魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第一話 【佐倉杏子】

 見滝原 20:00

 

 佐倉杏子は美樹さやかを探していた。テレパシーで呼びかけてもまったく応答がないのだ。杏子だけではなく、巴マミや暁美ほむらの呼びかけにも応じていない。そうなると、考えられるのは二つだ。呼びかけに応じられない環境下にあるか、意図的に遮断(しゃだん)しているかだ。

 杏子たちは、三方向に分れてさやかを捜索することにした。おそらく、さやかと最後に会ったのは自分だろう。その時に、少し感情的になり言い合いをしてしまった。

 

(言わんこっちゃない。バカさやかが……)

 

 さやかは。魔法少女としての契約報酬であるたった一度きりの願いを、幼馴染であり、少なからず恋心を(いだ)いていた上条恭介のために使用した。無論、最初の動機は純粋なものであっただろう。しかし、人間はそれほど単純なものではない。どうしても対価を求めたくなるものだ。

 友人である志筑仁美から、恭介に告白すると宣言されたとさやかから聞いた。仁美が恭介への恋愛感情を自制するあまり、負の感情を魔獣に喰われていたことも知っている。かと言って、さやかも恭介をあきらめられないはずだ。友情と恋愛の板挟みの状態に、さやかは苦悩していた。

 

(私と同じ(てつ)を踏ませたくないんだよ)

 

 言い過ぎたとは思っている。だが、茶化すつもりはまったくなかった。だれかのために願いを使い、望む結果が得られないことで悩み苦しむ。どう考えたって自分にそっくりだった。だから、どうしても言葉もきつくなってしまう。

 

 杏子は、まだ魔法少女に変身していない。いつもの服装のまま、ソウルジェムを手の中に握ってさやかの行きそうな場所を探索していた。 

 

(……みつけた)

 

 ショッピングセンターの(かたわら)らにある公園付近に、強烈な瘴気を発する空間の裂け目があった。そこに、見滝原中学の制服を着た少女が進入しようとしている。その後ろ姿は間違いなく美樹さやかなのだが、羅針盤であるはずのソウルジェムに反応がなかった。杏子は疑問に感じたが、最後に見たさやかのソウルジェムが恐ろしく(にご)っていたことを思い出した。

 

(あれが原因なのか?)

 

 その真偽は不明だ。ともあれ、いまはさやかを追うことを優先する。

 

『マミ、みつけたぞ。ショッピングセンターの裏通りだ』

『魔獣の瘴気はある?』

『ひどく強い。大物がいるかもな。さやかはそれを一人で狩るつもりだ』

『杏子、あなたが見たのは本当に美樹さやか?』

 

 巴マミと、暁美ほむらから応答があった。

 

『間違いねーよ、ほむら。それともなにか? 魔獣が化けてるとでも言うのか?』

『可能性はあるわ』

 

 さやかが異空間に進入した。急いで追わなければならない。魔獣が作り出す空間は複雑に絡み合い、同じ入り口から入ったとしても別の空間になってしまうことがある。

 

『しのごの言ってる暇はねーよ。先に行ってるからマミたちはあとからこい』

 

 仲間が同じ異空間に進入できるように、杏子は先行してナビゲーターの役割をする。

 

『私も暁美さんも結構離れているから時間がかかるわよ』

『心配ね―よ』

『用心しなさいよ』

『だれに向かって言ってるんだ? 新人』

 

 佐倉杏子は魔法少女に変身した。便利な仕組みだなと思う。変身を開始した時点で、一般人からは認識されなくなる。だから、なんの気兼(きが)ねもなく変身可能だ。杏子は、自分の得物(えもの)である長槍を脇に抱えてさやかの後を追った。

 

(いない……こんな短時間でどこに?)

 

 異空間の中には美樹さやかの姿がなかった。ただ、魔獣の大きなコロニーは確認した。

 

(さやかはあそこに)

 

 なにもかもが思い通りにならないと心が(すさ)むものだ。そうなると極端に攻撃的になる。自分にも経験がある話だった。そんな状態で魔法少女にできることと言えば”魔獣狩り”しかない。

 

 魔獣が作り出す異空間は、建造物や地形が現実の世界から模倣される。本来ならば車が行きかう高速道路上に魔獣が6体ほど群れていた。ここからの距離は1kmほどだろう。自分ならば三回の跳躍で攻撃できる。 

 

 杏子は、その1回目の跳躍をする。通常、一人で闘うのなら攻撃範囲に入るまで身を隠して接近するのがベストだ。魔獣は魔法少女を察知すると容赦のない攻撃を仕掛けてくる。躱すのは容易いが、無駄な魔力を消費してしまう。 

 

 眼下にはビジネスビルの屋上が見えている。魔法少女の跳躍力は現実ではありえないものだ。当然、魔獣には発見される。やつらは、槍衾(やりぶすま)のようなレーザー攻撃をしかけてくる。

 

(さやか、どこだ!)

 

 見つかるのは承知の上だ。ここはさやかの自暴自棄(じぼうじき)な行動を(いさ)めなければならない。

 

 跳躍は基本物理運動でしかない。つまり、上下左右の動きは限定されてしまう。それは魔法少女とて例外ではない。杏子は魔獣から放たれたレーザー(目視でよけられるので実際はレーザーではない)を、穂先で弾いたり、身体をひねったり、空気抵抗による速度変化で、すべての攻撃を無効化した。

 

 常人では耐えられない高さからの着地。だが、魔法少女はなんのダメージも受けない。そのまま10mほど疾走し、二度目の跳躍をした。

 

 おかしい。たとえ、仲違いしているとはいえ、さやかが近くにいるのならば、なんらかのアクションがあっても良いはずだ。

 

 距離が近づくにつれ魔獣の攻撃は激しさを増す。ベテランの域に達している杏子でも、(かわ)すのに一苦労だ。

 杏子は二度目の着地をして、すぐさま次の跳躍をする。今度の飛行は攻撃も兼ねるものだ。魔獣を駆逐するのは魔法少女としての役割だ。

 

(さやか!)

 

 杏子の左側に青色の衣装の魔法少女が飛行していた。美樹さやかに間違いなかった。しかし、彼女は杏子を見ていない。その両目は、倒すべき敵である魔獣を睨みつけていた。

 

 杏子の口から八重歯が見えた。

 

 いまはそっぽを向かれたっていい。同じ魔法少女として、仲間として、自分たちの役割を果たそうではないか。

 

 杏子は穂先を最も近い位置の魔獣に向ける。そして、(はす)に構えて空気抵抗を減らし速度を上昇させる。ひとつやふたつの攻撃を喰らっても構わない。多少の負傷ならばソウルジェムを破壊されないかぎり治癒可能だ。それにさやかの加勢もあるのなら、6体の魔獣など数分でケリがつくはずだ。

 

 先頭の魔獣の頭部に槍を突き刺し、そのまま地面まで切り下げる。魔獣が全体的にブロックノイズ化し、数個のグリーフキューブを残して消え去った。回収は後回しで良い。まずは、魔獣を殲滅(せんめつ)させることが先だ。

 振り下ろした槍の持ち手を変えて、2体目の魔獣の右側から肩部に向かって逆袈裟(ぎゃくけさ)に切り上げる。致命的なダメージを負った魔獣は同様に消滅する。

 槍の運動エネルギーを損なわぬように、杏子は柄を腰でホールドし、右回転しながら3体目の魔獣に切りかかり、胸のあたりを()ぎ払らう。あっという間に3体を片付けた。

 

「そっちは!?」

 

 いつものさやかなら、この程度は朝飯前だ。ただ。今は情緒が不安定なので1体ぐらいは打ち漏らしているかもしれない。杏子は、そう考えたのだが――

 

「なに……?」

 

 ――さやかが受け持つはずの3体の魔獣は、まったくの無傷だった。なぜだ、なぜさやかは魔獣を倒さない。そして、なぜ魔獣はさやかを攻撃しないのか? 

 

(いやな予感がする……)

 

 魔獣の足元を、攻撃もされずに平然とさやかが歩いてくる。

 

「杏子、私だよ」 

「……本当にさやかなのか?」

「なに言ってるの? ふざけないでよ」

「……」

 

 姿や声はさやかそのものなのだが、ひとつだけ違う点があった。それは、ソウルジェム。あれほど濁っていたさやかのソウルジェムが、まったく濁りのない青色に光っている。まずいぞ。あのさやかは本物ではない。

 わけがわからない事態になった。ここは一旦引くしかない。杏子は、本能的に後ずさりし、後方に大きくジャンプした。

 

『ほむら、聞こえるか? さっき、あんたが言ってたのはどういう意味だ?』

 

 なんの応答もない。どうやらテレパシーが遮断されているようだ。

 

 杏子は後ろを振り返る。閃光のような青い光が追いかけてくる。未知のものに対する不安で、心臓が激しく鼓動している。だが、佐倉杏子は恐怖に飲まれる弱者ではない。巴マミと暁美ほむらが、ここに向かっていることは確かだ。彼女たちの到着まで時間稼ぎをしたら良いだけだ。

 

(速い!)

 

 身体能力だけならば、さやかは、杏子どころかマミさえも上回っている。自分が優位に立てているのは、武器の相性と、経験値のおかげだ。さやかを敵として考えるのなら、最も怖ろしい相手と言えた。

 

 スピードでは逃げ切れないと思った杏子は、高いビルに挟まれた道路上に着地する。

 

 肩が上下するはど呼吸が乱れている。いやな汗も流れている。

 

 偽さやかが10mほど先に着地し、ゆっくりと、こちらに歩いてくる。杏子は、自分に有利な環境で闘おうとしていた。間合いをとり、遮蔽物(しゃへいぶつ)を利用して、ある程度疲弊(ひへい)させるだけで良い。これは時間稼ぎにすぎないのだから。

 

(こいつも……魔獣なのか?)

 

 接近する者は、肉眼ならばさやかそのものに見える。しかし、停車してある車のウィンドウに映ったその姿は、グロテスクなマリオネットのようだった。見たことのない敵だった。だが、これで、ひとつはっきりした。

 

(こいつはさやかじゃない)

 

「なぜ逃げるの杏子? まさか、魔獣が怖いわけじゃないよね」

「ああ……魔獣は怖くない」

「じゃあ、私が怖いの?」

「……かもな」

 

 偽さやかが笑っている。杏子の好きな屈託(くったく)のない笑顔だったが、剣を脇構えにして突進しくるのならば別だ。その笑顔は嫌悪すべきものになる。

 

(底が見えないか……)

 

 杏子は戦術を変更した。勝てる見込みのない勝負をすべきではない。それは、杏子が数々の危機を逃れてきた経験則だった。

 

 杏子は路地裏に逃げ込み、槍の(ふし)を解除する。多節棍(たせつこん)のように槍がしなり、曲線的な動きが可能になる。これで、巴マミの(ひも)のように立体機動ができる。直線的な動きのさやかを翻弄(ほんろう)できるはずだ。

 ビルの壁に穂先を打ち込み、急旋回する。偽さやかはそれについてこられずに、1ブロック先を回るしかない。それを何度か繰り返し、偽さやかを巻くことに成功したはずだった。

 

「バカな!」

 

 杏子の予想以上の速度だった。偽さやかは、先回りして待ち構えていた。自分の肌が泡立つのが分かった。防衛本能と言うべきか、杏子は反射的にビルの壁を蹴り、上方に大きくジャンプした。

 

(しまった……)

 

 偽さやかはこれを狙っていたのだ。咄嗟(とっさ)に上に逃げた杏子に対して、偽さやかは助走をつけてジャンプし、急上昇してくる。このままではあっという間に追いつかれる。

 偽さやかは、両手に剣を持ち、反時計回転しながら近づいてくる。突き刺すだけで良い槍とは違い、剣は切らねばならない。軸となる足場のない空中では回転力がその代わりになる。

 

(さやか……教えたはずだぞ。空中戦だと上にいる者が有利だってね)

 

 杏子は槍を前方に構え、頭から降下する。顔をこちらに向けているが、回転している以上、背中を向けるタイミングがある。そこが狙い目だ。

 

(一撃で終わらせてやる)

 

 偽物とはいえ、友人を傷つけることには抵抗があった。だから、せめて一瞬で消滅させたいと思った。しかし、偽物は、そんな杏子の思いを見透かすように笑った。

 

(そうか……なにもかもが罠か)

 

 杏子の視界から偽さやかが消えた。いや、実際は消えたわけではない。魔法少女にはできない動きで杏子の真正面に偽物が移動した。まったく迂闊(うかつ)だった。こいつは魔法少女ではなく魔獣なのだ。だから、この空間では物理法則を無視して移動できる。

 

 杏子は、天地の構えで偽さやかと対峙(たいじ)する。この距離では相打ちを覚悟しなければならない。

 偽さやかが、十字架のように両手を広げて接近してくる。降下中の杏子には待ち構えることしかできない。左右に激しく機動する偽さやかに最小限の角度変化で対応する。まもなくこちら攻撃範囲に入る。それを意識してか、偽さやかは急速な左旋回をする。

 槍の追随(ついずい)が遅れる。懐に入り込もうと偽さやかが突進してくる。だが、それは完全に読める動きだった。

 

「甘いぞ!」

 

 杏子は槍を1mほど引き戻して穂先の旋回半径を短くし、そのままの回転運動で偽さやかの左腕を切断した。

 

「なに!」

 

 どうやら相打ちを考えていたのは敵も同じのようだ。偽さやかは回転して胴体への損傷を防ぎ、槍の柄を脇に抱えて、滑るように近づいてくる。

 槍を引いての攻撃は間に合わない。杏子は節を解除して偽さやかのバランスを崩した。杏子は咆哮(ほうこう)し、自ら偽さやかに突っ込み、胸元に蹴りをいれる。想定外の動きだったらしくまともにヒットした。偽さやかが柄から手を離すのを見て、杏子は槍を引き寄せる。そして、柄を固定してとどめの一撃を偽さやかの胸に食らわせた。

 

「ばかな」

 

 魔獣ならばこれで消滅するはずだ。だが、偽さやかは、胸に空いた大きな穴で槍を飲み込むように杏子に向けて前進してくる。

 

(ブロックノイズが出ている! こいつの最期の一撃か)

 

 決死の一撃には小細工は通用しない。杏子に残された手段は避けることのみだ。血まみれで無表情のさやかの顔が目の前に迫る。必殺の意念がこもった剣先は確実にソウルジェムを狙っている。

 杏子は得物の槍を手離し、身体をひねって回避する。

 

「!」

 

 僅かに回避が遅かった。刃が杏子のソウルジェムをかすめてヒビが入った。なんだ、この脱力感は? まるで力が入らない。

 

(やつは……どこだ)

 

 今追撃されると確実に殺される。杏子は動きの鈍い身体で偽さやかを探した。

 

(消滅したか……)

 

 偽さやかはどこにもいなかった。血がベットリとついた槍だけが空中を(ただよ)っている。

 

 戦闘は終了したが、自分が生き残れるかどうかは別問題だ。ソウルジェムを損傷した杏子は、落下速度を調整できなかった。あと数秒で地面に到達する。残っている魔力でなんとか減速を試みるが、気休め程度の効果しかえられない。杏子は右手でソウルジェムを押さえる。これ以上損傷すると致命傷になる。

 

 道路のアスファルト面が目前に迫った。もう、覚悟を決めるしかない。

 

「ぐ!」

 

 ほとんど自由落下に近い速度で杏子は着地した。魔力で和らいでいるとはいえ、あまりの激痛にうめき声が出てしまった。片手が使えないため、五点着地も不完全になった。両足の骨が折れたのを実感した。左肩側から倒れ込んだので、肩にも強烈な痛みがある。

 

(……動けない)

 

 杏子は、うつ伏せの状態で道路に横たわった。顔も腕も動かせなかった。かろうじて目が動くので自分の状態を確認する。ひどいものだった。足はありえない方向に曲がっており、近くには自分のものと思われる腕が転がっていた。右手は見えている。だとしたら、感覚がまったくない左手だろう。ソウルジェムも激突の衝撃で完全に割れてしまい、三分の一ほどしか残っていない。命ともいえるソウルジェムを損傷した魔法少女は、これほど脆弱(ぜいじゃく)なのだなと思った。

 

『マミ……ほむら!』

 

 自分はもう助からない。それならば、あの恐ろしい魔獣の情報を仲間に伝えなければならない。しかし、テレパシーは遮断されたままだった。

 

(だめか……もう手詰まりだな)

 

 杏子は、自分でも不思議なぐらい客観的に死を受け入れた。後悔はなかった。いや、杏子の人生そのものが後悔の連続だった。けれど、自分は、それに精一杯(あらが)い生きてきたつもりだ。だから、死を迎えるにあたっての後悔はなかった。 

 

(さやか……)

 

 ただ、心残りはあった。ようやくみつけた友人の美樹さやかを救えなかったことだ。だが、それも、もう終わりで良い。良好な関係ではなかったが、杏子は巴マミを信頼していた。きっと、彼女なら、さやかを救ってくれるだろう。

 

 だんだん意識が遠のいていく。しかし、周囲は暗くなるどころか、まぶしいぐらいの光で覆われた。そこに身の(たけ)よりも長い桃色の髪の少女が、純白の衣を(まと)い、天から降りてきた。

 こんな自分にも天使かきてくれるのかと驚いたが、もしも、そうならば、杏子にはすべきことがある。

 

 天使が杏子のすぐそばに降り立った。その長い髪は地面に触れることなく空中を漂っている。もう、目を開けていることができなくなった。杏子は最後の力を振り絞り、天使がいたはずの場所に右手を差し出した。

 

 冷たいとか暖かいとかではなかった。杏子の右手を支えている天使の手からは、安らぎが感じられた。

 

 そして、杏子は、心の懺悔(ざんげ)を始めた。

 

「私は……嘘をついていました」

 

(あなた)を信じない……(あなた)なんかいない……私は……そう言っていました」

 

「でも……私の心の中には……」

 

「いつも……(あなた)がいました」

 

 最期の時が来たのだと思った。なにも考えられなくなり、なにか大きなものに溶け込んでいくような感覚だった。なんという多幸感だ。これで自分は、すべての制約から解放される。

 

「杏子ちゃん……ほむらちゃんを助けてあげて」

 

 だれかの声が聞こえた。いや、多分気のせいだ。だって、自分はこれから死ぬのだから。

 

 

 

 自分は天国に帰ることができたのだろうか? それとも、地獄の火の池に送り込まれたのか? 佐倉杏子が目を開けてみると、そこは、天国でも地獄でもなかった。

 

(ここは……マミの家)

 

 天井に吊り下げられた、暖色系のシェードのついた照明。杏子はそれに見覚えがあった。数年前、杏子は、巴マミの家に居候(いそうろう)していたことがあった。その際に、マミから与えられた部屋の照明に間違いなかった。

 どうやらベッドに寝かされているようだ。杏子は、おそるおそると自分の足と左腕を確かめる。

 

(どういうことだよ……)

 

 傷ひとつない両足と腕であった。ベッドの脇には、杏子のソウルジェムが置かれている。これも(けが)れがまったくない朱色に輝いている。

 

 夢でも見ているのかと思った恭子は、仲間を大声で呼んだ。

 

「マミ、ほむら!」

 

 ほどなくして部屋のドアが開いて、二人が入ってきた。

 

「佐倉さん、起きたのね」

「マミ、説明してくれ」

 

 マミと暁美ほむらが顔を見合わせている。

 

「説明してほしいのはこっちだけど?」

「分かってる。だけど、まずはこっちからだ。私はどこにいた?」

「杏子がナビゲートした異空間。あなたは、ビジネス街の道路上に倒れていた」

 

 変なことを聞くとでも言いたそうな顔だ。

 

「怪我はしていなかったか?」

「怪我はしていないでしょう? ソウルジェムも握っていた。暁美さんは倒れていたと言っていたけど、私は寝ているように見えたわ」

「魔獣は?」

「3体いたから、私と巴さんとで片付けた。杏子、あなたは最後に美樹さやかをみつけたといっていたわね? それは、どうなったの?」

「……間違いだった」

「間違い?」

 

 頭が混乱してきた。まったく状況が飲み込めない。二人が、自分を質問責めにしようと待ちかねているが、今は答えられそうにない。

 

「マミ……わるいけど、なにか食うもんがないかな? 腹が減って死にそうだ」

「もう夜の10時よ、簡単なものしかできないけど」

「いいよ、マミが作ったもんならなんでもうまい」

「へえー。そんなお世辞が言えるようになったのね」

「……頼むよマミ」

「はいはい」

 

 嬉しそうな顔でマミがキッチンに移動する。嫌いではないが単純すぎるのは、相変わらずの欠点だなと思った。それよりも、まずは最大の謎を解かなければならない。二人に詳細を話すのはそれからだ。

 

「なあ、ほむら」

「なに?」

「あんた、前に鹿目まどかってやつの話をしただろ?」

「ええ、でも忘れてもらって結構よ」

「そいつはさ……自分よりも長いピンクの髪の毛で、真っ白の服を着ていないか?」

 

 ほむらの目が大きく開かれた。真一文字に結ばれた唇が小さく震えている。

 

「杏子……」

「……」

「あなた……それをどこで見たの?」

 

 

 




第二話【暁美ほむら】
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