シャドウが現れたことで、フリーレン達4人にとっての状況は、客観的に見れば多少は良くなったと言える。シャドウは一応は人類よりも魔族と敵対関係にあると考えられているからだ。フリーレン達は、魔族と自分たちの間にシャドウを挟むことを心がけながら会話する。
(いやあ……ギリギリだったけどこのシャドウという男が来てくれて首の皮一枚繋がった。)
(今のうちに隠れながら逃げるよ。今はシャドウの意識は魔族に向いてるみたいだし。通用するかは分からないけど音や魔力を消しながら行こう。)
(……な、なあ、このまま退場していいのか?あのシャドウ、俺たちに用があってきてるんじゃないのか?)
(いいんだよ。ああいう手合いは関わらないに限る。思想を尖らせた奴に関わってもいいことなんてあんまりなかった。あの村まで戻れば、あの人たちを避難させられるかもしれない。)
(……ま、まあフリーレンがそういうなら。シュタルク、フェルン。刺激しないようにゆっくりここから去るぞ。)
(……い、いや。もう少し待ってくれ。いくら危ない状況だったからって……何というか、さっきほどピンチじゃなくなったんだし、ここで去るのは礼儀が無いというか、空気が読めてないと思うんだ。)
シュタルクは登場時からシャドウをずっと見ていた。ふと、シャドウがこちらを向き、ほんの一瞬だが、笑いかけた瞬間があったような気がしたのだ。前回の時とは何かが違うと、シュタルクは感じていた。
(……まあ、私としても敵意は感じません。今は魔族に敵対するつもりのようです。……無礼であっても、シャドウ相手にはさっさと逃げた方が良いと思いますけれど。)
(い、いやでも……)
フリーレン達4人の中で方向性がまとまらず、少々まごついていた。フリーレンは、確かに状況は好転したと言えるが、そもそもシャドウは危険人物だという印象が強いために、例え無礼であってもこの場は逃げるべきだと感じている。一方、前回の戦いで、シュタルクはシャドウに少しでも変化を与えられていたかを気にしており、それを確かめるまでここを離れたくはないと考えていた。
その間、シャドウは二体の魔族と会話していた。
「……貴様がシャドウか。北部高原を中心に魔族を殺して回っていたのもお前か。なぜそこまで魔族を狩るのだ?恨みか?」
「我は陰に潜み、陰を狩る。それこそが我が使命。それは、たかだか人間と魔族という括りにとどまらず、あの女神をも超えるものでなければならなかった。そのために、貴様ら魔族は、我が剣の錆となるにふさわしい。」
「その話、興味深いわ、シャドウ。初めまして。あなたなら知っているでしょうけれど、私はソリテール、人間のことを知ることが大好きな魔族よ。私、あなたと沢山おしゃべりをしたいの。あなたは何故、それほどまでに力を求めるの?」
「フッ……そこに、目指すことのできる高みがある。ただそれだけのことだ。」
「面白い答えね。今までそんなことを言った人間は、私の知る中でいなかった。それほどの高み、どれほどの時間をかけて、どうやって辿り着いたのかしら?私、あなたが魔族の魔力を直接操作するところを見たの。本当に、生命の神秘を直接いじくる神のような所業だったわ。どうすればあんなことができるの?」
「我が陰の叡智を求めるか。ならば力を示し、その叡智に貴様が値するかを見せろ。」
「勿論よ、シャドウ!」
それを皮切りに、レヴォルテとソリテールは攻撃を開始した。まずレヴォルテがシャドウに二本の剣で、最大重量で切りかかるが、シャドウはこれを細い黒剣でガード。その衝撃はシャドウ本人からは全く感じられず、シャドウの立つ地面に出来た罅でその重さがわかる者となった。それと同時に、ソリテールは魔法で生成した十本の剣をシャドウに投擲するが、シャドウは少し体をひねるだけで全て避けてしまった。
「……貴様、魔法の技術だけでなく、戦士としても遥か高みにいるのか。道理で誰も勝てないわけだな。」
レヴォルテは4本の腕を駆使し、人間には不可能な立体的な斬撃をシャドウに仕掛けるが、シャドウは受け止めるか、位置取りなどで回避することによりその場からほとんど動かずに凌いで見せている。全く余裕だと言わんばかりに、シャドウはレヴォルテへ攻撃しない。ソリテールもこの対応は予想外だった。レヴォルテの複雑な斬撃の軌道を人間が一人で受け切るということは今までなかった。なぜなら、人間の戦士が4つ腕の相手と戦う経験など積めないからだ。4つ腕が作り出す複雑な軌道に初見で対応するなど、人間の戦士には無理だ。なのでシャドウは、何らかの防御魔法で対処してくると思っていたのだ。しかしこのように真面目に剣で対処し続けられては、レヴォルテに当たらないように剣を放つのも一苦労となっていた。
「なぜだ……お前の動き、まるで2つ腕の戦士と戦っているかのような慣れを感じる。お前はいったい何者なのだ?これまで何と戦い、何を目指しているのだ!?」
「ただひたすらに修練を重ねた。それだけよ。」
「……いや、修練だけでここまでの高みに行けるとは到底思えん。さては過去に魔族の師匠がいたのだな?あのマハトが人間の弟子を育てたという話を聞いたことがある。それともエルフか?なんにせよ、長い時間の技術の結晶をお前に教え込んだ師がいる。そうだろう?」
レヴォルテは、シャドウの件による戦闘技術に、様々な流派の技術が詰め込まれていることを感じ取っていた。レヴォルテ自身、その長い経験から、剣術や体術に関して様々な知見がある。シャドウは、まるでそれぞれの技術派閥を全て知っているかのような特徴があることを感じ取った。
「……なるほど確かにな。誇るがよい、それを見抜いた者はお前が初めてだ。」
「つまり私の敵は、この世界のあらゆる流派の極みの凝縮か。面白い。これから死ぬのであろうのに、私はまったく恐怖を感じず、ただお前の剣が何を見せてくれるのが楽しみだ。」
「いいだろう。ならば見せよう、我が真の剣を。」
シャドウとレヴォルテは互いに少し距離を取り、見つめあう。ソリテールも妙な物言いに興味が湧き、静観することにした。
十秒ほど、シャドウとレヴォルテは見つめあった。この場にいる全ての者が、いったいなぜ両者ともに手を出さないのか疑問を持ち始めていた。しかし、武の道を歩むシュタルクは、あることに気付いた。
「……なんか、レヴォルテが追い詰められていないか?」
「私にはよくわからないけれど……?」
「うーん、私は武術に関してはよくわかりませんので……」
「ま、まあそうかもしれないけど、奴の顔を見てくれ。表情的に奴の余裕が消えているような気がしないか……?」
「……そうかな?……言われてみれば……」
フリーレンとフェルンは、なんとなくだが、レヴォルテの顔がこわばっているように感じられた。ソリテールも同様で、武術に関しては専門外なので、なぜ彼の余裕が消えているのかが理解出来なかった。
しばらくすると、シュタルクは
(あ、レヴォルテが仕掛ける。)
と気づいた。レヴォルテが切りかかろうとした直後。
「!グッ!?」
レヴォルテは突然、後方へ回転しながら吹き飛ばされた。実際は風や魔力など発生しなかったにも関わらず、そのように感じられる動きだった。
その場にいるシャドウ以外の誰もが、何が起きたかを理解できなかった。レヴォルテは、不思議そうに自分の手足を確認した。当然だが、特殊な傷等は無い。しかし、レヴォルテはその体の実態とはかけ離れた焦りを持ってシャドウに問いかけた。
「お前は……今何をした?私の何を、斬ったのだ!?」
「これぞ我が真髄。貴様という存在を観るは、修練の果てに得た我が心眼。それは、貴様の物理的な存在ではなく……貴様が認識している『自身』を観ることができる。もはや貴様を追い詰めるために、わざわざ肉体を斬るなど無粋だ。」
「な、何を言っているのだ……?」
「お前の魔族としての長い研鑽の時間が、果たして我が真髄へ届くか?来い。貴様はこの程度ではないだろう?」
「……クッ。言ってくれるな……!」
そうしてレヴォルテは再び斬りかかる。だが。
「え……レヴォルテ、何をしているの?そこには何もないわよ?」
「な、何!?今確かにシャドウはこの方向へ私の剣を回避したはずだ!」
レヴォルテは、シャドウから少し離れた何もない場所を斬った。シャドウは特に何もしていない。少なくともこの場にいる全員にはそのように感じられた。
その後も、レヴォルテはシャドウに斬りかかったが、なぜかレヴォルテはシャドウの動きを正しく認識できなかった。斬られていないのに斬られたと誤認する、シャドウはゆっくり歩いてゆっくり斬りかかっているのにレヴォルテは全く動かない、何もない空間へ斬撃を繰り出す、といった奇行ともいえる行動を繰り返した。
だがしばらくして、唐突にシュタルクが言った。
「そ、そうか!そういうことなのか!すげえ、武を極めるとあんなことできんのかよ!」
それと同時に、レヴォルテも何かに気付いた顔になった。消耗している体に鞭打って立ち上がり、シャドウに向かって叫んだ。
「お前……まさか、本当に私の肉体を斬るつもりが無いのか!?」
「ほほう。気付いたようだな。では、答え合わせの時間だ。」
レヴォルテはおそらく今までの人生の中で最も驚きを含ませた声で、話した。
「視線の誘導、筋肉の収縮、わずかな剣筋のブレ……つまり、全てフェイントだったのだ。私が未熟だった頃、武を極めんとしていた者から聞いたことがある。『達人の『虚』は真実と錯覚する』と。だが、まさか、そのような高みが実在するとは!」
「フッ、正解だ。よくぞ見抜いた。貴様の研鑽、本物だったか。誇るがいい。貴様は我が知る魔族の中で最も武技を極めた者だ。」
「……そうか。だがあまりいい気はしない。私は今、お前という壁をどうしたら越えられるものかと、途方に暮れている。数百年前にお前に出会っていれば、私は今頃さらなる高みへ至れただろうに、それが残念だ。」
「残念だが、今世でこの我を超えることは叶わぬ。だがもし貴様が生まれ変わるのならば、改めて研鑽を積み重ねた剣を楽しみにしておくとしよう。」
シャドウはレヴォルテに向かい歩いた。今度はレヴォルテはシャドウの動きを正しく認識しているようだが、斬りかかる様子が無い。シャドウ相手に、どのような斬撃を放てば通じるのかが分からないのだろう。
剣を振り上げたシャドウは、ふと
「さらばだ、武の道を究めんとする者よ。」
と呟き、次の瞬間にはレヴォルテの後ろに移動していた。誰もその瞬間を認識できなかった。直後、レヴォルテの身体に無数の断絶が走り、風圧により木々がしなり、レヴォルテの体は形が崩れそうになった頃に消滅した。顔が見える位置にいたソリテールには、散り際の表情は苦しげではないように見えた。
◇
「その防御魔法……一般防御魔法をより簡素化したものね。展開速度や消費魔力の面で優れるけれど、そんな単純な構造なら複雑な魔力動態の攻撃魔法……
ソリテールはシャドウに攻撃を続けていた。剣を生成する魔法による物理的攻撃に加え、炎や雷、魔力による光線を用いた攻撃もあった。だが、シャドウはやはり全て難なく受け止めてしまう。
「魔力による攻撃は防御魔法によって防げるけれど、電撃や炎といった、魔力以外へのエネルギー攻撃への対応もできているなんて。防御魔法一つでできることじゃないわ。どういうからくり?」
ソリテールは先ほどから、シャドウに雨の如く質問を浴びせかけていた。シャドウの魔法による戦闘技術には、ソリテールの考えの及ばない現象ばかり発生しているからだ。
「シャドウ、レヴォルテの時みたいにおしゃべりしてくれないの?どうしたらおしゃべりしてくれる?私、貴方のような人類のはずれ値を見るの初めて。その技術の何もかもが新鮮なの!」
ソリテールは一気に、大きさが5倍はあろうかと思われる剣をシャドウの頭上に生成し、一気に落下させる。それと同時に、あらかじめシャドウの周囲に忍ばせておいた剣も同時にシャドウに殺到させた。
それらは、シャドウを貫きもせず、壊しもしなかった。だが、その衝撃を受けたシャドウの足元は別で、小さなクレーターができるとともに大量の土煙が舞い、一時的にシャドウの姿を隠す。フリーレン達も手を地面につけざるを得ないほどの衝撃が森一帯を襲った。
だがその煙が晴れると、そこには無傷のシャドウが立っているばかりであった。
魔力を一気に消費してしまったソリテールは、一時的に膝を突くが、シャドウからは目を離さない。
「……っつ、はぁ、はぁ……そ、その防御魔法、すべて、圧倒的な魔力による、それでいてまったく無駄のない、エネルギーの相殺。でもあなたはずっと今まで戦っていて、そのペースだと元からどんなに魔力を保持しているとしても、少なからず疲弊するはず。でも、シャドウ、貴方は疲れた様子が見られないわ。いったい、どうやって……」
「戦いの、そして魔法の知恵とは、他者から与えられるものではなく、自ら掴み取るものだ。貴様が真に魔法の道を究めんとしているならば、我も答えてやろう。」
「……そうね、でも、私はさっきからただ攻撃をしているだけじゃない。この時の為に、これでも準備をいろいろしてきたのよ。」
「ほう。」
「ここに来る直前、私のとっておきの魔道具をいくつか森の外に、森を囲うように配置した。それは、この森の内部の強力な魔力反応を検知して、記録して、解析する。新手が現れたら、貴方を特にね。もうすこしで、どこからその膨大な魔力が湧き出ているのか、どれほどの魔力を隠しているのかを見破れるわ。」
「……だが、それを成すためには、常にターゲットを指し続ける必要がある。例えば貴様の魔力と誤認してしまわないように。」
「そのとおり。今の今まで本当に大変だったわ。戦いながらずっとあなたの位置を魔道具に示し続けなければならなかった。私の脳に負荷が分かっていることが実感できる。頭が痛くて痛くてたまらなかった。でも、あと10秒で終わる……!」
「ほう、面白い。戯れだ。お前が我の何を見抜くのか見せてみろ。」
ソリテールは身構えた。シャドウが自分の技術を暴かれることを恐れて口封じのために殺す気になるのではないかと危惧したからだ。しかし、やはりシャドウは何も動かず、ただ10秒を静かに待つのだった。
そして、その解析結果を伝える魔力信号が、ソリテールが仕掛けた魔法術式から伝えられた。
「解析が終わったわ。…………ん?……これは何?どういうこと?」
ソリテールの解析作業は無事に終了した。だが、その結果は理解に苦しむものだった。
「……あなたの肉体が保持する基礎魔力量は普通の量。100年生きた魔法使い程度の量で間違いない。これは解析の結果で、間違いない。でも事実、扱う魔力量はあまりにも膨大だった。このギャップは何?そして……シャドウ、貴方は自分の周囲に常に魔法を行使している?実際に今も。……でも今のあなたには、何か効果が表れているようには見えないわ。体外なのは確かだから、身体強化に魔法を使っているという話ではないわよね?どういうことなのシャドウ?」
「フ……我が叡智を掴むことは、そうたやすくはない。」
「!?グッ!」
シャドウは剣でソリテールを切り払った。まだ殺す気は無いらしく、棒で殴られたかのようにソリテールは吹き飛ばされ、木に激突した。
だが、この一撃でソリテールは違和感を覚えた。
(あの手に持っている物は剣……ではない?今私は確かに腹を斬られたと思った。でも実際にはまるで棒で殴られたかのような感触。でも事実シャドウは剣を……ん?)
ソリテールは、シャドウの持つ剣に違和感を覚えた。今は確かに剣を持っているが、よくよく見ればおかしな剣なのだ。形状は通常の剣だが、刀身と鍔が全く同じ素材なのだ。わざわざ鍔を刀身と同じ金属にするなど、重量や製造コストなどの面から言って全くの不合理。そのような剣を作る話など聞いたことが無い。おそらくあの剣はシャドウが自ら作り出したもの。そこまで観察したところで、ソリテールは先ほどの解析結果を改めて見直した。あの剣からも、常時魔力が発せられていた。
そしてソリテールは思い至った。あの剣は、魔力により形状を変化させられるものなのではないだろうか、と。
「まさかその剣……形状が変えられるの?」
「確かに。だがその答えでは20点だ。」
「……ウグ!……い、痛あ……」
シャドウは、剣を槍状に変化させ、ソリテールの腹を貫いた。ソリテールは先ほどの反省から、高密度の魔力によるバリアを展開していたのだが、その槍はバリアを貫通した。まだ殺す気が無いためか、急所は外していたようで、ソリテールはまだまだ息がある。しかし確実に消耗していることは確かで、顔色は確実に悪くなっていた。
しかし、その痛みの中でも、ソリテールは考察することを止めない。
(……いや、あれを剣と形容するのはやめるべき。魔力によりどんな形にもできる、まさに万能の武器と言えるわ。いえ、武器に限らず、とてつもない数の応用先がある物ね。……もしかして、シャドウの体外から常時魔法の反応が出ているのは、あの服もあれと同じ素材だからなのかしら。)
ソリテールはそのことをシャドウに言おうとしたが、思いとどまった。何かまだ秘密があると直感したからだ。
(……そもそもあれの素材は何?魔力を通すだけで簡単に形が変わって、魔力の込め方次第で剣にもなれる素材なんてあったらとっくに広く使われているはず。おそらくはシャドウ以外には使えない強力な理由がある、不定形の何か。でも私が知る限り、そんな魔力伝導率の良い常温で液体の物質なんてない。オリハルコンなんかは魔力の通りがいいけれど、あれはどうやっても金属。……いや、魔力伝導率と言ったら……スライム?でもあれは魔物だから、死んだら霧散してしまう存在で……いや、もしかして、あれは……!)
ソリテールは再び立ち上がり、シャドウに向け指をさしていった。
「あなた、まさかそれ、生きたスライム……!?生きたスライムを、魔法で支配して武器にしているの!?」
「フッ……80点の回答だ。さすが魔法の道を究めんと欲する魔族。我が陰の叡智の一端に触れるとは。」
「し、信じられない!自分の身体が溶かされるとは思わないの!?リターンに大してリスクが大きすぎる。少しでも魔力による支配が解けたら、たちまちそのスライムは体を溶かさんと活動を始めるわよ!?」
「高みを求めるならば、それに伴う痛みは覚悟しておくべきものだ。そうだろう?」
「……そうなのね。それほどまでに、魔法の高みを求めるなんて。」
「どうした。我が叡智の一端へ触れたにしては、自信が見受けられないが。」
「シャドウ。なぜそこまでして、高みを求められる?」
「おかしなことを聞く。さらなる高みがあるならば、それを目指すのみ。先ほどもそう言ったはずだ。」
「……私には、私の魔法のこれ以上の高みが見えないわ。」
そう言って、ソリテールは手のひらから衝撃波のような魔法を打ち出した。しかしそれは、魔法と言えるか怪しい代物だった。実態は、手から魔力をひたすら高密度で圧縮しただけ。確かに威力はすさまじく、ソリテールの全力のそれはシャドウを一歩よろめかせることには成功し、その背後にある木々はことごとくなぎ倒されたが、ただそれだけの魔法だった。
「……はぁ、はぁ、私が長い時間を費やし、探求の果てにたどり着いた魔法が、これよ。これが一番効率的に人を殺せるの。見る者の心を動かす美しさも、対策をことごとく先回りする狡猾さも持ち合わせていない魔法。皮肉なものよね?」
「……」
「私は未熟な頃、無邪気にも修練を重ねた魔法がひたすらに強く、美しくなるものだと思っていた。それである日のこと。あの剣の魔法を人間にお披露目して何人殺せるかに胸を躍らせていた私は、適当な人間の村を見繕った。そしていざ皆殺しにしようとしたら、その村の人間は全員死んじゃっていたの。その原因はね、洪水。付近の川の上流で大雨が降ったらしくて、それの影響だったみたいだったわ。」
「…」
「それでね、その時私は思ったの。圧倒的な『量』に、技術は勝てないって。実際、その次に皆殺しにした村で、私は何も考えずただこの身に宿された魔力で暴れてみたの。そしたら、あの剣の魔法を使うまでもなく、簡単に全員殺せちゃった。そこにいた人間が弱いってわけじゃないわよ?なかなか強い戦士や魔法使いもいた。彼らたちに剣の魔法も使ってみたけれど、結局魔族が持つ大量の魔力を単にぶつけるだけの攻撃が一番楽で、効率的だったわ。」
「なるほど確かに道理だ。」
「ねえ、あなたはどう思うの?シャドウ。技術って無駄だと思う?今、私は多分心のどこかで、結局魔法技術というものの本質は小細工なんじゃないかと思ってる。貴方だってそうでしょ?貴方の使う魔法は、どれも魔力をエネルギー体として扱う魔法ばかり。それはつまり、強大な魔力を持てば持つほどに強くなる戦い方よ。精神操作魔法や概念系魔法などの『小細工』魔法とは対極にあるものだわ。おそらく、スライムを武器に出来るほど制御できる魔力を持っているなら、競合相手なんてほとんどいなかったはず。もはやあなたの目指すものとなるのは、女神様などの空想とも言えるものでしかない。あなたのいる場所は、高すぎてもう『高み』が見えなくなったんじゃないかしら?シャドウ。あなたは、この長い長い探求の果てに、どんな未来が見えているの?」
ソリテールはここまで言って、自分に対し少し驚いていた。今まで数えきれない程の人間との『おしゃべり』はしてきたが、ここまで自らの経歴を話したことが無かったからだ。
ソリテールの問いかけを黙って聞いていたシャドウは、しばらく動かなかった。何か考えているのか、出方をうかがっているのか、それともペラペラ喋るソリテールに呆れているのか。
しかし、シャドウは突然剣を収めた。瞬間、魔力が溢れ出す。そして腕を広げ、ソリテールに言った。
「教えてやろう。正しい魔力の使い方というものを。」
ソリテールが自分の魔法に不満そうだったのでこういう話にしてみました。