「えーと、ここの家はこの形状でしたので、もうちょっと右ですね、あと高さがこのくらいで」
「ああ……わかった」
「ゼーリエ様。ここの船着き場を優先していただけませんか?漁師の皆さんの仕事をこれ以上休ませるわけには……」
「……これが終わったら行く。」
「あの、隣町からの使者が来ていまして、その協議の為にもっと急いでいただけると……」
「………………はぁーーー…………」
ゼーリエは、シャドウとの戦いの余波で半壊滅したオイサースト復興のために一晩中働かされていた。復興作業には多数の魔法使いが協力していたが、最も力のあるゼーリエが最も働かされていた。もともと人間世界の問題は人間で何とかしろというスタンスであったが、今回ばかりはゼーリエにも責任の一端があった。
「……ゼーリエ。あの場はスルーしておいて、後で別の場所に呼び出してから仕掛ければこんなことにならなかったよ。」
復興作業に協力していたフリーレンが言った。
「………………」
ゼーリエは、苦虫をかみつぶしたような顔だったが、迂闊な部分があったのは事実なので、何も言えなかった。ここしばらくは協会の魔法使いにさんざんこんなことを言われており、ゼーリエは形容しがたい渋い顔をした。
つまり、魔法協会支部のど真ん中で戦いを始めたのが、被害という観点からは間違いだったのだ。あの場では、シャドウが扮したジミナは、特に敵対の意思はなかった。仕掛けたのはゼーリエの方だった。シャドウを放っておけないのは分かるが、もう少し時と場所を選んでほしかった、というのがパニックをおこした住民の避難誘導や防衛をしていた協会の魔法使いの大体の意見だった。
「……まあ、ゼーリエ様の気持ちもわかります。多分馬鹿にされたんですよね?あれは。」
一緒に作業をしていたフェルンがそう口を挟んだ。
「そうだな、確かに馬鹿にしていたのだとは思う。……ただ思い返してみると、シャドウからはそこまで嫌味を感じなかったな。」
「え、そうなの?」
「私の主観だがな。……意外と尊敬も感じたぞ?私の力に対してだけどな。」
戦いの最中にそんなことを気にかける余裕などは無かったが、思い返してみると、「魔法使いとしてはゼーリエの方が上だ」というようなことを認めた発言も確かにあったのだ。
「まあ、俺が戦ってた時も、最後は『見事』とか言ってたし。見下すばっかじゃねえと思うけどなあ。」
さらに一緒に居たシュタルクも、以前の戦いを思い出し、他人を馬鹿にするだけの人間ではないことを思い返していた。
「……というか、実際どうなのかを知ってそうな人が居るんじゃん。」
「あ、そうでしたね。あのー!エーデル様ー!」
「はーい、なんじゃー?」
少し離れていたところで作業をしていたエーデルに、フェルンは声をかけた。
「一級試験受験者のエーデルだな?」
「ゼ、ゼーリエ様?確かにそうですじゃ。」
「後で詳しいことを聞く予定だったが……どうせだから、読み取ったことをここで話してもらってもいいか?作業しながらで構わん。」
「え、ええ。」
シャドウとの戦いは終わった後、エーデルは「ジミナとの戦闘で読み取ったことを話しても構わない」と言い出したのだ。今は町がグチャグチャであるためその対処が優先事項となっていた。なので、ゼーリエも詳しい話をまだ聞いていないのだ。
「いろいろ驚くような話が多いので、長くなってしまうのじゃ。」
そう前置きして、エーデルは語りだした。シャドウは種族的には間違いなく人間であること、前世の記憶を持つこと、この世界ではまだ20代、前世含めても40代であること、アウラを手下に加えていること、あの実力は正真正銘自力で身に着けたこと、普段はカゲノ―一家の息子であること……などなど。シャドウのとある部分を除いて、おおよそ話した。
フリーレン、フェルン、シュタルク、ゼーリエは黙って聞いていた。その間口は挟まなかった。疑問が出なかったというよりも、荒唐無稽な話が多く、どこから突っ込めばいいのか分からなかったのだ。
「ええ……いや……ええ、マジですか?」
「マジか、異世界とか実在するのか……」
「アウラ、生きてるの……?はあ、やっぱり碌なやつじゃない、シャドウ……」
フリーレンは、なんとも嫌そうにそう呟いた。
「ま、まあ彼は、アウラには人に危害を加えぬように言ってある。直ちには影響はないじゃろう。」
「そうは言ってもね……」
「それと、ゼーリエ様。カゲノ―家を調べるのはほどほどでお願いしたい。彼は、カゲノ―家の人間に対しても、シャドウとしての姿を隠している。あの家の者に問い詰めても何も出てこないのじゃ。」
「そ、そうか。分かった……。……というか、彼は本当に、誰の手を借りず正真正銘自力であの強さを……?」
「ま、まあそういうことになります。」
「……はぁ~~~……」
ゼーリエは落ち込んだ。万に届く年数を魔法に費やしたというのに、これを数十年しか生きていない若造に追いつかれてしまったのだ。無論、魔法使いという面ではまだ自分が勝っているが、戦闘能力という面においては追い抜かれてしまった。そして、彼はこれからも成長するだろう。今後彼がどこまで強くなるのかなど考えたくもない話であった。
「……ほ、本当に彼は人間なのですか?私でもフリーレン様に幼少期は魔法の鍛錬ばかりだと心配されたのですが……」
「どう考えても実力以外のものをいろいろ犠牲にしてるんだろうね。」
「私、彼の実力をうらやんで彼のようになりたいと思ったこと、ほんのちょっとありますが、」
「あるんだ……いやまあ、あの力を見れば一回くらいはそう思うもんか。」
「やっぱり、彼のようになりたくないと今はっきり言えますね。力ばっかり追い求めていたらあんなふうになるなんて……」
フェルンは、自分の中に少しだけあった力へのあこがれを切り捨てるように言った。
「今後80年くらいは、奴に振り回されるんだろうなあ……」
「あ……いや、あの、彼は後300年は生きるつもりじゃ。寿命を延ばす魔法を研究しておって……」
「はあああ???」
ゼーリエは、エーデルに対し怒ったように、何か不味いミスをした部下を問い詰めるような呆れた口調でそう言った。
「ゼーリエ。エーデルにそんな口調で問い詰めても……」
「あ、ああ。すまん。ちょっと今後のことを考えてしまってな……」
フリーレンはゼーリエをたしなめるが、同時に同情していた。彼女は大陸魔法協会の長だ。シャドウに対し何もしないわけにはいかない。
「今後、協会としては……とりあえず静観だな。人間からすると、いろいろ危険行動をするが、魔族を倒しているという実績がある。単純に敵というわけではない。私から忌々しいイメージしかないがな……。」
「……新しく魔法の高みを目指せる仲間とかに出来ないんですか?」
シュタルクは、かなり無邪気にそう質問した。
「……まずな。奴が私達とまともなコミュニケーションをとると思うか?絶対にその気がないだろう。エーデルの話を聞いただろう?奴は普段カゲノ―家の人間として振る舞っている。普通のコミュニケーションができないというわけではないんだ。……つまり、できないのではなく、やる気が無いのだ。」
「な、なるほど……。」
そして、ゼーリエはおもむろにエーデルに向き合った。
「それで、まだ話すべきことがあるだろう?エーデル。」
「え?」
「奴は普段何を考え行動しているんだ?なぜジミナに変装しながらこの試験を受けたんだ?」
「え゛っ」
エーデルは、先ほどの話でシャドウの内心に関しては一切触れず、その行動だけを説明したのだ。
「えーと、その」
「……」
「……つまりじゃな……」
「……なぜ言いよどむ?」
エーデルは、明らかにそれについて語りたくなさげであった。しかししばらくすると、観念したのか話しだす。
「……い、いわゆる修行僧のような性格じゃ。常人とは全く異なる価値観で生きておる。わ、儂も読み取ったはいいが解釈に困る部分が多くてな。ジミナに変装したのも、自分の実力を測りたいというのが大元じゃ。なにやら色々屈折しておるようじゃったが……。しかし、一方的に相手を馬鹿にするような人間ではないぞ?」
「ふーむ、エーデルでも分からないのか……。」
「う、うむ!数十年でゼーリエ様に追いつける人間の考えなぞ、儂にわかる訳がない!まあ、基本的に人を傷つける人間ではないのじゃ。」
「先の戦いの規模を踏まえて言ってます?それ。」
「か、感情が高ぶったようじゃ。」
「……なるほど、まあとりあえず納得した。後日また詳しい話を聞かせてもらおう。」
ゼーリエを含む4人は、エーデルの話に納得した。確かにシャドウならば理解できないような思考回路を持っていてもおかしくはない、と。
だが、エーデルは浮かない顔だった。
(……言えない。言えるわけないのじゃ。)
エーデルは、彼女たちをちらりと見て、申し訳ない気持ちになりながらも、これ以上何も言う気になれなかった。
(……奴の目的が「陰の実力者」を目指すということ、あの態度は全部ごっこ遊びなどであるなど……!とても言う勇気が出ないのじゃ……!)
これは、エーデルがシャドウの内面からして推測した結果だ。行動に読めない部分は多いが、人生を賭けた全力の「ごっこ遊び」を妨害するような行為は、絶対にほうっておかないだろう。間違いなく殺されるのでは、と。そして同時に、彼に振り回された人々がどのような反応をするのかも分からなかった。ただ、「私はこんなのに振り回されてたの……?」などという印象になるのでは、と思っている。
エーデルは、彼女たちは決して道化ではなく、シャドウ関係なく立派に生きているのだと、決して茶番などではないと、そういう念を送りつつ、作業に励むのだった。
◇
シド・カゲノ―は、オイサーストから離れた場所にある洞窟にて横になっていた。アウラが修行していた場所である。今は夜。数日後には、家族に帰ると約束していた日だ。
「……なんで首から下が無くなっても生きてるの?」
シドは、
「アウラ、知ってるかい?人間は意外と頑丈なんだ。首だけになっても、3秒だけなら生存できる。その間に回復に全力を注げば、生命維持に必要な臓器を魔力で作り出すことができるんだ。」
「……???????」
宇宙猫になっているアウラを無視して、シドは話を続けた。
「とはいえ、流石にダメージがひどいから、シャドウとしての活動はしばらくお休みかな。」
「そ、そう……」
「そういえば、アウラは僕の戦いを見ていたよね。どう?ちゃんと陰の実力者っぽかったかな?」
「……陰の実力者かどうかは置いておくとして、お前に勝つのは諦めるわ。あんな馬鹿魔力には流石に勝てないわ……。」
アウラは遠い目をしながら、諦め口調でそう言った。
「あ、そういえばアウラ。君オイサーストに潜伏していたのがバレてたよ。」
「……えっ?」
「罰として、魔力増幅10倍達成までご飯抜きね。」
「……?????え?え?ちょ?」
「あ、今の命令ね。僕はちょっと外の空気すってくる。」
「あああああああ!!!????」
絶叫するアウラを見て、シドは外に向けて歩き出した。先の怪我が嘘のように軽い足取りだった。
「……うーん!最近はずっとジミナだったから、なあ、息が詰まる気持ちだったよ。……あ、そうだ。」
シドの目の前には、ピアノが置いてあった。最近盗賊団からせしめたものだ。
他にすることもなかったので、シドはピアノを弾きはじめる。雰囲気を出すためにシャドウの姿になり、そして選曲は「月光」。シドが前世で気に入っていた曲だ。「ピアノを弾く僕も陰の実力者っぽいかも!」という発想から、前世ではピアノを練習していたのだ。
ピアノが奏でるメロディーが、周囲に響き渡る。先の戦いで雲を力技で晴らしたせいなのか、よく月が見える夜だった。シドとアウラ以外にこの曲を聞く者はおらず、アウラは魔力増幅で忙しいために聴く余裕はない。
「……覚醒には成功した。しかし頂にはいまだ届かない。人の身として残された時間は、わずか。さらなる覚醒か、いや、根源的目的を鑑みれば……」
シドは、何かを憂いているようにそう言った。見る人が見れば、彼が何か大きなものを背負っていることを確信する語りだった。
月光を弾き終わり、一息ついてシドは伸びをする。
「うーん!久しぶりにピアノを弾いたけど、体が覚えてるもんだな。」
そう言いつつ、シドは先の戦いを思い出していた。
「いやー、前の戦いは実に陰の実力者っぽかったんじゃないだろうか。最終的に負けはしたけれど、大満足だ。特に最後の『孤高の実力者 VS 絆の力で抗う主人公チーム』的な展開は王道だったなあ。主人公組もだけど、陰の実力者も悪役っぽく活躍できたな!さて、次の陰の実力者プレイは何がいいかなあ……?」
シド・カゲノ―は、特に寂しがることも我が身を顧みることもなく、陰の実力者のことを考えていた。
というわけで、本小説は完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!初めてこういうのを書いてみましたが、多くの方に見ていただけて大変うれしかったです。高評価、誤字報告、感想ありがとうございました。
この後を作るとしたら、順当に行けば黄金郷編なんでしょうが、やることがまっっっっっったく思いつきません。私の才能ではここまでということで、完結とさせていただきます。他に書きたい小説があるので……
以下、考察
疑問: エーデルがシドの内面までバラしてたらどうなるの?
あくまで私の解釈ですが、即座には殺さないと思います。というのも、原作でシドに「自分のごっこ遊びに付き合ってくれている友達」と認識されているアルファたちは殺されていません。つまり、自分の目標がばらされることは不愉快ではあるけれど、それに協力する姿勢を見せれば、または「うんうん、陰の実力者っていいよね!わかる!」的な態度を取っていれば殺されないのでは、ということです。
これが、「コイツは心の中で陰の実力者などというバカげた目的のために生きている!皆、こんな奴に振り回されるでない!」みたいな感じで言いふらしてたら、即座に殺されていることでしょう。
ちなみに、行動をバラされたことを知っても「まあいつかはバレるもんかな」的な想定です。割となんでもアリの魔法の世界に生きてますからね。想定外の事象にはある程度は寛容でしょう。