「……防御魔法の、練習ばかりですね。」
「生存率に直結するからね。」
魔法使いのフリーレンとその弟子フェルンは、道すがら防御魔法の訓練をしつつ、封印された大魔族クヴァールの討伐の為に森の中を歩いていた。フリーレンはおおよそあと一年でクヴァールの封印が解けると考えており、今は封印を管理する村に向かっていた。あと一年あるのだから、別に急ぐ必要もない、フリーレンはそう考え歩みを進めていた。
だが後ほど、フリーレンはこの件に関してはもっと急ぐべきだったと後悔することになる。
「確かに、防御魔法一つでほとんどの攻撃を防げますからね。強力過ぎて不思議です。」
「……フェルン、渡した魔法史の本読んでないでしょ。魔法は実戦だけが大事な訳じゃないんだよ。……はあ、やっぱり寝る前に……」
フリーレンは発言の途中で不自然に止まった。そのままある方角を見て、何かに集中し始めた。
「…………」
「……あの、どうかなさいましたか?フリーレン様。」
「フェルン、私の手を取って、いや、私が抱えるね。」
「え?いや、私子供じゃないんだから普通に歩けます、え、ちょっとわあ!」
「杖は絶対手放しちゃダメ。いつでも防御魔法を撃てるように警戒してね。」
フェルンは師匠が突然自分を抱えたので一瞬子供扱いされたのかと思ったが、フリーレンの声が普段よりずっと緊張しているものだったので、何か緊急事態が発生したのだと察する。
「急ぐよ。」
そう言うと、フリーレンはフェルンを抱えたまま浮遊し、そのまま飛行し始める。ただし、普段のフリーレンののんびりさとはかけ離れたようなスピードであり、なかなかに魔力を消費しながらの飛行だった。
フリーレンは飛行しつつフェルンに説明を始める。
「フェルン、簡単に説明するね。私たちは今回、大魔族クヴァールの封印を解いて討伐する予定だったの。」
「なるほど。どんな魔族なのですか?」
「だから魔法史……いや、いい。クヴァールは昔、ある地域の魔法使いを七割殺すほどに強い魔族だった。」
「そんなに強い魔族なんですか……」
「まあ、今のフェルンの防御魔法なら十分対抗できるよ。」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。さて、そろそろフェルンにも感じ取れるんじゃない?」
「え……?あれ?」
フェルンも魔力探知を試みる。すると、進行方向にて強力な魔力を探知できた。
「……これ、魔力での戦いが発生してますよね?それもかなり強力です。」
「そうだね、間違いない。」
「……つまりクヴァールが復活してるってことですよね?ヤバくないですか?」
「ヤバいよ。だからこうして急いでる。」
(なんで復活した?私の封印可能な時間の予測が一年の誤差になるなんて考えにくい。魔族が復活させた?でもあそこには魔族除けの術式が何重にもかけてあるし、そもそもあの封印術式は並大抵の魔族ではいじくることはできないはず。他の大魔族がわざわざ労力をかけて解いた?魔族は個人主義だから頭から抜けてたけど、あり得ないことじゃないか。でも、だとしたらなんで戦いが発生しているんだろう?……うう、これで犠牲者が出たら私の責任かあ……)
仮に犠牲が出た場合のことを考えて憂鬱になるフリーレン。しかし飛行魔法の制御は冷静で、常に最高効率を保ち続けているのは経験のなせる業だろう。
数十秒飛行を続けると、戦いの様子が目に見えてきた。80年前に嫌と言うほど見た、
(……あの様子だとクヴァールは全力を出して戦っているようだね。でも相手は誰?
フリーレンは、ここでクヴァール以外の魔力も探知した。しかしそれは、クヴァールに対抗するにはあまりに小さな魔力だった。
(あんな小さな魔力でどうやって……いや、私と同じように、体外に放出される魔力を制限しているのか。)
そして、戦場の細かな状況が確認できるところまできた。クヴァールの方は右腕が切り落とされており、残存魔力にも余裕がないように見える。戦いに集中しているためか、フリーレンには気づいていないようだった。
対するのは、黒ずくめの服の、人型の謎の存在であった。一応クヴァールを追い詰めているあたり、魔族ではないようだが、フードで姿を確認できず本当にそうかは断言できない。仮に人間だとしたら、クヴァールの封印を勝手に解いた危険人物ということになり、それはそれで厄介な話だった。
そしてその防御術式を見て、フリーレンは目を見開いた。
(すごい……なんて緻密な魔力制御。魔法に含まれる魔力の濃度や方向、性質に合わせて防御術式に載せる魔力を精確に変化させ、最高効率で攻撃を相殺している。あれを続けていたらクヴァールと言えど魔力が先に枯渇してしまうだろうな。)
ちらりとフェルンに目を向けていると、謎の存在の魔力制御技術に見とれているようだった。当然のことだった。フリーレンは、これほどの魔力操作技術を見たのはゼーリエ以外にはいなかった。
(……あ、クヴァールが強力な
フリーレンは、過去の意趣返しも含めて、
「
その攻撃魔法は、大技を撃とうとしていたクヴァールの左腕を消し飛ばした。クヴァール自身を消さないという甘さは、この状況を理解したいという願望からのものだった。
「……クヴァール、80年ぶりだね。それで、封印を解いたのはお前なの?」
「……フッ。」
謎の存在は男の声で、そう言うだけで何もしてこなかった。
「……今度はフリーレンか。やれやれ、儂が劣勢になってから姿を現すとは。後方支援が嫌になったのかのう?」
「……後方支援?何の話?」
「簡単な話じゃろう。お前たちは対魔族戦争においての不安要素である儂を消すために、このシャドウという男を連れてきた。実力差から考えて、お前は戦いの邪魔が入らぬように周囲を警戒し、このシャドウが儂をより確実に葬り去れるようにした。そう考えるのが筋じゃ。……じゃが、時間をかけすぎじゃな。儂はこの戦いの最中、魔王様に救援を要請する魔法を発信し続けておる。じきにここへ増援が来るじゃろう。」
実のところは増援はハッタリだった。このシャドウという男が少しは隙を作ってはくれないかという希望によるものだ。そんな隙は全く生まれなかったが。
「……クヴァール、魔王はもういないよ。」
「何?」
「現在は、魔王の死後80年だ。私はもうすぐ封印が解けるであろうお前を倒すためにここに来たんだよ。」
「……そうか。結局は負け戦か。」
クヴァールの声には、少しの諦観が含まれていた。
「だがせめて、フリーレンとおそらくその弟子。お前たちだけでも道連れだ。
魔力が残っていないうえに両腕が無いので大した威力もないが、人一人を殺すには十分な
「……お前も防ぐのか。そちらはどうやっているのかのう?」
「お前の
「なるほどのう……。攻撃魔法に同調して、威力を分散させる仕組みか。これならばこの世のものと思える魔法術式じゃがのう……」
そう言って、クヴァールはシャドウを見る。シャドウは特に反応を示さない。
「……さあ、お喋りはおしまいだ。お前の魔法への探求に免じて、この人間版の
そう言って、フリーレンは
クヴァールは悪あがきのように防御術式を張ったが、フリーレンの
「魔法の頂とは、これほどまでに……」
それが、クヴァールの最後の言葉となった。
◇
「……さて。」
フリーレンはシャドウに向き合った。心なしかクヴァールと相対していた時よりも目つきは鋭い。
「まず名前を聞こうか。私はフリーレン。魔法使いだ。こっちは弟子のフェルン。それで、お前は何者?」
「……我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩るもの。」
「聞いたことが無い名前だ。陰の潜み……?フェルン、一応聞くけど知ってる?」
「い、いえ……」
「……確かクヴァールにもそう呼ばれていたね。聞きたいことが沢山あるんだ。」
フリーレンはクヴァールが場所を見た。
「クヴァールの封印を解いたのはお前みたいだね。クヴァールを弱らせてくれてありがとう……とは、残念ながら言えない。勝手に封印を解いたからね。」
フリーレンはシャドウを真正面に捉えた。仮面を被っているため表情はうかがえない。
「どうして封印を解いたの?単に戦いたかったから、なんて理由じゃないよね。そういう理由なら、お前は戦い大好きの大魔法使いとして大陸中に名を轟かせているだろうからね。」
「…………」
シャドウはフリーレンのことをしばらく見つめていたが、やがて空へと視線を外した。
「……悪いけど、答えてもらわないと困るんだ。私は、一応人間が作る世界が好きで、人々が助けになることはやるエルフなんだ。だから、魔族に与するのか人間に与するのかだけでも教えて欲しいな。そうやってどっちかつかずの態度を取られると、ちょっと面倒な事になる存在に報告しないといけない。私はこう見えて偉い人たちに顔が利くからね。このままだと『類を見ないほど強大な魔法使いが魔族の封印を勝手に解いて戦った』って報告するよ。」
(とは言ったけど、正直力で抵抗されるのは嫌だなあ。実力の底が見えない。とりあえず緊急脱出用の魔法は即座に発動できるようにしないと……)
「……貴様は、世界の衰えを感じるか?」
フリーレンが対処しあぐねていると、突然シャドウが口を開いた。深淵から来るような重々しい声だった。
「世界は衰退し、破壊され、そして再生する。彼奴はこの理から逃れられないことを嘆いていた。」
「……なんのこと?」
「思えば神話の時代より女神が降臨した時から、衰退がはじまったのだ。人間と魔族は、魔力という限られた資源を求め争う。その果てにあるのものは絶望に塗れた破壊と終焉。」
「…………」
「しかし私は人間に可能性を見出している。この輪廻を超越し得る力を。彼奴はその器ではなかったのだ。」
「……試したってこと?クヴァールを。」
「如何にも!中々に惜しいものであったがな。頂を望むものには進化の可能性がある。」
「教えてよ。シャドウ、お前は何がしたいの?」
「見届けなければ、生まれ変わる世界を!魔王が討伐されたことでこの世界のパワーバランスは崩れた。綻びはいたるところに現れるだろう。それに抗う覚悟が、貴様にはあるのか?」
「……人間に魔王を討伐したことに文句を言われたのは初めてだよ。」
「文句ではない。問いかけだ。お前が選ばれし者ならば、この苦悩の意味が分かる。」
そういうと、シャドウは手に魔力を集めだした。反射的に防御魔法を発動するフリーレンとフェルン。
「さらばだ。時は満ちていない。」
そういうと、突然あたりが強い光で満たされる。防御魔法越しでもなぜか効果を発揮する光に、フリーレンとフェルンは思わず目をつぶった。約5秒後、光が収まると、シャドウは消えていた。
フリーレンは魔力探知を試したが、もう二人以外の反応はなかった。
「……消えちゃったみたいだね。フェルン、大丈夫?」
「……強大な存在を前に足がすくんで動かないという状況を、身をもって体験しています。」
「まあ格上相手に初めて相対する時ってそんなもんだよ。はぁ……やられたなあ。」
その後フリーレン達は周囲の確認をした。戦闘の余波で環境はグチャグチャだが、人里からは離れているために犠牲者はいなかった。
村に報告する為に、フリーレンたちは出発する。その際、フリーレンは
「シャドウ……彼は一体……」
とつぶやいた。
◇
今回のイベントは、我ながらナイスアドリブだったと言えるだろう。
あの割と強い魔族さんとのバトルはとても楽しかった。あの魔族はクヴァールという名前らしいけど、確か昔に大暴れした大魔族の名前じゃなかったかな?うろ覚えだけど。僕は強者の名前を出されたときに、陰の実力者として「フッ……奴か」というセリフのために有名な魔族や魔法使いの名前は記憶するようにしていたけど、まさかこんなところで出会うとは思っていなかった。彼の魔法自体の技術もそうだけど、この世界における戦い慣れした強者の魔法の扱いを見た事は大きな収穫だ。
そして何より、僕は陰の実力者としての初舞台をほぼ完璧にこなせた。特に、途中で僕の防御魔法の仕組みに気づいたみたいだけど、その時の動揺っぷりは僕の脳内ストレージに永久保存しようと思っている。舞台裏で、人知れずかつての強者を圧倒する陰の実力者。こういうのは、序盤は物語の主人公には関わらないけど、後々に主人公たちの前に立ちはだかると思わせるタイプの、謎めいた実力が引き立つシチュエーションだ。うんうん、なかなかカッコいいシチュエーションだ。
……と、順調にいけばそうなったんだけど、ここで想定外の事態が発生した。なんか封印の管理者っぽいエルフさんが来てしまったのだ。しかも割と強そうだったので、適当に扱っていたら面倒になる予感がプンプンした。
なぜここに封印の管理人が来たのか。この魔族さんとエルフさんには因縁があったみたいで、僕を置いて会話を始めた。それによると、このエルフさんはこの魔族さんの封印がもうすぐ解けるであろうことを知っていて、その対処に来たみたいだった。ちなみにそのエルフさんは、この魔族さんのことを割といろいろ喋ってくれた。ちなみに、この魔族さんは80年前のまま戦っていたっぽい。だから一般攻撃魔法を自信満々に撃ってきたんだね。僕は彼のこだわりだと思っていたよ。
しかしここで大事なことがある。この封印別にほっといても良かったじゃん。僕がやったことが完全に余計だ。さらに悪いことに、そのエルフさんのせいで僕はピンチに陥った。僕をまるで危ない人みたいに扱いだしたんだ。いや、陰の実力者というものは、その実力からして危ない存在なのは間違いないんだけど、そういう意味じゃない。例えば、強いけど強者とのみ戦いたがる剣豪と、誰彼構わず切りたがる人斬りとでは、断然後者の方が危ないし、悪役としてもカッコ悪いだろう。つまり、僕が節操もなく戦いたがる頭のおかしい人間と認識されてしまったということなのだ。
これは、僕の陰の実力者としての在り方が問われるピンチだった。客観的に見て悪いのが僕なのは間違いないから、どうしようかと考えて空を見上げたら、そのエルフさんさらに僕を詰めてきた。当然の行動かもしれないけど、偉い人に報告するとか言い出した。そんなことをされたら、このシャドウという存在はカッコ悪いものとなってしまい、今後の陰の実力者プレイでシャドウという姿が使えなくなってしまう。この姿は転生前から妄想したものを形にしたものだがら、それは何としても避けたい。
このピンチを脱するために、僕は頭をフル回転させた。どうすればこの姿の威厳を保ちつつ、自然な形でここから逃げ出せるかを。そして、僕はこの条件を満たす素晴らしいアイデアを思いついた。
それは、
『僕は世界の真実を知った上で極めて高度な思考から来る包括的判断から行動したんだからそんな些事気にするんじゃねえ』作戦!!!!!!
僕は『世界の崩壊の真実を知る系陰の実力者』として、ちょっとだけ魔力放出をすることで威圧感を出しながら、それっぽい台詞を繋いでいった。僕はこの世界に来る前も、後も陰の実力者としてのあるべき姿を妄想し続けているのだから、この程度は造作もない。実際にこの世界が崩壊に向かってるのかとか、女神の正体は何なのかは僕は全然知らないけど、数千年間そういうのは不明だったらしいから今更彼女たちが探しても何も問題は生じないだろう。まあ、セリフ同士をつなぎ合わせると綻びはあるかもしれないけど、少なくとも雰囲気は最高にカッコよかった。途中でエルフさんが乗っかってきたときには心の中でガッツポーズをした。そして、おそらく僕が勝手に封印を解いたことなどまったく気にしなくなったタイミングを見計らって僕は逃走した。まあ、一応後でコッソリ後をつけていって、僕が陰の実力者として扱われているかの確認に二人の会話を盗み聞きしたけど大丈夫ぽかった。いやあ、あのエルフちょろいな。
というわけで、僕は陰の実力者としての初舞台を見事アドリブで乗り切り、意気揚々としながらモブ従者君のところへ戻ったのだった。ちょっと時間が経っちゃったけど、僕にあまり関心が無いからか簡単に誤魔化せた。
それにしても、あのエルフさん名前が『フリーレン』っていうらしいけど、どこかで聞いたことがあったような……?
・名前は記憶するように
他人に興味なさそうなシド君なので、覚えていたとしてもうろ覚え、または勝手な虚像を作り上げる
・カッコ悪い
シド君は、シャドウへの他人からの悪評は興味ないけど、シド君から見てカッコ悪くなるの許せないような気がします。