魔法少女まどかマギカ  間(はざま)の物語   作:Mt.モロー

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第十一話 【佐倉杏子2】(1)

美樹さやか失踪事件の半年以上前

 佐倉杏子

 

 佐倉杏子の家であった教会は、父親により火を放たれていた。床には母親と妹の死体が転がっている。燃えさかる炎の中、狂気に走った父親は、憎しみ、嫌悪、侮蔑。そのすべてが内包された表情で、杏子を「魔女」と(ののし)った。そして、彼は、杏子の目の前で命を絶った。

 

(また……あの夢だ)

 

 寝ると同じ悪夢ばかり見る。そのため杏子は睡眠が嫌いだった。しかし、人間は眠らないと生きてはいけない。今もニ時間ばかりうたたねをしていたようだ。ごみとほこりまみれの一室にあるソファー。それが杏子のベッドだった。

 

 ここは杏子が勝手に住んでいる空き家だ。廃墟同然だが、水道や電気は通っているので不自由はなかった。だれも住んではいないとは思うが、もしも所有者が戻ってきたら、魔法少女に変身して逃げたらよいだけだ。もっとも、ここに来るのは寝るときだけで、そのほかの時間は、風見野市内を放浪者のようにさまよっていた。

 

(あの時……地獄の門が開き、あたしはそこを通った。だから、あたしは一切の希望を捨てた)

 

 ここに住み始めてから一か月になる。孤独であることには慣れてきた。しかし、杏子は、時々巴マミのことを思い出す。

 

(あたしとあんたは違う。あたしは……自分の願いで家族を殺してしまった)

 

 家族を失い、独りぼっちになったのは巴マミも同じだった。彼女は『杏子の気持ちがわかる』と言った。確かに陥った環境は同じかもしれない。だが、偶発的な事故で家族を失った彼女と、「魔女」と呼ばれ、父親を発狂させてしまった自分とは違うのだ

 そのことで少し言い合いになった。だから、杏子は見滝原を去る決意をした。これ以上マミと一緒にいると、彼女まで自分から離れてしまう。杏子は、それがとてつもなく怖かった。嫌われるのは構わない。だが、マミに憎まれたり、軽蔑されたりするのは耐えられない。今は彼女と距離を置くしかない。

 そして、一緒に住もうというマミの申し出を、杏子は拒否した。

 

(マミ……あんたはあたしを友達だと思ってるかもしれない。でもね、あたしにとってのあんたは……それ以上なんだよ)

 

 ――杏子は、魔獣狩りに出かけることにした。見滝原では巴マミの広大な縄張りのなかで自由に行動できたが、風見野では、先住する魔法少女とバッティングすることもある。

 

 その日もそうだった。

 

「だれだお前は」

 

 風見野の繁華街の公園付近だった。ここは魔獣の異空間の内部なので一般人は入れない。いや、入ることは可能だが、その人物は死ぬ運命にある者だ。

 杏子に挑発的な言葉を発している者は一般人ではなかった。紫色の鉢巻(はちまき)で、同色の鎧のような装束を身に着けた魔法少女だった。

 

「すまん、あたしも魔法少女だ。ここで魔獣狩りをさせてくんないかな」

 

 ここをテリトリーとする彼女たちと敵対するつもりはない。必要最低限のグリーフキューブを分けてもらえた良いだけだ。しかし、マミもそうであったように、魔法少女は縄張り意識が強い。

 

「だめだと言ったら?」

「……あたしの胸のソウルジェムを見てみなよ。結構にごってるだろう」

「それで?」

「悪いな……力づくになるよ」

「へえー」

 

 どうやら彼女の得物は刀のようだ。それを抜き身にして中段に構える。魔法少女同士の闘いは不毛なものだ。マミからも可能な限り避けるように教えられていた。だが、今の杏子には心の余裕がなかった。相手がその気なら倒すしかない。

 

「麻衣! やめるんだ。彼女は佐倉杏子だ」

「佐倉杏子……あの巴マミの?」

 

 もう一人、灰色の軍服軍帽(?)に身を包んだ細身の魔法少女が現れた。彼女は自分のことを知っているようだ。麻衣と呼ばれた魔法少女は刀をおろし、戦闘態勢を解いた。

 

「あんた、あたしを知っているのかい?」

 

 杏子も槍を脇に抱えて闘う意思がないことを見せる。灰色の魔法少女が顔を緩める。

 

「もちろん。巴さんの弟子の佐倉杏子君だよね」

「またマミか……あたしはマミの付録かよ」

「仕方がないことだよ佐倉君。あの人は間違いなく最強だからね」

「……あんたは?」

人見(ひとみ)リナ。彼女は朱音麻衣(あかねまい)だよ。私たちは闘う必要がない。少し話をしようじゃないか佐倉君」

 

 リナはそばにあったベンチを見つけて腰を掛ける。麻衣はその傍らに用心棒のように立っている。

 

「巴さんと喧嘩でもしたのかな?」

「まあね。マミはあんたが思ってるような人間じゃないよ」

「だれにでも欠点はあるものだよ。私にも、君にもね」

「それで? あたしをどうしようっての?」

 

 杏子もやや離れた場所にあるベンチに座った。

 

「私たちはある魔法少女を探している。仲間が調べたところによると見滝原に逃げ込んだらしい」

「見滝原?」

「巴さんのテリトリーではない。もっと風見野寄りの場所だ」

「ふーん。だれを探してるのさ?」

「仲間を殺した下衆野郎さ。名前は優木沙々(ゆうきささ)

 

 答えたのは麻衣のほうだ。よほど恨んでいるのか、実に憎々し気に名前を吐き捨てた。

 

「あたしに加勢しろっての?」

「そうではない」

 

 リナは口角をほんの少し上げて話した。

 

「私と麻衣は、優木を探しにしばらく見滝原に行く。その間は好きにして構わない。ただし、佐木京(さきみやこ)という魔法少女がここの留守を預かっている。彼女に会ったら挨拶(あいさつ)をしてほしい」

「挨拶? どうやって」

「よろしい。見本を見せるよ杏子。失礼、杏子と呼んでもいいかな?」

「いいけど。あたしもリナって呼ぶよ。そっちは麻衣だ」

 

 リナがベンチを離れて近づいてくる。敵意は感じられないが、杏子は警戒し、すぐに逃げられるように足場を固めた。

 リナが1mほど手前で停止し、右手を顔の位置まで上げる。手のひらはこちらに向いている。

 

「よ! 杏子」

「はあ?」

 

 麻衣が腹を抱えて笑っている。どうやら、自分は人見リナにからかわれていたようだ。まあ、悪くはない。魔法少女云々を抜きにした普通の中学生のやりとりが、すさんでいた杏子の心を(いや)した。

 

「それが挨拶かよ?」

「いけないかい?」

 

 杏子は、忘れていた笑顔を取り戻した。特徴的な八重歯が見えている。

 

「OK、リナ。京に会ったらちゃんと挨拶しておくよ」

「私たちは強い力を持っている。常に正しくあるべきだよ杏子」

「あんた……マミにそっくりだな」

「それはうれしいな」

 

 リナが、はっきり笑顔とわかる表情になった。杏子にはなにがうれしいのか理解できなかった。マミに似ているということはわからずやの石頭ということだ。

 

 

 ――リナたちは三日後に風見野に戻ってきた。優木沙々を発見できたが、予想以上に手ごわくなっているらしく、一旦戻る決断をしたようだ。

 

「遅かったよ。優木は魔獣を三体ほど洗脳していた」

「優木ってのは魔獣を自在に操れるってことか?」

「魔獣だけではない。人間も、魔法少女も洗脳できる」

「二葉ちゃんはそれで殺されたんだよ」

 

 まるで赤ずきんのような装束の佐木京が悲しそうに言った。二葉という人物とは友人だった様子だ。

 

「少し訂正するよ……」

 

 最初は無表情に近いリナであったが、最近は杏子にも喜怒哀楽を見せるようになっていた。

 

「二葉を殺したのは私だよ。優木に洗脳されていた……だから、私が殺した」

 

 寂しげな笑顔でリナが告白した。おそらく、限られた選択肢からリナはそれを選んだのだろう。彼女に感じていた同族意識(どうぞくいしき)。その理由を、はっきりと理解した。

 

「もう一度聞くけど、あたしも手伝おうか? 見滝原ならよく知っているしさ」

 

 リナは首を振った。

 

「ありがとう杏子。でもね、これは私たちの問題なんだ。わかってほしいな」

「麻衣も京もリナと同じ意見か?」

 

 頑固な意地っ張り。まったく、本当に巴マミにそっくりだ。だが、自分はこういう人物に()かれてしまう。まっすぐで妥協しない精神。それは、あの惨劇で杏子が失ってしまったものだ。

 

「礼は言っておくよ杏子。ありがとう」

「ありがとねー杏子ちゃん」

 

 類は友を呼ぶってやつだ。頑固者の友達には頑固者があつまる。そして、少しうらやましくもあった。“自分たちの行動は正義のため”彼女たちはそう信じて疑わない。しかし、それは幻想でしかない。正しいか正しくないかは、結果のみが判定できる。かつて杏子が信じた“正義”は結果的に“不義”だった。その“不義”が、杏子からあらゆるものを奪っていった。

 

(リナ……理想は程々にしなよ。じゃないと、あたしのようになるよ)

 

 自分はリナたちの仲間にはなれない。なぜならば、彼女たちの“正義”に共感できないからだ。ただ、杏子は三人を愛おしく思っていた。その“正義”が“正義”として終われるのなら、自分は協力を惜しまない。

 

「ニ三日でもどる。杏子、よろしく頼むよ」

「あたし一人だけ?」

「寂しいのかい?」

「そんなわけあるか」

「ならいい。佐倉杏子に留守を任せられるのなら、私たちは安心だ」

「……あたしにも安心をくれよ」

「?」

「わかんねーかな……無事に帰ってこいってことだよ」

 

 三人が笑う。がらにもないことを言ってしまった。杏子は照れ隠しで怒ったふりをする。

 

「わかった。約束する」

 

 しかし、その約束は守られることがなかった。三日後の朝、杏子は、駅前のビルにある電光掲示板でリナたち三人が行方不明になっていることを知った。

 

(ほんの些細(ささい)な希望も……与えてくれないのか)

 

 地獄の門をくぐったあの日。自分は神に見捨てられたと感じた。とはいえ、信仰心の厚かった杏子は、心のどこかでは救いを求めていた。だが、それも今日でおしまいだ。あらゆるものを奪い、絶望の淵に突き落とす。それは神の行いではない。悪魔の所業と呼べるものだ。

 

(神なんて最初からいなかった。信じていたあたしが愚かだったのさ……)

 

 ――午後三時。杏子は、リナたちが通っていた学校の校門付近に立っていた。在校生三人が行方不明になった事件の後だ。下校もものものしくなっていた。警官が数名おり、教師らしき大人が生徒に声をかけている。

 

(あいつか……)

 

 杏子が探しているのは、京から聞いていたかつての仲間の美緒という少女だ。背が高く、黒髪のツインテールでやや攻撃的な顔だという。それと(おぼ)しき人物と目が合った。警官がいるのでうかつに近づけない。100mほど同じ速度で歩き、人がまばらになったころに声をかける。

 

「あんた、美緒ってんだろ?」

「佐倉杏子か」

「知ってんなら話は早い。優木沙々のことを教えてくんないかな」

「歩きながらだよ」

 

 それはそうだ。厳重警戒の環境では、店に立ち寄ったりはできない。

 

「リナからは?」

「奴が洗脳の魔法少女だってことは聞いてるよ」

「人間だけじゃない。魔獣も洗脳するんだ」

「それも聞いてるよ。あたしが知りたいのは奴の顔さ」

 

 美緒がスマホを取り出して杏子に渡した。優木沙々と思われる写真が表示されている。茶色の髪が首元付近で毛が跳ねていた。上品な顔立ちで外観的には外道(げどう)には見えない。

 

「見かけに惑わされるなよ。そいつの心は黒よりも黒い」

「身長は?」

「あんたと同じぐらい。話し方はやたらと丁寧(ていねい)だ。二葉も京も……それでやられた」

「京も? あんたその場にいたのか?」

「まさか」

 

 美緒が杏子を睨んでいる。その表情は、なにか忸怩(じくじ)たる思いを秘めていた。

 

「リナは二葉を殺した。だから、私は仲間から抜けた」

「聞いてるよ……二葉って子は、優木に洗脳されたんだろう」

「おそらく京もそうだった。優木はスリーパーをよく使うからね」

「な! なんでリナに伝えなかった!」

「伝えたさ! でもな……リナは……それを信じなかった」

 

 強面の美緒の目から大粒の涙がこぼれている。

 

「リナは……いいやつだった。いいやつすぎたんだよ」

 

 言葉の端々から、美緒の悔しさが伝わってくる。杏子の心にも怒りがこみ上げていた。

 

「あたしが……落とし前をつけてやるよ」

 

 もう一度見滝原に戻らねばならない。そこで、優木沙々を倒す。いや、もう神の目を気にする必要はない。場合によっては優木沙々を殺さなければならない。




次話:佐倉杏子2(2)
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