杉森美奈の尿意 作:マーウィン・ゴンザレス
「いらっしゃ──」
「トイレッ!」
自動ドアから鬼の形相で店内に駆け込んできたのは、後ろで揺れるポニーテールが特徴的な女子中学生。
「…………」
しかしその気迫と叫び声は女子中学生のものとは程遠かった。面食らって硬直するレジ打ちの店員の目の前を、彼女は嵐のように通り過ぎていった。
「やばいやばいやばい……!」
ぽかんとして自分を見つめる客たちには目もくれず、一目散にトイレのある場所へ突進していく。
杉森美奈は、トイレが近い。
生まれつき膀胱が小さく、あまり多くの尿を溜めておけないため、尿意を感じる頻度も、我慢できる時間も普通の人より短い。
この日、帰宅途中に催した尿意は、時間が経ち、我慢している強まっていき、ついには彼女を暴走機関車に変貌させるまでに達していた。
こうなった彼女はもはや誰にも止められない。今この瞬間、彼女の頭にあるのは『おしっこしたい!』。ただこれだけである。
「はっ、はっ……」
荒々しく呼吸しながら、個室の扉の前に到着する。
「っ、間に合った!」
ガチャガチャガチャ!
そして、中に人がいるかどうかも確認せずドアノブに手をかけ、ガチャガチャと動かし始めた。
『ひえっ……!?』
「え、うっそでしょ……!?」
トイレの中と外、両方から驚きの声が上がった。中の人間は突然のドアノブの音に、外の人間は先客がいたことに対するものだった。
「っ、やばっ……!」
バッとスカートの上から股間を握りしめる。鞄がずり落ちるのを気にかける余裕もなく、両手でぎゅうっと抑え、屈伸したりして尿意を誤魔化す。
長時間苛まれてきた重苦しい尿意からやっと解放されると思っていたのに、我慢時間延長という現実を突きつけられた。そのダメージはあまりにも大きい。
「うううっ……っ……くうっ……!」
抑えるだけでは我慢し切れないのか、その場でドタバタと足踏みまでし始める。
花も恥じらう乙女の姿などそこにはない。恥も外聞もなく、くねくねし続ける女子の珍妙な姿が手洗い鏡に映っていた。
「早く早く……!」
ぶつぶつと小声で呟きながら足踏み。
「うううううっ……!!」
そして扉の前でぴょんぴょん飛び跳ねる。その度にスカートがふわりと持ち上がる。
「くうっ、あうううううっ……!!」
かと思えば、その場にしゃがみ込んで唸り声を上げ始める。
「あああああああもう!!」
そしてまたすぐに立ち上がる。
ゴンゴンゴン!
「すみません!まだかかりますか!?」
股間から片手を離し、握り拳で強く扉を叩く。我慢することに精一杯の彼女に手加減などできるはずもなく、扉が壊れるだとか中の人を怖がらせるだとかいったことまで頭が回っていない。
『ちょ、ちょっと待って、今拭いてるところだから……』
妙齢の女性の声。明らかに震えており、襲来者に対する怯えの色が隠せていなかった。
「早くッ!出ろッ!」
『ひいっ……は、はい……』
もはやテロ行為である。それまで便座に座って優雅に用を足していたのに、けたたましくドアを叩かれ、鬼気迫る声で恫喝された。トラウマになってもおかしくはない。
『うっ……ごめん、もうちょっとかかりそう……』
「はよ出してしまわんかい!」
エセ関西弁が口をついて出てくる。あと少しだと思っていたのにまたしても時間延長を食らった彼女の怒りはピークに達していた。
しかし。
「あっ、ちょっ、まじでやばい……」
扉をこじ開けんばかりだった勢いがしぼんでいく。アドレナリンで紛れていた尿意が、一気に強くなっていく。
背中は丸まり、手は股間から離せず、膝を曲げた状態で硬直。
彼女の身体がぶるっと震える。
「やば……もう出るっ……」
限界が、訪れようとしていた。
ジャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
「っ!!」
個室の中から聞こえてきた水を流す音に、彼女は目を見開く。パッと顔を上げる。
ガチャッ
「お、終わりました〜……」
「っ、あ!」
中からおずおずと出てきたのは、桃色のシャツに黒のデニムと、いかにも主婦らしい格好の女性だった。
「漏れるっ!」
「きゃっ!」
女性が扉の前をどくのも待たずに、横を無理矢理通り抜けて個室へ飛び込む。
『はぁっ、はぁっ、もう無理!!』
「……あはは……ほんとに我慢してたんだねえ」
中からバタバタとうるさい音が響く。見れば鞄もトイレの外に置き去りにしている。女性は乾いた笑いしか出なかった。
ジャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
「あの、すみませんでした……」
「いえ、あの……間に合ってよかったですね」
無事に用事を済ませてトイレから出てきた彼女。いくらテンパっていたとはいえ、店内で騒ぎ立てて流石に申し訳ないと思ったのか、バツが悪そうな表情で店員に謝罪した。
「はい……じゃ、失礼します……」
気まずい空気から逃げるように、彼女は自動ドアを通ってそそくさとコンビニを後にした。