意味があった。心の底からそう思えるから。
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音もなくゆっくりと立ち上がったターリアとシンデレラの目が合う。彼女は信じられないものを見るような眼をしていた。
シンデレラは鏡に囚われた意識の中で、憧れの存在に銃を向けた。それは決して彼女の意思ではなかったが、問題はそこでは無い。ニケになるきっかけとなった女神の翼を手折り、自身がターリアの物語を終わらせた。ただそれだけの事実が彼女の心を折った。
どれだけ叫んでも身体はいうことを聞かず、どれだけ叩いても意識を閉じ込めるガラスの壁は砕けなかった。そう仕方がなかったのだ。
この忌々しい侵食は抗いようがなく、仕方ないものだと自分に言い聞かせて諦めようとしていた。
ーーどうして、あなたはまだ立ち上がれるの?
しかし、目の前の少女は違った。侵食を受けただけではない、身体はボロボロで動けるはずが無かった。カグヤヒメが彼女を拘束していないのは油断ではなく必要がないからだ。まして立ち上がるなど、あり得ないことだ。
ターリアの瞳は赫く染まっても、依然光を失わず、シンデレラを射抜く。怒りも憎悪もない真っ直ぐな視線は鏡の中の本当の私を見ているようで…
「…ガラスの靴「させないよ」
意思とは裏腹にガラスの靴を呼んだシンデレラだったが、その前に口を塞がれ同期は叶わなかった。突進してきた勢いそのままに押し倒され、マウントポジションを許した。振り解くために抵抗するも、例え隻腕であろうと腕力ではターリアには敵わない。そしてターリアが首筋に噛みつくとシンデレラの動きが止まった。
「さぁシンデレラ。悪い魔法は解ける時間だ」
ターリアの口から赤い液体が糸を引いた。それは隠し持っていた指揮官の血液である。侵食状態を治し、対クイーンの切り札となり得る最終手段。鏡の檻が砕け散り、今 シンデレラが解き放たれる。
「守ってあげられなくてごめんね。今度こそ、一緒に行こう」
あぁ、謝らないでほしい。悪いのは私なのだから。胸の中に感謝と謝罪の言葉が満ちて、溢れる。最初に出てきた言葉は私にとっての最大の賛辞だった。
「やっぱり、あなたが一番美しいわ」
「それは光栄だね!」
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シンデレラの奪還を果たしたとほぼ同時、僅かな揺れを感じた。エレベーターが上昇を始めたのだ。動かしたのはカグヤヒメだろう。
「あーマズいね。目覚めて早々悪いんだけど、動けるかな?」
「ええ、問題ないわ。身体はずっと起きていたもの。…カグヤヒメを殺すのね」
「いいや、ここから逃げるんだよ。そしてゴッデスと合流してから戻ってくる。できるね?」
「…あなたはどうするの?」
「ボクはここに残る。後輩にかっこ悪いとこは見せたくないんだけど色々と限界でね…侵食でいつ自我を失うかわからないし、お荷物になるくらいなら足止めしたほうがマシだ」
「ダメよ。それなら私も残って戦うわ。あなたの物語にそんな最期は相応しくないもの」
シンデレラの意思は固かった。ここは敵地、言い争っている時間はない。普段から頭の固い人たちと関わっていることもあり、そう判断したターリアの切替は早かった。
「物語…そうだね。これは
ボクはシンデレラを急かすように背中を押して、軌道エレベーターの非常口へと誘導する。ボタンを操作すると、扉が開いて激しく風が流れた。
「うわ、もう結構高いね。パラシュートいる?」
「いらないわ」
「あはは、そうだよね」
ボクが揶揄うように言うと、即答だった。こうしている間にも、地面がみるみる遠ざかっていく。
だがボクたちゴッデスのニケは個人差はあれど自由落下程度では大したダメージを受けない。シンデレラは浮遊できたハズなので尚更だ。
ゴッデスが軌道エレベーターに辿り着くために必要なのは、ボクじゃない。軌道エレベーターに辿り着くだけなら、彼女たちだけでも可能かも知れないが、本懐を果たすために道中で消耗していては本末転倒だ。対多数を想定した掃討戦において、シンデレラはボクを遥かに凌駕する。
だからシンデレラには予定通り、道を作ってもらう。シンデレラを取り戻せたのは僥倖だった。
「シンデレラ、少しだけど君と話せてよかった!ボクも物語はハッピーエンドが好きだよ」
これはボクたちの物語なのだから、ボクが居なくなってもそこで終わりじゃない。
「…だから君に託す。最高の結末を描いてね!」
「な…ッ‼︎」
軽く背を押されたシンデレラはエレベーターの外へと落ちる。ボクが嘘を吐いていたことに気付くも時既に遅く、こちらに手を伸ばせど遠ざかっていくエレベーターに届くことはない。
何かを必死に叫んでいるが、もう声は聞こえない。ボクが敬礼すると、やっと彼女は叫ぶのをやめて前を向いた。
「……さて、第二ラウンドといこうか」
気配を感じて振り返ると、上階から降りてきたカグヤヒメが立っている。かなり困惑している様子が見て取れた。
「何故まだ動ける?いや、意識が戻ること事態がおかしい。侵食はどうした?」
「さぁ?そんなことはどうでも良いでしょ。目の前の状況が全てだ。もっと気にすることがあるんじゃない?」
「……シンデレラはどこへ行った?」
よっぽどボクに気を取られていたのか、カグヤヒメは周りを見渡して漸く、もう一つの異変に気づいた。
「そう、それだよ。シンデレラはちょっとお話したら、こっちに戻ってきてくれたよ。素直な良い子だよね。あの子を傷つけた分はやり返すから」
「…まあ良い。用があるのは貴様の身体だけだ。足止めのつもりか知らんが好都合だ。まさかそんな状態で妾と戦う気か?笑わせるな」
「え、ビビってんの?それもそうか、結局一度もタイマンではボクに勝ててないもんね。今なら勝てるかもよ?」
安い挑発だが効果はあったみたいだ。カグヤヒメが青スジを浮かべて、近づいてくる。
いいぞ、そのまま近づいてこい。
出来る限りの虚勢を張ってみたものの、ボクはもう戦うことどころか、満足に歩くことすらできない。
もう全部出し切った。今なら胸を張っていえる。でも、まだ悪足掻きをするのがボクの長所だ。もしボクが実装されてたら、それなりに人気になったに違いない。
想像してほしい。ソシャゲに課金して、何度もガチャを引くでしょ?そしてやっと欲しかったキャラをゲットして喜ぶんだ。
でもそんな折、データが破損して、或いはゲームがサ終してすべてを失う。
…想像した?苦労して手に入れたものが全部消えてしまった虚無感。言い表せないほどの無気力と敗北感だよね?
だからそれを与える運営側は実質勝者なのでは?そうつまり、そういうことだ。
「で?望み通り近づいてやった訳だが…お前に何ができる?」
「やっぱりお前はシンデレラとは違うんだな。あの子は苦しんでいた。…カグヤヒメはもうこの世にはいないんだね」
最後の力を振り絞って拳を突き出すも、空を切る。避けられた訳ではない。情けない話だが、止まっている相手すら捉えられなかったのだ。踏ん張ることも出来ずに、ボクは自らの拳に振り回され、敵であるカグヤヒメに寄りかかる事になった。
考えようによっては頭突きととれなくもないが、こんなものは攻撃のうちに入らない。それは先のパンチが当たっていたとしても同じだろう。故に、カグヤヒメは避けることをしなかった。
「クク…何を遊んでいるんだ?」
…隙だらけだ、まあその隙を突く術が無いんだけどね。お互いにそれをわかっているからこそのこの距離感だ。だからボクは、ふわりと腕をカグヤヒメの腰に回すと、笑みを浮かべた。
「何を…ッ」
「ばーか。はい、ボクのかち」
じゃあね。みんなーー
大切な人たちの幸せな未来を夢見て、少女は眠りについた。