よくある男子中学生の日常を描いた短編
僕の名前は
そこそこ裕福な家庭に生まれて、そこそこなスペックで生きてきた中学二年生だ。
好きなものは寿司と女の子、嫌いなものは宿題といじめ。
今日も今日とて教室の椅子に座って平凡な毎日を過ごしている。
隣にはよく席が隣になる背丈の高い女の子がいて、彼女を中心として友達が集まって駄弁っている。内容はよくわからない。あれがかわいいねー、これがかわいいねー、などといった内容だ。いったいその会話に何の意味があるのだろう。わからない。でも楽しそうに笑って話している。かわいい。
今は5分休みであり、クラスメイトは思い思いに過ごしている。
クラスカーストの高いチビイケメンのいじめっ子はわざわざ僕の後ろの五味くんのところにやってきて、お前ほんと顔きったねぇよなぁ、と絡んでいる。いじめだろうか。いじめだな。それに五味くんが血相を変えて怒鳴っているが、いじめっ子は笑ってあしらっている。その隣で、やめろよなと諫めているデカノッポ。お前、もっと本気で止めてやれよ。正当にキレてるだけの五味くんが女子たちにうるさいって思われるんだぞ。正当にキレてるだけなのに。まぁ、もっと穏やかに怒れよとは思うけど。
この年の子供に、それも確かな正当性を持つ子に我慢しろと言うのは酷も良いところだが、それでもうるさいものはうるさい。結果、からかっているイケメンチビいじめっ子より五味くんの方が嫌われる。何故か、彼が比較的不細工で不潔あり、いじめっ子が比較的見目が整っていて清潔だからである。残酷な世の中だ。こんな性格悪くてヘラヘラしている奴なのに可愛い彼女がいることが僕には信じられない。それもちょっといいなと思っていた可愛くて勉強もできる背の低い女の子だ。おかしいだろ。見る目ないのか。
僕? 僕は……なんか所在がないので寝たふりをしている。別に話そうと思えば話せる人はいるのだが、今日はそういう気分じゃない。ちょっとセンチメンタルに浸りたい日なのだ。男の子(病)の日と言ってもいいかもしれない。こうやって心の中で自分より優れた他人を批評することで心の平静を保っているのだ。イケメンは背が低いし暴力的で嫌な人間だ。五味くんは精神が幼く守られるべき弱い人間だ。イケメンの彼女は見る目がなく、股が緩い女だ。五味くんをうるさいからと睨む女子たちは心が狭量だ。このいじめを無視する先生も、隣の女の子も、僕も、みんなまとめて日和見主義のとっても日本人らしいクソ野郎だ。
怒ると暴力をちらつかせるイケメンくんが怖いから。もしここで出しゃばってクラスでも居場所がなくなったら怖いから。もし、自分がいじめの対象になったら怖いから。手を出せない。まったくもって臆病者だ。大和魂はないのか。
助けるか。助けないか。助けるか。助けないか。どうするか頭の中で迷っていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴ってみんなが席に戻る。ああ、機会を逃してしまった。仕方がない。しょうがないよね。先生も来し、授業の邪魔する訳にはいかない。
授業が始まった。
◆◇◆
放課後になると、みんなが帰りの支度をする。女子はイケイケグループとヲタクグループに分かれて集まってこの後の予定を話し合っている。きっとイケイケグループはみんなでお出かけするのだろう。買い物行って、ご飯食べに行って、遊びに行って、青春を謳歌するのだろう。あ、今男子のイケイケグループを誘った。青春だねぇ。爆発してしまえ!! なんて言うのが様式美だろうか。だが如何せん僕は彼らに興味がない。彼らが中学二年生の時分で不純異性交遊をしようと、将来の夜の夫婦ごっこをしようと僕には興味がない。想像するだけで身の毛がよだつ。いや、ちょっとは羨ましいけど。僕だってそういうことには興味あるけど。でも、まぁ、嫌いな奴のこと好きな女の子のあられもない姿なんて、うん……うん……興奮しないよ。
これはいけない思考だ。忘れよう。しないったらしない。
……で、女子ヲタクグループはきっと美術部に行くんだろうな。あそこら辺みんな美術部だし。あとは男子のイケイケグループとヲタクグループ、そして中間であるいてもいなくても変わらない奴らのグループ。ちなみに僕が所属しているとするならここだろう。
顔も身長も勉強もゲームの腕前も思考力もコミュ障力も総じて良くて中の上、この底辺の学校でその評価なら全国平均で見れば下の上が良いところの僕だ。全部が全部中途半端で、磨けば光ると家族にはよく言われるが本当に興味がない。というか努力が嫌いだ。髪をワックスで整えるのなんか面倒くさいだけだし、勉強なんて高校にさえ受かればいい。大事なのは性格だ。その性格さえも今では少し怪しいが、これでも他人には優しくしようと努めている。他人に気を遣いすぎて、人と関わらないまである。
「じゃあね~」
「ん、じゃあね~」
隣の子にそう声を掛けられたので適当に返した。彼女は帰宅部だからそのまま帰るんだろうな。席が隣だし、適度に話すとは言え、あちらから別れの言葉を言ってくれるのは助かる。男の方から女の子に別れの言葉言うのって難易度が高い。無視されたら傷つくし萎える。いつも言ってないから無視でなくともスルーされるだろうし。
その点彼女は素晴らしい。気さくでこんないきり陰キャまっしぐらな僕とも会話してくれて、律儀に声を掛けてくれる。童貞すぎる思考だとは分かっているが、もしかして僕の事好きなのではと思えてくる。我ながら自分のこういうところが気持ち悪くて、こういうところが好きだ。
だいたい、男が女にモテることを夢想して何が悪いんだよ。男の夢だろ。女の子だって、イケメンにモテる夢想をしたことぐらいあるはずだ。ないとは言わせない。だから僕は悪くない。僕は普通だ。
さて、人も減ってきたしセンチメンタルにも満足してきたから僕も部活に行こうかな。え? 何の部活かって? それは……………………なんだ、あれ。
「伏せてッッッ!!!!」
人生で一番の大声が出た気がする。窓の外に見えたのは、爆発だった。見間違いだと思った。でも、違う。着々と近づいてくるあの砂煙が幻覚であるはずがない。僕は咄嗟に机を倒して盾にしてしゃがみ込んだ。次の瞬間、──轟音。視覚より遅れてやってきた爆音が聴覚を揺らし、その異常性を物語る。みんなすぐに気づいてしゃがむだろう。そう思った。そう思ったから、机の盾から出て、誰かをしゃがませるような行動には出なかった。
だけど、ああ。こういうのを正常性バイアスと言うのだろう。咄嗟の事に動きが止まった彼ら彼女らは……。
「きゃぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!!」
「い゛っ!!!!!!」
「ぎゃぁぁぁあああああああああ!!!」
「ぁっ、あぁっ!!!!!!!!」
「……………………」
発生した爆風と飛来した割れた窓ガラスをその身に浴びた。ある者は僕の後ろの壁に叩きつけられ、ある者は顔をガラスでめった刺しにされ、ある者は女の子を守って背中にガラスを浴びて、ある者は吹っ飛んだ机や椅子を顔面に受けて沈黙した。
平凡な教室が一転して地獄絵図だった。
衝撃が止んで、ゆっくりと机の陰から顔を出した僕を怖いもの見たさでクラスを見渡した。そして、
「えっと…………根本さん?」
「……………………」
教室の入り口付近で、手足を変な方向に曲げて頭から血を流し、目を開きっぱなしの女の子がいた。先ほど別れの挨拶をしてくれた根本さんだ。
死んで、る?
「おーい……あの、生きてたら返事とか……」
──ぐちゅ。
その瞬間、上履きの嵩を越えて、なんらかの液体が靴下に染み込んできた。気持ち悪い感触に驚いて。どこかでそれが何か察しながら下を向くと、そこには。
「……………………血」
──大量の血。床も壁も天井さえも埋め尽くす。血。血。血。
死んだのだ。死んだ。死んだ。全員死んだ。僕は壁際の席で反動が少なかったから助かっただけ。運が良かっただけ。死んだ。死んだ。全員死んだ。
嫌ってた男は女の子を庇って胴体が泣き別れして、庇った女の子たちは吹き飛ばされたマネキンみたいに教室の後ろに塊になって落ちている。
よく暇な時話していた友達っぽかった小関くんはトレードマークのメガネが砕け散り、目から血を流して腹部に砕けた椅子が突き刺さって死んでいた。
一瞬だった。たった一瞬で、僕の退屈で、平穏で、そこそこ幸せな日常は、終わりを告げた。