短いですが、よく強さの引き合いに出されるゼーリエの動向です。
初めに報告を受けたときには、どうせ古くからの知人の誰かがふざけているんだろうと思った。
知り合いのエルフであるフリーレンから、使うのが非常に面倒な遠距離で会話する魔法が来た時には何事かと思った。この魔法は使用魔力がまあまあ大きく、特に仲がいいというわけでもないフリーレンがその魔法をわざわざ使ってきたときには何事かと思ったものだ。しかしその内容は「シャドウとかいう変な男?が、クヴァールを勝手に復活させたうえで、魔法技術で圧倒していた。何か彼について知らないか?」というものだった。だが、世界というものは広い。フリーレンは知らないだろうが、表の世界に出ずに実力を磨いている長寿の存在はそこそこいるのだ。私はフリーレンに、適当に「私は知らない。探してみて見つけたら教える。」と返事した。まあ、聞いていた特徴に合致する人物は実際に心当たりがないので、あながち嘘ではなかった。
意識が変わったのは、フリーレンの二回目の接触の時だった。そのシャドウは、魔族の体内の魔力を直接操作して隷属させていたというのだ。いやそれはおかしい、フリーレンが耄碌したのかと思った。今まで、魔法で魔族の脳や感情をいじくりまわす、わざと魔力を魔族の体内に送り込むことで魔族の魔力コントロールをミスらせる、といった事例はあるが、魔族の魔力を支配するなんてのは次元が違うといってもいい話なのだ。魔族は、人間に似せているとはいえ、魔力が体の殆どを構成する。何せ名前に『魔』が付くほどに魔力が密接に結びついた生き物なのだ。そのような生き物の魔力を直接操って支配する?それを成すには、魔力の制御の緻密さが必要だ。まるで生命を生み出す神のごとき緻密さが。魔族を構成する魔力とはそれほどに複雑な動態を持つのだ。私も昔少しだけ試したことがあるが、あまりにも難しいうえにそんなことをするなら他の魔法を覚えた方が効率的なので、すぐやめてしまい、それっきりだった。
だから、大陸魔法協会の部下が持ってきた、フリーレンの報告に会った制御下に置かれた魔族を見るまでは、その話を信じていなかった。だが、フリーレンの報告は真実だった。その魔族の身体には、無理やり入れられたらしい魔力制御魔法が内蔵されていた。私が少しそこに魔力を流してみると、本当にその魔族を制御できてしまった。その魔族の腕を上げさせるのも、足を曲げさせるのも、人間を賛美する言葉を吐かせるのも、すさまじい恐怖により衰弱するまで震えさせるのも、思いのままだった。まさに、破壊的な技術だ。この魔族につけられている魔法術式は、魔力が体を構成している魔族にしか使えないものだが、研究すれば人間やエルフにも使える可能性は十分ある。もしそのような技術が一般に広まれば……誰もかれもが、他人を疑いだす世界になるだろう。私はひとまず、この件は極秘にすることと、そのシャドウを本腰を入れて探すよう部下に厳命した。
さてこう書くと、私がこのような技術を使うシャドウに対し悪感情を抱いているような印象を与えるかもしれない。だがそんなことは無い。私は今、直近数千年の中で最もやる気にあふれている。何としてでもそのシャドウを探し出し、持っている技術を全て引っ張り出してやる。なぜならそいつは、私が直近数千年の間で出会えなかった、「今は見上げることしかできないが、いつか必ずものにしてやりたい」ものを持っているに違いないからだ。私があの魔法術式を作ろうとしたら、二千年は研究に没頭しなければならない。どうやってこの体であの神のごとき精密さを実現できるかを考えなければいけないからだ。本当に久しぶりの感情だ。魔王討伐以来、いや、私が今の魔法の高みへ到達したときから、私は目標にできる何かを欲していた。それにできる何かを、そのシャドウは持っている、そう確信できた。
……だが、探しても探しても見つからなかった。おそらくシャドウは自分の技術を磨くために、どこかに隠れ家か何かを持ってそこに研究所か何かを構えて、そこで長い間研鑽の為に表に出ず引きこもっていたのだろう。まさかあれほどの高みにいるであろう存在が人間の街で生活するなどという非合理的選択をするはずが無い。そんなことをすればいつか誰かに目撃されてバレるに決まっている。だから私は、凶暴な魔物が跋扈する北の土地、魔王城にある秘密の地下空間、百年に一度だけ肉眼で観測できるようになる天空の城、実はエルフが生み出される場所である世界樹の中、今やおとぎ話の存在である人魚人が住む海底5000mにある城……とにかく、今の人間が全く寄り付かず魔力探知も難しいような場所や、創世記の時代から生きている知り合いに片っ端から当たってみた。だが、だれもかれもがシャドウのことを知らなかったし、そのような施設は発見できなかった。いくら何でも、あの魔法術式を他人とまったく交わらずに完成させたなどは考えられないから、どこかに痕跡があるはずなのだが。まさか私でも見つけられないとは。シャドウに欺かれたような気持になり悔しかった。
そうこうしていると、フリーレンから三度目の接触の報告があった。……フリーレン以外からの接触報告が無いあたり、シャドウはフリーレンに興味があるのか?それともその連れだというフェルンという魔法使いが狙いか?しかしあの一行にそこまで注目すべき点は、あると言えばあるしないと言えばない。確かにフリーレンは魔法使いとしての実力はあるが、彼女以上の魔法使いはこの世界に普通に存在する。だからその魔法技術が目的ではないのが明白だ。それとも魔王討伐メンバーだったことが問題なのだろうか?
……だが、フリーレンからもたらされた第三の接触は、そんなことが頭から吹き飛ばされるほどに衝撃的なものだった。まあ、報告の内容はまだいい。
私は報告の一つを思い出した。シャドウの武器は、形状が変幻自在。……つまり、シャドウの武器の正体は、スライム。スライムを魔力で支配して、自分の意のままに形状を変えて、普段は剣のようにしているのだ。何を考えているんだ、バカかコイツは、と私は思った。スライムは魔物なのだ。例えばスライムが肌に触れると、自らの栄養にするために肌を溶かしだす。スライムの身体は一滴でも肌に当たると大けがに繋がるので、冒険者に中々に恐れられる魔物だ。それを武器として扱う?……と考えたところで、私はもう一つ報告を思い出しだ。服が透ける魔法を使っても、シャドウの服が透けなかったというのだ。……まさかとは思うが、服もスライム?あまりにも非合理的だ。メリットに比べデメリットが多すぎる。私はシャドウが何を考えているのか、まったく理解できる気がしなかった。確かに自在に形を変えられるという強みはある。だがそれを加味しても、スライムの制御に失敗して体が溶かされることを全く恐れていない、あまりにも恐れ知らずな行いだ。ただただ、自分の魔力制御への絶対的自信だけが感じられる。
……ことここに至って、私は確信した。シャドウは、私に並び立つ。それほどの高みにいる。そうとくれば、私がするべきことは一つ。奴に勝負を仕掛けるのだ。口では人を犠牲にしつつも実際は人の心を持っているんじゃないかとか報告にはあったが、そんなことはどうでもいい。むしろシャドウが悪であれば、戦う理由ができて嬉しい程だ。奴と戦えば、私の魔法はさらなる高みへ上る。間違いなく。数千年もの間、停滞していた私の魔法が、生き返る。埃をかぶった記憶から血の通った技術になる。私が求めてやまない機会だ。
ああ、楽しみだ。シャドウ、お前と相まみえる時が。習得しただけで、使い道がない攻撃魔法が私にはたくさんあるんだ。溶岩の津波を起こす魔法、神経を全て切断する魔法、敵の体内の魔力を猛毒に変換する魔法……どれも、私以外の存在に使うには、威力過剰過ぎ、残酷すぎな物ばかりだ。でもお前ならば、私の想像できない方法で受け止める。そうだろう?
そういうわけで、私は最近の魔法の修練が楽しくて仕方ない。明確に打倒目標のある修行などいつぶりだろうか。協会の業務の傍ら、毎日毎日誰もいない場所に向かっては、地形が変わってしまう威力の魔法のコントロールの調整に勤しんでいる。魔族を捕まえては、残酷で強力な魔法の感覚を思い出す。付き添いの部下が時々「ぜ、ゼーリエ様。ほどほどでお願いいたします。人々が怖がっています。」などと言っているが、知ったことではない。被害を出しているわけではないのだからいいだろう?文句があるなら実力で止めて見せろ!
……いや、少し興奮していた。だが、最近の私はずっとこうだ。シャドウと戦うその日が、楽しみで楽しみで仕方がない。いっそ協会の業務を他のものに押し付けて、私もフリーレンの旅に混ぜてもらおうか?
ああ、早く私の前に姿を現せシャドウ。万年をつぎ込んだ魔法をお前にぶつけてやるから。
久しぶりに自分と同格と思われる存在が現れて、身体が闘争を求めるゼーリエでした。
・シャドウが見つからない
そりゃ(多分)万年生きてる自分と同じ実力を持つ存在が、実は20年も生きてない人間で普通に人間の街で生きてるとは思わんよ……