その瞬間、何が起こったのかを正確に理解できたものは、魔法協会の支部にいた一級魔法使いを除き、誰もいなかった。オイサーストは爆音と光に包まれたが、眼や耳に異常が発生した者は何故かいなかった。
ゼーリエの使った
ゼーリエは、かつてシャドウがいた場所、今は更地と化したポイントを中心に周囲を警戒していた。だが、しばらくすると。
「!おっと。」
ゼーリエは突然自身の上部に向かって防御魔法を展開した。次の瞬間、一般攻撃魔法が真上から放たれる。その威力は、更地になった部分をさらにドリルでうがち続けているかのように地形を変え。魔法の放出が終わると、ゼーリエの足元には底が見えない奈落が広がっていた。
「……やはりこんなものでは死なないか。」
ゼーリエは上を見上げる。そこには当然のように宙に浮き、スライムソードを持ったシャドウがいた。ゼーリエはゆっくりと浮き上がりながら様子を見る。
「いいご身分なことだ。高い所から私を見下ろして。今までずっとそうだったのだろう?ぜひ感想を聞きたいものだな。」
「フッ、お前たt、っ!」
シャドウが何か言おうと瞬間、彼は咄嗟にゼーリエに攻撃魔法を放った。ゼーリエは当然防御するが、その表情は険しかった。
「ッち。その忌々しい言葉を二度と紡げないようにしてやろうとしたのに。」
ゼーリエは、
「ククク……言葉を交わす余裕もないのか?大魔法使いゼーリエ。」
「お前こそ不用心だったんじゃないのか?
「ああ、許してくれよ。我はまだ3桁も生きていないのだ。5桁生きていそうな貴様にはこのように互角に渡り合うのがせいぜいでね。」
「……はあ?数十年の研鑽でお前ほど強くなれるはずがないだろう。つまらん冗談はやめろ。」
「信じるか信じないかは貴様次第だ。」
「ああそうか。まったくもって私を苛つかせるのが上手いな、シャドウ。そうか、無駄に戦いを長引かせる必要などない。最初から全力で消し去ってやろう。」
ゼーリエがそう言うと、周囲一帯に黒い靄が現れ始める。シャドウは落ち着いて、しかし油断なく、いつでもその場から離脱できるよう準備をしていた。
「手段を小出しにしてジリ貧になるような愚は犯さん。最大出力の魔法で物理的に、確実に消し去ってやる。」
「ム……!」
魔法使いでなくてもわかるような濃密な魔力が、一体にめぐらされていた。シャドウは何かマズいと感じ取ったのか、速攻で逃げようとするが、途中でガキンという音とともに、何かに衝突してしまった。
「おいおい、お前は散々暴れておいて、今更逃げる気か?」
ゼーリエは、事前に
「さあ、こっちへ来い、シャドウ。」
その網が、一気に縮んでいく。シャドウはしばらく抵抗を試みていたが、やがて諦めたのか自主的にゼーリエの中央部へ向かっていった。
「なるほど、我でも破りがたい網とは。」
「そうだ。そしてここがお前の墓場だ。」
「なるほど、純粋に高威力の爆発で仕留める気か。」
ゼーリエは、魔力の塊のような何かを両手でこねくり回していた。そこには、並の魔法使いならば見ただけで失神してしまうようなほどの高密度の魔力が込められていた。もしこんなものが爆発してしまえば、この世の終わりとすら思ってしまうような魔力量だった。
「逃げる判断をしたのは間違いだったな。私の妨害をするべきだった。まあもう遅い。ああ、コイツが爆発してもこの網は破壊されないはずだから、安心してこの魔力の全てを受けて粉みじんになってほしい。」
こねくり回されていたものは、黒い多面体のような何かになっていた。しかし少しづつ歪んでおり、さらに不規則な自転を続けていて、この世のものとは思えないような歪な挙動だった。
「ではな、シャドウ。潔く消えてもらおう。」
ゼーリエはそう言いつつ、シャドウの顔を見た。仮面を被っているので表情はうかがえない。だが。
(……諦めていない瞳、か。どうするつもりだ?)
どうあっても、これが爆発してしまえば、すべての魔法使い、いや物質は消滅してしまうだろう。またこの場には、網以外の干渉系の魔法を用意してあり、ゼーリエが知る限りの妨害への対策があった。例えば空間転移や、自身の身体を透過させるといった小細工などは全くできないはずなのだ。そして、ゼーリエはおそらく先ほどの問答から、魔法の知識に関しては自分の方が圧倒的に上だと感じ取っていたので、シャドウに逆転の手があるとは思えなかった。
だが、シャドウは諦めていない。瞳には意思があり、巧妙に隠蔽されたシャドウの体内の魔力はいまだ活発に動いていると、ゼーリエは感じ取っていた。
その様子にゼーリエは一瞬不安を感じたが、やることは変わらない。
「……
その瞬間、ゼーリエは網から脱出し、さらに網はシャドウを覆う卵のようになり、その中で凝縮された魔力は全て解き放たれた。現代の一級魔法使いが100人いても出せなさそうなほどの魔力が、全てシャドウに襲い掛かる。実際に実行するわけにはいかないが、この星をも破壊できるのではとゼーリエが感じているほどの威力だ。さらに、野外での爆発のようにその威力は霧散することは無く、余すところなくシャドウに降りかかった。その内部の破壊具合に反し、網の外には熱も音も出ていなかった。
間違いなく、威力という点ではゼーリエが出せる最高の破壊魔法であるといえる。そして例えゼーリエでもそれを食らったら、確実に消滅してしまう魔法であった。
「……はあ、はあ……これをやるのは何千年ぶりだ?……ふむ、魔力は漏れていないな。まだまだ私も現役だ。」
これほどの威力ともなると、魔力を網の外に出しても良いほどまでに落ち着けるのも時間を要した。ゼーリエはまた1分ほどかけて、少しずつ魔力を吸い取っていき、網を解いても問題ないレベルまでになった。
だが。
「………………!?!?!?」
ゼーリエは、ここ数百年の中で初めて動揺した。
網の中を確認できるまでに魔力を落ち着けてみたところ。その中には、依然『物体』があった。どんなに防御魔法をあてても、
「……ククク。フハハハハハ!まさか、我にこれほどの傷を負わせるとは!」
そう、シャドウは依然そこにいた。顔に痣のような、ダメージを受けた痕はあるが、十分戦えるコンディションであることは確かなようだ。彼はスライムソードを再び取り出すと、軽く一閃する。脆くなっていた魔法の網は一瞬でバラバラになった。
「な……!?お、お前、何をどうやって!?」
「どうやら、魔力比べでは我に分があるようだな。」
(ま……まさか、単純に私以上の魔力を以て、
確かに、
「……お得意の圧縮と爆発による魔力増幅か。」
確かに、一歩間違えれば即死亡の、「圧縮と爆発による魔力増幅」をシャドウはしているという話はあった。だが、ゼーリエが初めて会ったときの魔力量からして、それをしても以前ゼーリエの魔力量には届かないと考えていたのだ。
「まさかこれほどまでに増幅させられるとは。」
そして、ゼーリエはもう一つ驚いている点があった。
(……私が感じ取れなかったとは。)
莫大な魔力を増幅により獲得していたのであれば、ゼーリエはそれを感じ取れないわけがないと思っていた。だが事実、感じ取れなかった。それはつまり、シャドウの魔力隠蔽能力が想定以上に高いということだ。今後、もうシャドウの残存魔力量という考えは、アテにはできないだろう。
「さて、貴様の最高威力が通じないと知ったわけだが、どうする?」
シャドウはゼーリエに剣を向ける。
「……勝った気でいるのか?お前を殺す手段なんて幾千幾万もあるんだよ。」
ゼーリエがそう言うと、天と地が震えだした。
◇
「み、皆さん!落ち着いてください!ゼーリエ様にみなさまを害する意図はありません!落ち着いて避難してください!」
魔法協会所属の人々や、試験の受験者は、ゼーリエとシャドウが戦っている方角から何か飛んでこないかを警戒しつつ、オイサーストの住民の避難誘導をしていた。ゼーリエがあらかじめ指示していたことだったが、これほどの大規模戦闘になるとは事前に伝えらえれておらず、避難誘導に当たっている魔法使いは一様に困惑と不満を抱えていた。
「ゼーリエ……いくらシャドウに腹が立ったからってここで仕掛けるのはやめるべきだよ。」
「も、申し訳ありません。ゼーリエ様は何分わがままなところがあり……。おそらく、ジミナの姿を挑発だと受け取ったのでしょう。」
レルネンは、フリーレンに申し訳なさそうに釈明した。
「本当に私たちに気を使ってる?あれ。
この場で魔法に関する知識が一番深いフリーレンは、
そこへ、この2人以外の声が上がった。
「お、おい!あれをやってるのが魔法協会の奴ってのは本当なのか!?た、たのむよ何とかしてくれ!俺はまだ死にたくない!」
街の人々は、この世のものとは思えない魔力や攻撃魔法を、魔法使いでない人々も含めて感じ取り、パニックを起こしかけていた。
「み、皆さま。大丈夫です!ゼーリエ様に皆様を害する意図はありません!事実、オイサーストに向けて直接攻撃が飛んできたことは今までないでしょう!」
レルネンの言う通り、ゼーリエが誤射などでオイサーストの建物などに攻撃魔法を放ったことは無い。シャドウの方も、関係ない人々を撒き込む意図は無いのか、攻撃魔法をこちらに向けて撃ってくる様子はない。……破片は時々飛んでくるが。人に向かってくるものに対しては防御魔法で対処できるが、さすがにオイサーストの建築物全てを守れる訳ではない。
「仮に皆様に破片が飛んできたとしても、私達一級魔法使いが防御魔法で守ります!ですから、落ち着いて避難を」
「お、おい、あれ!山が、切り取られて、浮いてる!」
「……えっ」
見ると、遠方に見える山が3つほど、その中腹から切り取られ浮いていた。それらは突如として冗談のような速度でシャドウに向かって飛んでいくが、シャドウは剣を向けたかと言うと、半径が数百mもあろうかというほどの大きさの攻撃魔法を放ち、それらを迎撃し消し去った。一部消えなかった山の残骸はシャドウの後方へ飛んでいき、別の山へ衝突。土埃でそれらがどうなったかを正確には知ることができないが、地図は書き換えなければいけないだろう。
「…………だ、大丈夫です!思い出してください。あの山は無人です!ですか」
「み、見ろ!周りの湖が干上がって、いやアレに吸い取られている!」
「…………ええぇ……」
オイサーストは、湖の上に位置する都市だ。その湖の水位がみるみる下がっていた。何故なら、ゼーリエによって吸い上げられた莫大な量の水がシャドウを閉じ込めるように操られていたからだ。だがシャドウはまるでそれを意に介さないかのように攻撃をゼーリエに加え続けていた。ゼーリエの表情は、レルネンからは見えなかったが、なんとなくムキになっているのだろうと感じた。
「み、水は、これが終わったら、私達魔法使いが元に戻します。ですから落ち着いて」
しかしレルネンの呼びかけは、パニックとなった人々の声にかき消された。
「み、見ろ!竜巻だ!」
「あの山、元はただの山だったろ!?なんで噴火してるんだ!?しかも溶岩が巻き上げられている!」
「炎だ!炎の竜巻だ!」
「向こうから龍の群れが向かってくるのが見えるぞ!あの2人のどっちかが呼び寄せたのか!?」
「今あそこに降ってきた紫色のやつ、あれ猛毒じゃないか!?触れば死ぬぞ!」
「結晶で出来たゴーレムがいるぞ!?山よりデカい!」
「氷の矢が降ってきたぞ!」
「雷の不死鳥だ!」
「呪いのオーロラだ!」
「光が!」
「闇が!」
そう口々に叫ぶ人々。レルネンはそのしっちゃかめっちゃかな空の戦場を見て、何も言えなくなってしまった。ゼーリエとシャドウが戦っている空中は、2人で戦っているにもかかわらず、一般攻撃魔法をはじめとする多様過ぎる魔法が常に全方向に向けて放たれており、遠目から見るとカラフルで見ていて綺麗とさえ思えるものだった。
「……もう一度聞くけど、これ本当に私たちに害意は無いの?」
レルネンに言っても仕方の無いことではあるが、フリーレンはそう尋ねずにはいられなかった。フリーレンは呆れ半分、憤り半分といった表情だった。確かに、死人やけが人はいないのかもしれない。だが、守られているのは人だけだった。オイサースト周辺の地形は大きく変わってしまった。破片による建物への被害も無視できない規模だ。そしてこれから、オイサーストの人々の生活は大きな変化を余儀なくされることだろう。
「……ゼ、ゼーリエ様は行動に責任を取る方です。これが終わったら、人々が元の生活ができるよう尽力してくださることでしょう。」
「そこまで無理して上司を庇う必要ある?」
「……」
レルネンは、師に対し物申すような性格ではないが、今回ばかりは苦言を呈そうか迷い始めていた。
◇
「ふえええん!怖いよおおおお!!!」
「大丈夫だ、大丈夫だからな!」
「お、お兄ちゃああん!」
「わ、分かったから。泣き止んでくれって。」
シュタルクとヴィアベルも、オイサーストの住人の避難を手伝っていた。ここは子供が多く集まっていた場所であり、そのため子供に好かれやすいシュタルクが駆り出されていた。ちなみにその時、面識があるヴィアベルも連れてこられた。
「シャドウの奴め……せめてもっと離れた場所でやってくれっての。」
「そうか?今回はゼーリエの方から仕掛けたって聞いたぜ?」
「どっちでもいいけど、とにかく街を壊さないでくれよ……」
そういいつつ、シュタルクは両手に泣いている子供抱え、あやしながら誘導する。
「ねえ、みんな死んじゃうの?」
「大丈夫だって。俺たちが守るから。」
「せ、世界が終わっちゃう!」
「平気平気。よくあることだって。」
「……あれをよくあることは流石に無理がないか?」
ヴィアベルは、空中の戦場と、時々飛んでくる破片を警戒しつつ、思わずシュタルクにそう水を差した。
「お、おい、余計なこと言うなって。」
「わ、悪かったよ。でも、俺をここに呼んだのは間違いだろ?俺はガキの世話は「おい、あれ!」
シュタルクが慌ててそう叫ぶ。見ると、運の悪いことに、人間よりも一回り大きい岩が10個ほども同時に飛来して着ていた。
「ッ!間に合え!」
両手がふさがっているために戦えないシュタルクに代わり、ヴィアベルが攻撃魔法でそのうち3つを破壊する。だが、それ以上は対処が難しかった。
このままでは、子供たちが犠牲になってしまう。
「クソ、皆俺の後ろに!」
そう咄嗟に、シュタルクは子供たちに叫ぶが、もう岩の着弾まで数秒だった。
万事休すかと思われたその時。
「……武の境地に、果てなどない。」
老人が、彼らの前に立っていた。
「発勁拳『極初』」
老人は、飛来する岩の前に、拳を開けながら目にも止まらぬ速さで突き出した。直後、岩はなぜか粉々に砕け散った。
ヴィアベルと子供たちは、突然の問題解決と、謎の老人の登場に、一様に困惑した。
「は?え……じいさん!?」
「シュタルク、この爺さん……何?」
「……俺が修行してると、なんか突然話しかけてくる知らない人……。でもこんな機敏に動けているの、見たこと無い……。」
その老人は、シュタルク達に向かって振り返った。
「……怪我はないか?」
「あ、ああ。助かった。」
「あの……爺さん?突然どうしたんだ?あ、いや、助けてくれたことは感謝してるんだけど、その……」
「儂は、武の真髄にたどり着いたと、そう思っていた。」
老人は、シャドウとゼーリエが戦っている空中の戦場を眺めながら語りだした。老人とは思えないほどハキハキとした喋りだった。
「お、おう?」
「だが、見てみろ。シャドウというあの男の身体捌き、魔力の制御、そして鍛えられた拳……どれを取っても、儂は足元にも及ばない。」
「……い、いや、そもそも俺達は遠くてよく見えないが」
「儂は目が覚めたのだ。そして知った。儂は武の入り口にしか立っていなかったことを。シュタルクよ。今まですまなかった。修行を邪魔して、勝手に無の境地、武の真髄などと。ボケ老人などと罵られても仕方がない。」
「い、いや。そんな気にしてないよ。」
「儂は、一から鍛え直す。今の"発勁拳『極初』"も、まだまだ甘い。まずは30の岩を同時に破壊したいところだ。」
「……今のままでの十分強いんじゃねえの?それに、こう言っちゃ悪いがもう年なんだし今から気張っても」
「儂は、他人に知った顔で『極意に近付いた』などといった過去の儂が恥ずかしい。だからしばらくは独りで修行する。シュタルク、お前は儂を超える武人になるだろうが、くたばるまでは若造のお前には負けんぞ!では、さらばだ。」
老人は、そう言うと老いを全く感じさせない速度で駆けていった。シュタルクも、ヴィアベルも追いつける気がしない速度であった。その後時々、空中で飛んでくる破片が不自然に破壊される場面が目撃されるようになった。
「……シュタルク、お前変な人に好かれるんだな。」
「や、やめてよぉ……」
武の真髄おじいちゃんは本筋と関係ないかもしれないけどどうしても出してみたかった。